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お名前: Hide.
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To ちょっと休憩・・・さん
フォローのカキコありがとうございます(^^)
でも、[日の丸=日本の国旗」と認めておられない方々の存在も無視はできません。
この方々が、なぜそうお考えなのかが明確ではありませんが・・・(^^;
でも、そうした人たちも「日本国の恩恵」はしっかりと受けておられるのですけどね(笑)
日本人はもっと、いい意味での愛国心を持ってほしいです。「愛国心」というとすぐに[右
翼だ]などとのたまう方もおられますが、自分の国を愛する気持ちがもてなくて、何でここ
で暮らせましょうか。国を愛するのは家族を愛する事に等しいと思うんですけどね。
家族もまた、国という大きな笠で守られていますから(^0^)
お名前: ちょっと休憩・・・・
剣士の皆様、および、管理人様を困惑さてしまったことを、ここに謝罪します。
「日の丸」は掲げるべきだと想います。
スポーツを通じて、「人を含めた八百万の神々」が住む日本の安定に結びつくからです。
(現実にはいろいろな民族 ・ 人種 ・ 思想団体 ・ 感情 ・ 個人的心情がある)
「日の丸の国」は、日本です。
皆、その日本に住んでいます。今のところ國内および政府も「日本」です。
前行の「今のところ」で無い場合に、至る前に、争いと戦が起こります。外敵ではなく無駄な血です。 未来に必ず起こります。 内戦です。
日本に住むもの同志の戦争を避けるべきにも、「デザイン」や「国旗の由来」の好き嫌いよりも、「日出ずる国」が重要です。
個人的(個人敵)な紛争は司法や行政(敬礼系)にまかせ、日本に住む者として「日出ずる国」を継続維持できるのは、この国に住む「1/1億2千万人」の愛国心です。
国家 => 政府 => 日本国政府
は、世界史的に観ても、いずれ壊れます。 明治維新の時代も幸運であったとしか想えません。
予期せぬ第三国の野望も視野に入れなければなりません。
スポーツで様々な子供達にその大切さを、 洗脳(サヨクがウルサイ)ではなく、
「日の丸は日本に必要である!」と、やさしく親しみやすく・・・・・・・・、誠に勝手ながら期待しています。
お名前: Hide.
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to ちょっと休憩・・・さん
管理人のHide.です。
う〜ん、よく意味がわからないカキコですね(^^;
お名前: ちょっと休憩・・・・
ちょっと休憩・・・・日の丸反対者の一部、乱記
日の丸反対_君が代反対_天皇反対_神社反対_大和民族反対_和人反対_靖国反対_靖國反対_民主主義反対_日帝反対_米軍反対_皇軍反対_偉大なる_池田大作大先生_小泉反対_森おろし_団結_一丸_思想万歳_神は1つ_思想は1つ_おとうさま_将軍様_同胞万歳_理屈は敵だ_聞いてはいけない_全部うそだ_頭がおかしい_ざまーみろ_社会主義万歳_教え主様万歳、神はYESさま、神はアッラー、仏の教えが一番、釈迦が一番、1つの中国。の人達が多いですねー。
お名前: けい
私が、ここでこんなことを言ってしまうと、「まだ、
こんなこと言ってる!」と思われてしまいそうですが、
私は、やっぱり、道場の正面には「日の丸」があって
欲しいなぁと思っております。
道場の正面に「日の丸」を掲げる必要はないのだとい
うご意見はとてもよくわかるのですが、個人的には、
掲げて欲しい。(ほんとうにしつこい!)
それは、国旗に対して敬意を表することで、自分が
日本人として生まれたことを誇りに思って欲しいと
思うからです。「日の丸」は、剣道の道場の正面に
ある必要はなるほどないかも知れませんが、自分の
国を大切に思える時間があることは、素晴らしいこ
とだと思います。
私は、自分の子どもたちが剣道で鍛練をし、日本人
であることを誇りに思えるようになって欲しい。そ
う思うことから、日本をもっと良くしていきたいと
いう気持ちを育んでいってほしいと思っております。
お名前: kenshi
靖国神社をWar Crime Shrineと訳することで思い出しました。
昨年問題になった教科諸問題の際も、こちらの新聞では、”日本の戦争責任をWhite out
する(白紙にして消し去る)教科書”と表現してありました。問題の教科書は、こちら
の日本書店で手にしたのですが、私の読む限り、戦争責任はしっかりと伝えてあるよう
に思えました。よく考えると、日本語を完全に理解できない外国の記者に、日本人の
誰かが、靖国神社や教科書の問題の英訳を助けているのでしょうね。外国マスコミの
外圧も、実は、日本の中から出された問題なのでしょうね。意図的に誤った(誇張した
)解釈を外国に流すこのような日本の方の態度も、問題ありと感じております。
に流す日本の人々も
お名前: kenshi
尾張猫さん、
誤解がありましたようで、申し訳有りません。
尾張猫さんが、靖国神社問題と廃仏毀釈を強く関連づけた書き込みをしたと思っては
おりません。このような発想で靖国神社というか、神社や宮内庁の存在自体も批判する
団体に対しての私見を述べたつもりです。でも、これも、気になる人にすれば、
気になることなのですよね。でも、私は、今はもうそんな心配や懸念を抱くような
政治的状況に日本はないのではないかな?という立場です。信教の自由が保障されて
しる状況では、むしろ、靖国神社を大事にする人々を政治的に圧迫することも問題
になるかも知れないくらいです。
でも、靖国神社、これから一体どうなるんでしょう?
話題を一般的な問題に移します(尾張猫さんへの返信ではありません)。
こちらの英字新聞で靖国神社を英訳する際に、”Yasukuni Shrine ”とする場合も
あるのですが、それをさらに、”War Crime Shrine"と表現します。これには、意図的
なものを感じます。War Crime に日本の政治家が頭を下げるなんて、何考えて
いるんだ?となります。どうして、日本の新聞は、このことを指摘しないのかな?
こういう、敢えて、他者の行為を悪意に見えるように表現する海外マスコミの存在
も、日本人の過剰反応の遠因(いわゆる外圧)として、あるような気がします。
けいさん、
けいさんのさりげない文章に、心が洗われる思いががいたします。
けいさんやHide.さんが書かれたように、私が子供の時も、祝日には国旗を玄関にたてた
ものです。父には、国旗をかけて、それをたたむのは子供の仕事だと教わり、とても
浮き浮きと国旗を掲げておりました。いまは、日本では、そんなに日の丸が祝日に
掲げられないのですか?なんという、さみしい話でしょう。さみしい。
tagi2さま、
とても勉強になる資料をご紹介いただきありがとうございます。
剣道や武道が、その当時どうとらえられ発展していったのかがとてもよくわかりました
。
おっしゃるように、道場に国旗が有る必要は無いと思います。
ここで、話題の中心になった(なってしまった)のは、日の丸を国旗として掲げること
がおかしいかどうか?という問題なのです。さらに、靖国神社というパンドラの箱も
あけてしまった。tagi2さまの、”剣道の話にもどろう”という、ご配慮、ありがとう
ございます。
お名前: tagi2
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Hideさん、おはようございます!
お集まりの皆様、おはようございます!
クラブオブ剣道の田伐(たぎり)と申します
先日、地元の神社に行きました折に桜のつぼみを見ましたら
まだ硬いようですが少し大きくなっており、春の到来を感じました
桜の花は、パッと咲いて、サッと散ってゆく
その潔さ、あでやかさ、まさに日本人に愛される花ですね
本当に、よく桜が日本に有ってくれたものだと感心しておりましたら
ある方から、桜はもともと日本に有ったものではなくて、輸入されたものである
と、言うことを聞き 花見も少し興ざめして
今年はあまりバカ騒ぎをせずに、カラオケを10曲ぐらい歌って
退散しようと思っております(そんなに歌うんかい! 笑)
桜が輸入された花と知っておられた方は、なんで花見であんなに騒ぐのか?とか
思われてたでしょうか?(^^;;;,
そんな事はどうでもいいと騒いでる人もいたり、ものの見方によっては
全然違った感覚になったりすることは良くあることと思います
さて、私は虚弱体質に付き、普段は巡回する体力がなく
こちらにもご無沙汰をしておりますが… (~_~;)
ちょっと理由があって、このトピに関しましては数日前から拝見させて頂いておりました
お話が少し違った展開を見せておりますが
なおなおさんがおっしゃるには、
>多くの道場で正面に「日の丸」がみられるのですが、なんとなく違うような気がします。
>どうなんでしょうか?
との事ですね
私も、道場に日の丸は必要ないのでは?と思う一人でして…
(まぁ、私の場合は日の丸があっても、さほど気にした事はございませんが…)
と、申しますのは、先日、ご懇意にして頂いてる先生から一冊の本を渡されました
実は、その先生のHPを http://www.h3.dion.ne.jp/~yoi-lock/ (ちょっと宣伝! 笑)
私と辻本がお手伝いしておりまして
偶然、そのページの「交野武道館」の「座学」 に編集してましたので
このトピとの出会いには、何か因縁でもあるのか?と思ってしまいました(^^;;;,
先生から渡された本と言うのは
「剣道教本」 大日本武徳会剣道教士 富樫弘三 編述 と書かれた本です
出版された日付は明記されておりませんが、湯川氏が所持されていたと見え
裏表紙に、「昭和14年 正月 湯川 潔君より 我輩に贈付」と書かれてありますから
実際に出版されたのは昭和14年以前と言うことになると思います
その第一章、第一節に 「剣道の目的」が書かれて有りました
剣道の目的は、心身を鍛練し、敵を制し身を守り、以って忠君愛国の思想を鼓舞し、
正義、尚武、質実剛健、礼儀、忍耐等の武徳を養い之を実践躬行して、国家及び
社会の為め有用な人物たらんとすに在る。
三種の神器の一つである剣は、鏡、玉と共に我民族精神の荘厳なる象徴である。
その剣の徳を最も鮮やかに養ふたものは、わが剣道で、剣は物を裁断する器で
明快なる裁断をなし、社会百般の非違を僉して、良民を保護する意味に及し、
道は、首、進むの意味で 首は人を意味し、即ち人の進むべき、人の踏むべき
誠の道で、剣を以って人の道を修め、心身の練磨をなし、然而剣を使用するに
最も必要なる、精神身体の鍛錬がなされるのである
国運発展の基礎は、国民の体力、気力の充実に置かざるべからずと云われて居るが
剣道の修行は之が遺憾なく養成せらるるのである
第二節 修行上知り置くべき事項
礼儀
「人にして礼なければ禽獣に等し」と云われては居るが、殊に剣道は古より
礼に始まって礼に終わるものであると教えて居る。
即ち礼儀を重んじないと野獣の争闘の如きものとなる。
我が日本武士は敵味方相対して鮮血を流す戦場において決闘の際すら、
礼儀作法を守り、介錯、切腹等にまで、それぞれ礼儀作法を重んぜしものなり。
さればよく紳士的態度にて礼儀、作法を学び、以って平常の起居動作におよぼし、
完全なる武士的人格修養に資せなければならない。
古来又剣道には三礼と称し神に対する礼、師に対する礼と相互の礼を教えて居る。
即ち道場内に於て、神前にて最も清浄、真摯を誓い拝礼をなし、師に対し
精神上の親と尊敬し、年長先輩に敬虔な念慮を以って礼を尽くし
相互に於ては、最も親交にして同じ道を共に修行し、不屈、不撓、稽古をなすものは
朋友の激励、鞭撻が多大の力を持って居る事を思考し、礼儀にも反せざる様
心掛けねばならぬ。
武道場
武道の修行場所を武道場といふ。この道場といふ語は仏教から出たもので、
道を修める場所の意味で、即ち精神を修練し、高尚な人格を養う所であるから
常に心を引き締め、挙動を慎み、以って神聖な場所となし道場の清潔、整頓を保ち
道場内に於ては礼儀、作法を重んじ言語を丁寧にし服装を正し、常に立派な態度と
威厳を保つように心掛けねばならぬ。
また武道場には、武の祖神である處の、武甕槌命(たけみかづちのみこと)及
經津主命(ふつぬしのみこと)とその所々の郷土の守護神たる氏神の御神体を
祀ってある。
これはまったく仏教で、仏像を堂に安置して、其の前で心の修養をしているのと
同じ形式である。
従って道場に入るには先ず履物を脱ぎ、脱帽して襟を正し、然る後、道場の
上座に向かって敬礼をなして入るべきである。
退場の際も同様に出口に於て、敬礼を行わなければならない。
と有ります…
この本が書かれた時には、すでに日の丸は存在していると思うのですが…
どこにも、「国旗に敬礼せよ」とは書かれてませんね
これが、私が道場に日の丸は必要ないのでは?と思った理由です
なおなおさんは更に、剣道とは人を傷つける為のものでは無い
剣道とは人を活かし、祖国と平和を愛し、社会に役立つ人格を形成する為のものだ
武道の「武」の字を分解すれば「戈(ほこ)」を「止める」と書く
戦時中、仕方ない事とは言え、日の丸の名の元に多くの人々の殺戮が有った
言わば、日の丸は汚れている
武道を修練する場所である神聖な武道場に、汚れものは微塵たりとも入れてはならない
と言うような気迫が感じられます
これは、武道を志す者にとっては、とても大切な事だと思いますが
なおなおさんは、書き込みを読まれた方に
理解しづらい書き方をされたのでは無いか… とも思います
また、私は個人的に日の丸のデザインは好きなのですが
中には「あのデザインはどうもなぁ」とか「もうちょっと何とかならんのか?」と
思っている人も居られるかも知れません
要するに、その人の感じ方、見方の違いです
ですから、全ての国旗嫌い=愛国心の無い人 とは限らないと言うことをご理解下さい
国旗・国歌が可決された時でも、道徳的意図と、政治的意図が
複雑に絡み合っていたような気が致しますなぁ
けれど、道徳と政治とは別のものですよね…
私などは、国旗も国歌も新しいものに作り変えて
「戦時中にアジアの国々に大変なご迷惑をおかけしましたことを反省し
国旗と国歌を新しく致しました。この姿勢を評価して頂いて、過去の事は水に流して、
これからの永い未来を同じアジアの民族同士、仲良くやって頂けませんか?」
と、言った方がいいのでは無いかと素人ながらに思っておりましたが
kensiさんもおっしゃるように、この「水に流す」と言うことも
日本人同士ならば通用するが、他国においては通用しないと言うことを聞かされ
外交と言うのは、なかなか一筋縄では行かないものなんだなぁと、思い知らされました
実際に海外で生活され、剣道をご指導されている方々のご苦労を推測いたします
海外で剣道されてる皆様、異国でのご指導、ご苦労様です
それと…
これは私の戯言とお聞き流し頂きたいのですが…
第二次世界大戦で日本は無条件降伏しました
もし、GHQが「じゃ、日本をアメリカの何番目かの州にしちゃいましょう!」と
言ったならば、日本は、「アメリカ合衆国 ジャパン州」になって
国旗は星条旗と言うことになりますね…
武道場に星条旗を掲げて稽古しているのでしょうか?
なんか、違和感を感じるような気もしますが、慣れてしまえば同じ事なのでしょうか?
まぁ、実際にはそうならなかったので、そんな事を言っても意味が無く
これはまったくの余談ですので、お気に障りましたらご容赦下さい
現在は、一日有れば地球の裏側まで行けるような時代です
地球儀を真上から見るような感覚を持ちなさいと私もよく言われますが
日本では通用する事でも、他国では通用しない事や
文化や宗教の違いで、意志の疎通が上手くいかないことも度々ある事と思います
しかし、せめて、ここにお集まりの方々のように剣道の意味を、武道の意味をご存知の
皆様とは、些細な事でいがみ合うことなく礼を尽くし、共に激励しあって
同じ道を歩いて行けますようにと願う次第です
長々と、申し訳ございませんでした
虚弱体質の私には、非常につらい書き込みでしたが…
たぶん、今夜あたりから発熱して暫く寝込んでいると思います ^^;
Hideさん、皆様、大変良い勉強が出来たと感謝しております
有難うございました <(_ _)>
お名前: けい
今日は、子どもたちのお弁当づくりがあって
早起きしました。
kenshiさん
今回のkenshiさんのお言葉、私のように薄学
な者にも、とてもわかりやすく、心に響いて
参りました。私の拙い言葉も、上手くまとめ
てくださり、大変感謝しております。
私は、靖国神社で眠られている方々のことも、
A級戦犯と決められてしまった方々のことも、
そして、そのご遺族の方たちのことも、ただ
ただ、お気の毒に思います。
本当は、たくさんの国が戦争をしなければなら
なくなってしまった状況こそが問題なのですか
ら。そのような時代の中で苦渋の決断を迫られ
た方々がいて、その尊い命を犠牲にしなければ
ならなかった方たちがいた・・・戦争という狂気
の中で間違った愛国心を信じ、本当の自分を見
失ってしまった・・・平和を願う気持ちを勇気を
もって出せなかった・・・。
強そうに見えるけれど、本当は心がとても弱か
った・・・だから、武装して闘わなければいけなか
った・・・のだと思います。
本当に国を想う心、本当の愛国心があれば、どの
国も戦争には参加しなかったでしょう。自国の人
々の命を大切にできる人たちは他国の人々の命も
大切にできるはずなのですから。死をもって証明
される愛国心など、偽物にすぎないですよね。
私たちが、国旗を前にした時、「自分の国は今大
丈夫だろうか? これから、もっともっと自分の国
を、そして世界を良くしていくために、自分たち
には何ができるだろう・・・」と考えることができれ
ば、どんな国旗もそれぞれ、その国民にとって、
本当に価値あるものとなるでしょう。
Hideさん
Hideさんがおっしゃっておられたようにいつの頃
からか、旗日に旗が立たなくなってしまいました。
もしかすると、日本人は、日本という国を良くして
いこうという気持ちを、どこかに置き忘れてきてし
まったのかも知れません・・・。日本は戦後、余りに
豊かになってしまい、モノが溢れ、政治などに関心
がなくとも何不自由なく暮らせた時代がありました
からでも、バブルがはじけた頃からかしら・・・少し
ずつ、日本人の気持ちにも変化が出てき始めたよう
な気がします。最近、政治への関心も高まってきて
いますよね。
人間が困難な状況に遭遇した時、大切なのは、失望
して萎えていく弱い気持ちではなく、どんな困難を
も乗り越えていく強い気持ちではないかしら。こん
な時代だからこそ、私はやっぱり「ガンバレ、日本!」
なんです。ねぇ、Hideさん!
なおなおさん
お元気でいらっしゃいますか? なおなおさんのおかげ
で、こんなにカキコが増えています。なおなおさんの
ご質問がきっかけで、みなさんが一生懸命、日本のこ
とについて語りあっていることは、とっても素晴らし
いことだと思います。電脳に参加している方は、家族
みたいな気持ちで、家族会議を開いているような気持
ちで、思ったことをどんどん話せば良いと思います。
(私がエラソウに言うことではありませんでした、ハイ)
また、ぜひ元気なお姿を見せてくださいませ。
お名前: 尾張猫
to kenshiさん
靖国神社と廃仏毀釈は私は結びつけたわけではありません。
明治維新の宗教政策について私の意見を述べただけです。
私は神社神道の専門家ではありませんが、現在中日新聞の夕刊(月曜日)に連載
されている哲学者の梅原猛先生の文章に影響を受けたのです。
青春時代を戦争に翻弄された人たちは、ものすごく戦争を引きずっています。
友人をほとんど戦争で失い自分だけが生き残ってしまったという罪悪感をもってる
人を知っています。なかなか戦後生まれの私には解りズらいことですが
たくさんの人々の戦争の犠牲の上に現在の平和な時代があり私達が楽しく剣道が
出来ることを忘れないようにして剣道を続けていくつもりです。
今年の夏戦死した祖父の弟の墓前に花を供え見たことのない大叔父の冥福を祈る
つもりです。
お名前: kenshi
けいさん、
おっしゃるように、外国に長く住むと、自分自身が日本人であることを自覚せざるを
えないし、どんなに逃げようと思っても(たとえ、外国に帰化しようとも)、自分の
祖国が悪くなって得することはありません。さらに言えば、たとえ帰化して、自分の
祖国を悪く言うことで、例えばアメリカ人にすり寄ったところで、”祖国も尊敬できな
い人間は信用できない”という事になると思います。裏切り者として見られるでしょ
う。たとえ祖国と居住国とが戦争中でも、祖国そのものの歴史や国旗までを悪く言え
ば、信用されないし、私も、そう言う人間は信用しません。政策や指導政党の思想批判
と、祖国そのものの存在を否定することは、分けて考えるべきだと思います。
これは、何度か書きましたが、”自分の親を大事に出来ないやつは信用されない”とい
うのと似ているのです。たとえ親が犯罪者として社会に否定されていても、その罪は
憎んでも、親そのものへの捨てられない愛情というものが理解できない人は、信用され
ないでしょう。イラクが嫌いなアメリカ人でも、イラクの国旗と歴史を愛する
イラク系移民の心までは嫌いにならないでしょうし、その部分は尊重すると思います。
私は、少なくともそうします。それは、イギリス系でも、イタリア系でも、フランス系
でも、アイルランド系でも、お互い様の問題だからです。けいさんのおっしゃるとお
り、もっと、素朴に、自分の祖先を大切に思う気持ちで、同じ土地にすむ日本人同士
皆の祖先を大切に思いあい、国旗国歌をその象徴にし、靖国神社に祀られている方々
にも感謝の気持ちを持つのは、極めて”普通のこと”だと思うのです。
靖国神社を大切にすること=他国を侵略したくなる、ということはないですよね。
おざけんさん、
おざけんさんの意見にも一つ一つうなずきます。
けいさんも書かれていましたが、自分の国を大事にする気持ちがあって、初めて他国の
国民が清濁併せのんでそれぞれの祖国を大事にしている気持ちが分かると思います。
死人に対する道徳観は、日本と中国韓国で違いますし、武道に対する捉え方も違うので
すが、違うからと、お互い優劣をつけたり、喧嘩の種になるようではいけないのです
よね。そちらの習慣は、なるほど、わかります。でも、こちらの習慣もご理解下さい、
ということが大切と思います。内心では、それぞれが、こちらが良いとか、あちらが良
いという気持ちがあるでしょう。それをどうしても主張しなくてはならないときは、
内輪でやるか、あるいは、第3者に宣伝する、というのが外交的配慮(戦略)です。
靖国の場合も、理解し下さる国を増やすこと、理解できない国には説明を続けること、
だと思うのです。外国が嫌だと言うから、変えましょう、とかえるようでは却って外国
に信用されないものだとおもうのです。
尾張猫さん、
なるほど靖国神社の存在は、神道の側から見てもややこしい存在なのですね。
ただ、一般庶民の方が、死への恐怖と戦いながら戦争に赴いたとき、”自分の犠牲は
天皇家の祖先の方々や歴史上の偉大な人物と同じように祖国の政府には評価して貰え
る”という風に、当時の政府は誠意を示した、ということでもあるのではないでしょう
か?
廃仏毀釈は、私も、”今から見ると”やりすぎ、とは思いますが、当時は、そうでも
しなければ、人心をまとめられないとか(ここで、天皇家崇拝が利用された、という
見方をする人もいるわけです)、仏教を信念に一揆が起こるとかの恐怖感があったの
ではないでしょうか。悲しい歴史です。でも、現代において、靖国神社を大切にする
ことイコール廃仏毀釈を思い出す、というのも過剰反応だよな、と内心思っています
。
私の場合、靖国神社に行くときに、いちいち他の神社との格の違いを認識しながらおま
いりはしないし、地元の神社が、なにを祀っているのかは知りもせずに、ただ、そこに
神社があるから、自然とお祈りに行く、という人間です。もっといえば、そこに立派な
お寺や、キリスト教の教会が有れば、そこにも自然と入って、敬虔な気持ちになって、
お釈迦様にもキリスト教の神様にも、なんの疑問もなく頭を下げてお祈りする人間です
。カトリックの教会に行って、天にまします神様、靖国神社に祀られている東条英機さ
んの命をお救い下さい、と、私は平気でお祈りしてしまうでしょう。だって、神様なん
だから、キリスト様も、そのお父様も、助けてくれるでしょう?とおもうわけです。
これは、知識があるひとから見れば、おかしいかも知れないけど、知識がついても
変えられない、習慣もあるですよね。
こういう、日本人の宗教観がいけない!と、考える人もいるでしょうが、この何でも
神様、という日本人的宗教観をうらやましがる外国の方も多いです。宗教自体が戦争
の理由になる国々の存在を考えればです。わたしは、宗教とか生命観とかいうものは、
理屈に入り込みすぎないで(一般人はです)、身に付いたものを素直に実践したい。
尾張猫さんのおっしゃることは理屈の上では大賛成なのですが、靖国神社はいまのま
まのほうが良いなと思っております。むつかしいですね。
A級戦犯については、敢えて、その議論をさけたので、わかりにくかったかも知れませ
ん。もぅ一度、頭を整理して、近いうちにレスをつけさせていただきます。
お名前: おざけん
一度退室しましたが、何となく再登場をお許し下さい。
以前の様に熱くならないように、気を付けますので・・・
死後の考え方について、感じる事があります。
日本の精神面での文化って、欧米や中、韓では非常に理解しがたいものだと
思います。剣術や柔術など武術を「道」としてとらえる。ましてやお茶、活花、
などを作法や芸術性だけにとらわれず、「道」として精神修養の場としてしまう。
歴史上、常に他国と国境を接してきた国々には、理解出来ないんだろうなぁと
思います。そんな謙譲的な悠長な事を考えていたら、1歩譲ると2歩3歩と踏み
込まれてしまうような環境だったのだと思います。だから権力者は、前の権力者を
踏みにじってその座に付き、自分を正当化する為に、悪人として恨み続ける。
特に中国などにその様な民族性があるのは、そのような背景ではないのでしょうか。
でも私は日本人だし、その純日本的なものが好きで、剣道を続けています。大元は
人殺しの技術だったものが「打って反省、打たれて感謝」なんて考え方に発展する
のは剣道をやっている者にとって、誇りだと思います。中、韓の武術では、歴史的
背景や民族性によってそうはならないでしょう。
欧米の沢山の人達が禅に惹かれるように、剣道に純粋に興味を持って、取組んでい
るのは嬉しい事ですし、剣道の国際化、日本の国際化が進んでいることだといえる
のではないでしょうか。
また中、韓の人達が、日本的なものにはすりよらず、独自にそれに打ち勝とうと
するのも民族性だと思います。
話がそれてしまったかもしれませんが、私達日本人は、日の丸、君が代、靖国神社、
歴史的過去等に、もっと自信とプライドを持ってもいいのではないでしょうか。
外国の考え方にすりよるのではなく、日本的精神を理解してもらうように、努力
すべきだと思います。現在の価値観だけにとらわれず、その時々の歴史と価値観を
見つめ直し、私達の中に根強く息づいている、日本人の心を生かして接していった
ほうが良いと思います。
A級戦犯なんて、外国人が作り上げたもので、合祀なんて考えが日本人の中にある事
自体が的外れな事なんだと、私は思っています。
若造が生意気なことを言ってしまって、申し訳ありません。たまたま剣道を長年やって
きて、そんな自分が感じたことを羅列してしまいました。話がそれていたら、ご容赦
下さい。
お名前: けい
「愛国心」という言葉が、なぜかすぐに戦争に結びついてしまうのが、日本人かも知れません
(日本人だけではないかな・・・)
私は、愛国心ってとっても自然なもの、人間には、生まれつき自然と備わっているもの・・・だ
と思うんです。訓練されて育つものではないし、習慣にするからつくものでもない。なぜって
それは「国を想う心」なのですから。
ですから、日本人でも、外国の生活が長くなっている方であれば、愛国心は、その住んでいる国に対しても、当然湧いてくるものではないかしら。もちろん、外国に住むことで、より一層、自国を想う気持ちが高まるということはあります。春海坊さんや、kenshiさんも、そのような方の一人だと思いますが。
大切なことは、「国を大切に想う心」で、自国を想うことにより、相手の国のことも思いやれる、ということではないかしら。だから間違った愛国心で、自国の人も他国の人も傷付けるということは絶対にあってはならないと思うのです。
子どもたちには、そのような戦争をおこさない強い心が育って欲しいと思います。ただ、かつて日本も参加してしまった戦争において、たくさんの方が亡くなり、たくさんの日本文化も壊されてしまったことについては、残念ながら、取り返しがつきません。靖国参拝は、そんな犠牲者
に対して気の毒に想う気持ちで参拝するならば、それは素晴らしいことではないのでしょうか。
そういう道徳的なことを、学校でも教えて欲しいですね。日の丸や君が代を形だけ教えても、子どもには大切なことは伝わらないでしょう。そういうことを考える時間を持つことによって、
本来生まれながらに持っている愛国心も育っていくのではないかしら。
お名前: 尾張猫
靖国神社は明治維新の時に起きた戊辰戦争の官軍の戦死者を祭たのが始まりですが
明治維新は功罪がありますよね。日本を一つにまとめ西洋諸国の侵略から守ったことや
近代化を進めたことは良かったと思いますが、文化政策は今から見ると失敗があったと
思います。神仏分離とそれに伴う廃仏毀釈はその代表ですよ。
奈良の談山神社はもともと神仏混交の寺を無理やり神社にしたため仏様が居たところが
空っぽで空家みたいになっています。久能山東照宮も五重の塔を壊してしまい
空き地になってるし
仏様の居たところは空っぽでしまりがないです。また全国各地にあったお城を廃藩置県政策
の為とはいえ片っ端から壊してしまったのは今から考えるともったいない事をした
残しておけば日本の風景は日本情緒あふれる豊かな国に見えたと思います。
お名前: 尾張猫
to kenshiさん
丁寧な解説をしていただきありがとうございました。
日の丸・君が代問題同様とても難しい問題で私が考えるほど簡単ではないのですね。
政教分離の問題はバランス感覚が必要かもしれませんね。共産主義国のように
徹底した反宗教政策も問題があるし、アフガニスタンのタリバン政権みたいな
ガチガチな政教一致も考え物ですしね。
ただ靖国神社については私は特殊法人にして政府の管理する靖国廟(無宗教の国立墓苑)
した方がいいと思います。(問題解決にならなくても)
靖国神社は日本伝統の神社神道ではないからです。
神社で祭られる神様は巨木や大石などの自然崇拝的なもの、天皇家の人々のご先祖様たち、
菅原道真、早良親王、崇徳上皇といった恐ろしいたたりをもたらす怨霊たちです。
英霊達はどれにもあたりません。彼らを鎮魂するためなら仏教寺院の方が、いいと思います。
靖国神社は日本古来の神社神道をゆがめてる感じがします。
また国のために戦って死ねば靖国で神になれるという考え方が、イスラム原理主義のジハード
による自爆テロ(ユダヤ人やアメリカ人をたくさん殺せば天国にいける。)に似ていて
何か怖いのです。
A級戦犯の合祀問題は難すぎるのでよく解りませんでした。
お名前: kenshi
Hide.さん、
またまた寛大なるお言葉を戴き、ありがとうございます。
お許しを戴くと、却って、自分の未熟さが恥ずかしくなり、熱くなって長々と
書いてしまったこと。。。やっぱり、心の修行がたりないな。。。と反省して
しまいます。でも、またまた長く書きます、修行中の身としてお許し下さい。
くにさんが、議論の焦点が曖昧にならないよう、“国旗に絞り”、できれば
“君が代、天皇制”とかにに話が行かないよう、暗に釘をさして下さったので、
靖国問題とか、教科書問題とかへの言及は極力さけたのですが、Hide.さんが
靖国問題にも言及されたので、またまた勇気を出して、自分の意見を述べさせ
て戴きます。
私の立場は、首相が靖国神社に参拝することは“良いことだ”と思います。
Hide.さんが書かれたご意見には、全く賛成です。
これも、色々専門家の意見があるでしょうから、私の意見はあくまで素人の
分析意見、と思って読んで下さい。私は、一介の理系の学者ですので、この
問題への知識は、あまり信用しないで下さい。。。あくまで、意見です。
まずは、尾張猫さんの書き込みについての返信。
(1)“公式参拝には政教分離の面から問題あると思います。“
この文章自体は、正しいと思います。でも、個人として行くことは問題ない
わけですよね。
もう少し、掘り下げてみます。首相閣僚が参拝する神社は、靖国神社と伊勢神宮
があります。天皇陛下による認証式終了後、日本の将来への祈願と日本“建国”
の神々(これは日本ではいわばご先祖様ですね)へのお参り、という意味でしょ
う。伊勢神宮参拝が、問題になったことは有りません。宗教を否定する社会主義
共産主義系統の村山首相も、伊勢神宮に参拝いたしましたが、誰も文句をいわな
い。社会党や共産党の皆さんは、このとき、どうされたのか?ソビエト・中国に
おける社会主義でもわかるように、この系統の思想は、“宗教禁止”であって、
“宗教の自由を認めるという原則”以前の問題がありました。私には、村山氏の
行動は、極めて不可解でした。公明党の閣僚のかたはどうかは知りません。閣僚
が新年に地元の神社にお参りに行く事も、“習慣と伝統”からして、だれも疑問
に思わない。伊勢神宮への参拝は、閣僚の“義務”みたいな習慣になっていると
思われ、かなり、公式参拝の性格が強いと感じていますが、新聞でもテレビでも
批判の対象にもならないので、本当のことは知りません。
この事実を考えると、またまた私たち一般人はマスコミや一部団体の巧妙な議論
のすり替えに惑わされている、と思いませんか?“政教分離”という一般原則か
ら、“一国の首相が、たとえ個人の資格であっても、神社に行くことはけしから
ん”という議論は、嘘、ということですね。そう主張する方々は、伊勢神宮参拝
も、新年の地元神社参拝も、また、知事市長、その他行政の長の神社参拝も問題
にしてほしい。マスコミや市民運動における反対運動の真実は、靖国神社はけし
からん、ということです。政教分離の原則が問題になっているのではないのでは
ないでしょうか?
話をややこしくして申し訳有りませんが、大方の反対派は、靖国神社のみを対象
にする一方で、おそらく、現在与党の一員である公明党の支持母体の場合は、
本当に心から“政教分離”を気にしてはいるだろうと思います。明治維新後の
神社尊重の陰で、廃仏毀釈という迫害にあった事への警戒感みたい
なものがあるようですので。厚生大臣は、伊勢神宮いったのかな?公明党への
配慮が必要な限り、首相の神社参拝が問題になるのは、これまた、仕方ない。
これが、政治の世界なのでしょうね。
(2)靖国神社を特殊法人として政府の管理にすれば問題は無いと思います。
“政教分離の原則が最も大切な問題になっている”という前提にたてば、その
通りです。しかし、反対派が述べるこの根拠は、自己の主張をもっともらしく
見せる詐欺主張のようですので、尾張猫さんの案が実現しても、問題は全く
解決しないでしょう。事実を少し掘り下げてみましょう。一般に神社は宮内庁
管轄で、言ってみれば、既に、政府の管理下にあるようなものです(この辺は
また、色々深い事情がありそうですが)。宮内庁管轄の神社の神主さんも、
基本的に宮内庁職員として位置づけられていて、神社自体も国の補助があるはず
です(本当の知識をお持ちの方、もし、間違っていたら指摘して下さい)。
そこで、靖国神社です。かつては、宮内庁管轄の神社でしたが、靖国反対の世論
を考慮してかどうか、宮内庁管轄からはずされ(政府の保護からはずされ)、
今は、靖国神社単独の財団法人みたいなものになっているはずです。国のため、
祖国の未来のため、命を捨てた方々への追悼の施設が、政府の保護を受けられない
という事態になっているわけです。この異常事態を引き起こした大きな原因は
(A)政教分離の原則、と、(B)戦争被害国への配慮(日本軍国主義復活を阻止、
ともいえましょう)、の二点でしょう。でも、(A)は、根拠が薄い(皆無とは
言いませんが)、ということは、既にご理解いただいたと思います。
(3)A級戦犯合祀の問題
“彼らは、日本人を代表して処刑されたかわいそうな人たちだ”というのは、
“かわいそうだ”というフレーズをのぞけば、正しいのではないでしょうか?
“東京裁判は無効だ”からA級戦犯を合祀した、というのは、どうかな?東京
裁判の無効有効が、A級戦犯合祀の根拠になる必要は無いような気がします、
素朴な日本の習慣として。日本では、“死者にむち打つこと”というのは不道徳
とされていて、悪者の行為自体は糾弾するけど、どんな大犯罪者でも、死者となり、
仏となれば(これは仏教ですが)、その魂は大切にする、というのが、古くからの
伝統です。故に、平将門や、そのほか、反逆者とされた敵の将を、殺した後は
魂を大切に祀る。戦国時代もそうでしたね。日本に住んでいると、“死者にむち
うつこと”は不道徳、という考え方は、世界の常識かと思ってしまいますが、
これは、おそらく、日本および仏教が強い影響力をもった歴史のある国のみの常識
です。仏教がまださかんな、インドの一部、チベット、ビルマ、タイあたりでは
ご理解いただけるでしょう。でも、西欧、中国、朝鮮半島は違うようです。
不幸なのは、“A級戦犯が結果として他国に恨みを買うような決断を下したことは、
申し訳ないと心から思う”ということと、“でも、死んだのだから魂は大切に
しなくては”という二つの考え方は、日本および仏教国では両立しますが、中国、
韓国には、こういう伝統はないらしいです。殺しても、そのあと、さらに死体を
食べて恨みを持続させる儀式や(十八史略や三国志にもでてきますね、この場面)、
死者の像を造り、永遠に敵の魂が辱められるよう、像に唾を吐きつけたりするよう
代々子供達に指導する、ということが習慣としてあるそうです(中国の友人に
聞きました。いまでもあるそうです)。この習慣の立場から見ると、靖国神社の
存在自体が、戦争を反省していない、と、受け止められかねないのです。ここは、
説明をするしかないです。
中国韓国を通して、日本は仏教を学んだのですが、中国韓国では、仏教弾圧が
行われたのと仏教に合わない土着伝統の存在で、日本の常識が通用しません。
で、剣道に無理矢理つなげるようで恐縮ですが、死者への礼、敵への礼、といった
道徳観が日本の剣道というか武士道の根底にありますよね(ですよね?)。中国
にも韓国にも西欧にも“似た”道徳観はありますが、完全一致はしないということ
をご理解の上、外国人の皆様と剣道の背景議論をいたしましょう。ちょっと、
こじつけかな。
東京裁判が有効か無効か、とかに話が飛ぶと、またまたややこしくなりますので、
これは、やめます。でも、現在の日本政府がどういう立場かと言うことについては、
裁判結果を“原則”受け入れている、でしょう。故に、謝罪外交を繰り返すわけです。
靖国問題に関連して、こちらでの体験を二つ。
(1)南京出身の中国人友人たちとの会話。
南京事件の本場、南京出身だけあって、歴史問題や外交問題は配慮のいる話題です。
南京事件も、また、ややこしいですが、この問題も、彼らと話をじっくりしました。
でも、これは、別の機会に。
靖国問題での、彼らの立場は、当然、断固反対。ただ、中国政府どうよう、あく
A級戦犯さえ合祀しなければ問題はないとのこと。その根拠は、日本人民も戦争で
被害にあった。だから、それを弔うことは理解できる。日本人民に被害をもたらした
のは指導者であるA級戦犯である。この指導者達は、たとえ殺しても許すわけには
行かない。日本人が、たとえ、死者でも、彼らを祀り、頭を下げることは、
納得できない。といわれました。で、こちらとしては、精魂込めて、日本の仏教
では死者は大切にするとか、体制反逆者でも、死語は魂を大切に守るのが伝統で
あること、故に、A級戦犯を祀るからと言って、戦争を肯定するわけではない、
と説明したら、意外とあっさり、皆さん、納得しました。“死者にむち打つ”
という行為への日本人の道徳観を説明すれば、個人間では理解していただける
ようです。政府間もこれでいけばいんですがね。。。
ま、しかし、“戦争には仕方がない部分もあったと実は思うけど”、という私の
本音は言わず、当時の中国には悪かったと日本は思っている、という外交的立場
をとりましたけど。
(2)政教分離問題。
アメリカのお金をお持ちの方、1 cent硬貨や紙幣をごらんになると“In God We
Trustモという文字があるのにお気づきと思います。大統領の宣誓も、裁判所での
証言でも、聖書に手をおいて誓います。これは、政教分離の原則に反するとは
思うのですが、90%以上ががキリスト教徒だから問題にならんのです。聖書
に宣誓するからと言って、非キリスト教徒を否定するわけではないのです。
私は仏教徒なので教典に手を添えます、といえば、別に文句は言われないで
しょう。政教分離という考え方も、こだわりすぎて、国民の道徳観や伝統を壊す
ところまでいってはいけない、というバランスが必要ではないでしょうか?
何事も、自由になることとならないことの、けじめのバランスが大事ではない
かな?
以上、またまた長くなりました。
ここまでおつき合いいただいた方、ありがとうございます。
お名前: Hide.
to 尾張猫さん
>靖国神社に首相が公式参拝するのには政教分離の面から問題があると
>思います。靖国神社を特殊法人・靖国廟として政府の管理にすれば
>問題がないと思います。神社として残すのなら全世界の戦争犠牲者
>を祭る神社になってもらいたいです。
うーん、そこまで考えなければいけないものですかねぇ・・・(^^;
>東京裁判は違法な裁判だったのですか?
>日本政府は東京裁判をどう評価してるのでしょうか?
日本政府の評価はわかりませんが、下に引用した「国際法と極東軍事裁判所」を読もうと
試みましたが、挫折しましたm(_ _)m
お名前: 尾張猫
一度退場しましたが靖国神社の問題は興味があるためにまた戻ってきました。
靖国神社に首相が公式参拝するのには政教分離の面から問題があると
思います。靖国神社を特殊法人・靖国廟として政府の管理にすれば
問題がないと思います。神社として残すのなら全世界の戦争犠牲者
を祭る神社になってもらいたいです。
A級戦犯合祀の問題は私はよく解らないので誰か教えてほしいのですが
「彼らは日本人を代表して処刑されたかわいそうな人たちだ。東京裁判は
無効だ。」という理由で合祀されていると聞きます。
東京裁判は違法な裁判だったのですか?
日本政府は東京裁判をどう評価してるのでしょうか?
お名前: Hide.
to kenshiさん
>”kenshiさん、やたらと気合いが入っていませんかー?”
>というのは、”そろそろ、やめませんか?このややこしい問題?”
>という暗示ですね・・・・
あ、そう受け取れたなら「ゴメンナサイ」です。私自身、この問題はもっとやりたいんで
す。多くの人に、この問題を考えご意見を頂戴したい。なおなおさんのご意向とは違うか
もしれませんが、せっかくのチャンスですから、この問題をタブー視しないで「日本人と
してどうするべきなのか」をちゃんと考えたいんです。そう言った立場からも、kenshiさ
んのご意見は私の中にある漠然としたモヤモヤをみごとに晴らしてくださり、たいへん痛
快で、いちいちうなずきながら拝読させていただいている次第です<姿をお見せしたいく
らいでして(笑)
どうして日本はこんなに国を大切にしない国民が育ってしまったのでしょう・・・。戦後
の「民主教育」「平和教育」「平等教育」という美名に隠れた、恐ろしいしそう弾圧が行
われたのではないかという懸念がわき起こってまいります。
それでも、私の子どもの頃は、祭日は「旗日」ということで、日の丸を掲げている家があ
りましたし、公共の交通(バスや電車)の前面にも日の丸が飾られていたと思います。で
も、最近はそうした光景をまったく見なくなってしまいました。私の子供時代が手話30
年代後半から40年代ですから、「戦後」という点では今よりもはるかに戦争を引きずっ
ていた時代(私は意識できませんでしたが)のはずです。でも、もっと日の丸は大事にさ
れていた。いつから、日の丸はこんなに粗末に扱われることになってしまったのでしょ
う。
また、毎年問題になる閣僚の「靖国参拝」ですが、今の日本があるのも、先の大戦で命を
落とされた多くの英霊(むろん、兵隊さんばかりでなく多くの日本人も)の尊い命がある
からこそではありませんか。この方達も、けっして「死にたくて」亡くなったわけではな
いはずです。戦争という大きな過ちの犠牲者です。靖国に眠る英霊も、長崎や広島で被爆
されなくなった方も、沖縄戦で戦死された方も、等しい命であり等しい犠牲です。これに
対し、礼を慰め弔うことが、なぜ、問題視されるのでしょうか? 遺族にとっては、身内
の死を蔑ろにされるような気がして、ものすごく傷ついているのではないかと考えてしま
うのは私だけでしょうか?
おっと、私もちょっと熱くなってしまいました(笑)
kenshiさんの公務員のお話、たいへん納得がいきました。職務中と過疎の職責の中での活
動は、公務員として背任行為ってことですね(^^)
私もこの問題に対しては、まったくの素人同然ですので、なおなおさんらのお考えも頭に
入れつつ、双方の立場をフラットに見つめながら、自分なりの意見を持つ場にさせていた
だきたいと考えております。
to けいさん
>私、オリンピックのこと、とっても話したかったんです。同じようなご意見で
>とても嬉しく拝見しました。
私も嬉しいですヽ(^.^)ノ
日本と日本人選手の頑張りに純粋なナショナリズムを刺激されます!!!
お名前: けいさん
Hideさん
私、オリンピックのこと、とっても話したかったんです。同じようなご意見で
とても嬉しく拝見しました。ある番組で、清水選手や村主選手(かわいい!)
をはじめ、ほとんど全ての選手が、競技中、松岡さんの声を耳にして、勇気
づけられたと喜びの声をあげていました。それを聞いて、また感動してしまった
私です。あっ、また剣道から話題がそれてしまいましたね。
お名前: けい
kenshiさん
アメリカでの生活のご様子が伝わって、「あぁ、そうなんだぁ」と
思いました。私も、イギリスに一年、スペインに一年と、短いですが
外国生活を送ったことが、もうずーいぶん昔(いつだったっけ?)
ですが、あります。外から中を見てみるのも、とっても良いことだ
と思います。とても、参考になりました。熱い熱いご意見ありがとう
ございます。
お名前: kenshi
みなさま。
私が、この問題に熱くなる一つの理由を書きます。
アメリカで子どもを小学校に通わせていらっしゃる方はご存知でしょうが、アメリカでは
毎朝、始業前、手に胸をかざして、星条旗に向かいながら、合衆国への忠誠の言葉を唱えます。
一年生の娘が、一生懸命その言葉を暗証します。毎朝、学校に通う12年間、アメリカの子ども
たちはこの儀式を行います。アメリカだけではないでしょう、こういう習慣は。
日本人として、日の丸を素直に受け入れてほしい。
日本では、どうして、毎朝、国家への忠誠を唱えることができないのだろう?
それが、どうして、”侵略国家復活”と短絡するのだろう?
と考えざるえなかったのです。
自分も、日本にいたときは、日の丸君が代問題は、ここまで熱くなりませんでした。
小学校における、アメリカでの国家への忠誠訓練を、”なんてばかげた”とか”危険だ”と
切り捨てる方もいらっしゃるでしょう。それはそれで、いいでしょう。
私は、単に、自分の祖国を尊重するよう教育する社会の姿が、素直にうらやましかった
のです。その結果、長々と書き連ねてような意見を持つようになりました。
これが、長々と書いてしまった背景の一つとご理解下さい。
お名前: kenshi
Hide.さんへ、
”kenshiさん、やたらと気合いが入っていませんかー?”
というのは、”そろそろ、やめませんか?このややこしい問題?”
という暗示ですね・・・・
すみません。Hide. さんが、レスつける前に、直前の長いレスつけてしまいました。
お名前: kenshi
くにさん、けいさん、レスありがとうございます。
“深入りしてはいけないかな?”とは、私も思ってはいたのですが、ついつい。
なおなおさんへ、
自分の書いた文章の大部分は、なおなおさんの意見を超えて、さらに、別の所に
いる国旗国歌反対運動家のみなさん、あるいは、なおなおさんの読まれた本を書
かれた執筆者を対象にした文章になっております。
なおなおさんご自身が、“私は、ここまで考えていません”とお感じになったら
私の意図を汲んでいただきたく思います。
けいさんへ、
おっしゃるとおり、多くの方が読まれるので、ついつい、熱くなりまして。
剣道の掲示板なんですよね。ここは。わかっているつもりなのですが。
ただ、剣道場に入ったら、日の丸があって、それを見た先生か生徒がそれを
べりっとはがすのは、私は見たくない、という一念で書いております。
さて、くにさんへ。
“そんな国になって欲しいですか?”
というご質問に対しての私の答えは、イエスです。
そうでない今の日本が異常だと思います。
その説明を以下に書きますが、これは、くにさんへの意見というより、一般化
した意見だと思って下さい。
公共の施設において、公共の場面において、私物ではない国旗を踏みつけたり、破ったりすることは、器物破損という観点からしても、明らかな犯罪です。
それを、“日の丸だから許される”というのはおかしいでしょう(くにさんが、そう言っていると、言っているわけではありませんので、誤解の無いように)。
日の丸の嫌いな方が、同好の間だけで、自分で買った日の丸を似て食おうが
焼いて食おうが、日の丸を国旗と認識している人が気付かない限りは、どうぞ
ご自由に、と思いますが。ただし、国旗を掲揚するべき所と他の人々が認識
している場所で、それを引き吊りおろしたりすることは、問題でしょう。
特に、現在は、それが法律で定められているので有れば、尚更でしょう。
名誉毀損罪や法廷侮辱罪という概念ににていると思います。
それから、問題を公立学校の教員、及び公務員に限定した意見を述べます。
公務員は、即ち、行政機関の一員です。その職務中は、政治的に中立であり
職務を執行する義務があります。私自身、国立大学で教職に就いていたことが
ありますが、その際、“憲法を遵守し、法律に基づいた行動を行います。
また、職務上の上司の指示には従います。“という書類に署名捺印いたしました
。これは、国家公務員に採用される際に行われる手続きです。公立学校において、
上司である校長の職務上の指示である国旗掲揚が出来ないならば、辞職して
戴きたい。それを敢えてするのならば、処分を受けて当然です。
署名までした約束を守れない人間が、公立学校の教員に居座ると言うことが
問題ではないでしょうか?また、法律を守らないという行為を子供達の前
でやる先生が、どうして、子供達に法律を守ることの大切さを教えられますか?
処分されて、私は、当然だと思いますし、子供達にも、はっきりと説明して
処分していただきたい。そのほうが、子供達には良い教育になると思います。
国旗国歌を尊重できない公立学校の先生は、それを個人の思想としてお持ちに
なるのは結構。自由です。しかし、それを職務中に職場で行動に移すことは、
行政の一員として自己矛盾しております。公私のけじめをつけて戴きたい。
どうしても国旗掲揚国歌斉唱を阻止したいなら、辞職してからやっていただきた
い。あるいは、自分の思想に合う私立学校に言って、やっていただきたい。
日の丸も君が代は、私個人は、幸運なことに好きですが、政治的思想の有無に
限らず、特に好きになれないと言う方も、不幸にしていらっしゃるでしょう。
それを好きになれと、強制することはできないでしょう。それは賛成です。
ただし、嫌いだからと言って、国旗掲揚国歌斉唱する場所で、それを物理的
に公然と妨害することは、許されることではないでしょう。そこまで行動
にうつしたら、法律を犯すという意味で、犯罪です。自分の好き嫌いに任せて
行動に出ることは、“それが日の丸であっても”(逆説的ですが)、許される
事ではないと思います。
さて。日本で、日中友好の会館で、中国の国旗を引きずりおろして踏みつける“右翼”と、日本の国旗を引きずりおろしてふみつける“左翼”、どちらも同罪だ
と、私は思いますが。国旗とはそう言うものではないですか?中国の国旗には
失礼で、”日の丸はしょうがない”というわけにはいかないでしょう。
私は、自分は、右翼だなどと考えたことは全然ありません。これでも、まだ、
多少左がかっていると思っております。ただし、公立施設、学校における
国旗国歌の問題は、純粋に法律問題、業務執行義務の問題。思想の自由に
すり替えて、議論したり、甘やかしてはいけない問題です。
公務員、公立の教員の皆さんが、私的な場において、国旗国歌反対を唱える
限りは、個人的な思想・政治活動の範囲と言うことで許されるてもいいので
はないか、と思っております。
何故、日の丸だけをいじめるのでしょう?
日本への憎しみを忘れない外国の方々は、日の丸に限らず、日常私たちが
使っている日本語も、袴という衣装も、お嫌いなのですよ。もっと言えば、
日本という国が存在していること、また、私たち日本人が生きていること
自体も不愉快かも知れません。その方々への遠慮で日の丸を捨てるなら、
どうして、日本語や袴を捨てると言うことに議論が進まないのだろう?
日の丸反対運動の論理は矛盾だらけだと思いますが。
ま、犯罪にならない限りは、思想の自由です。
お名前: Hide.
to けいさん
>国旗を見て、自然に、日本人として
>そんな気持ちが芽生えてくれればよいと願っているのです。
私もまったくそんな気持ちですね。
少し論点はずれるかもしれませんが、少なくともオリンピックに出場されていらっしゃる
選手のみなさんは、おひとかたも日の丸が日本の国旗で、君が代が国歌だということに疑
問を抱かない方々なのでしょうね。でなければ、開会式・閉会式のユニフォームや、競技
によるとウエアにも日の丸が入っています。そして、松岡さんのように日の丸を手にあらんかぎりの声援を送る同胞たちの姿に、どれだけ勇気づけられていることでしょう。ま
た、私も、けいさんと同じように、そんな応援者そして選手の姿を見ると熱いものが込み
上げてきます。こんなときぐらいしか感じないのは情けないですが、「ガンバレニッポ
ン」って本気で思います(笑)
また、剣道大会などで、厳かに君が代が流れますと、たとえ審判や観客としてその場にい
たも、厳粛な気持ちになります。
こうした感覚って大切なものなんじゃないですかねぇ・・・。私は日本に生まれてよかっ
たって常に感じてます(^^)
to なおなおさん
>実は、少数でも同じような意見の方がおられるかなぁ?っと
>思っていたもので、やっぱりちょっとつらいものがあります。
アハハ、けいさんもおっしゃってますが、たぶん、他にもおられると思いますよ(^^)
ただ、ことの成り行きを見守っていらっしゃるのだと思います。まさに、積極的反対か
ら、積極的賛成まで、あらゆるお考えの方が、このボードをご覧になっておられると思い
ます。もっともっと多くの方の声を・・・と思いましてもROMるのも個人の自由ですか
ら。なおなおさんには、孤軍奮闘の感がありおつらいでしょうが、トピ主としてもう少し
この話題にお付き合い願えればうれしく思います(^_-)〜☆
>その通りです。私も、もともとは日の丸・君が代反対には自分
>が否定されたみたいでめちゃくちゃ腹が立っていた者ですから、
それがいかなる理由で、積極的反対派(?)のお立場に変わられたのか、たいへん興味深
いですねぇ(^^)
>なんでも裏と表がありますよねぇ。どうもみなさんの
>ご意見のほとんどが表のご意見で、裏には蓋って感じな
>ので、ほならこんなんでぇ!と思いまして本を出してし
>まいました。 でもやっぱり反則ですか?
うーん、なんとも含みのある書き方ですねぇ・・・(^^;
そんなふうに書かれますと、ますます気になってしまうではありませんか。私って好奇心
が人一倍強い方なものですから(笑)
特定の個人や団体の誹謗中傷にならないかぎり、どんなことをお書きいただいても拙掲示
板はOKですので、ぜひぜひ、ご説明いただきますようお願いいたします(^^)
>それから、卑屈にはなっていませんです。
それならけっこうですヽ(^.^)ノ
to kenshiさん
>寛大なお言葉ありがとうございます。
いえいえ、どういたしまして。管理人として当然の務めです(^^)
それにしても、kenshiさん、なんか、やたら気合入ってないですかぁ(笑)
to くにさん
>国歌や天皇に敬意を払わない私が、逮捕されたりしない日本であって欲しいと願ってい
>ます(^_^;)
まぁ、それはもっともですね。
ただ、敬意を払わないっていうのはどんなもんでしょうか。天皇陛下っていうのはたいへ
んなお仕事だと思いませんか? 敬意がおきませんかねぇ(笑)
お名前: けい
あのぉ、私、いろいろな考えがあっていいと思います。
なおなおさんの意見も、kenshiさんの意見も、くにさんの意見も
いろいろ読ませて頂いて、「こんな考えがあるのだなぁ」ととても
ためになりました。ありがとうございます。
このいちに会には、毎日とてもたくさんの人がアクセスしています。
すごいですね、Hideさん。ですから、ここに登場されなくても、きっ
となおなおさんのような意見の方もたくさんいらっしゃると思います。
いろいろな人が集って、ここで意見を交換できれば良いので、今回、
日の丸、君が代問題をはじめて真剣に考えた方もいると思うと、とても
有意義な意見交換ができていると思います。
どなたの考えも、間違っていないと思います。いろいろな視点から
一つの問題を考えることは、大切ですもの。
お名前: くに
私としては、この問題に深入りしたくないので、あまりこちらに振らないで欲しいと思うのですが…(^_^;)
to kenshiさん
>自由の国アメリカでも、星条旗に無礼を働いたら、それは公然たる犯罪です。ポリスがきます。ましてや、
>連邦職員(公務員)や教員がそれを行えば、刑務所行きです(保釈金ででられるけど)。そうならないのは、
>日本だけではないでしょうか?
そんな国になって欲しいとお考えですか?
私は、自然に尊重できるような国旗国歌であって欲しいと思いますが。
個人的には、日の丸はいい旗だと思います。船印が起源だとも言われていますが、起源に政治性もないし、
単純でありながら、日本という国を象徴しているようで。
ただ、侵略戦争に使われたから、違う旗を作った方がいいという方が居てもいいと思っています。
もっと日本という国を象徴できるようなデザインがあれば見てみたいと思いますね。でも、今のところ
これがベストではないかな。
まぁ、外国人がどうこういうからという話ではないと思います。
君が代については、現在、天皇を国家の機関として活用しているのだからいいだろうと言われれば、まぁそうかなと
思いますが、天皇制自体について、余り賛成できないので、消極的な肯定派というところです。
ここでは、君が代の話をしているのではないから、この話はここまでにしましょう。
国歌や天皇に敬意を払わない私が、逮捕されたりしない日本であって欲しいと願っています(^_^;)
お名前: kenshi
みなさん、すみません。
止まりません。書きます。
なおなおさん、への意見というか、なおなおさんと同じような考えを
持つ方に、是非、伝えておきたいので。
原点にもどり、なおなおさんのお言葉を引用しつつ、再考します。
なおなおさんは、
“伝統や文化にとても興味があり、現代では忘れられた大事なものを
再認識する必要があると考えております。剣道もきっと日本が生んだ
大切なものと思います。だからこそ、二度と同じ過ちを犯さないよ
うに剣道がこれからも多くの方に支持されることを望むものです“
と、お書きになっていますね。剣道を、日の丸・君が代という言葉に
置き換えて考えていただけませんか?
“時間が解決する問題でしょうか?”
難しい問題ほど、時間による解決を待つ場合も多いのではないでしょうか?
“安易な解決方法は、再度過ちを犯します。もし、良ければ是非、
客観的な近代史を勉強して下さい“
法治国家の原則として、事後立法による処罰の禁止、という原則が
あるのはご存じですね?おざけんさんやHide. さんもお書きになって
いましたが、現在の法律や価値観を用いて、当時違法ではなかった
過去の行為や思想を罰することは(あるいはそれに相当する思想的圧力を
加えるのは)、法治国家の原則に反するということを、理解して
いますか?ここでいう“客観的”とは、いつの時代の、どの集団の立場
から見た客観性なのか、よくよく考えて勉強して下さい。客観的とは、
即ち、第3者的ということです。あなたが日本人ならば、永遠に第3者
になって逃げることは出来ないと言う事実をお忘れ無く。
日本の皆さん、周辺国への配慮は大事ですが、片想いの場合もあることを
お忘れ無く。片想いの行きすぎた行為は、惨めですよ、外国から見ている
と。日本が戦争に負けたことを、いつまでもくよくよするのは、甘えです。
今を生きること自体が、様々なものとの”戦い”であることを(剣道をされている
みなさんは、良くおわかりとは思いますが)認識して、毅然と”戦い”の中に生きて
戴きたい。責任を持つと言うことは、批判を受けるリスクを負うということでしょう。
批判(特に自分には身に覚えのない、過去の戦争の問題)を怖れて、前面に出ず、過去
の敗北にうじうじしているのは、”責任逃れだ”、と国際社会に批判されても仕方有り
ません。
くどいようですが、欧米では、日本を“戦争に負けた軽蔑すべき連中”
と見ることは(一部にはあるでしょうが)なく、世界の主要文明国
の一つとして、特に、アジアの中でもっとも尊敬を受ける文明国として
位置づけられ、責任を求められている、ということを知っていただきたい。
そのような今の日本の評価を築いて下さった両親、先祖の方々、戦争でなくなった
英霊の皆さんに、心から感謝の念を、私は抱きます。
お名前: kenshi
Hide.さん、
寛大なお言葉ありがとうございます。
なおさん、
”坊主にくければ、袈裟まで憎い”
とか、
”逆恨み”
という言葉をご存じですよね。
あなたが読まれた本で、戦争の問題と日の丸、君が代を結びつけているのは、
こういうことなんではないでしょうか?
また、日の丸と君が代を嫌うように教育している国があるとすれば、その国に、断固
日本人および日本政府は抗議するのが有るべき態度と思います。それは、国際儀礼に
反する、極めて失礼な態度です。日本人の側で、その思想テロとも言える教育を見過ご
し、あまっさえ、その異常教育を日本においても実施しようと言うのは気が狂っている
としか思えません。
前にも書きましたが、仮に日の丸の嫌いな中国韓国の方がいらしても、教養のある方々
でしたら、日本人の前で、面と向かって”嫌いだ”などとはいいません。
戦争は日本の無条件降伏で終わっており、その”無条件”戦後処理も政府間でサインをして公式に終了しております(ロシアをのぞいて)。もはや、戦争をしていない相手国
の国旗国歌を侮辱することは、喧嘩を売ることになります。好き嫌いを超えて、尊重し
なければならないものが、他国の国旗国歌であり、自国の国旗国歌であるというのが、
国際感覚でしょう。そういう、国際習慣が形而上学的だ批判するのは自由ですが、
”人の心”と”人の歴史”というものがわかっていない、あるいは、勘違いした結果の
批判ではないか、と思います。
戦争は、過去のことですよ。いつまで、過去のことにこだわるのですか?
五輪書に”我、事において後悔せず”と宮本武蔵様も書いているではありませんか。
思想の自由はいいですが、本人の目の前で、その方の両親を嫌いだの馬鹿だのという
自由があり、そのようなことをする人々が多数の賛同を得られるということはあっては
ならないと思います。国旗国歌問題は、これに近い、問題です。
国旗国歌は、押しつけられるものではないでしょう?
それを、反抗の対象にすることが、”坊主にくければ袈裟まで憎い”の類の行為だとは
思わないのでしょうか?日本の軍国主義がお嫌いな方が攻撃すべき対象は、日の丸・君
が代以外に、あるのではないですかね。天皇陛下ご一家を攻撃することも対象を間違え
ていると思いますので、予め書いておきます。もしかしたら、現代の日本には、もはや
彼らの攻撃すべき対象は存在しないかも知れませんが。
日の丸君が代は、現代の日本人が生まれる前から、もともとそこにあったものです。
自由に出来るものと自由に出来ないものの区別が出来て初めて、民主主義は成り立つと
思いますし、日本人の大好きな平和主義が達成できると思うのですが。
わがままと自由は違います。自由に出来ないものを理解して初めて、わがままではなく
なるのではないですか。
アメリカにいると感じるのですが。
日本以外の方の方が、却って、日本を尊敬しているような不思議な感じを受けます。
日本人が一番、過去のことにこだわったいるような気がします。
日の丸君が代問題で、”これからの国際化社会に日本人が生きていくために!”などと
言う枕詞を耳にするたびに、”お前は、一度でも国際社会で生きたことがあんのか!”
といいたくなりますね。また、世界というのは、中国と朝鮮半島”の政治団体およびそ
の影響を受けた人々だけ”ではない、ということもわかってほしいです。
お名前: なおなお
また、やってしまいました。
最後の
>剣道をしている人間の誰もが日の丸を容認しているわけで
>はないでしょうし、
>違う意見があっても構わないのですが、お考えを消化して、
>ご自分の意見としてから主張なさらないと、大方の賛同を得
>ることはできないと思いますよ。
これは くにさん のご意見の抜粋でした。
すみません。
お名前: なおなお
実は、少数でも同じような意見の方がおられるかなぁ?っと
思っていたもので、やっぱりちょっとつらいものがあります。
けいさんのご意見なのですが
>ご自分を「未熟」だからと評価されていると言うことは、
>『日本の歴史 第00巻「日本」とは何か』に展開されている
>意見を、まだご自分のものにしていないのではないかと思い
>ます。
その通りです。私も、もともとは日の丸・君が代反対には自分
が否定されたみたいでめちゃくちゃ腹が立っていた者ですから、
まだまだ勉強中です。
Hideさんのご意見ですが
>そうですね。なおなおさんがそうおっしゃるなら、一度読ん
>でみる必要があるでしょうね。
メチャクチャ感激です。もうそれで十分です。
>なおなおさんにおかれましても、けっして卑屈になられる
>のではなく、くにさんもおっしゃっておいでですが、自説
>を私どもにわかりやすくご説明いただけますと(時間のな
>い私にも)助かります(^^)
そうだと思います。自説を!はごもっとです。ただ、
本当にみなさにどのように表現したらいいのか悩んでし
まいまして、裏の部分を紹介させていただいたのですが
やぱり反則ですか?
なんでも裏と表がありますよねぇ。どうもみなさんの
ご意見のほとんどが表のご意見で、裏には蓋って感じな
ので、ほならこんなんでぇ!と思いまして本を出してし
まいました。 でもやっぱり反則ですか?
それから、卑屈にはなっていませんです。
>剣道をしている人間の誰もが日の丸を容認しているわけで
>はないでしょうし、
そうでしょうか?おられるでしょうか?
>違う意見があっても構わないのですが、お考えを消化して、
>ご自分の意見としてから主張なさらないと、大方の賛同を得
>ることはできないと思いますよ。
すみませんが、賛同を得ようとは思っておりません。
私はいろいろな意見があるほうが普通だと思いますし、
自分が少数派(自分だけかも?)であることになんとに
不自然さを感じません。逆に誰もかれもがみんな同じ考
えということのほうがおかしいと思う者です。たとえ日
の丸・君が代でもです。
お名前: けい
Hideさん
Hideさんのカキコを読ませて頂いて、なんだかほっとしました。
元テニス選手の松岡さんが、ソルトレーク・オリンピックの会場で、テレ
ビ局のお仕事をしていらっしゃる時、日本の局ではなく、偶然、国際映像
の方でそのお姿が捕えられ、全世界に放映されました。そこに映っていた
松岡さんは、日の丸を大きく掲げ、ある日本人選手に力の限り声援を送っ
ていました。
松岡選手の温かい人柄が感じられ、その手に掲げられた日本の国旗はとても
美しく見えました。純粋に「日本人、ガンバレ!」という松岡さんのメッセ
ージを、全世界の人々が、微笑ましく受け止めたことと思います。後でわか
ったことですが、松岡さんは、どの日本人選手にも力の限り声援を送り、そ
れが高じて乾燥した空気と低い気温の中で鼻血が止まらなくなり、ドクター
ストップがかかったといいます。でも、そんな松岡さんを私は一日本人とし
て、とても誇らしく思いました。
私は、自分の子どもたちも、日本人として生まれたことを誇りに思い、日
本の文化を大切にして、立派に生きて欲しいと思います。剣道から、そうい
うことを学んで欲しいと思っています。国旗を見て、自然に、日本人として
そんな気持ちが芽生えてくれればよいと願っているのです。
お名前: Hide.
to なおなおさん
>もし時間があれば読んでみていただけないでしょ
>うか。もっとも一般的な誰でもが読むことのできる
>本だと思います。
>『日本の歴史 第00巻「日本」とは何か』
> 2000.10.14 網野善彦著 講談社
>P008〜028、もう少し時間があればP322〜360、もう
>ちょっと時間のある方はP238〜330。
そうですね。なおなおさんがそうおっしゃるなら、一度読んでみる必要があるでしょう
ね。ただ、私にはあまりに時間がありませんので、いつ読めるかわかりませんが、心して
おくことだけはお約束いたします。
なおなおさんにおかれましても、けっして卑屈になられるのではなく、くにさんもおっ
しゃっておいでですが、自説を私どもにわかりやすくご説明いただけますと(時間のない私にも)助かります(^^)
to くにさん
>続けちゃいましたね(笑)
アハハ、自分と違うご意見にこそ学ぶべき真理が隠されていることが少なくありません。
「我以外皆師」ですよヽ(^.^)ノ
to けいさん
>また、卒業式や入学式のたびに、右翼の街宣車が来たり
>市民運動の方のビラ配りが校門の前で行われるのも、
>完全に子どもたちのことを忘れた行動であると思います。
>本当にやめて頂きたい。
こうした一部の方々のおかげで、日の丸も君が代もいい迷惑を被っていると思います。
子供たちにも、歪んだ視点を与えそうで怖いですね( -o-) フゥ
to kenshiさん
海外からの日の丸君が代問題、たいへん興味深く拝読させていただきました。ちっとも
「出遅れた」なんてことはありません。このトピは、多くの剣道愛好家のみなさんに観て
いただき、日の丸と君が代を考える手だてにしていただきたく思っております。
我々日本人がこの問題を口にするとき、以前「右翼ではありませんが」と前置きしてから
はじめなければならない事実を、実は私はとても不思議であると同時に苦々しく思ってき
た一人なのです。ですから、なおなおさんの問題提起にとてもうれしく思っているので
す。あ、くにさんは懸念をもたれているようですが(笑)
こうしたことを、おおっぴらに、みんなで口にし話し合うことができてこそ、掲示板とし
ての真価が問われるのではないでしょうか。いちに会の掲示板は、紳士的な意見交換であ
れば、いかなる思想も弾圧いたしません。だから、なおなおさんやなおなおさんと考え
を同じくする方にも多数登場していただき、ご意見を伺いたいとかんがえております。そ
れこそ「港」としての役目だと考えておりますヽ(^.^)ノ
お名前: kenshi
追加です。
出遅れてるかもしれませんが。。。
皆さん。まず、事実を把握しましょう。二次大戦後、無条件降伏を受け入れた日本の
日の丸と君が代は、戦争責任の対象にならずに、しっかりと国旗国歌として残され、
国際連合でもオリンピックでも、他の国々に日本の国旗国歌として認められ、尊重され
ています。日の丸、君が代に、本当に”明白な責任”があったなら、戦後処理の段階で
戦勝国に捨てられていたでしょう。日の丸や君が代には、罪はないでしょう?
”一部のアジアの国々の感情”という決まり文句も、冷静に考えると、それ
は、”一部のアジアの国々の感情を考えすぎる一部の日本人の感情”ではないか、と
思われます。そもそも、中国、朝鮮半島の政府、外交部に、”日本の国旗国歌は?”
と問えば、日の丸、君が代、と答えるでしょう。外交上、他国の政府に認知されている
国旗国歌です。好き嫌いを論じるのは自由です。自分の親を選べないのと同じかも知れ
ません。
でも、日の丸、君が代を大切に思う人々の心を、”右翼だ”とか”軍国主義”とか、”中国、韓国の感情を無視している”というのは、無実の良民に、言いがかりの大罪をな
すりつけるがごときの行為だと思います。
もし、日の丸や君が代に戦争責任を感じるのなら、剣道や武士道そのものも、同じ論理
で捨て去らねばなりません。剣道や武士道こそ、敵国から見た日本帝国陸軍の大きな
思想的・戦術的背景となったと見られていたわけですから。実際、戦後しばらく剣道は
GHQに禁止されましたよね。
くにさん、けいさん。
自由の国アメリカでも、星条旗に無礼を働いたら、それは公然たる犯罪です。
ポリスがきます。ましてや、連邦職員(公務員)や教員がそれを行えば、刑務所行き
です(保釈金ででられるけど)。そうならないのは、日本だけではないでしょうか?
いくら自由とはいえ、自由にならないものもあるというのが秩序ある社会だと思います。自由があるからといって、他人を中傷したり、詐欺したり、泥棒の自由まではない
ものです。学校や公的場所における日の丸、君が代が、”思想の強制”という議論は、
”公の秩序”の意味が理解されていないのではないのでしょうか?なんか、憲法議論に
なっていきそうなので、この辺で、私も退散した方がいいかも。
ただ、繰り返しますが。こちらでは、アメリカ人も、中国人も、韓国人も、イギリス人
も、ロシア人も、アイルランド人も、ユーゴの方も、剣道や空手道場にある日の丸に、
手をついて、深々と礼をして下さっているという事実だけはご理解いただきたく思います。
お名前: kenshi
あああ、出遅れた!
こんなところで、こんな素晴らしい話題が進んでいたなんて!
私の立場はを予めはっきりさせておきますと、日の丸、君が代に敬意を払うのは当然。
根拠のいくつかは、Hide.さんや春海坊さんや、その他の同じ立場の皆さんから説明
されていますが、補足を。
(1)戦争責任と日の丸、君が代をこじつけるのはナンセンス。両者とも、戦争以前か
ら存在していたではないですか。もっともらしく、被害を受けた国の感情を考慮する
などと言う理由を挙げる団体の主張は、対戦国の状況を故意に間違って解釈しています
。そもそも、最大の敵国であった、ここアメリカですら、日の丸と君が代を尊重して
くれていますよ、大戦以前からの伝統的な日本の国旗、国歌として。かつての最大の
敵国人、アメリカ人が、剣道をするときも、オリンピックの時も、日の丸、君が代に
敬意を払って下さるという現実を、どう説明するつもりなのでしょうね?反対派の方は。
(2)アジアの国と言うのは、具体的には中国と朝鮮半島のことのみでしょうが、現実
には、さらに、その国の共産党と政治色の濃い団体、ということではないでしょうか?
外国に長く住む私は、一度も、一般の教養ある中国人や韓国人に”日の丸嫌い”と
言われたことはありません。剣道を一緒に学ぶ中国人や韓国人の方々も、道場や大会会
場に星条旗と共に掲げてある日の丸に深々と礼をいたします。このアメリカ人や、中国
韓国の方々も、いわゆる右翼に定義されてしまうのですかね?日本の一部の団体には。
外国に住んで気づいたのですが、日の丸、君が代にいちゃもんつけるのは日本人だけ!
ですよ。私に言わせれば、一部の日本人の、自国の国旗国歌反対運動ほど、国際感覚を
失ったものは無いと思います。
自国の国歌、国旗を尊重することが”右翼???”。
全く、異常な論法ですよ、これは。
国旗国歌を尊重することは、”必要最低限の国民の義務”として、世界中の国で
行われていることです。
はっきりいって、日の丸、君が代反対という、一部の日本人自身の態度は、外国の方
(中国、朝鮮半島ですら)からみても、異常な態度とうつると思います。
長期海外在住組としては、こういう議論が、日本に、まだ存在すると言うことは、本当
に驚きと悲しみを覚えます。
自分の子供には、批判することが利口だ、といった安易な論調にだまされないよう、
日の丸と君が代への尊敬の気持ちをしっかりと教育したいと思います。
なおなおさんのお勉強されている歴史というのは、一体、いつ頃の歴史なのでしょう?
興味がありますね。それから、”何のために?”歴史を学ばれているのですか?
ああ、もう出遅れたかな。
しかし、子供達や青少年がこの掲示板を見ていると思うと、親の一人として、
黙っているわけにはいきません。
Hide.さん、熱くなってすみません。
でも、自分の書いたこと、極めて、当たり前の事だと信じます。
お名前: けい
くにさん
私も、処分という考えには、あまり賛成できません。
K市では、校長先生が処分されるのでなく、国歌、国旗
を巡って多くの先生方が処分を受けました。
私は、何かあればすぐに「処分」とか「罰」を与えると
いう考え方は、特に子どもたちの通う学校においては、
慎重にして欲しいと思います。子どもにも良い影響はな
いと思います。何が悪かったのか何が大切なのかを考え
ることが大切で、罰が嫌だからしないということでは、
子どもはまっすぐ育たないと思います。
学校の先生が処分を受けるということは今まで信頼し
ていた指導者を失うことでもあります。処分をする前
に、もっと慎重に話し合って頂きたいと思います。
また、卒業式や入学式のたびに、右翼の街宣車が来たり
市民運動の方のビラ配りが校門の前で行われるのも、
完全に子どもたちのことを忘れた行動であると思います。
本当にやめて頂きたい。
日の丸、君が代の問題は、過去の経験を活かし、現在
どんなことが起きているかを学校でもよく話し合って、
未来に向けて子どもたちを育てていって欲しいと思い
ます。今朝の朝刊に、国連の発表で、世界では、今、
少年少女兵が30万人ほどいるとありました。こんな
ことが、今も続いているのです。フゥ・・・。
お名前: くに
to Hideさん
続けちゃいましたね(笑)
to けいさん
>そのような市民運動を、学校校の中にまで持って来てしまうのは、いかがなものだろうと思ってしまいます。
教育の現場は政治的に中立であって欲しいというのは同意見ですが、卒業式・入学式に日の丸を掲げ
君が代を歌うように指導し、従わない場合は校長を処分するというのは、「強制」と言えると思いますけど。
国旗・国歌として法律で定めているのだからそう指導してもいいだろうという意見には賛成ですが、
やらなければ処分というのには、「?」です。
to なおなおさん
『日本の歴史 第00巻「日本」とは何か』←みなさんがこの本を持っているわけではないので、
こう書かれても反論も納得も出来ないと思います。
信念を持って日の丸と剣道とを結びつけることに反対なら、こちらの管理人さんや他の方が何と仰有ろうと
ご自分の主張を展開されればいいと思います。自分の意見に反対だからと言って、削除したりするような
管理人さんではありませんよ。
ただ、ご自分を「未熟」だからと評価されていると言うことは、『日本の歴史 第00巻「日本」とは何か』
に展開されている意見を、まだご自分のものにしていないのではないかと思います。
剣道をしている人間の誰もが日の丸を容認しているわけではないでしょうし、違う意見があっても
構わないのですが、お考えを消化して、ご自分の意見としてから主張なさらないと、大方の賛同を得ることは
できないと思いますよ。
すいません。また出しゃばりました。 生意気言ってゴメンネ(^_^;)
お名前: なおなお
いやいや まいりました。
私はやっぱり迷惑な少数派で、卑屈な歴史観を
もった哀れな人なのかもしれません。でも、剣道
に対するみなさんの思いとはなんら変わることは
ないとも思っておりますが…
でも、やっぱり自分ではこれからもこだわり続け
ていきたいと思います。ダメでしょうか?
もし時間があれば読んでみていただけないでしょ
うか。もっとも一般的な誰でもが読むことのできる
本だと思います。
『日本の歴史 第00巻「日本」とは何か』
2000.10.14 網野善彦著 講談社
P008〜028、もう少し時間があればP322〜360、もう
ちょっと時間のある方はP238〜330。決して押し付け
がましい意味ではありません。私はあまりにも未熟で、
みなさんと会話で自分の意見をわかってもらえる自身
がありませんし、市民運動の方々へも迷惑をかけてし
まうかもしれませんのでこの本で、と思いました。
ただ、歴史関係の仕事をするものとして、特に剣道
にまじめに取組む皆さんには知ってていただきたいな
ぁーと思っただけです。それでも愚論だと思われます
れば愚論でしょうがないと思います。
私も勉強中の身ですし、剣道においては初心者同然
です。もう一度みなさんのご意見も自分なりなに整理
してみたいと思います。
率直なみなさまの声が聞けて良かったと思っており
ます。
お名前: Hide.
to けいさん
けいさんのおっしゃりたいことと私がお話したいことはほぼ同じのようですね(^^)
お名前: けい
昨夜送ったもの、文字数や行がバラバラ、
読みにくくてごめんなさい。
お名前: けい
私は、日の丸、君が代問題で問題となっているK市に住んでおります。ここには、大勢の
日の丸・君が代に反対する市民運動家がおり、教育の現場が、この2〜3年の間、その影響
を強く受けていると感じています。
私は、皆様のように、戦争のことについて深い知識を持ち合わせてはおりませんが、日の丸
が侵略の旗とされ、卒業式などに日の丸、君が代を強制しないで欲しいという意見を訴える
方も父母の中にはいて、とても残念に思っております。私には、この「強制」という言葉が
気にかかります。でも、それを「強制」と感じられる方がいらっしゃることに、反対をして
いる訳ではないのです。思想を持つことは、自由なのですから。ただ、日の丸や君が代を強
制だとは思っていない人間もたくさんいるのです。ですから、そのような市民運動を、学校
校の中にまで持って来てしまうのは、いかがなものだろうと思ってしまいます。
私は、もちろん右翼でも何でもありません。ただ、日の丸が日本の国旗であり、君が代が日本の国歌であることを、子どもたちが罪の意識で捉えてしまうとしたら、残念でしかたありません。戦争を実体験として知らない人間が増えていく中で、国旗が侵略の旗だと思っていない人間も増えているのです。
子どもたちには、日の丸や君が代を憎むのではなく、戦争そのものを憎んで欲しい。ただ、日本人として、かつて日本がした愚かな行為については、反省しなくてはならないのも事実です。二度と同じ過ちを犯さないために・・・。
世界では、今だに、機関銃を背負って生きている少年兵が多くおります。「なぜ?」という思いでいっぱいです。そして、そんな映像をTVや新聞で見ると、涙が出ます。「この子たちは、いづれ死んでしまうのだろうか」と思うと、母親として、本当にやりきれない気持ちになるのです。
私の子どもたちには、剣の道を学ぶことで、正しい生き方を学んで欲しいと思います。それは
お相手を切り捨てるのではなく、共に生きていくという気持ちで学んで欲しいということなのです。
お名前: Hide.
to なおなおさん
ようやく登場してくださいましたか。お待ちしておりましたよ(^^)
>だからこそ、日本の国を結果的には戦争へ導いた思想の根
>底に寄与した日の丸・君が代と剣道を結びつけることには
>危惧の念を抱かざるおえません。
どうしてそうなっちゃうのでしょう?
剣道も、日の丸も、君が代も、いわば戦争の犠牲者だとはお考えになれないので
しょうか? なぜ、そんなに日の丸や君が代を敵視なさるのか? 日の丸も君が代
も、だれも直接は殺しませんでした。理屈から言えばむしろ、人を切ることの技術
であった剣道をこそ憎むべきです。
国旗国歌法案ができたからには、戦争の犠牲となってきた日の丸や君が代を許して
やってはいかがですか。アジアの国々に対しての補償問題について、私は詳しくあ
りませんが、足りないのであるならば日の丸や君が代と切り離して考えることはで
きないのでしょうか?
天皇家の人々は、戦後、日本国民の象徴として過ごしてこられましたが、なおなお
さんの論によれば、彼らもまた、日の丸、君が代と同様に認められない存在なので
しょうか? 君が代は天皇家を讚える歌詞ですからねぇ・・・(^^;
今は平和に暮らしておいでのあの方々は、世代が変わられたとしても罪人なので
しょうか? 愛子さまのご誕生を国を挙げてお祝いすることも、いけないことなの
でしょうか? どうしたら、天皇家を許してあげられますか?(^^)
なおなおさんは歴史の専門家として、マッカーサーがとった駐留政策や、武道禁止
令の背景から復活への経緯、天皇家への戦争責任などについてもそうとうの知識を
お持ちと思われますが、そうした中にあって、なぜ日の丸と君が代が「戦争責任」
を問われず、後年、「右翼思想」などと結びつけられ、こうして迫害を受けるに
至ったか、ぜひぜひ伺わせていただければうれしく思いますヽ(^.^)ノ
お名前: 尾張猫
日の丸・君が代の問題は本当に難しい問題だと改めて感じました。
思想的なものが絡むため、おそらくこの問題は、どんなに意見を出し合っても
平行線のままでしょう。そして感情的になってしまう。
剣道が戦争に利用されないようにするために、どうすればいいのかを
自分なりに述べますと、剣道界は政治的に中立であること。特定の政治勢力に
肩入れしないこと。政府からお金をもらわないこと。でしょうか。
今日スキーツアーで宿泊した旅館にあった新聞に音楽家の人の書いた文章に
国粋主義と愛国心は違うと書かれていました。詳しいことは忘れてしまいましたが
「国粋主義は排他的で戦争につながりやすい。」と言うようなことが書かれていました。
剣道界の人も愛国心を持つのは良いと思います。国粋主義には警戒しましょう。
日の丸・君が代問題から逃げるようで申し訳ないですがこれで私は失礼します。
お名前: なおなお
一番最後の
「>楽しければいい
という意見もありましたが、それだけのものならそれはそ
れでいいかもと思いますが。私は武道は楽しさの中に求め
ものがあるからこそ武道で、」
これは間違って送ってしまいました。
不慣れな未熟者で、 お許しください。
お名前: なおなお
たくさのご意見をいただきました。
複雑な気持ちですが、やっぱりショックでした。
私は自分の国の歴史や伝統や文化はとても大切な宝だと思
っております。剣道も、とても日本的なすばらしいものだ
と信じております。私は剣道は武道だと思っております。
「明治の初めには勝海舟や山岡鉄舟により剣道は人を斬る
ものでないとされ、剣道によって人を斬ることはタブー視
されている。」(『日本剣道の歴史』大塚忠義 著)とあ
ります。素晴らしいではないでしょうか。括人剣です。
「にもかかわらず戦時中の剣道・剣道家は人を斬ったし、
真剣道を求め、それを実現しようとした。」と続きます。
もしよければこの本のP141〜P153を読んでみてください。
日の丸・君が代に反対するものではありません。歴史で
す。
だからこそ、日本の国を結果的には戦争へ導いた思想の根
底に寄与した日の丸・君が代と剣道を結びつけることには
危惧の念を抱かざるおえません。剣道は日本を誤った方向
へ導く道具の一つに使われたことは事実です。終戦後、剣
道が中止されたのも仕方がなかったのではないでしょうか。
戦後の剣道は反省から出直したはずです。日の丸・君が代
を剣道に関係するようになったのは、明治政府の富国強兵
政策からです。というのが私の意見で、やっぱりみなさん
とは違う意見です。
1999年に国旗国家法案が制定されましたが、「なんで今さ
ら?」とみなさんは思われませんでしたか?この時、多く
の反対意見があり、世論調査では反対意見者が半分くらい
でした。私も反対者の一人です。
もしよければ、「剣道をしている中にも日の丸や君が代に
こんな考えをもっている人もいるいるんだなー」と「なん
でやろ?」と心の片隅においといてくださいませんでしょ
うか。
それと、私は「卑屈になる」と表現されたことにもとても
残念無念でして、私の気持ちとしては「真実を知る」とい
うことだったのですが…真実は時に残酷で、認めがたいこ
ともあります。決して私は卑屈な歴史観や人生観をもつも
のではありません。
最後に、決してみなさんに喧嘩をうっているわけではなく、
意見をと思いませて投稿させていただくものです。
ご容赦ください。
>楽しければいい
という意見もありましたが、それだけのものならそれはそ
れでいいかもと思いますが。私は武道は楽しさの中に求め
ものがあるからこそ武道で、
お名前: Hide.
みなさん、ありがとうございますm(_ _)m
でも、こうして日の丸や君が代をタブー視しないで話せる環境っていうのも重要だ
と思います。
子供たちの世代には、戦争コンプレックスのような考え方が芽生えないといいです。
それだけ、戦争っていうのは不毛な争いなんですね(^^;
お名前: 春海坊
Hide.さん、くにさん、おざけんさん、
やはり、チト重い話題でしたね〜。いささかアツくなったのを
反省している春海坊であります。剣道は楽しくなくちゃネ(^^)。
自分も稽古行って、頭冷やして帰って来たところです。
今日はフランスからの剣士が見えてました。パリからだそうです。
彼は「遅剣」一年目だそうですが、アメリカに引っ越したので
これから続けて来ます、とおっしゃってました。ガンバレ!
あ、関係ない話題になっちゃってスミマセン・・・。
お名前: おざけん
くにさん、Hideさん
熱くなりすぎました。スミマセン!
頭を冷やしに、稽古に行ってきます。やっぱり剣道の話をしてる時は、
楽しくなければね。
皆さん失礼しましたぁぁぁ・・・またどこぞのトビに、お気楽登場しま〜す。
お名前: Hide.
たしかにくにさんがおっしゃるように、少々剣道の話から脱線気味ですね。拙サイ
トで扱うテーマとしてはふさわしくないかもしれません。
トピ主のなおなおさんが現われてくださいませんと、このまま終結っていう感じで
すが・・・(^^;
お名前: くに
こちらは日の丸から、愛国心や戦争責任の話をしていたんですね。
すごいテーマですね〜(^^)
たぶん剣道の話からはそれていくと思いますが、ここでやるんですか?
かなり長い論争になりそうだな…。
まぁみなさん冷静に話して、違う意見の方を痛めつけたりしないで下さいね。
ちなみに私は全共闘が跋扈していた時代に青春を送っていましたので、日の丸・君が代反対の方の考えも、
結構わかります(^^)
昔の道場の上座には鹿島・香取の両武神が祭ってあったわけですよね。それが、信教の自由を侵す恐れがある
ということか、日の丸になった。すると今度は政治色が入ってきてしまったということですかね。
めんどくさい話です。
1月14日の新聞に、アメリカの女子柔道の選手が、「試合の度に『礼』を強制され、宗教の自由を侵害された」
と訴えた裁判の話が出ていましたが、ある一線を越えると、儀礼としてやっていることが、宗教や
政治がらみの話になり、みんなで楽しくやれる雰囲気じゃなくなっちゃうんですね。残念なことです。
私は、剣道には楽しくやれない雰囲気の物は持ち込んで欲しくないですけど…
出しゃばるなと言われそうなので、この辺で。
失礼しました。
お名前: 柳に風
to おざけんさん
こんにちは。レスありがとうございました。やっぱり踏まえて
いらっしゃったんですね。失礼しました。
ついでと言うか、因みに、国連の規約の中では、いまだに、
第二次世界大戦の戦勝国と敗戦国の扱いは、同じではありません。
ですから、
>アメリカ人の中に、米・加・欧と意識の順位が出来てるみたいで、やだなぁ・・・
と言われるのも、順位はどうあれ、あながち間違いではないかもしれませんね。
>そうして外国の人たちにも、剣道を通して日本を理解してもらえれば、それは国際化
>につながって行くのではないでしょうか。
私もその通りだと思います。
それでは、本題に絡まない私はこれで消えます。
お名前: おざけん
toHideさん
全く同感です。日本人や日本文化の最もらしい面や、良いところを失いたくないと
思います。剣道に接していると、そういう自分や、周りの人達、そういう場面に
よく遭遇して、剣道やってて良かったなぁと感じる時が、一番幸せです。Hide
さんのいうような指導ができる人間になりたいと思います。
そうして外国の人たちにも、剣道を通して日本を理解してもらえれば、それは国際化
につながって行くのではないでしょうか。
to柳に風さん、初めまして!
これまた全く同感です!アメリカの言う正義は、アメリカのとって都合の良い正義でしょう。
NYの事件にしても、テロという手段は卑劣極まりないですが、その原因はどこにあるのか
なぁ、なんで中東の人々はあんなにアメリカを恨んでるのかなぁと、テレビに出てる人達は
なぜ言わないんでしょう・・・
オリンピック見てると、余計にそう思ってしまいます。アメリカ人の中に、米・加・欧と
意識の順位が出来てるみたいで、やだなぁ・・・
お名前: 柳に風
本筋とはかなり離れる枝葉末節なので、申し訳ないのですが・・・
to おざけんさん
>今は東西冷戦も終わり、基本的に
>世界は、国連の名を借りたアメリカによって平和たらんとしていると思います。
そう見えますか?中東に武器を売っているのもアメリカですよ。今もアメリカは、
自国の利益のためには、口で言うほど、奇麗事ばかりをやっているわけではありません。
ということでした。本題に関係なくてすみません。これで引っ込みます。
お名前: Hide.
春海坊さん、尾張猫さん、おざけんさん、ご意見ありがとうございました。
私は国としての謝罪とか国としての保証という面でどのように「不備」と言われて
いるのかそのすべてを知っておりませんが、国民レベルでは十分に申し訳ないとい
う謝意は尽くしていると思いますがそうでもないんでしょうか?(^^;
おざけんさんがおっしゃるように、国際法上では戦争は合法的行為です。
「国際法と極東軍事裁判所」というHPからの引用ですが、
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国家は国際法上の基本権として戦争権(開戦権および交戦権)を有し、ひとたび戦争を開始するや、平時には有しない交戦権(たとえば、攻撃・占領・通商禁止・敵産管理を行う権利等)の発動を認められるが、非戦闘員の殺傷、非軍事目標・無防備都市(非防守都市)の攻撃、不必要に残虐な兵器の使用、捕虜の虐待などは、違法として禁じられたのであった。
(第2次大戦中、連合国側が都市の無差別爆撃 ―総力戦[total war]概念が濫用された―、原子爆弾の ―しかも2度にわたる― 投下、非戦闘員への暴虐行為、捕虜の虐待など、重大な交戦法規違反 ―交戦法規に違反する行為が国際法上の伝統的意味での戦争犯罪(war crimes)である― を行なったことは、真に非難に値するものである。)
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と書かれております。
>日本人として自国を愛することが、タブーであり、日本人として生きることは
>矛盾とコンプレックスを抱えて去勢されて生きる事であると知り、さらに「道徳」
>をないがしろにして来たがために、自らの規範すらあやふやにならざるを得ない。
>彼等は日本人として日本に生まれて、八方塞がりですよ?
私もまったく同様の危惧を覚えるのです。ゆえに、そうした精神的な部分を育てる
にふさわしい教材である剣道を、私は大切にしていきたい。剣道を学ぶ子供たちを
自国を愛し自国の文化を誇りに思い、気品と礼節のある日本人に育てることに力を
尽くしたいと考えているわけですヽ(^.^)ノ
>カトリック系の高校にはマリア様の額がかけてあるが、その額
>に対しては礼をしないんですね。信仰と剣道の稽古は別と言う考えなんでしょう。
その学校がそういうスタイルをとっているだけで、すべてのカトリック系の学校が
同じようにしているということではありません(^^;
ちなみに私が指導していた女子高は、仏教系の学校であったにも関わらず、整列し
て礼をするとき「神前に礼」という号令でした(笑) あ、道場には神殿も仏殿もありませんで、「無彊寿(むきょうじゅ=仏典の中の仏の愛についての教え)」の
額に礼をしていたのです。そこで、私は、「仏前に礼」という号令に改めたのです
が、礼をする対象は自分の心の中にあるものであって、形やものではないと考えま
す。「郷に入りては郷に従え」アメリカに行ったら、道場にある星条旗に礼をして
も剣道に対する「心映え」に変わりはないですよね(^^)
お名前: おざけん
なんだかシックリこないんですよね。
やっぱり、戦争は悪い事だと思います。侵略は許されない事ですよね。でも
それは、今の倫理観なのではないでしょうか。今は東西冷戦も終わり、基本的に
世界は、国連の名を借りたアメリカによって平和たらんとしていると思います。
しかし50年、100年前、世界が混沌としていた時代は、世界中が戦争を
していましたよね。母国の利益を守る為、宗教対立、時には色恋やW−CUP
サッカーが原因で戦争を始める国もあったと思います。そして大国による侵略、
虐殺、植民地支配などは競って行われていたし、それは自国の利益の為には、
それぞれが正義だったのではないのでしょうか。
日本の過去の戦争も、それと同じと考えてはいけないのでしょうか。忘れる訳には
いきません。しかし補償や謝罪をしなければいけないのですか?日本は終戦時、
連合国によって、裁かれています。敗戦国として、限りなく侵略に近い扱いも受けて
います。そして東京裁判という非条理で、理不尽、不公平な扱いを受け、戦犯の名の
元に日本人は虐殺されています。
日本という国も、軍人も、政治家も、そして国民も裁かれ、非人道的な扱いを受けて
罰されてきました。それなのに、まだ補償などをしなければいけないのですか?
過去を忘れず反省する。同じ過ちを繰り返さないために、死力を尽くす。それで充分
だと思います。
同じ様に、アメリカによる日本人大虐殺には、補償や謝罪を求める必要は無いでしょう。
しかし過去に核兵器による大虐殺があった事を、人類は忘れてはいけない。そして過去に、
その使用をした国には、ぜひ反省をして欲しい。
その行為を、戦争を終結に導いた英雄的行為と言わしめたり、原爆展の開催を退役軍人の
会によって中止させられたり、核実験を行ったりしている事を、人類として、日本人として
許してはいけないと思います。
靖国参拝や教科書問題などに騒いでる国会議員や知識人達には、同じ視点からその国に
抗議をして欲しいと思います。
話が大きくそれてしまって、申し訳ありません。僕は、日本人として先祖に感謝をし、
先祖を誇りに思い、日本人として日本人にしか出来ない事を成し遂げていく。これが
国際社会に貢献してゆく道だと思いますし、日本人としての国際化とは、そういうもの
だと思います。決して欧米に迎合して行く事だとは思いません。
そしてそういう考えこそ、日本のナショナリズムの表われとして、日の丸や君が代を大切に
出来るものだと思います。
重ね重ね、変な方向の話にしてしまい、申し訳ありませんでした。剣道やってる時は、何に
も考えて無いんですけどね。ちょっと熱くなってしまいました。いちに会らしくなかった
ですよね。スミマセン!
お名前: あんず
なおなおさんは、国旗・国歌を否定されてるのでしょうか?
それとも、道場の正面に日の丸があることを否定されているのでしょうか?
私は戦後世代の人間ですし、たいした知識ももっていませんが、日の丸・君が代が国際社会で
否定されようとも、私達は日本人であり、それを仰ぐこと、歌うことに卑屈になる必要は
ないんじゃないでしょうか?
もちろん、時間じゃ解決できない事だと思います。
だからこそ、卑屈になり、避けるのではなく、日も丸・君が代に触れるたびに
平和を願うべきじゃないかと思います。
国旗・国家を変えればいいのでしょうか?
それこそ全てを闇に葬ることではないでしょうか?
私も、息子には日本人であることに誇りをもって堂々といきてほしいですね。
道場の正面に日の丸があることを否定されているのでしたら、
何でしたらよいのでしょうか?
神棚ならいいのでしょうか?でしたら、マリア像でしたらいかがですか?
春海坊さんのおしゃるアメリカ国旗では・・
これは、そこに集う方が、気持ちを1つにして剣道をともに出来ることに感謝しているの
でしょうから、アメリカの方が星条旗を見て、クリスチャンがマリア像を見て心を1つに
出来ればそれで言いのでは、と思います。
極端に言えばなにもなくてもいいかもしれません。
ただ、そこに集う人が日の丸を見てそう感じることが出来れば日の丸でも構わないと
思いますが・・・
必要でないと道場の方が思われれば掲げないと思います。
ちなみに我が道場は、神棚と先代の館長の写真があります。
道場を作り、空から見守っていてくれている先代に感謝して、子供も大人も礼をします。
何があるかではなく、何を考え礼をするかではないでしょうか?
お名前: 尾張猫
カトリック系の高校にはマリア様の額がかけてあるが、その額
に対しては礼をしないんですね。信仰と剣道の稽古は別と言う考えなんでしょう。
まあキリスト教系の学校に、神棚というのはありえないですよね。
日の丸の問題は難しい問題です。私個人の考えを述べます。
アジア諸国に対する侵略行為に対しては日本は謝罪・補償をすべきだと思います。
アメリカの原爆投下や無差別爆撃による虐殺行為はこれを許すべきです。
私達はこの過ちを繰り返さないために子供達に平和の大切さを教えていかなくては
なりません。その上でアジア諸国と対等に付き合えばいいと思います。
日の丸に反対する人が居ることは認識しています。
逆に日の丸が好きな人も存在しています。
嫌いなものを人に強制するのは良くないと思います。
好きなものを人から取り上げるのも良くないと思います。
国旗を決めるのは国民だと思います。もし国民が日の丸以外の旗を国旗として
選ぶのなら私は日の丸が好きですが、その旗を国旗と認めて
敬意をあらわします。
私の意見に反対の人もたくさん居ると思います。私はその人の意見に耳を傾ける
用意があります。皆さん感情的にならないでください。
お名前: 春海坊
横レスですみませんが、飛び込ませてください。
書こうか書くまいか、結構悩んだんですけどね〜。やっぱり書きます。
Hide.さん、喧嘩腰で不適切な文だと思われましたら、どうぞ遠慮なく削除して
下さいませ。
自分はアメリカにおりますが、道場正面には必ずアメリカ国旗が架けられ、
試合の前は必ず国歌を演奏します(と言っても録音されたものを流すだけで
すが)その時は観客も選手も全員起立です。アメリカだから、米国旗です。
これは静かな「礼」よりむしろ「みんな、一緒にがんばろうぜ!」という
感じになりますね。
日本においては日本の国旗、日の丸で問題は無いと思いますが?
日の丸が「アジアの抑圧者としての日本という歴史を象徴している」から
排除するべきであるとのお考えには納得致しかねます。一国の歴史は良い事
ばかりではありません。清濁共に国の歴史です。「臭いものにはフタをしろ」
で自国を象徴するものが気に入らないから抹殺するなぞ、暴挙と言えましょう。
又いかなる主義・主張・宗教も度が過ぎれば狂信となります。現代の反愛国心、
反道徳はいささか狂信的です。
話は少し飛びますが、少なくない数の子供達が「未来に希望が持てない」と言い、
無気力方向に向かうにしろ、暴力的になるにしろ、荒んでいくのは、彼等の本来
持つべきプライドを、根こそぎにしてしまったからではありませんか?
日本人として自国を愛することが、タブーであり、日本人として生きることは
矛盾とコンプレックスを抱えて去勢されて生きる事であると知り、さらに「道徳」
をないがしろにして来たがために、自らの規範すらあやふやにならざるを得ない。
彼等は日本人として日本に生まれて、八方塞がりですよ?
ひとつ、教えて下さい。なおなおさんはご自分のアイデンティティーをどの
様にお考えですか?なおなおさんは恐らく日本人だと思いますが、御自身が
日本人であること、若しくは日本という国体が存在しているが故に、生命すら
脅かされる難民としてではなく、日本のパスポートで気軽に外国旅行が出来る
日常を享受なさっておられる事は、御自身にとって当然のことですか?
歴史認識とは如何なるものでしょう?国際人とは何者でしょうか?
また「勝てば官軍」という言葉がありますが、この世界の歴史はあくまで
「勝者の視点」によって語られております。中国はチベットを侵略しましたが
中国はあくまで「解放」と言っております。アメリカは武力にモノをいわせて
世界各国の文化に土足で踏み込みましたが「自由と正義を守るため」と言って
おります。大方の場合、紛争・戦争は経済的理由ですし、好むと好まざるとに
関わらず、世界は未だに力の論理で動いています。「二度と同じ過ちを犯さな
いように」は大切ですが、自らの心まで腰抜けにしようとするのは疑問です。
自分は卑屈に生きるのだけはご免こうむりたい。
お名前: Hide.
to 尾張猫さん
>キリスト教系の学校の道場の正面はどうなっているのでしょうか
私の知っているカトリックの女子高には、正面の方向にマリアさまの額が飾ってあ
りました。でも、とくに、それに対しての礼は行なっておりませんでした(^^)
to なおなおさん
>時間が解決する問題なのでしょうか?安易な解決方法は再度過ちを犯します。も
>し、良ければ是非、客観的な近現代史を勉強して下さい。
私は歴史の専門家ではありませんが、通り一遍、普通の現代人程度には客観的な近
代史を存じているつもりではあります。その拙い知識をひっくり返しても、日の丸
も君が代も、戦争に悪用されただけで、その本質まで間違っているというお考えに
は賛同できかねます(^^)
それは武道や剣道に対しても同じです。
>大変失礼な表現であるかもしれませんが 日の丸や君が代についての知識は国際
>人には常識のはずです。
時間が解決する問題ではないでしょうが、いつまでも君が代や日の丸を敵視される
考え方の方に歪んだものを感じざるを得ません。オリンピックやその他国際舞台で
君が代が流れ日の丸が揚がる・・・国際社会での君が代や日の丸はそれぞれ、日本
の国歌・国旗として認知されているものと思われますが・・・。なおなおさんのお
考えですと、こちらの方が大問題なのではないでしょうか?(^^)
剣道の道場の正面に日の丸が掲げられていることは、武の神として「鹿島」「香
取」を奉るのと同じ感覚でありカトリックの学校でマリア様の額を飾るのとなんら
変わりがありません。けっして戦時中の誤った愛国心・軍国主義の象徴でもなんで
もないのです。
このような認識を持たれておられる方々に、「右翼的」と猜疑のまなざしで見られ
ることはたいへん迷惑なことと考えます(^^;
過去の歴史の上に現在がある・・・おっしゃる通りです。しかし、我々は現代の日
本に生きています。日本という国に権利を保障され健康で健全に生きることを憲法
によって保証されております。むろん、いくつも改めなければならないことはある
でしょう。過去の歴史についてはそれを知り、「同じ過ちを繰り返さない」という
こと以上に我々現代の日本人が何をしなければならないのでしょうか? 未だに、
アジアをはじめ世界の人々に迷惑をおかけした国民としてコンプレックスを感じ卑
屈に生活しなければならないのでしょうか?(^^; 私は自分の息子にはそんな生き
方はしてほしくありません。日本人であることを誇りとし、日本の文化のひとつで
ある剣道を学ぶことに喜びを覚え、日本民族が持つつましさと風雅さを兼ね備え
た、私利私欲に振り回されぬたくましい男に育ってほしいと願っておりますヽ(^.^)ノ
to みのるさん
>きっとHideさん戸惑っているでしょう(^^)
戸惑いましたね。
いきなり首筋に短刀を突きつけられた思いです(^^;
お名前: みのる
to なおなおさん
>そこで質問です。多くの道場で正面に「日の丸」がみられるのですが、
>なんとなく違うような気がします。どうなんでしょうか?
これだけでは
>私とは意見が正反対でとても残念です。
と言われてもなおなおさんのご意見がわかりませんでしたので、ご期待通りのカキコはされ
ないでしょう。Hideさんも初めに書かれていますが意図がつかめませんでしたのでね、
きっとHideさん戸惑っているでしょう(^^)
お名前: なおなお
すみません。ちょっと風邪ひいてたもので…
私の質問は「日の丸」は違うのではないか?ということです。
もう随分ご意見をいただきまして ありがとうございました。
でもとても残念です。私とは意見が正反対でとても残念です。
私は歴史に関係する仕事をしている者で、特に歴史認識についてはこだわりをもっております。伝統や文化にもとても興味があり、現代では忘れ去られた大事なものを再認識する必要があると考えております。剣道もきっと日本が生んだ大切なものと思います。だからこそ二度と同じ過ちを犯さないように剣道がこれからも多くの方に支持されることを望むものです。
現代は過去があり初めて現代であり、だから未来があるのです。歴史はだから大切だと思います。
>忌まわしい世界大戦から半世紀以上が過ぎているわけです。
時間が解決する問題なのでしょうか?安易な解決方法は再度過ちを犯します。もし、良ければ是非、客観的な近現代史を勉強して下さい。
大変失礼な表現であるかもしれませんが 日の丸や君が代についての知識は国際人には常識のはずです。(一部の右翼団体を除けば)これからの日本は国際感覚をどれだけ高めることができるかで将来が左右されるのではないでしょうか?
長くてすみません。 ちょっと衝撃的なご意見だったもので…
お名前: 尾張猫
道場の正面について気になったことを質問します。
キリスト教系の学校の道場の正面はどうなっているのでしょうか
神棚なのでしょうか、それとも十字架とかマリア像なんでしょうか?
イスラム教徒の多い道場の正面はメッカの方角なんでしょうか?
知ってる方が見えたら教えてください。
お名前: Hide.
しんやさん、おざけんさん、ご意見ありがとうございました。
我々はもっと日本という国を愛し、誇りを持ち、日本をより素晴らしい国にしてい
くことに興味関心を持たねばならないと思いますね。
もう、あの、忌まわしい世界大戦から半世紀以上が過ぎているわけです。戦後世代
の方が人口の比率の面でも多くなっているのではないでしょうか。こうした世の中
において、「愛国心=右翼思想=軍国主義」はあまりにアナクロ過ぎる気がいたし
ます。しんやさんにしてもおざけんさんにしても、こうしたカキコをする際に「右
翼ではありません」とお断りをしなければならない風潮こそ、現代の日本の嘆くべ
き現状なんです。
いつまでも戦争の影を引きずるのではなく、この先の見えない不況の中にあって、
国民一人ひとりが「よりよい日本」を真剣に考えることが大切だと思うんですけど
ねぇ( -o-) フゥ
お名前: おざけん
それた話に乗っかるようで、申し訳ないのですが、私見を少々・・・
ちょうど今は、オリンピック開催中ですよね。わが国日本は、今回どうやら金メダル
獲得は難しくなったみたいです。しかし長野での日本人選手達の大活躍、特に表彰
の時に、「君が代」をバックに「日の丸」が揚がっていく姿を見て、日頃「君が代」
「日の丸」に批判的な人達は、ジーンとしないのかなと思います。
サッカー日本代表チームが試合前の国家斉唱の時、胸に手をあて口ずさんでる姿。
シドニーの時の高橋尚子選手の「皆の声援が背中を押してくれた」発言。各選手は
勿論自分のために、死力をつくしているのでしょうけど、同時に「日本の代表」と
いう事にプライドを持ち、プレー中に視界に入る「日の丸」に勇気つけられているの
ではないでしょうか?
極一部のことかもしれませんが、今の若者達のほうが、大人たちよりも純粋なナショナリズム
を持っている気がします。
それと大東亜戦争では、日本だけが世界に迷惑をかけた訳ではないと思います。
日本人は、核兵器によって大虐殺を受けています。しかし良くも悪くも我々は、それを
乗り越え、許し、その国を最も親しい国として受け入れています。勿論謝罪も保証も要求
していません。それで、いいのではないのでしょうか?
なんだか話が、思いっきりそれてしまって申し訳ありません。私は決して右翼思想でもない
し、純粋に日本人として剣道を愛好している者です。日本人として、過去も含めプライド
を持っていたいと思っています。
Hideさん、このカキコがこの場にふさわしくないと思われましたら、削除をお願い
いたします。
お名前: しんや
僕の昔の習字の先生が(この方は銃剣道のかなりの使い手でした)
「ちょっと偏ったところは有るけど、昔の教育勅語はいいことを言ってた。
ああいった精神がなくなったから今の日本人の心が少しすさんでしまったのじゃ
ないかのう・・・」
とおっしゃっていました。
確かに、偏ってしまうことは時々ありますが、みんながみんなだめなんじゃなくて
「どうしてだめなんだろう」、「あ、こんないいところもあるじゃん」
っていう風に物事を見つめることが出来れば世界がもっともっと広がるように
思います。日の丸だって結構かっこいい国旗だと思いますよ。
(注)こうやって書くと「君は右翼か?」と言われちゃうかもしれませんが
そういう風に思われる方にはどうしようもない今日この頃です。
お名前: Hide.
to さいころさん
なおなおさんが、そのような意図でご質問されたかはっきりいたしませんので、安
易に書くことがはばかられますが、どうも日本人は、第2次世界大戦以後、「愛国
心アレルギー」に陥っていると思うのです。それゆえ、剣道を武道であると言いき
れない。そうした方々は、「戦後、民主的・平和的スポーツとして生まれ変わっ
た」などとおっしゃいます。でも、剣道には元々「活人剣」の教えがあり、いたず
らに人を斬り殺すための武技ではなかったのです。
先の大戦で、歪んだ愛国心と歪んだ武士道精神の元、世界中のみなさんにご迷惑を
おかけし、また、尊い人命が多数失われたわけですが、それとて、愛国心や武道そ
のものが悪かったわけでもなんでもありません。それを悪用する人達により歪めら
れてしまっただけです。たいへん不幸な歴史をたどったと言えるでしょう。
私達は好むと好まざるとに関わらず、日本という国に様々な権利を保障されなが
ら、守られつつ生活しております。その日本が「いい国であってほしい」「将来さ
らにいい国になっていってほしい」という愛国心は、けっして右翼思想でもなけれ
ば戦争に根差したナショナリズムなどではありません。日本という国を象徴する国
旗が日の丸であるならば、それを愛し敬い誇りに思えないで何が日本国民なので
しょうか?(^^)
私達は剣道を学にあたって、道場に対して礼をしたり、神殿・仏殿がある場合はそ
れに礼をします。別に神道だとか仏教だとかということに関係なく、「自らが全力
を尽くす誓い」をたて、「自他とも事故なく稽古に励めるよう祈願」し、「共に稽
古できることを感謝」するために礼をするのです。剣道ができるのは、日本が平和
だからです。拡大解釈をすれば、「平和な日本国に対する感謝」だって礼の中に
あっていいと思います。
話がちっともまとまりませんが、私は健全なナショナリズムを感じられる日本人で
ありたいと考えます(^^)
お名前: さいころ
先日剣道にまったく関心のないダンナが、
娘を見ようと市立体育館でお稽古した時にきました。
そこの道場に神棚のスペースはあるのですが、その日はないもない状態でした。
帰ってからダンナがとても不思議そうに
「何でみんな何もないところに向って礼をするんだ?」と言うので、
「あそこに御札や榊が置いてある時もあるんだけど、今日はなかったみたい」
「それなのにみんな礼して変なの」と言うので
「アレは、お稽古した道場に対しての礼なんだ」と負けずキライに答えたら
「ふーん」と納得したようでした。
学校の体育館などをお借りする時だって 正面はありますが 神前ではないですものね。
でも出入りの時は礼をします。
日の丸の話とはチョット離れてしまいました、すみません。
お名前: Hide.
to なおなおさん
はじめまして。管理人のHide.です(^^)
>そこで質問です。多くの道場で正面に「日の丸」がみられるのですが、なんとな
>く違うような気がします。どうなんでしょうか?
うーん、この質問の意図つかめませんが
1.日の丸が正面であることに不自然さを感じる
2.日の丸が掲げてあるほうが「正面」という考え方がおかしい
のどちらなのでしょうか?(^^;
to しろたんさん
上座は一般的に入り口から一番遠い側です(^^)
たとえ上下(かみしも)が規定していなかったとしても、「道場に対する礼」がで
きないようでは剣道を学ぶ人間としては失格です。しろたんさんがおっしゃるよう
に、道場にいらっしゃる八百万の神に無事お稽古ができるよう祈願し、感謝の気持
ちを捧げることに、なんら疑問を抱くものではないと考えますがヽ(^.^)ノ
お名前: しろたん
今日 合同稽古に行って先の道場(体育館)では、正面が、元舞台、今は物置状態で、
日の丸も神棚もなく、古ぼけた跳び箱とボロっちいマットと掃除道具が剥き出しのまま
置いてありました。
んでも 正面に礼 するんですよね〜
まー 神棚とか、日の丸があったほうが、視線が定まりやすいですけど、
日本には八百万(やおよろず)の神様がいるそうですから、べつに跳び箱の神様に
今日も怪我なくすごせてありがとうという気持ちで礼してもいいかな。とおもいました。
お名前: なおなお
突然ですが質問させていただきます。
何を今さら!という質問ですみません。
道場には必ず正面(上座)がありますよねぇ。
正面には通常、道場であれば上座があり神棚などがあると思います。
そこで質問です。多くの道場で正面に「日の丸」がみられるのですが、なんとなく違うような気がします。どうなんでしょうか?
このテーマについての発言をどうぞ。
※半角カナは使用しないようにしてください。文字化けします。
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