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お名前: Hide.
to だめおやじさん
>ありがとうございました。自分なりの間合いで良いわけですね。
ハイ、お相手がだめおやじさんの間合いを嫌うなら、その手前で技を仕掛ければい
いだけの問題です。それを「近すぎる」と評するのは、自分の非を転化するような
ことだと思うのです(^^)
どうぞ、自身をもってお稽古に臨んでくださいヽ(^.^)ノ
to みのるさん
>その「近くまで入りすぎる。」という間合いから半歩下がったところで
>攻め合うことをお勧めします
そうですね、実際の攻め合いは「打ちま」で行なうわけではありませんから(^^)
お名前: みのる
だめおやじさん こんにちは
>「近くまで入りすぎる。」というご指摘を受ける場合があるのですが、
その「近くまで入りすぎる。」という間合いから半歩下がったところで
攻め合うことをお勧めします、そこから機を見て(これが難しいんですが)
半歩入って打つ稽古をすると良いと思います。半歩入ったらすかさず踏み込
んで面を打つ、途中で止めないこと。多分はじめはなかなか打てないと思い
ますが、繰り返すうちに入って打つ機会が見えてくるようになると思います。
ただ同じ相手に同じことばかりだと読まれますので地稽古の中で何回か使って
稽古するのがいいと思います。
お名前: だめおやじです。
to hideさん
ありがとうございました。自分なりの間合いで良いわけですね。
「近くまで入りすぎる。」というご指摘を受ける場合があるのですが、
少し希望が持てました。
お名前: Hide.
to だめおやじさん
himさんもお答えいただいてますが、私なりの解釈を述べさせていただきますと、
>そこにいたるまで時間をかけさえすれば、近間でも構わないのですか?
ですが、時間の問題ではありません。
近間まで入らなければ打てないのであれば、その間合まで詰めてはいるまでの工夫
が見えなければならないということです。
お相手の方が遠い間合で打つことができるとするならば、当然、だめおやじさんが
ご自分の間合に入ろうとなさるところで技がでてきます。その技を的確に返すこと
ができ、お相手が「ここで打ってはマズイ」と感じ手が出せなくなるように攻めて
いるかどうか・・・ってことが重要です。これが「攻め勝って打ち間を作る」こと
です(^^)
>間合いが近くても、相手が虚をつかれた格好であれば「良い攻め」になるので
>しょうか?
「虚を突かれた」というのは、実はたいした攻めには映りません。実を攻めてお相
手を居着かせるくらいの攻めなら立派ですがヽ(^.^)ノ
>「あの人は入りすぎているな。そこにいくまででしとめなければだめなのに。」
>という感覚でしょうか?
間合いに入ったと思われても技が出ずにおれば、審査員からそのような見方をされ
るでしょう。当たらなかったとしても、その間合いからしっかりした技が出ていれ
ば、「近い・遠い」の問題ではないはずですよ(^^)
お名前: だめおやじです。
to himさん
うーん難しいですね。当事者としてでなく、外目から見た感じではどうですか?
間合いが近くても、相手が虚をつかれた格好であれば「良い攻め」になるのでしょうか?
「あの人は入りすぎているな。そこにいくまででしとめなければだめなのに。」
という感覚でしょうか?
お名前: him
to だめおやじさん
>>そこにいたるまで時間をかけさえすれば、近間でも構わないのですか?
う〜ん、単純に「時間を掛ければ良い」というものではないと思いますが(^^;
この辺は、なかなか言葉や文字では説明し難いのですが・・・
抽象的な表現で誠に申し訳ございませんが、要は「攻め勝ってその打ち間に入って行けたか?」
ということになると思います。
だめおやじさんは、お稽古中に「打とうと思って間合いに入ろうとしたけど入れなかった」
あるいは「間合いに入って打ったのだけれど、見事な迎え突きをされた」というような
経験はおありでしょうか?
特に、自分より高段者の先生にこうされた時は大体が
「そこは打ち間ではないよ」
「まだ攻め切れていないよ」
と教えてくれていることが殆どだと思います。
この辺の感覚を感じたことはおありでしょうか?
お名前: だめおやじです。
みなさまお答えいただきありがとうございました。
納得でありますが、
>自分の間合いが例えば「中ゆいに触れるくらい」とした場合は
>そこにいたるまで時間をかけさえすれば、近間でも構わないのですか?
上記の部分にアドバイスどなたかねがえませんでしょうか?よろしくどうぞ。
お名前: Hide.
to himさん
>間合いについても、これは「昇段審査の間合い」ではなくて、普段のお稽古の時
>から間合いというものを十分意識しながらお稽古を積むことで、「身に付ける」
>ということが必要なのですね。
おっしゃる通りです(^^)
間合は本当に難しいです。とくに、彼我の間合があっていないとき「如何につかう
か」という工夫は、審査ばかりでなくあらゆる場面で役に立ちますねヽ(^.^)ノ
>普段のお稽古の時に、こういうことを注意して下さる先生は有り難いです。
ホント、いい師が必要な所以ですね(^^)
お名前: him
to Hide.さん
>ただ、あまりああした記事に振り回されるのもどうかと考えます。審査というの
>は、ご自身の剣道のあり方を審査員が評価してくださるもので、ふだんのお稽古で
>の指針は、お教えお受けておられる道場なり剣友会なりの先生が与えてくださって
>いるはずです。それをそのまま表現し合否を観ていただくのが正しい審査の受け方
>なのではないでしょうか(^^)
おっしゃる通りですね。
ですから、「3年早く始めるよりも、3年掛けて良き師を探せ」と言われるのでしょうね。
間合いについても、これは「昇段審査の間合い」ではなくて、普段のお稽古の時から間合いというものを
十分意識しながらお稽古を積むことで、「身に付ける」ということが必要なのですね。
昇段審査の時にだけやろうとしても、出来る訳ないです。
普段のお稽古の時に、こういうことを注意して下さる先生は有り難いです。
お名前: Hide.
to だめおやじさん
himさんがおおかたお答えになっておられますので、管理人の私から付け加えることはほとんどございません。
ただ、あまりああした記事に振り回されるのもどうかと考えます。審査というの
は、ご自身の剣道のあり方を審査員が評価してくださるもので、ふだんのお稽古で
の指針は、お教えお受けておられる道場なり剣友会なりの先生が与えてくださって
いるはずです。それをそのまま表現し合否を観ていただくのが正しい審査の受け方
なのではないでしょうか(^^)
私は、専門誌であのような特集が組まれることは残念でなりません。審査そのもの
を目標にするようなお稽古のあり方は、ご自身の剣道を見失い、剣道を心のままに
楽しむことができなくなる危険性をはらんでおります。
剣道に「かくあらねばならない」というものは存在しません。心に垣根を設けず、
ご自分の「心映えの表現」としての剣道を構築されることを目標にされるのがよろ
しいと愚考いたします(^^)
お名前: だめおやじです。
to himさん
お答えありがとうございました。
ということは、自分の間合いが例えば「中ゆいに触れるくらい」とした場合は
そこにいたるまで時間をかけさえすれば、近間でも構わないのですか?
お名前: him
to だめおやじさん
>良くみると、「間合いを詰めすぎてしまうと、審査員はその時点で不合格にする。」
>私は跳躍力に欠け、剣先が触れ合っているくらいからは飛び込めません。
これは「剣先が触れ合うくらいの間合いから打て」と言っているのではなく、
剣道の攻め合いは、剣先が触れ合うくらいのところから始まって、如何に自分の打てる間合いまで
詰めて行くかが勝負です。
「始め!」の声で立ち上がって、いきなりお互いが打てる間合いに、何のストレスもなく入ってしまうのは、
剣道本来の攻め合いをすっ飛ばしてしまうことになります。
どうやって打てる間合いに自分が入って行くか?
また、どうやって相手が打てる間合いに入って来るのを阻止するか?
この攻防が、剣道本来の醍醐味である訳ですし、六段以上の審査になれば、審査員の先生方は
そういうところを注意して見ておられるはずだと思います。
「始め!」の声で立ち上がって、いきなりお互いが打てる間合いに、何のストレスもなく入ってしまうのは、
その間合いに入った方も入れた方も、×が付くのではないでしょうかね。
(私もよく注意されます。)
そのためにも、自分が打てる間合いを知っていなければならないですし、
また相手がどのくらいの間合いを得意としているのかも短い時間で察知する眼が必要とされます。
柳生新陰流では、「間詰もり」の出来ない者はいくら稽古しても進歩は望めないと言われていると
聞いたことがあります。
お名前: だめおやじです。
今月発売の剣道日本で昇段審査特集をやっていましたが、
良くみると、「間合いを詰めすぎてしまうと、審査員はその時点で不合格にする。」
ニュアンスが伝わったのですがどうでしょうか?それともこれは8段に関することですか?
私は跳躍力に欠け、剣先が触れ合っているくらいからは飛び込めません。
6段、7段を取るには間合いを遠めにかつ大きく打ち込まないとだめなものでしょうか?
テレビで見る6段クラスの全日本選手の間合いは近いですが、審査の時はわざと
遠めからうっていくのでしょうか?
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