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剣道の理念とは...?
日時: 2026/04/14 00:59:26
名前: マーベラス  < >

先日は別の掲示板に関係のない内容の話題を書き込んでしまい申し訳ありませんでした。
またこの掲示板にあらためて書き込ませていただきます、よろしくお願いします。

それでは本題なのですが、
剣道の掲げる理念である「人間形成」とは一体なんなのでしょうか?
剣道修練の心構えは「剣道を正しく真剣に学び 心身を錬磨して旺盛なる気力を養い 剣道の特性を通じて礼節をとうとび 信義を重んじ誠を尽して 常に自己の修養に努め 以って国家社会を愛して 広く人類の平和繁栄に寄与せんとするものである」とありますが、そこから考えられる人間形成とは「豊かな倫理観と社会性を備え、多くの人のためになる善い行いができる人」であるべきだと思うのですが、(思うも何もそれ以外ない気がしますが)何故そんな理念や心構えを掲げている業界で、よりにもよって指導者が稽古にかこつけて子供を暴〇・〇害したり、いじめで自〇に追いやったりする事件や様々なハラスメント、不正が発生するのでしょうか?
去年の足立区の事件でも、都剣連は該当の指導者に2年間の活動停止処分を下したと知り驚きました。
子供を故意に怪我させたならまともな業界なら完全に追放されるのが普通と思うのですが...剣道の世界では「指導の一環で...」と言えば何をしても許されるのかと疑いの心を持たざるをえません。

剣道の理念とはまやかしなのでしょうか?それとも何も人を集める為のお題目なのでしょうか?

剣道経験者の皆様の考えを聞かせてください。

*あくまで剣道業界についての質問なので「どこの業界でもそう」という屁理屈じみた回答はしないでください。
*上記のような心構えや理念を掲げている組織で1人でもそう言った人間が発生する事自体が問題なので「おかしいのは一部の人だけ」という回答も受け付けません。
メンテ

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Re: 剣道の理念とは...? ( No.1 )   New!
日時: 2026/04/14 09:25:17
名前: Hide.◆vm9xYr4tCqk  < >
参照:

管理人のHide.です。
遠大なテーマですね。転載ありがとうございます。


ご存じの通り、「剣道の理念」および「剣道修練の心構え」は、1975年(昭和50年)に財
団法人全日本剣道連盟によって制定されました。
これらが制定された背景には、戦後の動乱期を経て剣道が普及していく中で、「剣道とは
何か」という本質を再定義し、スポーツ化に偏りすぎることへの警鐘を鳴らすという強い
意図がありました。

第二次世界大戦後、剣道は一時禁止されましたが、1952年に「スポーツ」としての側面を
強調することで復活を果たしました。しかし、競技としての普及が進むにつれ、試合の勝
敗のみを重視する傾向(勝利至上主義)が強まりました。
これに対し、武道としての伝統的な精神性や道徳的な側面が失われることを危惧した当時
の先師たちが、剣道の進むべき正しい方向を明文化する必要性を感じたのです。

ちょうど私が育ってきた時代で、高度経済成長期を経て社会が変化する中、剣道が単なる
技術の習得に留まらず、人間形成に資するものであることを社会に対して明確に宣言する
目的があったのです。
とくに「人間形成の道である」という定義は、教育現場や地域社会における剣道の存在意
義を確固たるものにしたことは間違いありません。


また、国内外で剣道人口が増加する中で、指導者によって解釈が分かれないよう、普遍的
な規範を確立する目的もあったはずです。
「剣道の理念」は剣道の究極の目的(「何を」目指すのか)を定義し、剣道修練の心構え
は、具体的な実践態度(「どのように」取り組むのか)を記載しています。
これらをセットで示すことで、修行のあり方を体系化したわけですが、時代的な背景の変
化から、今日では「剣道修練の心構え」はいささかピント外れな気がしないではありません。


さて、前置きはここまでにして本題に入りますが、剣道における「人間形成」とは、単に
技術を磨くだけでなく、日々の厳しい稽古を通じて「心・技・体」を一体として鍛え上げ、
一人の人間として立派な人格を築き上げていくプロセスを指しています。
剣道の理念という高い志がありながら、現実として不祥事や暴力的な事象が起きてしまう
ことは、マーベラスさんがご指摘の通り、非常に重く目を背けてはならない問題です。

しかしながら、剣道の技術的な修練に励んだからといって、誰しもが正しい剣を身につけ
られるとは限りません。正しい技術的努力(修練)が正しい剣道を作る…これはだれしも
否定できないことでしょう。

人間形成も同様です。日々剣道の稽古に励んだからといって、正しく高潔な人間性が身に
つくわけではないのです。
常にお相手を尊重し、打った打たれたに拘泥することなく正しい心映えを保ち、剣道で学
んだことを道場内だけで終わらせることなく社会生活にも役立てようと襟を正した生活を
送ること…などが伴って、正しい人間形成が行われるものと考えます。
したがって、取り組み方によっては「ゆがんだ人間形成」が行われることも起こりえると
考えます。


よって、

>上記のような心構えや理念を掲げている組織で1人でもそう言った人間が発生する事自
>体が問題なので「おかしいのは一部の人だけ」という回答も受け付けません。

とおっしゃられても、問題を起こしているのは一部の方であって、多くの方は専門家愛好
家を問わず、技術的な差はあれど、意識するしないに関わらず「剣道の理念」に基づき正
しい心映えで剣道を学んでいると私は考えています。

しかしながら令和の時代になっても、相変わらず剣道界では、高段者、年長者の言うこと
は絶対、という空気が不適切な行為を批判したりとどめたりすることを難しくしています。
また、道場内や部活内、狭い地域の剣道コミュニティは非常に閉鎖的で特異な空間を形成
しており、「剣道界の常識は世間の非常識」と言われるような、外部の常識や現代のコン
プライアンス意識が届きにくくなっている現状も依然として存在します。

また、一部の指導者は勝利至上主義に陥り、結果を出すために最短距離を選ぼうとし、恐
怖心で教え子をコントロールしようとする安易な指導法に走ってしまい、「勝てば多少の
ことは許される」という周囲の黙認が、問題を助長させている現状もあります。
そうした指導者の下で多感な青春時代を過ごした子どもたちは、ゆがんだ人間形成を余儀
なくされる場合もありましょう。


理念が立派であればあるほど、それに反する行為は大きな失望を招きます。
だからこそ、修行者一人ひとりが「自分の竹刀は誰を、何を守るためにあるのか」を常に
問い続ける必要があるでしょう。

そしてこのような現状を鑑み、指導に携わる立場にあるすべての高段者、高齢者が襟を正
し己を律し真摯にお稽古に取り組み、私利私欲に走ることなく次の世代の剣道家、剣道愛
好家、子どもたちに対し、正しい人間形成が行われるよう公平無私な姿勢態度を貫いてい
くことが肝要と考えます。
メンテ
Re: 剣道の理念とは...? ( No.2 )   New!
日時: 2026/04/14 14:28:59
名前: 花菱 

私の感じている制定の背景についてですが、
この前発行された剣窓にも若干触れられていますが制定委員会が発足した昭和40年代は、戦後GHQにより剣道の禁止がされていた影響もあり、まだ剣道が好戦的とする人の風当たりもあり、これらの懸念を払拭する意味合いもあってあの様な(特に心構え)文言となったと感じています。
メンテ
Re: 剣道の理念とは...? ( No.3 )   New!
日時: 2026/04/14 17:46:56
名前: 花菱 

ある方の論文を、長くなるので抜粋して少しでも短くしますので真意が伝わらない部分もあると思いますが転載してみます。
剣道の理念は手段と目的に分かれており、剣の理法の修練が手段で、人間形成の道が目的です。
理法の理は人の力では支配できない物事の当然の筋道当意味があり、法は従い守るべきよりどころという意味。
従って剣の理法は剣を持って戦う上で、のっとるべき当然の道理である。
大切なのは、この理法は当然であり、当たり前の法則であり、当たり前ではない偶然の結果は理にかなっていない。
偶然ではない法則は、昔の武士が剣を用いて実戦で自得することであり、現代社会では現実のものではない。
そこで昔の武士が編み出した剣の理法を厳しい稽古で学ぶことにより自得できると全剣連は言っている。
大切なことは稽古をするということでいにしえをかんがえることです。
しかしなぜ自得なのか、誰かが理法はこうですよとわかりやすく教えないのか。
剣の理法はある程度の共通性があっても万民に普遍的な理法ではなく、それぞれの能力、性格、経験などにより自得した固有の理法である。
理法を学ぶには最終的に自らの剣の理法を自らの手により自得するしかない。
剣の理法は単に学ぶのではなく、修練しなければならない。修練と言うのは様々な手段により学んだことを、何度も何度も練って経験を積み、さらに使えるもの、より質の高いものへと変化させつつ身につけて行くこと。
剣道というものは、剣の操法の厳しい稽古をはじめとする様々な手段を通じて剣の理法を自得する道を指し、剣の理法の修練によってさらにその奥にある武士の精神を学んで人間形成に活かすことが剣道の目的。
剣道によって身につくものは沢山ありますか、一番学ぶべきは、自らが積極的に行動してチャンスを作り出し、そのチャンスを的確に捉えて、思い切った行動をし、その結果をまた次のチャンスに結びつけて行くという人間として最も基本的な生き方(活き方)ではないのか。すなわち人間としての活き方、すなわち人間形成(自己確立)へと繋がる剣道修練の目的である。
メンテ

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