記事タイトル:「自分の子供に剣道を習わせる」について 


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お名前: Hide.   
To せきさん

なるほど。日本の工業の現状が新たになりました。
21世紀を迎えるにあたり、安穏とはしていられませんね(^^;


To himさん

戦前の教育を受けた人たちには、戦後の考え方が斬新であったのでしょう。また、敗
戦という思いもよらなかった辛く苦しい出来事を、国の復興という美名の元にがむしゃ
らに働くことによって忘れたかったのかもしれません。戦勝国に対するコンプレック
スもあったでしょう。それをぬぐい去るために、私たちの親の世代は、寝る間も惜し
んで猛烈に働きました。しかし同時に、日本民族が持っていた精神性や誇りというも
のを犠牲にしてしまったようです。


>「国民としてのアィデンティティーを持たない民」を作り出してしまったのが、戦
>後日本の教育の最大の誤りであったと私は思います。

おっしゃる通りです。
剣道を学ぶ者にしても、開会式で国歌を歌えないというのはざらです。国旗にきちん
と注目することもできません。日本国という国家にお世話になっていながら、日本国
を愛し守る心なくして、礼の心を持っているといえるのでしょうか?

剣道の持つ意味はきわめて大きく広いといえるでしょう。

お名前: him   
to HIdeさん、せきさん

戦後の日本の高度経済成長を支えていたのは、戦前教育を受けた世代(私らの親父の世代)で
あった訳で、今それを私たち戦後教育世代が「食い潰している」と言えるのではないでしょうか。

森総理がそこまで考えて物を言われたかどうかは判りませんが、戦後教育の歪みが今ようやく
形となって表面化して来ていると思います。

私も右翼ではありませんが、自分の国の国旗をまともに仰ぎ見ることが出来ない国民というのは、
世界広しといえども日本ぐらいではないでしょうか?と感じます。

「国民としてのアィデンティティーを持たない民」を作り出してしまったのが、戦後日本の教育の
最大の誤りであったと私は思います。

国際化が進めば進むほど、益々この問題は大きくなって行くでしょう。

では、どうすればいいのか!・・・正直言って良く判りません(^^;
とりあえず、自分の子孫(子供)には、何かそういうことを意識して伝えて行かねばならないと
いう焦りはあるのでてが・・・

お名前: せきさん   
※ 本文の話題とは関係ありませんが
参考までに、昨今の現実認識を最新版にしておいたほうがいいと思いまして。



>日本人が世界に誇れるものは、工業製品でありそれが民族の誇りなのでしょうか?
既に工業製品で誇れる時代ではなくなって久しいです。(失われた10年などと言う表現をして
いるマスコミもあるようですが、工業製品でも売れ筋のほとんどは日本ではありません)
先端技術の特許のほとんどは海外にありますから、パテントを支払って作らせてもらっている
に過ぎません。実際にバイヤーとして働いて見ると、日本製といえどもまったく気が抜けない
事がわかります。生産地よりも、たずさわっている人間の資質による場合の方が品質を左右します。日本の担当者の依存体質(甘え)は分別がなく、見苦しい場合が多いと感じる事もありま
した。海外では、「強欲で気に食わない!」と思う事が多くありますが、これが商売ですから。
大雑把な仕分けでは、”日本製は良い!”と言えますが、厳しい言い方をすれば、”良くて
高い”と言うのは世界では当り前の話です。今は”良くて安い”海外製品にまったく太刀打ち
出来ないのが、水面下での現実となっている様です。

>我々の目は欧米諸国にのみ向き、一番身近なアジアの国々に向くことが少ないのはなぜでしょう?
表向きは、そういう事になっていますが、現実には世界は中国を向いて動き始めています。
ただ、いろんな(歴史的)しがらみにより、表向きは伏せられて、ちっちゃくしか報道されて
いないようですね。知らぬは日本人ばかりなりです。

〜再放送のご案内〜
●NHKスペシャル
「世紀を越えて テクノロジー あくなき挑戦」再放送予定
 
10月22日(日)に放送の
「第5集 インターネット・公開技術の衝撃」
 ==> 11月1日(水)午前0:15〜〈 10月31日(火)深夜の放送です。〉 
NHKの当番組を紹介したサイトはこちらを参照(http://www.nhk.or.jp/special/top.html)

製造業、特に私の所属する業界では、完全な負け戦で最終局面にいます。
この頃思うのですが、
「先人が真剣勝負のなかで見出してきた理に偽りはなかったんだな〜と。」
個人対個人の技能である剣理が、組織体組織にも応用され、まったく同じような理屈の上で
動いているのは不思議なかんじがします。

 

お名前: Hide.   
To 信之丞さん

そうですね。礼法や作法の意味には、深い文化的裏付けがあるんですよね。それらを
きちんと教えきれている道場や剣友会はどのくらい存在するのでしょう。

森総理の「神の国」発言ですが、日本でなければあんなには問題にならなかったでしょ
うね。やはりこれも、戦後民主主義の歪んだ価値観がそうさせているのではないでしょ
うか?
私は右翼思想の持ち主でもなんでもありませんが(と、断りを入れなければこういう
ことを書けないということがおかしいですね(^^;)、日本が天皇家を中心に政治が行
われてきたことは疑う余地はありません。そしてその思想は、遠く、神話から由来し
ています。ナンセンスな話ではありますが、天皇家を神と崇め、それを奉ることによっ
て平和に暮らしていこうという思想が、日本の民族文化の根源であることは明白です。
誰も天皇を暗殺して自らが天皇になろうとはしませんでした。そこには、神への深い
畏敬の念があったからではないでしょうか。

剣道の礼法や作法、所作も、こうした民族文化性と深いつながりがあるのです。
日本人のナショナリズムっていうのはいったいどこへ行ってしまったのでしょう? 
日本人が世界に誇れるものは、工業製品でありそれが民族の誇りなのでしょうか?
国際化ということを良く耳にしますが、我々の目は欧米諸国にのみ向き、一番身近な
アジアの国々に向くことが少ないのはなぜでしょう? 
欧化政策は、明治維新に始まり約150年の幕を閉じるべきです。今こそ、日本人の
ナショナリズムについてしっかりと考え、その根底にある文化を大切にする心を育て
ていかなければならないのではないでしょうか?

私たちは幸いなことに身近に、その最も良い手段を持ちあわせています。むろん剣道
である必要はありませんが、剣道にはそうしたもののエッセンスがふんだんに盛り込
まれています。単なる竹刀を振り回す競技としての剣道ではなく、民族文化を学び、
日本人の誇りを持てる人間を輩出するために剣道を使っていきたいと考えます。

お名前: 信之丞   
To Hideさん & せきさん

先日、新人の子供に、体育館に入るときや、稽古の前後になぜ正面への礼をするか教えました。
どう教えたか、ここでは内容をはぶかせてもらうとして、説明をしていると森総理の神の国発言
もまんざらではなくなってくるのです。
私はここ2,3年ようやくこの国の歴史について興味を持ち、色々な本を読むようになりました。
日本の歴史を知れば知るほど、我々の祖先は私たちにすばらしい文化、精神を残してくれたのだ
ということがわかります。
せきさんの、子供に精神文化を教えるというのは大変いいことだと思います。それを教える手段
が剣道であろうが、極端な話、仏壇に手を合わすことでもいいんではないでしょうか?
このようなすばらしい精神文化を子供たちに伝えることは私たちの使命でしょうね。
子供たちが日本人としての『誇り』を持って、世界に出ても堂々と胸をはっていける人間になっ
てくれればと願います。

お名前: Hide.   
To 信之丞さん&せきさん

自己犠牲って字面だけ見るとものすごい言葉ですよね(笑)
でも、その本質は共生です。
西洋的な資本主義体制は、その基本に個人主義があります。他人を蹴落としてでも自
分がはい上がるという、弱肉強食の文化です。もちろんそれがすべてではないにして
も、これは、狩猟民族徳有の思想なのでしょう。そこに獲物がいなくなれば、居を移
してまた乱獲してきました。場合によってはそれは国家や人間にも及び、戦争で敗れた国は植民地となり人々は奴隷として虐げられてきたことは歴史を紐解くまでもなく周知の事実でしょう。その殺伐とした文化をかろうじて支えていたのはキリスト教という宗教です。

我々日本人そして日本の文化の根本にあるのは、農耕民族の考え方です。自然を友と
し、自然に感謝し、自然と共存しながら生きてきました。一ヶ所に腰を据え、狭い田
畑を耕し、自然の恵を神仏に祈り感謝を捧げました。

明治維新とともに開国した日本は、欧米諸国を真似して富国強兵政策を実施し、戦争
と植民地化によって国を潤すという誤った道を進み始めてしまいます。第二次世界大
戦に敗戦した日本はその過ちを省みるヒマもなく、GHQの政策の元、新しい国家作
りを進めてきましたが、残念なことに神仏に対する信仰を置き去りにし、日本民族の
根本ともいえる魂を置き去りにした欧化政策をとってしまったようです。そして、消
費社会の形成は極端な物欲主義を引き起こし、金銭や物質を得ることこそが幸せとい
う誤った価値観をまん延させてしまいました。

私たちが剣道を通じて子供達に伝えなければならないことは、単なる棒振りの文化で
はありません。まして、自分だけが強くなればいい、なんていう身勝手な剣道ではあ
りません。私たち日本民族が大切に育んできた魂を教えなければ剣道など何の意味も
持たないのです。
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」私たちの祖先は嵐や干ばつが過ぎるのをジッと待ち、
荒れ果てた田畑を整備し、翌年の実りを祈りました。隣人と手を取りあい、互いに自
己犠牲の精神で弱者を守ってきました。そこには、図り知れないほどの勇気と強さが
あったはずです。その姿はウルトラマンティガよりも強かったことでしょうね(笑)

剣道は何の妥協も許さない世界です。そして、それは、少なくともまず剣道の場で実
践されなければなりません。正しいものを正しいといい、誤った考えや立ち居振る舞
いを咎め正します。気配りは当然必要でしょうが、子供を導くのに誰に遠慮もいりま
せん。大人の思惑が、子供の善への涵養を阻害するなどということがあってはならな
いのです。


私はぜったいに子供に剣道を教えますヽ(^.^)ノ

お名前: 信之丞   
To Hideさん

私が行かしてもらってる剣道教室は、今年新人さんが結構入部してくれて、1年生だけで
7人になりました。少しずつライバル心が芽生え始め、お互い気になるようです。
端から見てるとほほえましいです。みんなこのまま辞めずに6年生になったらどの子を団
体戦のメンバーにしたらいいいか、鬼の笑うような事を思っています。

話は変わりますが、先日「しゃべりば」というテレビ番組の中で、ある女の子が「私は自己
犠牲というのは絶対したくない」と言っておりました。すぐに私は「この子は何様のつもり
だ!いろんな人の支えがあってはじめて人は生きていけるのではないのか」とテレビに向か
って怒鳴ってしまいました。しかし、冷静に考えると自己犠牲を否定したその子が悪いので
はなく、その子にそういう考えを持たせた私たち、まわりの大人の責任ではないのだろうか?
と思ったわけです。
私は剣道を通し、少しでも自己犠牲の精神を持った子供が増えてくれればと思っています。
(自己中心的な人ばかりの世界になると、ぎすぎすして住みにくくてしょうがねーや)
今の私にできることはやはり、自分の子供に剣道を習わせ、子供の周りの子を剣道の世界に
引きずり込んでしまうことぐらいです。効果の程は期待できないかもしれませんが、何もし
ないよりはいいと思っています。

Hideさん、私は昔、息子に「ウルトラマンティガのように強くなりたいか」と聞いたことが
あり、息子は「強くなりたい」と即答しました。私は「ウルトラマンティガは自分の命を懸け
て見ず知らずの人間を守っているのだよ。強くなると言うことはそういうことだ」と偉そうに
言ったことがあります。「それでも強くなりたいか」と聞くと「強くなりたい」と言うので、
「それなら大きくなったら剣道をしなさい」とついつい言ってしまいました。
これって実はあまり剣道と関係ないかな?(笑)

お名前: せきさん   
to 信之丞さん

先生の子供はエコ贔屓去れているのではなかったのですね。今にして思えば、親の期待という
モノだったのですか。私も、何となく理解できる歳になった様です。
確かに、過度の期待はよくないですね。親の言った何気ない一言に、どれだけ子供が傷つくのか
と言う事は、私も今もって忘れられないものがあります。

「攻めのセオリー」では思わず道を逸れてしまいましたので、続けてレスするのを遠慮した処
です。考えて見ますと、私にとって剣道は、子供から大人への道と同じ時期を過ごした、忘れ
えぬ思い出の詰まったものでもあります。よい事も悪い事もありました。今は、これを少しず
つ紐解いているようなもので、結婚して、嫁さんをもらい、一緒に暮らす様になってから、相手
から学ばせてもらう事の多さに気づくようになったとき、初めて振り返ったところです。

私が学んだ当時、剣道スポ少には300人からの子供がおり、稽古では30人近くいる元立ちの先生
でも、何人も順番待ちしてやっと稽古を付けてもらうような状態でした。
いま、同じ町で、剣道の郡市大会が必要なくなっていると聞きました。予選やるほど、参加校
がないのだそうです。高校に至っては女子など団体戦が開催できない状態でどこも5人揃って
いる学校はありません。市内に三軒あった剣道具屋は倒産したり店じまいして、一軒も残って
いませんでした。縁あって20年後帰ってきた町の剣道事情はまったく様変わりで、地域の指導
者となっている先輩の話を聞く度に驚いています。

一般の稽古に通ってくる高校生は部員一人で、母校の中学の稽古に通いながらスカウト活動を
しているそうです。早く稽古に来ると彼は玄関横のアスファルトに尻をついて座り込んでいま
す。稽古途中でも正座せずに、足を投げ出し、尻をついて座っていたりします。
先日、私の目の前だったので、思い切って窘めました。慌てて彼は座りなおし、失礼しました
と小さく頭を下げたのでした。非常に素直ないいやつなのに、要らぬ苦労をするのか?と思う
と善循環へ向かう方法を教えてやらねば。と思うのですが、私より古株の高段者はあまり注意
もしません。私も彼への気の毒と、他の先生方への遠慮があり、とてもはばかられます。
「義を観てなさざるは、勇亡き也」と言って、非常に忌み嫌う処です。

子供たちを観察した結果、彼らはあまり十分に満たされていないようでした。
正義感や、公平感、道徳心など、傷つけられている事が、彼等の振る舞いからにじみ出ている
のが判らないでもないのでしょうに。どうしょうもないですね。また、指導者の苦労は、指導
者になってみないと判らないのかもしれませんが。
私の地域では、「悪い水にいい魚が住まない」の例え通りとなっているような気がしています。
今でも剣道に背を向けつづけている人は大勢います。大人同士が仲が悪いことはすぐに判りま
した。虚栄心が表に立っている人が中心になれば、こんなものかもしれません。

自分の子供には剣道の技術は伝えませんが、精神文化だけはきっちり伝えて行きたいとは思っ
ています。子供に剣道を習わせる事を頭から否定するものではありませんが、あまり関心しな
いのです。(ただし、今のところは・・・・・・・・。)

お名前: Hide.   
To 信之丞さん

「攻めのセオリー」でこんな話がはじめてしまい「いかんなぁ・・・」と思っており
ましたので、こちらに移してくださったことを感謝します(^^;

そうですね。私も最初は自分の子供を自分で教えるのはやめようと考えておりました。
信之丞さん同様、やはり、過剰な期待を抱いたり、他の子と比較して過度のプレシャー
を与えてしまうことを恐れたからです。
それは昔の剣豪も同じだったようで、多くの剣豪が、子供を他の信頼おける弟子など
に預けて直接指導に携わらなかったことからもわかります。やはり、親子の情愛に親
も子も流されてしまい、真の修業ができないと悟っていたのではないでしょうか。

私は、長男の小学校入学と同時に剣道を始めさせようと考えておりました。幸いなこ
とに、自宅付近にはいくつかの学校開放を利用した剣友会がありましたので、昨年暮
れからそれらを子供を連れて見学に行ったものです。
しかし、内情は想像以上にひどいものでした。系統立てた基本の指導はおろか、剣道
を学ばせる姿勢や態度に欠けるところばかりでした。そこで、4月から毎朝、基本を
個人レッスンすることにしたのです。

最近、小学校の低学年がたくさんいる剣友会を見つけましたので、11月からそこに
通わせることにしようと考えております。
私は小学校2年生の時に自ら進んで剣道をやりたいと申し出て始めましたが、道場で
一番低学年でしかもあとは皆上級生だったので、続けるのがイヤになってしまった想
い出がありました。やはり、同年代がたくさんいることが励みになるだろうと考えた
次第です(^^)

お名前: 信之丞   
To Hideさん せきさん

いきなり個人的なカキコで始まって、また、子供のいない方には申し訳ありません。
お二人のやりとりを見ていてついつい参加したくなりました。
私は35才で、Hideさんと同じく小1の長男がいます。下に4才の長女もいます。
上の子は1年ほど前から剣道を始め、いまでは一人前に防具をつけ、ようやく剣道らしく
なってきたところです。
私は、小さい頃あまり剣道が好きではなかったので、本人がやりたいと言うまで剣道を習わせる
つもりはありませんでした。ただ私が近くの小学校に指導に言っていることもあり、ときどき
見学に来ているうちなんとなく始めた次第です。
私が直接自分の子供を教えることもありますが、正直いやです。なんでこんなことができないん
だと、ついつい他の子よりどなってしまいます。知らず知らずのうち、子供に期待をかけている
んでしょうね。自分の子供を教えた日は、今日もどなりすぎたと反省や後悔ばかりしています。
しかし、親子で共通の趣味はいいですよ。剣道でもなんでも家族に迷惑がかからなければいいの
ですが、親が一生懸命ひとつのことに取り組む姿を子供に間近で見せることができ、それだけで
ひとつの教育になるとおもいます。
せきさんは、いまは子供に剣道を習わせたくないようですが、子供がすこし大きくなったらまた
思いも変わると思います。いまはどうして親が私に剣道を習わせたのかなんとなくわかるような
気がします。
ひとつ気をつている事は、子供に過度のプレッシャーを与えないよう注意しています。
最後に、Hideさんがおっしゃた、自己犠牲のできる人間に私の子供も育てたいと思います。

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