記事タイトル:打ち手、切り手 


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お名前: Hide.   
to みのるさん
引用には、その意図が明らかでないものは引用と認められないのです。
全文引用は、引用とは解釈されないのが著作権法の判例です(^^;

>下から刃を左に向け小手を打つ。刃を右にむけ、相手の竹刀をはらい面を打つ。
>又は突きを突き面を打つ。この技はよほどよく右の手首がきかなくては出来ない。
>小手を打って来た時にも応じて小手を打つのは面と同じである。
>面を打って来た時に裏から応じて面を打つのも同じである。表からの時は刃を左
>に向け応じて面を打つ。
ビデオの中でやっていらっしゃいましたね。
左拳を左にずらすような形で、小手をこじ開けていき、そこから右拳の反発と左拳
の右へのスライド動作で竹刀を払い上げますヽ(^.^)ノ
でも、現代の竹刀剣道にはない技法と思われます(^^;

to はくどーさん
ハハハ・・・(^^;

お名前: みのる   
to はくどーさん

それでは私がびっくりした内容をちょっと「泉 通四郎剣道日記」から引用してみますね。
泉流独特な技なのですが、次のようなのがあります。平打ちの小手と言うのがあるんですね、
そこから流れるような技が生まれます。手首を左右に返すことで、刀の反りを竹刀に転化
させる技法だと思われます。

下から刃を左に向け小手を打つ。刃を右にむけ、相手の竹刀をはらい面を打つ。
又は突きを突き面を打つ。この技はよほどよく右の手首がきかなくては出来ない。
小手を打って来た時にも応じて小手を打つのは面と同じである。
面を打って来た時に裏から応じて面を打つのも同じである。表からの時は刃を左に
向け応じて面を打つ。

ビデオと合わせながら咀嚼しようと思っているのですけど、なかなか難しい(^_^;

お名前: はくどー    URL
to Hide.さん

う〜ん、確かにスゴイ!...(笑)

お名前: はくどー    URL
to みのるさん

全文を書き込んじゃったらマズイでしょうけど、自らの意見を述べる上で、
出典を明らかにして、その一部を引用するというのは、許されるのではない
でしょうか?。

ま、私とすれば、全文書いていただければ嬉しいけど。(゜゜;)バキッ☆\(--;)

お名前: みのる   
to はくどーさん
「泉 通四郎剣道日記」の中身をここにあまり引用文をカキコしてはまずいですよね。
って、もう書いちゃったけど(^_^; 多分著作権とか版権とかに抵触するんだろうなぁ。

お名前: Hide.   
to みのるさん
>泉範士の流儀は相手の剣先を抑えて外して打突するのが基本のようです。
そうですね。
私もほぼ毎日のようにアレを見てますが、おっしゃる通りですね(^^)


to はくどーさん
>全くの余談ですが、「泉 通四郎剣道日記」って、
>なんか文体がN村節に似てまますねえ。(笑)
アハハ、だからN先生には共感する部分が多いのでしょうかヾ(・_・;)オイオイ

って、これは日記だからいいんです。人に読ませることが目的ではなかったはずで
すし(^^; N先生のは、全世界に開かれたHPですから、すごいっすよねヽ(^.^)ノ

日記はCDROMになっているようです。まだ、購入の予定はありません。剣正塾の
HPで購入できます(^^)

お名前: はくどー    URL
to みのるさん

あ!、いえ、下のカキコは、みのるさんの引用文を読んでのことです。
みのるさんは、日記全文をお持ちなんですか。
私も読んでみたいものですね。
その前に、ビデオも見てみたいのですが。

お名前: みのる   
わぁ〜、はくどーさんも、「泉 通四郎剣道日記」を読まれているんですか。
日記だけではちょっと理解が難しいと言うことで、泉範士の直弟子の方が解説書を
出していますが、私にしてはかなりのショックでこれからの私の剣道人生に
新たな指針を与えてくれたような気がしております。(^_^)

お名前: はくどー    URL
全くの余談ですが、「泉 通四郎剣道日記」って、
なんか文体がN村節に似てまますねえ。(笑)

お名前: みのる   
to Hideさん

泉範士の流儀は相手の剣先を抑えて外して打突するのが基本のようです。
左手が中心を外れる竹刀操作は子供達には教えられない気がしますが
「泉 通四郎剣道日記」には次のような記述がありますから、子供におしえて
いたようですね。

(昭和五十五年)二月四日(月)
今日は大館一中の二年生が大鰐温泉にスキーに行き稽古を休みにした。一日ゆっくり
寝ていた。今までのことをまとめた。
八段級の技を現在中学二年生に教えていることに気がついた。
間、間合いやらせている。切り落とし、相打ちの先、中段から打つ技、渡り、張り。
打ち間の入り方。中山先生、斎村先鋭、高野弘正先生の三人三様の入り方をやらせた。
足の運び方を左右に楽に運ばせる運動をやらせる。徹底的にやらせる。二月・三月中、
これで二年生の稽古が終わりになる。どの高校に行っても一流の選手になる。

お名前: Hide.   
to みのるさん

あ、みのるさんもあのビデオ持ちでしたか(^^)

>それよりなにより左手の使い方がまたまたびっくりですよね。基本じゃない!

右手が早くカラダの中心(打突のポイント)に入っておりますので、お相手からは
打たれにくいとは思うのです。そこを左手をこねるように動かして「ポン」ですか
らねぇ(^^;

でも、こういってはどうかと思うのですが、カラダを使って遠間から飛び込んでい
く場合は、あのような打ち方は理にかなっておらず、近間で送り足でスッと打突す
る場合には、アレの方がいいのかもしれません。
ちょっと子供たちには教えられませんものねぇ・・・(^_^ メ)

お名前: みのる   
to Hideさん

そうなんですねぇ、あの打ち方は実際に使ってみると使えますよ。
ビデオでは抜き技で使ってますが、攻めて面でも相手はびっくりします。
それよりなにより左手の使い方がまたまたびっくりですよね。基本じゃない!

お名前: Hide.   
to みのるさん

>勿論そうです。そしてこの形の瞬間には親指が斜め下方向になるように手首が伸
>びていると言いたかったのです(^^)

OKで〜すヽ(^.^)ノ


と、ここで「切り手は存在しえない」と自説を掲げながら、先日購入しました「泉
 通四郎剣道日記」というビデオでの泉先生の打ち方が頭から離れません。それ
は、右手が支点で左手を「切り手」として使っている打ち方です。現代の竹刀剣道
ではたーぶーともされる「左拳を中心から外す」打ち方も多数出てまいります。し
かし、カラダはぶれず、打突も切れています。うーん、まだまだ、私ごときでは理
解のできない世界があるようです( -o-) フゥ

お名前: みのる   
ん〜ん本意を伝えるって大変ですな(^_^;

 >切り手」的に左手を使ったからしなったのではなく、上からしっかり打ったからだと
 >思いますが・・・(^_^ メ)

勿論そうです。そしてこの形の瞬間には親指が斜め下方向になるように手首が伸びていると
言いたかったのです(^^)

お名前: Hide.   
to みのるさん

>いつも締めすぎているとと言うことですよね、いつもぎゅっと締めてはいません
>です。

いつもではなく、打突の瞬間にとくにです(^^)
むろん、いつも締めすぎていれば下筋が働きませんから、やはり竹刀操作は不自由
になると考えられます。


>初心者の方は振り下ろした時に両手首の縦方向に捻転運動しないで固くロックし
>たようになりがちなので切り手(言い方はともかく)を取り入れた素振りの仕方
>はよろしいのではと私は思います。

うーん、私は初心者だからこそ、左脇が空いてしまう悪癖を誘発する恐れのある
「切り手」的な左握りの使い方はさせないほうがいいと考えますが・・・(^^;


>表紙の増尾選手の面を打ってる竹刀が当たった瞬間撓っていますが、これなんで
>すねぇ。竹刀が撓っていなければ剣先が丁度お相手のお鼻のあたりかと・・・・(^_^)

「切り手」的に左手を使ったからしなったのではなく、上からしっかり打ったからだと思いますが・・・(^_^ メ)

お名前: みのる   
to Hideさん

 >さて、このとき右の小指側(下筋)を締めすぎると「手の内の回転運動」が働きません。
     、、、、
いつも締めすぎているとと言うことですよね、いつもぎゅっと締めてはいませんです。
ただ私の場合小指を竹刀から離した掌の中で竹刀を滑らせるようにテコは使っていません。
手全体で握った方が表、裏と抑えるときなどその方が良いと感じています。

>そうすると、いきおい左拳を「切り手」として引き上げる必要がでてきてし
>まうのでは・・・???(^^;

右手を支点とすればそうです、また左拳を支点とすれば剣先が下がった分多少右手が
下がりますね。普通意識していなくてもそう言う素振りをしていると思うのですが、
初心者の方は振り下ろした時に両手首の縦方向に捻転運動しないで固くロックした
ようになりがちなので切り手(言い方はともかく)を取り入れた素振りの仕方はよろ
しいのではと私は思います。打った瞬間手首の捻転運動って大事なんですよね。
表紙の増尾選手の面を打ってる竹刀が当たった瞬間撓っていますが、これなんですねぇ。
竹刀が撓っていなければ剣先が丁度お相手のお鼻のあたりかと・・・・(^_^)

お名前: Hide.   
to はくどーさん
>そこで、目釘の位置が支点となるように刀を使えば、目釘にかかる衝撃は一番小
>さくなることは確かです。
なーるほど、日本刀の構造と斬り方に「左手の使い方」の秘密があったわけです
ねヽ(^.^)ノ
私の場合はまったく居合をたしなみませんで、小野派一刀流の木刀の操作が竹刀の
それとほぼ同じでしたので、疑いなく「左手は引き手にあらず」という結論でここ
までやってまいりました。
はくどーさんの解説により、「斬りおろし」と「斬りつけ」の刀法の違いを理解す
ることができ、より、自分の理論に自信が深まりました。ありがとうございます(^^)


to みのるさん
>そうしますと結果として竹刀は僅かながら水平方向に傾き、右拳の位置は身体か
>ら離れる方向に動きますから必然的に右腕が伸びる打ちになります。また左右の
>手どちらに支点があっても左拳と右腕は近ずくことになります
右の腕は「肩」「肘」「手首」の順にムチのようにしなやかにロックされていき、
最後に「手の内の回転運動」を使って剣先にトップスピードとパワーを与えます。
たしかにこの段階で、右手は左手に若干近づくように動きますね(^^)

さて、このとき右の小指側(下筋)を締めすぎると「手の内の回転運動」が働きま
せん。そうすると、いきおい左拳を「切り手」として引き上げる必要がでてきてし
まうのでは・・・???(^^;

>実は私は支点はケースバイケースで変わると思っております。
私もそうですよ、技によって打ち方(支点の位置)も微妙に変化させております(^^) 
ただ、これまでは「面打ち」を例にひいて話してまいりましたから、このような流
れになっておりますが・・・。

お名前: みのる   
to Hideさん

 >>竹刀をシーソーの板と見なして右端が剣先、真ん中の支点が右拳で、左端が左拳
 >>と考えると、真ん中の支点を中心に右端が下がると左端が上がると言う道理のこ
 >>となのです。
  >このあたりは私とまったくとらえ方が異なりますね。
  >私は「柄頭を支点」と考えております。右手が力点、モノウチ(剣先)が作用点ですね。
  >だから、いわゆる「切り手」的なものは私の理論の中では存在できません(^^;
  >右手を支点にして左手を「引き手」として使った場合、床の押し出しによって得られた
  >推進力が効果的に剣先に伝わらないように思われます。それに、剣先は伸びていかず途中
  >でおっこっちゃいまやしませんかねぇ・・・???(^^;

Hideさん理論、了解です^_^、ですが私が申し上げたのはあくまで剣先と右拳と左拳の
関係でして・・・・・(^_^)それとちょっと誤解されたようです。

面打ちで右手と左手のテコを使うという意味ではなくて、素振りで肩を中心に面に振り下ろし
て右手が肩の高さ、左拳が鳩尾の高さで止まったその次の段階の話なんです。

その段階ではまだ右手首の縦方向の捻転運動はされていませんが、次にその両手の位置から
小指、薬指、中指を握り締めて親指側を伸ばし小指側を縮めて左右の手首の縦方向の捻転運
動をします。

そうしますと結果として竹刀は僅かながら水平方向に傾き、右拳の位置は身体から離れる方
向に動きますから必然的に右腕が伸びる打ちになります。また左右の手どちらに支点があって
も左拳と右腕は近ずくことになります・・・・とまぁこんなことを言いたかったわけで(^_^)(シツコイって)

to はくどーさん
 >日本刀の扱いは、みのるさんがおっしゃるように、右手が支点、左手が力点だ
 >とおっしゃる先生が数多くおります。これは、確かに一理あります。
 >日本刀は、右の手のひらのあたりに目釘があり、中子は柄の途中までしか入って
 >おりません。ですから、左手の柄頭を支点、右手の鍔下を力点として、剣先を
 >強く打ちつければ、目釘が折れてしまったり、柄が中程で折れてしまったり
 >することがあります。
 >そこで、目釘の位置が支点となるように刀を使えば、目釘にかかる衝撃は一番小
 >さくなることは確かです。
なる程、言われるまでは全然気がつきませんでした、いつもながはくどーさんの博識
には恐れ入ります。
実は私は支点はケースバイケースで変わると思っております。
面打ちなどは左手支点で打っていますし、胴打ちは右手支点もしくは竹刀の柄の中心
が支点で打つことが多いです。また技によっては左右の手のテコをつかうこともあります。
要は適切な竹刀捌きと、手の内が出来ていれば良いという考えです。
それでもいつも課題をしょっていて、あ〜かな、こ〜かな???です。
何時になってもロダン作の考える人(^_^;
しかしいろいろやってるうちに螺旋状にだんだんと向上していってるとは思うのですが。

お名前: はくどー    URL
to Hide.さん、みのるさん

>私は「柄頭を支点」と考えております。
>右手が力点、モノウチ(剣先)が作用点ですね。
>だから、いわゆる「切り手」的なものは私の理論の中では存在できません(^^;
>右手を支点にして左手を「引き手」として使った場合、
>床の押し出しによって得られた推進力が効果的に剣先に伝わらないように思われます。
>それに、剣先は伸びていかず途中でおっこっちゃいまやしませんかねぇ・・・???(^^;
>(改行位置変更)

このあたりに、先のはくどー流?の「斬りつけ」「斬りおろし」理論が
生きてくるのじゃないかと思います。

日本刀の扱いは、みのるさんがおっしゃるように、右手が支点、左手が力点だ
とおっしゃる先生が数多くおります。
これは、確かに一理あります。
日本刀は、右の手のひらのあたりに目釘があり、中子は柄の途中までしか入って
おりません。ですから、左手の柄頭を支点、右手の鍔下を力点として、剣先を
強く打ちつければ、目釘が折れてしまったり、柄が中程で折れてしまったり
することがあります。
そこで、目釘の位置が支点となるように刀を使えば、目釘にかかる衝撃は一番小
さくなることは確かです。
ただ、私が思うに、これは巻き藁などを一刀両断にする「斬りおろし」の刀法を
想定した場合に言えることだと思います。
剣道で行なうのは、敵の体勢を崩すことを主な目的として使われる「斬りつけ」
の刀法ですから、目釘や柄に大きな衝撃を与えるような使い方にはなりません。
むしろ遠間からの飛び込みによって得られた前進力を最大限に生かすには、
Hide.さんがおっしゃるとおりの、左手が支点、右手が力点となる「使い方」の
方が、合理的であろうと考えます。

ただ、少々蛇足になりますが、こういう「使い方」によって得られた打突直前の
実際の刀の動きは、厳密に言えば、その重心が目的物に向かって更に伸びてゆ
こうとしながらも、刀身自体はその重心を中心として僅かに前方に回転しようと
しており、その前進力と回転力が相まって、更に深い斬りつけとなる。そして、
日本刀の切っ先、いわゆる「ぼうし」と呼ばれる部分のカーブは、そのときの
殺傷力が最大になるように、非常に効果的に作られていてあのような形状になって
いると理解しています。
ただ、この件は、余り詳しく書くと、また混乱を引き起こしかねないので、今回は
このあたりのところに留めておきます。
まだ、文章で上手に説明する自身がない....(笑)

お名前: Hide.   
to みのるさん
文章にするって難しいですからね。また、剣道の微妙な動きを互いに伝えようと思
うと、ホントたいへんですよ(^^)

>竹刀をシーソーの板と見なして右端が剣先、真ん中の支点が右拳で、左端が左拳
>と考えると、真ん中の支点を中心に右端が下がると左端が上がると言う道理のこ
>となのです。
このあたりは私とまったくとらえ方が異なりますね。
私は「柄頭を支点」と考えております。右手が力点、モノウチ(剣先)が作用点ですね。だから、いわゆる「切り手」的なものは私の理論の中では存在できません(^^;
右手を支点にして左手を「引き手」として使った場合、床の押し出しによって得られた推進力が効果的に剣先に伝わらないように思われます。それに、剣先は伸びていかず途中でおっこっちゃいまやしませんかねぇ・・・???(^^;

>いちに会HPの表紙にある増尾選手のすばらしい面の写真が見本です。
ちょっとアゴと右足が上がり気味なのが気になりますが、なかなかいい面でしょ(^^)
↑この写真はこちらです


to はくどーさん
>Hide.さんがおっしゃっているのは、右手、左手を縦方向に捻転させると、
>結果的に、剣先が下がるのではなく、剣先が前に伸びて行く...ということ
>なのではないでしょうか?。
その通りでーすヽ(^.^)ノ

お名前: みのる   
to はくどーさん
 
>結果的に、剣先が下がるのではなく、剣先が前に伸びて行く...

そうなんです! その結果が欲しいんですよね。(^_^)
多分、同じこと言ってる気がします、前にも似たようなことがありあました。
振り上げてから足を出すか、振り上げながら足をだすのかというトピで(^_^;

お名前: はくどー    URL
to みのるさん、

Hide.さんがおっしゃっているのは、右手、左手を縦方向に捻転させると、
結果的に、剣先が下がるのではなく、剣先が前に伸びて行く...ということ
なのではないでしょうか?。

お名前: みのる   
to Hideさん

文章で説明するってことは書き手と読み手との位相がずれていると捉え方が
ちがっちゃいますね。私は文才がない・・・・(^_^;
私が言ってることは難しいことではなくて単に竹刀の角度の問題で、竹刀を
シーソーの板と見なして右端が剣先、真ん中の支点が右拳で、左端が左拳と
考えると、真ん中の支点を中心に右端が下がると左端が上がると言う道理の
ことなのです。手の内の回転によって剣先を下げても手首を回転させて下げ
てもこの道理は変わらないと思います。初心者の方の面打ちを見ていますと、
手首が捻転運動をしていなくて、右腕も曲がったままの場合がありますが、
MAKOさんが行かれた道場の先生はその辺の感覚を身につけさせるために
剣先を下げて切り手を使うと言う指導をされたのだと思います。しかしなが
ら実際に面を打った場合は瞬間的にそのような手首の使い方をするだけで形
としては左手が右手に上がってはいけませんよね。いちに会HPの表紙にあ
る増尾選手のすばらしい面の写真が見本です。

お名前: Hide.   
to みのるさん
>でも、でもですね、素振りで右手は肩の高さ、左拳を鳩尾の高さで止めてです
>ね、そのまま右拳の位置を変えないで右手首の縦方向の捻転運動で剣先を下げれ
>ば竹刀は右拳を中心に竹刀の角度は水平方向に傾くわけですから、剣先と反対側
>の柄頭は上がると思うのです
そううならないための「手の内の回転運動」なのです(^^)

>だいぶ前に剣道日本に載っていたのですが、先生のお名前は失念しましたが、左
>手の小指の握りは緩めておき左掌の中でテコ使うように打った瞬間緩めておいた
>小指をしめて中指の根元を中心に竹刀を回転運動させて打つと。確かにその方が
>手の内が利くように思えました。
たぶん私の使い方と同じように思えます(^^)

>そして右手も添え手ではなく左手と同じ感じで握っています。しかし子供に指導
>する時には右手は添え手と教えていますが(^^; そうしないと右手だけで打つよ
>うになり右手の脱力ができないんですよね。
これは私の場合ですが、一足一刀からさらに近間まで入る場合は、一瞬の緩みが隙
につながりますので、もはや「右手は添え手」ではありません。触刃から一足一刀
までの間が「添え手」としてお相手の反応に柔軟に対応できる体勢を整えておりま
す(^^)


to はくどーさん
>ところが古流を伝える人の中にも、この「斬りつけ」と「斬りおろし」の区別が
>出来ず本来「斬りつけ」であるべきところまで、「斬りおろし」の理合で教えて
>しまっている場合があります。
渡辺敏雄先生が亡くなって以来、小野波一刀流はもっぱら、笹森順造先生の「一刀
流極意」と宗家のビデオから学んでおりますが、この両者の区別を考えたことはあ
まりありませんでした(^^;
これからは、理合を考えるうえでの留意点にしていきたいと思います。

>ところで、先日の形の会でHide.さんが見せてくださったのは、
>まさに古流武術「一刀流」の「斬りつけ」に類する部分の刀法ですね。
>互いに切り結んだ瞬間の手の内の使い方は、竹刀の場合と一緒だと思って
>私は見ていましたが...。
組太刀で随所に出てくる「切落し」は、正確には「切落し突」と呼ばれる類いの打
ち方です。つまり、お相手の太刀を鎬で切り落とすのと同時に進んで突き刺して勝
つ。「1の太刀で2に働きを持つ」という必勝の剣です(^^)

故に、切り落とした瞬間の手の内の使い方は「剣先を前」ですので、竹刀剣道の打
突方法と同じだと思われます。私があれを学んでから剣道に開眼したのも、木刀の
操作法と竹刀のそれが合致していたからなのでしょうヽ(^.^)ノ

お名前: はくどー    URL
IZAYOHIさん

情報をありがとうございます。
ただ、ご紹介をいただいたサイトの方は、様々なところでそのお名前をお聞きしておりましたが、
私個人としては、この方のお話には、手の内に限らず、賛同できない部分がかなりあります。
しかし、互いによって立つ基盤が違いますので、特に反論するつもりはございません。

>簡単な説明をしてみますと右手は前に出す意識、左手は後ろに下げる意識で打つような
>感じにしてゆるみをとった手の内だと思ってくださいまし。

ですから、ここで、延々と議論してきているのは、上記のような打ち方は間違っているというというお話なんですね。

お名前: Hide.   
うわぁ、こっちも書いていこうと思ったのですが、時間が無くなってしまいました(^^;

これから女子学生の新人戦の審判に出かけてきますね(^^)/~~~

お名前: IZAYOHI   
外野から
はくどーさん2種類の打ち方の言語化恐れ入りました。
言われてみれば剣術も居合術も一の太刀と二の太刀に別れていますよね。
お礼に一刀の場合片手ではなく両手で打つことについての再発見(というより
検証でしょうけど)が次にちょっとだけありますので紹介します。
http://www.shouseikan.com/zuikan0111.htm
簡単な説明をしてみますと右手は前に出す意識、左手は後ろに下げる意識で打つような
感じにしてゆるみをとった手の内だと思ってくださいまし。

お名前: はくどー    URL
o tokuさん

>この振り方の人がこのごろ多いのですが、私は反対の立場をとっています。
>肩の動きが重要なのはそのとおりで、これが働かないと業が小さくなって
>しまいます。しかし、切るのに一番大事なのは「手首の作用」(これも手
>の内の作用の一環です。)と考えます。(肘も重要な働きをしますが。)

私の書き方が拙かったかもしれません。
私が言いたいのは、手首を全く使わないと言うことではなく
むしろ手首の使い方が重要だということを言いたいのです。
ただ、居合ではほとんどやる人はいませんが、剣道の場合は
右手と左手を前後させることによって行なう、テコ原理の
打ち方をする人が多いのです。
そして、それが手首の使い方だと誤解されている場合が多いので、
それをやってはいけないよということを言いたかったんです。

>日本刀で面に打ち込む場合でも、やはり切っ先は大きな円運動を描くべきと
>思います。竹刀での面打ち込みとは、切っ先の軌跡は異なると思います。私
>は逆に竹刀を刀のように振ってしまい、一部の剣道の先生には注意されます。

居合の先生も、「切る」ということに執心する余り、
日本刀による、本来の「斬りつけ」刀法をご存じない方も多いように思います。
そのため、tokuさんがおっしゃるように、居合界では「切り付け」と「切り下ろし」
を同義語として使ってしまわれる方が多いようです。
私は、その区別をつけるために、敢えて「斬りつけ」「斬りおろし」という
違う語句を使っているわけです。

古流剣術には、切っ先を一直線に敵の額に打ちつけるような刀法があるんですよ。
私は、この刀法が発展したのが、現在の竹刀による打突方法であるいという
考えを持っています。

お名前: はくどー    URL
to みのるさん

>でも、でもですね、素振りで右手は肩の高さ、左拳を鳩尾の高さで止めてですね、
>そのまま右拳の位置を変えないで右手首の縦方向の捻転運動で剣先を下げれば
>竹刀は右拳を中心に竹刀の角度は水平方向に傾くわけですから、剣先と反対側の
>柄頭は上がると思うのです、逆に左拳の位置をブロックした場合は右手を下げる
>ことになりますが(^^;)

目に見える動きは、ほんの僅かなんだと思います。
ですから、左拳が上がるほどに回転(捻転)させるわけではありません。
このほんの僅かな動作で冴えを出すところが「斬りつけ」刀法の特徴だと思います。

>だいぶ前に剣道日本に載っていたのですが、先生のお名前は失念しましたが、左手の小指
>の握りは緩めておき左掌の中でテコ使うように打った瞬間緩めておいた小指をしめて中指
>の根元を中心に竹刀を回転運動させて打つと。

まさに、この打ち方が、片手打ちの手の内に近いものです。
そして、私は両手で打つときも、動きは小さくなるものの、同じだと思っているわけです。

>しかし、ある先生が書かれていたのですが、刀を遣う場合は両手でしっかり握らなくては
>とても操作できるものではない、右手は添えておくだけなどではだめだとありました。

それは、「斬りつけ」の刀法ではなく、日本刀による「斬りおろし」の刀法を想定して
おっしゃっているのではないかと思います。
巻き藁などを一刀両断にするときは、刃の長さを利用した引き切りにしなければなりませんから、
どちらかというと右手を主体にして、しっかり握っていなければなりません。

私は、竹刀打ちと日本刀の操作が比較される場合、竹刀による「斬りつけ」刀法と
日本刀による「斬りおろし」の刀法がごっちゃにされたまま比較してしまうところに、
混乱を生じる原因があるのだと思います。

真剣を見ると、どうしても一刀両断にする引き切りの「斬りおろし」刀法ばかりが
想像されてしまいがちです。「斬る」ということに意識が向きすぎるんですね。
でも、古流の(といっても、私は具体的には夢想流剣術と二天一流しか知りませんが)
刀法を、よーく検証してみますと、その8割は竹刀打ちと共通する「斬りつけ」刀法
が使われています。
実戦において、遠間からいきなり「斬りおろし」の刀法なんか使えないわけですよね。

ところが古流を伝える人の中にも、この「斬りつけ」と「斬りおろし」の区別が出来ず
本来「斬りつけ」であるべきところまで、「斬りおろし」の理合で教えてしまっている
場合があります。
古武道とは、いにしえのものを全く変えずに伝えなければならないという
宿命があるにも関わらず、現代古武道家の中には、形のみに履修に終わって
しまうために、本来の理合を理解できないままに伝えてしまっている場合が
多いのですね。

おっと、これでは古武道批判になってしまいますね。
決してそんなつもりはございませんので、ご勘弁を。m(_ _)m

ところで、先日の形の会でHide.さんが見せてくださったのは、
まさに古流武術「一刀流」の「斬りつけ」に類する部分の刀法ですね。
互いに切り結んだ瞬間の手の内の使い方は、竹刀の場合と一緒だと思って
私は見ていましたが...。

お名前: みのる   
to Hideさん
 >>左手が右腕近くに上がらないと右手首の縦方向の捻転運動(手首を伸ばす)はで
 >>きないと思うのですが(^_^)~???
 >正しく握っていれば、そんなことはないと思いますよ(^^;
でも、でもですね、素振りで右手は肩の高さ、左拳を鳩尾の高さで止めてですね、
そのまま右拳の位置を変えないで右手首の縦方向の捻転運動で剣先を下げれば
竹刀は右拳を中心に竹刀の角度は水平方向に傾くわけですから、剣先と反対側の
柄頭は上がると思うのです、逆に左拳の位置をブロックした場合は右手を下げる
ことになりますが(^^;)

 >ハイ、私も「手の内の回転運動」には早くから気がついておりました。私自身が若
 >いころから一貫してそういう打ち方(握り)だったからです(^^)

だいぶ前に剣道日本に載っていたのですが、先生のお名前は失念しましたが、左手の小指
の握りは緩めておき左掌の中でテコ使うように打った瞬間緩めておいた小指をしめて中指
の根元を中心に竹刀を回転運動させて打つと。確かにその方が手の内が利くように思えました。
しかし、ある先生が書かれていたのですが、刀を遣う場合は両手でしっかり握らなくては
とても操作できるものではない、右手は添えておくだけなどではだめだとありました。
そして要は手の内を利かすと言うのは手首の柔らかさである言うことでした。どちらが良いか
分からないのですが、それまで緩めていた小指は今は遊びがないように握っています。
しっかり握ると硬くなりますので納めている感じで握っています。そして右手も添え手では
なく左手と同じ感じで握っています。しかし子供に指導する時には右手は添え手と教えて
いますが(^^; そうしないと右手だけで打つようになり右手の脱力ができないんですよね。
左手も右手も同じように握っても右手は添え手のように遣うと言うことを心がけています。(^_^)
しかし何ですねぇ、わたには目で見せてくる師匠がいないので、本を読んではこうかな、
ああかなと試行錯誤ですので、ほんとのところはとんでもない勘違いをしているのかも
しれません(^_^;

お名前: Hide.   
to みのるさん
>ですが、右の手首を縦方向に捻転運動しますとその瞬間は竹刀と右腕と一直線の
>ようになりますよね、その時脇をしめていても左手は右腕の下へ上がると思いま
>す。
空振りした場合はおっしゃるようになりそうですが、脇をしっかり締めていれば、
左拳の位置がブロックされますので、そのようなことにはならないと思います(^^)

>左手が右腕近くに上がらないと右手首の縦方向の捻転運動(手首を伸ばす)はで
>きないと思うのですが(^_^)~???
正しく握っていれば、そんなことはないと思いますよ(^^;

で、この疑問点は、次のはくどーさんへのレスで明らかになると思いますが(^^)


to はくどーさん
>私個人の意見としては、一刀の場合であっても、手の中でほんの僅か竹刀が縦に
>回転する感覚をつかむことが、茶巾絞りの手の内といわれるものに通じるのじゃ
>ないかと思うのですがこのあたりのことも、Hide.さんのご見解を伺えればありが
>たいですね。
ハイ、私も「手の内の回転運動」には早くから気がついておりました。私自身が若
いころから一貫してそういう打ち方(握り)だったからです(^^)

といいますのも、私は手の平が小さく小指でしっかりと竹刀を握ることができな
かったためです。そのため私は、よそでも何度か書きましたが、手の平の拇指丘部
分と小指薬指中指で「挟み込むように」竹刀を握る方法をとっております。
こうしますとどうしても手の内で握りが動きます。私が意識しているのは、左の握
りの場合、中指と拇指丘との部分を中心にして回転運動が起こっています。つま
り、その部分よりも剣先側は下方向に、柄頭部分は上方向への運動です(^^)

何度か小指側に力を入れて「柄頭を固定して」打突を試みたのですが、下筋(腕の
小指側の筋)が硬直してしまい手の内の効きが悪く、「最後のひと伸び」が出せま
せんでした。
上筋(親指側の筋)が硬直してしまうのは問題外ですが、最近では意識は中筋(中
指に直結している筋)におくべき・・・という結論に落ち着いておりますヽ(^.^)ノ

ただし、これはまだ自信が持てませんで「応用かな」と考えておりますので、子供
たちに指導する場合は「小指でしっかり持ちなさい・・・」と教えてしまっており
ますが・・・(^^;


to tokuさん
>しかし、切るのに一番大事なのは「手首の作用」(これも手の内の作用の一環で
>す。)と考えます。
実は先日、西村雅興先生の呼びかけで「軽井沢剣道談義」というイベントに出かけ
てまいりました。そこで、「試し斬り」の体験がありまして、ぞの事前学習として
ビデオを見せていただきました。どこかの庭先と思われるところでのプライベート
ビデオなのですが、その先生の立ち居合は、とても斬れるような感じではありませ
ん。そして、「試し斬り」に移るのですが、なんの造作もなくヒョイヒョイ斬って
いくのです。刀そのものの重さと手首の作用だけで斬っているように見受けられま
した。
その会に集まった方なのでしょう、他の方も巻き藁に挑まれましたが、いかにも
「刀を振っている」という感じで斬っておられました。このビデオを拝見して「斬
る」とは「腰と手の内の作用」と認識いたしました(^^)

お名前: みのる   
to はくどーさん
>片手の時には、手の中で竹刀が縦に大きく回転しますが、
>両手で振るとその動きが互いに抑制されて
>ほとんど手の中での竹刀の回転というのは見られなくなります。
>ですから両手で一刀を振ることしか知らないと、この手の内での竹刀の縦の回転という
>作用を使えないために、右手を押して左手を引くというテコの原理の打ち方になってし
>まうのではないでしょうか?。

そうなんですか?片手の場合、掌の中で竹刀が縦に大きく回っているのですか、
知りませんでした。今度試してみます。しかしながら今は私なりに研究した結果、
掌の中では竹刀を動かしていませんで、茶巾絞りと言われている縦方向の小指から
中指にかけての握り締めのみを行っておりまして、それが最終段階の手首の縦方向の
捻転運動と言うことになります。これには手首の柔軟さがなければならないと思い
ます。

>私個人の意見としては、一刀の場合であっても、手の中でほんの僅か竹刀が縦に回転す
>る感覚をつかむことが、茶巾絞りの手の内といわれるものに通じるのじゃないかと思う
>のですがこのあたりのことも、Hide.さんのご見解を伺えればありがたいですね。

お名前: toku   
tokuでございます。
toはくどーさん toみなさん

はくどーさんの研究の深さには、いつも敬服いたしておりますが、今回は
少々異論がありますので述べさせていただきます。

>日本刀を振るときは、両手首と両肘はほとんど動かしません。主に肩
>の動きで日本刀は振られます。
この振り方の人がこのごろ多いのですが、私は反対の立場をとっています。
肩の動きが重要なのはそのとおりで、これが働かないと業が小さくなって
しまいます。しかし、切るのに一番大事なのは「手首の作用」(これも手
の内の作用の一環です。)と考えます。(肘も重要な働きをしますが。)
このごろは、切り下ろしたときに刀が縦にぶれるのを嫌うあまり手首の作用
をほとんど使わない居合道人がほとんどです。しかし、私は師匠のD崎に刀
は最後のところは手の内で切るんだと教えられました。師匠は、巻いた畳
表2本くらいは、全く振りかぶらずに手首の働きだけで両断していました。
師匠の師匠の中山博道先生も同じように試し切りをなさったそうです。
D崎は、切り下ろしのときに切っ先がぶるぶるっと震えるくらいでないとだめ
だと常々言っておりました。現に、師匠の切り下ろしは切っ先が震えてい
ました。(こういう居合は、今風でないと言われていますが。)
手首が「受け手」(完全な受け手ではありませんが)から「切り手」になる
作用で、対象物に物打ちが食い込んでいくのだと思います。手首の作用がない
(あるいは小さい)場合は、相手を撫でるような切り方になってしまうのでは
ないでしょうか。
中山先生は、究極のところは膝と手の内で切るとおっしゃたそうです。この膝
の使い方などは、Hide.さんのいう一刀流にも通じるところがありますね。

>「切り付け」の刀法であれば、日本刀であろうと竹刀であろうと同じで
>あるべき・・・
このご意見も刀は引き切りである以上、まったく同じとは考えておりません。
日本刀で面に打ち込む場合でも、やはり切っ先は大きな円運動を描くべきと
思います。竹刀での面打ち込みとは、切っ先の軌跡は異なると思います。私
は逆に竹刀を刀のように振ってしまい、一部の剣道の先生には注意されます。

ちなみに、「切り付け」とは居合の場合は「切り下ろし」と同意義に使うのが
通常です。(はくどーさんはご承知の上で使われているのでしょうが。)
居合に重要なものとして「三付け」という言葉がありますが、それは「抜き付
け」「切り付け」「目付」をさします。

私は、剣道は素人に近いので、居合の見地からだけ意見を述べさせていただき
ました。皆様の反論、ご教示をお待ちしております。
 

お名前: はくどー    URL
to みのるさん

私は居合いもやっていますが、日本刀を振るときは、両手首と両肘はほとんど動かしません。
主に肩の動きで日本刀は振られます。
だからといって、手首や肘が完全固定と言うわけではありません。
外からは見えないぐらいほんの僅かですが、両手首は縦に回転し、両肘はその回転に伴って
若干前方に伸ばされます。
これがいわゆる先に書いた「クン」という部分の手の内なんですが、手首の縦の回転と
言っても、左手が上がるほど大きなものではなく、外からはほとんど見えないくらいの
小さな動きです。

私が個人的に思っているのは、竹刀であっても、原則的にはこのように振るべきではないかと
いうことです。しかし、日本刀より軽くて柄の長い竹刀では、この手首の操作が日本刀より
強調されやすい傾向にあります。
多少ならば良いとは思うのですが、最近の中高生(一般もですが)の振り方を見ると、
ほとんど肩を使わずに、両手首と肘だけで打っているように思います。
いわゆる、押し手引き手によるテコの操作で打つ打ち方ですね。
これでは、本来の日本刀の振り方と大きくかけ離れてしまいます。

指導者の中には、最初から日本刀の振り方と竹刀の振り方は違うと割り切ってしまう方も
いらっしゃいますが、私は振り方が違うのは、先に書いたように「斬りつけ」の場合と
「斬り下ろし」の場合の振り方が違うのであって、同じ「斬りつけ」の刀法であれば、
日本刀であろうと竹刀であろうと同じであるべきという意見です。
それが、竹刀は肩で振って、打突の瞬間に手の内の中で僅かに竹刀を縦に回転させるという
振り方なのですが、私の説明が下手なせいか、なかなか理解してもらえないでおります。
ただ、先日の東北電剣会でのHide.さんの基礎講座を伺って、
Hide.さんもなんか似たようなことをおっしゃっているようだなと思ったので、
今回あらためて自分の考えを書いて確認してみた次第です。

実は、左右両手によるテコの操作を使えない二刀の片手打ちは、
肩で竹刀を振るという感覚が非常に大切になります。
手首の力は極力緩めておいて、肩で竹刀を振っていって、
竹刀が当たる瞬間に小指薬指を締めながら手首を僅かに縦に回転させて、
同時に肘を軽く伸ばしてやるという感覚ですね。
これを左右それぞれの手で出来るようになって、
その両手に1本の竹刀を持って振れば、それが一刀の振りなるのではないかと思います。

片手の時には、手の中で竹刀が縦に大きく回転しますが、
両手で振るとその動きが互いに抑制されて
ほとんど手の中での竹刀の回転というのは見られなくなります。
ですから両手で一刀を振ることしか知らないと、この手の内での竹刀の縦の回転という
作用を使えないために、右手を押して左手を引くというテコの原理の打ち方になってしまう
のではないでしょうか?。

私個人の意見としては、一刀の場合であっても、手の中でほんの僅か竹刀が縦に回転する感覚を
つかむことが、茶巾絞りの手の内といわれるものに通じるのじゃないかと思うのですが
このあたりのことも、Hide.さんのご見解を伺えればありがたいですね。

お名前: みのる   
to Hideさん、
 >打突の最終段階では、右の手首も左の手首も剣先を前方に振り出すために縦方向の
 >捻転運動を行っております。
文章で表現するのは難しい・・・まさに私も言わんとしたことです。
ですが、右の手首を縦方向に捻転運動しますとその瞬間は竹刀と右腕と一直線のように
なりますよね、その時脇をしめていても左手は右腕の下へ上がると思います。逆に言うと
左手が右腕近くに上がらないと右手首の縦方向の捻転運動(手首を伸ばす)はできないと
思うのですが(^_^)~???

to MAKOさん

 >Hideさんのおっしゃられるように大人は手首の縦の回転で剣先
 >を切り下げる事ができますが、子供は左拳を上に持ち上げて
 >同じような形を作ってしまいがちですね。
この場合は脇を空けて左拳が横握りになっているのでしょうね、やはり握りがしっかり
できるようになってからの方がいいのかもしれないですね。 
ある道場では素振りの時に手首素振りと言うのを取り入れていました、腕を上下させないで
手首の縦方向の捻転運動だけでするんです、スナップを利かす手の内の稽古にいいかもしれ
ません。中高生などでも面打ちでガツンガツンと痛いのがいるんですが、この場合の多くは
上記の手首の縦方向の伸びがないんですね(^_^)

お名前: Hide.   
to MAKOさん

>Hideさんのおっしゃられるように大人は手首の縦の回転で剣先
>を切り下げる事ができますが、子供は左拳を上に持ち上げて
>同じような形を作ってしまいがちですね。

その部分が問題です。
それをさせないようにするために「左肘を伸ばしなさい」と指導する先生がいらっ
しゃいますが、少なくとも私はこれは間違いだと考えております。
左拳の不要な上がりを防ぐためには「左脇を締める(空けない)意識」を作ってあ
げることが必要です(^^)

お名前: MAKO   
 to 皆様へ
 貴重なご指導ありがとうございました。とくに「はくどー」
さんのご意見には大変感銘いたしました。保存版にさせていた
だきます。 中倉範士のビデオでも「手の内」に関して同じよ
うな表現をされておりました。ただそれより何倍も理解しやすかった
です。その中にも「切り手」で剣先を下げる。という表現はなかった
ので、今回の質問となったのですが。
 Hideさんのおっしゃられるように大人は手首の縦の回転で剣先
を切り下げる事ができますが、子供は左拳を上に持ち上げて
同じような形を作ってしまいがちですね。
 自分なりに整理して、今後の指導に生かしたいと思います。
ありがとうございました。
 

お名前: Hide.   
to はくどーさん
丁寧な解説、痛み入ります。その博識ぶりには、毎度のことながら驚かされます
ねぇ(^^)

>「押し手、引き手」というのは、左手を手前に引くのではなく、打突の瞬間に左
>手の小指・薬指を柄頭の方向に「ほんの僅かだけ」キュッと引くような心持ちで
>締めながら、同時に右手は僅かに手首を縦に回転させるような気持でやや前方に
>グッと伸ばしてやるようにすると、その相乗効果で、切っ先がクンという感じで
>前方に伸びてゆきます。(擬音ばかりでごめんなさい(^^ゞ)

私の意識は少し違います。
打突の最終段階では、右の手首も左の手首も剣先を前方に振り出すために縦方向の
捻転運動を行っております。
そして、竹刀がお相手に届いた感触を得た直後に右足の着地が起こり、次いで、右
膝上の大腿直筋緊張することによって左足が引きつけられてくる動きに同調して、
手首の上方への返しがはじまります。
これが「打突後の自然な手の内の返り(竹刀の自然な跳ね上がり)」と理解してお
りますので、私の中では、「引くような意識」は微塵もないのです。

それで、東北の基礎講座のときも「引き手というのは存在しません。振り下ろしに
際しては両手(両手首)とも「カラダが進みたい方向と同じベクトル」に動いてい
くというふうに説明させていただいた次第です(^^)


to みのるさん
>ただわたしは手の内を利かせた瞬間は右拳は肩の高さ、左拳はみぞおちの高さ
>では止まらなくMAKOさんが見たように、当然左拳は右手の下まであがり
>横から見ると、右腕と竹刀が一直線になっている感じになると思います。
私の考えでは、それでは振り下ろしすぎるようです(^^)

むろん、「切落し」のように深めのパワーの必要な技の場合は、このかぎりではあ
りませんが(^^;

お名前: みのる   
to はくどーさん
いつもながらはくどーさんの解説に感嘆しております。
そうなんです、クンなんですよね。究極には茶巾絞りで手の内を利かせて冴え
のある打突をするための素振りだと思います。
ただわたしは手の内を利かせた瞬間は右拳は肩の高さ、左拳はみぞおちの高さ
では止まらなくMAKOさんが見たように、当然左拳は右手の下まであがり
横から見ると、右腕と竹刀が一直線になっている感じになると思います。
打突後は瞬時に脱力しますので右拳は肩の高さ、左拳はみぞおちの高さに
戻ると思うのですが(^^)

お名前: はくどー    URL
MAKOさん、こんにちは!

「打ち手、切り手」に関して、MAKOさんがおっしゃるような教え方をされている
先生を時折お見かけいたします。確かにおっしゃりたいことも分かる部分はあるので
すが、私は、剣道で言う「打ち手、切り手」に関して、少しばかり違う考えを持って
います。

剣道で一般的に行われる「面打ち」という竹刀打法は、私は真剣による「斬りつけ」
という刀法を学ぶためのものだと理解しています。
「斬りつけ」による「面打ち」というのは、切っ先3寸で相手の額を割る刀法です。
遠間から飛び込みながら行う刀法によって、敵の体勢を崩し、同時にその戦闘力を奪
うために浅く傷つけるのが主たる目的で、頭蓋を一刀両断にして、その一撃で直ちに
敵の命を奪うものではありません。
そのために「斬りつけ」の刀法は、敵の体勢を崩しても自らの体勢は崩さないように
心がけることを第一義とし、なおかつ第一刀の斬りつけに失敗した場合を想定して、
更に二の太刀、三の太刀への変化を重視したものになります。
剣道において、打突後に自らの姿勢が崩れてしまうことを強く戒められ、またその打
突が比較的高い腰の位置で行われて、俗に連続技と称される、二の太刀、三の太刀へ
の変化技を数多く稽古するのは、このような理由からだと考えます。

一方、刀法にはもう一つ「斬りおろし」というものがあります。
これは、巻き藁などを一刀両断にするときに、よく見られる刀法です。
目的物に対して、かなり深い間合いに入り込み、真剣の刀刃の長さを十分に活かした
引き切りの方法で、目的物を一刀両断にします。
このため、斬りおろしの後は、腰を落とした低い姿勢になるため、二の太刀への変化
が難しくなります。そこで居合の流派や抜刀道などでは、連続切りを素早く行うこと
によって腰の粘りと手の内の返しの柔軟さを修練しようとしますが、原則的に、この
「斬りおろし」の刀法は、相手の体勢が崩れて反撃の余地のない状況を作った上で、
ほぼ確実に仕留められる場合にのみ使われる最終の刀法だと考えます。

ですから、古流剣術の実戦的な形の組み立てを見ますと、遠間からの斬りつけ(居合
の場合は抜きつけ)によって、いったん敵の体勢を崩し、その隙にすかさず間合いを
詰めて、斬りおろしの刀法によって仕留める。という刀法の組み合わせになっている
場合が多いようです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、剣道における打突は「斬りつけ」である
と書きました。後者の「斬りおろし」と大きく違う点は、「斬りつけ」は「押し切り」
の技法が使われる場合が多いということです。ただ、「押し切り」と言うと、竹刀の
先で撫で上げるような打突を想像されてしまう場合が多いので、私個人としては、こ
の「押し切り」という言葉はあまり使いたくないのですが、「斬りおろし」における
「引き切り」に対応するうまい言葉が見つかりませんので、やむを得ずこの言葉を使
わせていただきます。

真剣の「斬りつけ」刀法に見られる「押し切り」という技法は、刀剣の切っ先を敵の
額に打ちつけ、そのまま身体の前進と右手の押しによって、その切っ先を瞬時に食い
込ませてゆくような切り方になります。頭蓋を縦割りに両断するほどの長く深い斬撃
力は必要としないものの、額の鉢金程度なら斬り割るほどの短く鋭い打撃力を要求さ
れます。
そして、この時の両手首の使い方が、いわゆる「打ち手」であり、「斬りおろし」の
際の手首の使い方である「切り手」とは若干異なる、剣道における独特の「手の内」
と呼ばれるものだと思います。

剣道の「手の内」を説明する際に、「押し手、引き手」という言葉が使われることが
多いようです。つまり、右手は押して、左手は引きなさいという教えです。そして、
この教えを言葉通りに受け取って、右手を前方に押し、左手を手前に引くことによる、
テコの原理の操作によって打突するものだと思っている人が、案外多いのじゃないか
と思います。
「押し手、引き手」というのは、左手を手前に引くのではなく、打突の瞬間に左手の
小指・薬指を柄頭の方向に「ほんの僅かだけ」キュッと引くような心持ちで締めなが
ら、同時に右手は僅かに手首を縦に回転させるような気持でやや前方にグッと伸ばし
てやるようにすると、その相乗効果で、切っ先がクンという感じで前方に伸びてゆき
ます。(擬音ばかりでごめんなさい(^^ゞ)
言葉と文章で説明するのはなかなか難しいのですが、このクンの部分が「斬りつけ」
刀法の「押し切り」の部分になると思います。
そしてこの時の両手の使い方が、茶道のときに使う布きれの上部を右手で握り、左手
で下方に軽くしごくようにする動作に(というよりもそうするための意識に)似てい
ることから、俗に「茶巾絞り」と言われるのでしょう。(決して雑巾絞りのように、
両手首を内側にひねるのではありませんね)
ですから、剣先を押し下げるために左手が上に浮くということはあり得ないと、私は
思います。

ただ、上記で述べてきたことは、真剣による「斬りつけ」刀法に関する説明です。
竹刀剣道は、この刀法を学ぶために開発されて発展してきたと考えた場合、もう少し
補足の説明がいると思います。

「斬りつけ」刀法は、相手の額を切っ先で浅く傷つける刀法ですが、実戦においては、
切っ先を届かせるくらいの気持で斬り掛かっても、とうてい相手には届きません。
私は、以前に夢想流の3尺3寸余りの袋竹刀を使って素面素小手で遊んだ?ことがあ
りました。大きな怪我はしないものの、直に打たれるとかなり痛い袋竹刀では、恐く
てなかなか思い切った打突は出来ず、その切っ先はようやく相手の手や腕をかする程
度でした。そして私もかなりかすられ痛い思いをしました。
その折りの最後に、もうこれで止めようというとき、私は半ばやけくそ気味で、いつ
もの剣道のとおりの遠間からの飛び込み面打ちをしてみました。ここで、ようやく袋
竹刀の切っ先が相手の額に届きました。

比較的安全な袋竹刀ですらこうですから、命をかけた真剣では、相当の覚悟を持って
飛び込まないと、その切っ先は相手に届きません。
ここに竹刀剣道の修練の意味があると思います。
通常の刀剣より遙かに長い竹刀を使って、遠間から、切っ先ではなく竹刀の「物打ち」
と呼ばれる部分で、相手の額ではなく頭頂部をたたき割る心づもりで打ち、打突後は
その勢いのままに相手の後方まで駆け抜ける...こういう訓練を続けて行くことに
よって、いざ真剣を取った場合に、ようやくその切っ先が相手の額に届くようになる
ものだということを、昔の人は良く知っていたのだと思います。
幕末の動乱期に、各流派の形稽古よりも竹刀を取っての撃剣打ちがもっぱら修練され
たのも、このような理由からだと思います。
ですから、剣道では真剣の恐怖を乗り越えて「捨てきった」打突をすることを、強く
求められるのでしょう。

さて、もう一つ、剣道における打突力を重視して、打突部位で竹刀を止めずに、顎下
まで切り下ろせと指導する先生がいらっしゃり、素振りにおいても肩より低い位置に
なるまで振り下ろさせる場合があります。
お気持ちは分かります。しかし、竹刀による打突力は、先に書きました「クン」とい
う部分の僅かな「手の内」によって生み出すものだと私は考えます。
これがいわゆる「打突の冴え」というものですね。
顎下まで下ろす気持で振ったのでは、打突時に、この「冴え」は生まれませんね。
ですから、素振りにおいては、やはり右拳は肩の高さ、左拳はみぞおちの高さで止め、
その時に切っ先が小さくクンと振り切られるような微妙な手の内を知るのが大切では
ないかと思います。

そして、顎下まで切り下ろせという昔ながらの教えは、実はただ剣先を下げて切り下
ろすのではなく、打突後の前進力によって、顎下まで切り込む勢いで飛び込め...
という教えだと理解した方が良いのではないでしょうか?。

以上、
なんか、だらだら長々と書いてしまいましたが、Hide.さんの意識や表現とは、若干異
なる部分もあるかもしれませんね。そういったところは、私もまた勉強させていただ
ければありがたく思います。

お名前: みのる   
わたしはですねぇ、MAKOさんがおっしゃている
 >通常正面打ちの素振りでは、右手は肩の高さ、左拳は鳩尾
 >の高さで止めています。そうすると剣先は自分の面の高さ
 >になります。
 >そこでは、ここまでが打ち手で・・・
その通りだと思います。そして
 >ここからさらに剣先を
 >下げて(大体鼻の高さ位)切り手を使うという指導をし
 >ていました。当然左拳は右手の下まであがります。
この部分ですが、考えるに、これは剣先を手首を伸ばして下げると言うことで、
手首のスナップを利かせるためそうするのだと思います。ただし、これは多少半身に
ならないと窮屈になりますよね、ですがその方が自然だと思っているのですが。
わたしも左肘は自然に曲がると思います。

お名前: Hide.   
そうですねぇ、私も基本は「右手は肩の高さ、左手はみぞおちの高さ」と教えま
す。しかし、止めることに意識が集中しすぎて「打ちきれない」欠点を抱えてしま
う子供(生徒)もいるんです。このような場合、剣先を鼻の高さくらいまで下ろさ
せて素振りや打ち込み(意識の問題になりますが)をさせることをいたします。

ただ、その時は右腕が下がるに連れ左拳の位置も下がらなければなりませんが(^^;


それから「左腕が曲がる」件に関しては、私も大さん同様「曲がるのが当たり前」という立場をとっておりますヽ(^.^)ノ

お名前: 大   
MAKOさん はじめまして 大 と申します。よろしくお願い致します。

MAKOさんの仰る通りの事を私も教えられました。数年前、木刀で素振りをしていると、範士の
先生がこられ、私の前に立たれて(背丈は私と同じ位)、鼻の所まで打ち下ろす様にご指導
頂きました。その通りだと思います。(^^)
なお、左肘が曲がるのは自然だと思います。

お名前: MAKO   
先日、とある道場に子供を連れて練習に行きました。
そこで見た、正面打ちの素振りの仕方について質問します。
通常正面打ちの素振りでは、右手は肩の高さ、左拳は鳩尾
の高さで止めています。そうすると剣先は自分の面の高さ
になります。
 そこでは、ここまでが打ち手で、ここからさらに剣先を
下げて(大体鼻の高さ位)切り手を使うという指導をし
ていました。当然左拳は右手の下まであがります。
 横から見ると、右腕と竹刀が一直線になっている感じ
でした。こういう方法もあるのでしょうか?
なんだか、窮屈にみえました。それに手の締まりが
うまくできない低学年の子は皆、左肘が曲がっておりました。

 

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