女子剣道、この方向性でいい?

(2000/03/21)

 女子剣道を見る機会が多いのです。私自身、女子校で剣道部の監督をしておりましたし、また、いちに会のメンバーである東京立正高校の川名 実先生とは大学の同窓生ということもあって、とくに良く稽古にお邪魔し指導に携わることが多いためです。そして、あちらこちらで女子の稽古や試合を見るにつけ、どうも首をひねるようなことが多くなってきましたので、ペンをとってみました。

 

 さて、私は大学生の大会の審判を年に何回かさせていただく機会があります。男子も女子も審判をしますが、とくに男子に難しさを感じます。間合い・機会ともこちらが思いもよらないところで技が出るのです。剣道の有効打突が『技前・打突・打突の終末動作・残心』によって成り立っているとするならば、間合いや機会が良くない『技前』がいい加減な打突は、たとえしっかり当たっていても一本にするべきではないのかもしれません。しかし「虚をつく」というのも技前のひとつと考えるのなら、これを有効打突としないのは「見えていない証拠」になってしまいますのでしっかり打てていれば旗を上げるようにしています。よって、一瞬たりとも気を抜けず、何試合か振るとぐったりしてしまいます。

 その点、女子の試合は、男子に比べて体力・筋力に頼った剣道をする選手が少なく、理にかなった攻めをし、間が煮詰まったところで技が出ます。比較すれば男子の剣道の方が迫力満点ですが、「練れている」と感じられるのは女子の試合に多いと思ってきました。

 

 ところが、近年、女子の中にも男子並にラフな剣道をする者が目立ってきました。上半身の筋力をトレーニングで培い、走り込み等で下半身を鍛える。男子にこそ劣りますが、他の女子選手を圧倒するような筋力と体力をつけ、それをバックボーンに強引な攻めと打ちを展開する選手を眼にするのです。簡単に言うと、女子同士の試合ではなく、男子との試合のような様相になっています。そして、決勝・準決勝では必ずしもそうとは言えませんが、1、2回戦では鍛え上げたカラダの選手が勝ちを納めることが多いようなのです。

 

 さて、このような筋力・体力の強化による運動能力の向上がもたらす「男子並剣道」の模倣が、本当に女子の剣道の目指すべき方向性なのでしょうか?

 少し視点を変えて考えてみますと、多くの女性剣士が、男性と稽古をするとき、「どうにかして勝ちたい」あるいは「男性には負けたくない」と意識しているという調査結果があります。そして、体格・体力に勝る男性に対応するのに何が大切かということに関して、「すぐれた技を身につける」と「柔軟性とリズム感を養う」が大半で「男子に負けない体力を養う」はごく少数の意見でした(小沢 博著『女性剣道教室』島津書房)。

 これはいったい何を意味しているのでしょうか。ひょっとしたら「男子に負けない体力をつけることは不可能」と女性が考えているから「技」や「リズム」「柔軟性」という男性に引けをとらない分野を追求しようと考えての結果かもしれません。この調査結果をもって、多くの女性が女子同士の戦いでも「技」や「リズム」「柔軟性」を重視しているかどうかは図り知ることはできませんが、ひとつの目安に考えることはできそうです。

 

 剣道は子供から老人まで、幅広い年代の人が取り組むことができる競技です。また、年齢を経て体力が衰えてきたとしても、熟練された技量や心法による品格の違いで、若く体力的に勝る人とも対等以上に稽古ができることは周知の事実でしょう。そういう奥深さこそが剣道の魅力であり、我々が目指す「不老の剣」のはずです。 むろん、競技として剣道に取り組んでいる若い世代においては、ケガ防止のため、または、竹刀操作や身体移動を俊敏にするための基礎的体力が必要と考えられますが、他校よりも圧倒的な体力を作るためのトレーニングはいかがなものでしょうか?

 

 けっして批判するわけではありませんが、ひとつの例をあげてみましょう。

 左沢高校(山形)では、1月から3月のトレーニング期間には、放課後稽古を1時間半、その後トレーニングを約2時間行ない、それ以外に早朝練習としてダッシュ、腹筋、背筋なども行なっているそうです。その結果、左沢の女子部員のパワーは、あらゆる競技を含めて高校生レベルでは群を抜き、リフティング界でも十分通用するほどの実力をつけているとのことです(『剣道日本』2000年4月号)。

--(以下抜粋)-----------------------------------------
 ある卒業生は大学進学後、剣道部の稽古とは別に。ウエイトリフティング部に混じってトレーニングを継続していたという。斉藤総監督が目を細めて語っていた。
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 というに至っては、とんでもない落とし穴に落ちてしまっているように思えます。男性に比べて筋肉が着きにくく、また、落ちやすい女性にとって、現在の体力が維持できなくなったら競技に差し障りがでてきてしまうような剣道が、女子剣道の目指す方向性なのでしょうか?

 

 私は、結婚し母親となったときに、「お母さんは、昔、剣道をやってたのよ」と言って子供と一緒になって稽古できる剣道こそ、女子剣道に求められる方向性だと考えます。若いときの体力や筋力が衰えたとしても、少し稽古すれば自分の剣道を取り戻せるようなものです。それは、女性に限らず我々男性も目指す方向ではありますが、体力・筋力を維持しにくい女性には、競技として取り組んでいる若い世代にも「理」にかなった剣道を指導していくべきと考えます。


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