記事タイトル:こころ 


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お名前: Hide.    URL
to スゥちゃん

合宿で留守にしておりましたので、レスが遅くなりました。管理人のHide.です(^^)

ご兄妹やご両親に負い目の気持ちをもっておいでになるようですが、それは必要ないこと
です。もし、本当にそう感じるのであれば、もう少し意欲的&前向きにご自身の人生を生
きることに情熱を傾けられてはいかがでしょうか?(^o^)

ご両親や妹達などまわりのことをいろいろと考えられるスゥちゃんは、とても繊細な神経
の持ち主なんだと思います。その思い遣りの心があれば、「どうすればそれらの人たちが
幸せに感じられるか?」っていうことにも思い至るのではないでしょうか?(^^)

皆さんが書いてくださる通り、スゥちゃんが生き生きとした学校生活を送ることこそ、家
族みんなの幸せにつながるはずですよ! みんなの幸せのためにも頑張ってみてください!!

お名前: 飛鷺   
先行投資。
という言葉もありますからね。
スゥさんの人生は今が全てではないのですから。
これからがあるのですから。

スゥさんの気持ちはわかりますけど
人を傷つけないことが、人に迷惑を
かけないことが必ずしも幸せなこと、
良いことではないのですよ。
苦労のしがいがあること、傷ついた
ことが誇らしく思えること。
そんなこともあるのですから。

スゥさん、ちょっとだけ勇気を出して
前に進んでみてはいかがですか?
人は失敗してもそこで終わりではないのですから。
失敗したことで反省してもっと良いものにする・・・
そういうこともできるのですから。

迷惑をかけないことではなく
迷惑をかけてしまったのなら
その迷惑以上の幸せをみんなに
返してあげればよいのですから。

今は何もできない。
でも、今、何かすることが
未来のご家族の幸せになる。
今だけではなく、未来にみんなを
幸せにする。
そのときのためにみんなに先行投資
してもらう。
そんな風に考えてみるのも
良いのではないですか?

誰だって最初から何でもこなせる
訳ではないのですから。
自分でできるようになるまでには
いろいろな人に迷惑をかけて
しまいますからね。
でも、迷惑をかけても自分が
一人前になれれば・・・
一人前になることで今まで助けてくれた人にも、
そしてこれから自分の後を歩んでくれる人の
力にもなれるのですから。

今だけに捕らわれないでくださいね。
四方が高い壁に囲まれていても
時間をかければ登れないものでは
ないのですから。
そして自分が登りきったら・・・
同じように底で困っている人に
手を差し伸べてあげてば良いのですから。
みんなを幸せにするために
今はみんなに甘える、迷惑をかける。
そんな風に考えてみてはいかがですか?

最後に・・・
金銭的な負担はあるでしょうけど・・・
でもスゥさんが悩んだり落ち込んでいると
ご家族は心配するのではないですか?
スゥさんが元気でいる。
それだけでもご両親にしてみれば
安心でしょうし、妹さん達にしても
甘えられる、頼れるお姉さんに
なれるのではないですか?
ちょっとだけ勇気を出して
顔をあげてみてくださいね。

お名前: 守破離@   
to スゥ さん

自分も親になって初めてわかったのですが、親って子供がいきいきしている
顔を見るのが何よりの励みにになるんですよ。

「希望の学校に行かせてくれてありがとう!無駄にしないようにがんばる
ね」といったスタンスでいいのではないでしょうか?

なにもひけめを感じる事はありません。学園生活をエンジョイする事が今
出来る一番の親孝行だと思います。ヽ(^.^)ノ

お名前: ココロ   
親は、子供が胎内で生を受け、命を受けたたときから、生まれてくる子供の幸せを願い、
自分の命にかえても、まもり生み育てようと思うものです。
そして、それが、なによりもかえがたい喜びと幸せなのです。
どんなことが、あっても私だけは、この子をまもってやろう。幸せにしてやろう。
世界中を敵にまわしても、なにがあってもこの子のみかたでいてやろう。まもってやろう。
親は、そう思い子供を大切にを育てていくものです。
子が、幸せでないなら、親だっておんなじくらい幸せではない。
これは、私の持論ですが。だから、子供が幸せとかんじてくれるなら、親は子供のために
どんなことでも一生懸命がんばろうと、思うものです。子供のために、する苦労なら、
苦労とは、思いませんよ。
スゥさん、あなたがこの世に生まれてくれて「ありがとう。」「幸せをありがとう。」
「お姉さんでいてくれて、ありがとう。」そう思っている家族がそばにいること大切な
家族がいることを、忘れないでくださいね。
スゥさんは、宝石で言えば、いまはまだ原石だけど、これからみがけば、みがくほど、
輝かしい光りをはなつ宝石です。その光はスゥさん、あなたの心のなかにあります。
もっと、自分の内に秘められた可能性を信じあせらず、一歩一歩歩いていって下さい。
スゥさん、お母さんがそばにいるでしょ。命をかけて生んでくれたお母さんが。
すてきなお母さんが。

お名前: サラリーマン剣士   
スウさんへ、

兄弟で自分だけ、私立に行かせて貰ってるのに
満足できる結果を出せない自分に対して
後ろめたさを感じていると言うことですね。

親の扶養は無償の行為ですから
スウさんが負い目に感じる必要は無いと思います。

何故なら、親御さんも、親御さんの両親からそう言った愛情を貰ったので、
それをスウさんに返してると思うからです。
もし、スウさんがそう言った親の扶養に対して
負い目を感じるのでしたら、
それをスウさんの子供に返して上げることが
御両親に報いる唯一の方法ではないでしょうか、

目の前の出来る事だけでも、やれば十分だと思います。
出来ることもやらないのが、一般的ですから

お名前: スゥ   
ありがとうございます。
でも、何故か私にはいつも罪悪感が付きまとって離れないのです。
なんとなく言えば、私の周りの人と自分は違って、違う存在なんだというように感じます。
人並みの中にいるなら、私の周りには、とても上れそうにない崖が四方に立ち塞がっていて、私がとてもちっぽけな存在に感じるのです。
何をやるのにも、恐れ多く感じてしまうのです。
むしろ、誰も私のために何か悲しい思いをして欲しくないのです。
だからこそ、深く人と接するのがとても恐ろしく感じてしまいます。
どう接していいかもわかりません。(親に言わせれば、神経質の一言でしたが。)

私は三人姉妹の長女です。中学生と小学生の妹がいます。
でも、私だけ、中学から私立に入っています。
でも、もともと裕福ではないので、田舎に行くのに新幹線から車になったり、母が働き出したり、親は何も言わないけれど、それが自分のせいだといつも思います。
「生活費の半分以上はお前の学費なんだからな。」という父の言葉や、
「お金があったら買ってあげるんだけどね」と苦笑して言う母や、
「私も私立に行きたかったなあ・・・」とぽつりと言う妹の台詞も、全て自分を責めているような気がします。
全てが、「お前はただの金食い虫だ」と自分を確立させているのです。
そして、私自身もそう思ってなりません。

どんな些細なことでも、自分の咎を問いただしている気がしてならないのです。
ただの神経質なだけかもしれないけれども。
だからこそ、自分自身が幸せになれる自信もないし、なっていい権利があるとも思えないのです。

権利という名詞に権利なんて必要ないことは十分承知の上でも、そう思えてならないのです。

お名前: 飛鷺   
弱さを認めることは卑怯ではなく強さですよ。
弱さを認めないことのほうが・・・
現実を見ないことのほうが卑怯なときも
ありますからね。
自分の弱さを知るということは
そのまま自分のそのときの限界を知ることで
あると同時に自分にできることも
見つけやすくなる。
必要なこともわかりやすくなる。
そういうこともありますしね。
卑怯なのは弱さを認めることではなく
弱さを盾に甘えることではないですか?

まずはスゥさんが幸せになってくださいね。
自分を犠牲にしてでもみんなに幸せに
なってほしい・・・
でも、スゥさんを犠牲にして幸せに
なったとしてもその人が幸せになればなるほど
スゥさんへの申し訳なさで傷ついてしまう・・・
そういうこともあるのではないですか?

自分が幸せになること。
幸せな人、自分の幸せという強さを
持った人はなにもしなくても、ただそこに
いるだけで周囲の人を幸せにできますから。
そして自分が幸せになることで
心の余裕ができて人の幸せに手を差し伸べる
こともできるのではないですか?
弱いことが幸せとは無縁、幸せになれない。
そんなことはないのですから。
弱いからこそ見つけられる幸せや
そこから育てていける幸せもあるのですから。
まずは自分が元気になって、幸せになって・・・
それからみんなを幸せにできるように
頑張ってはいかがですか?

お名前: ココロ   
スゥさんへ

私が中学生の頃、担任の先生に頂いた言葉です。
「まわりの人達やまわりの相手を幸せにしようと思ったら、まず、最初に自分が幸せに
なること。そして、自分の体験した経験した、その幸せ、どんな小さな少ない幸せでも、
まわりの人、まわりの相手にわけてあげよう。その幸せが、芽を出しいろんな色の、
幸せの花を咲かせ、人はともに学び助け合い成長する。」
スゥさん、自分で自分の心にむきあうことは、とても大切なことです。
日々生きていると、いろんなことがあるけれど、いろんな階段をのぼりおりして、
人は日々成長していくんじゃあないかなぁ。
スゥさん、一日ひとつずつ、よかったさがししてみてください。
そして、幸せになってください。がんばってくださいね。

お名前: 通りすがり2   
スゥ さん、あなたが幸せになるようにお祈りします。

お名前: スゥ   
嫉妬や欲はあるにしろ、私は周りの人みんなに幸せになって欲しい。
奇麗事かもしれないけど、そう思うんです。
だからそのために私を利用するだけ利用して、踏み越えて行っていいから、それでも。
私なんてどうでもいいから、その先に幸せを見つけてくれればそれでいいと思う。
けれど、それは他人とできるだけ親密な関係を防ぎたいという自分の弱さの象徴なんだと常に思います。

お名前: 某キャプテン   
 強いって言われる人達は、自分の弱さを知り尽くしそれを
克服していった人達だと思います。だから強さの原点は
弱さにあると自分は思います。
 卑怯・・・、「自分は弱いからこれでいいや!」って途中で
妥協する人間は卑怯だと思いますが、弱さを認める事自体は
いい事だと思います。人と交われば交わる程弱さを感じるのは
、ある意味強くなってる証拠だと思います。

お名前: サラリーマン剣士   
サラリーマン剣士です

弱い自分と思っている
スウさんの価値感の問題なのでは?
強い他人て、どれだけいますか

お名前: 通りすがり2   
初めまして。通りすがりですみません。

>弱い自分を認めることは、卑怯でしょうか。

そんなこと無いよっ。とても勇気の要ることです。すべてはそこから始まります。
いつまでも「井の中の蛙」でいいわけ無いじゃない。

姿勢を正して無声の気合をっ!少し勇気をもらった気がします。私も頑張ります。

お名前: へっぽこ上段   
初めまして。へっぽこです。
何かあったのでしょうか?随分へこんでいらっしゃるようですが・・・。
詳しいことを知らないので、何とも言い難いですが、
弱い自分を認識するということは、自分を客観的に観察できている証拠だと思います。
自分が弱いことにも気づかずに、精進しない人もいます。
そうならないよう、人は常に強くなろうとするのではないでしょうか?
その原点が、弱い自分に気づくこと。落ち込まないで、頑張ってください。
ずれたこと言ってたらスイマセン・・・。

お名前: スゥ   
人と交われば交わるほど
自分が弱くなっていきます。

弱い自分を認めることは、卑怯でしょうか。

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