稽古のプラスαについて

(剣道上達法??? 2000/09/08)
この一文は、拙サイトの掲示板「いちに会剣道談話室」に書き込みしたものを土台にして加筆訂正したものです。

 稽古は誰でも頑張って取り組むものです。しかし、それだけで他の人より強くなれるのでしょうか? 答は‘否’です。
 私は「他の人の2倍、3倍やってようやく同じなんだと考えて稽古に取り組みなさい」とよく言われました。また、「うまい人のすぐ後ろに並んで、その人と同じように(タイミング・スピード・気合など)稽古してみなさい」とも教わりました。
 うまくなるコツって稽古だけではなく稽古以外の中もあるものなんだと考えます。稽古の『稽』という漢字は「考える」という意味があります。つまり稽古とは「古き(今以前のこと全て)を考えて取り組む練習」ということなのでしょう。教えられたことを繰り返し繰り返し練習することも稽古ですし、先生や先輩から指摘されたアドバイスを心がけて練習することも稽古です。さらにステップアップするための稽古法、いや、稽古のプラスαについて考えてみたいと思います。

 

【結 論】

プラスαとは観察・研究・工夫・実践・努力の絶え間ないフィードバックです。

 

【各 論】

1.観察

 昔の先生に質問しますと、よく「壁に聞きなさい」「床に聞きなさい」「竹刀に聞きなさい」なんて謎かけのようなことをおっしゃいました。けっして「それはだねぇ・・・」なんて知識・技術の安売りはしなかったんです。
 「くそジイィ! もったいぶりやがって!」なんて若気の至りで思ったりしましたが、次にその先生のところにお稽古をお願いするべく並んでいると、質問したことをチョロッと前の相手にやって見せてくれたものです。

 
ハッと気が付いて目を皿のようにして「もう一度」と願いを込めて見ていても、二度とヤって見せてはくれません。そこで自分の番になったときに、思い切って試してやってみますが、当然、うまくできようはずもありません。

 そして次の機会にまた並んでいると、先生はそれを見せてくれます。また、稽古でそれを試してみます・・・。

 お風呂で背中を流させていただいているときとか、お酒をお飲みになってご機嫌になられたとき、ポロッと口からヒントがこぼれることがありました。先生から教えを頂戴することは先生と触れ合い観察することしか道がなかったんです。

 その観察眼は、実際の立ち会いで相手を観察し、隙や癖を洞察する力となって役立っています。

 

2.研究

 先生を観察し、また、運よく教えを頂戴したとしても、それがそのまま自分の剣道に当てはまるとは限りません。イヤ、むしろ、当てはまらないことの方が多いでしょう。

 それが技術的なものであれば繰り返し稽古していく中から、わりと早く自分なりにアレンジしマスターすることができかもしれません。しかし、戦術的とか戦略的(攻めとか心法について)の教えであった場合、1プラス1=2になる道理もなく、ただただ、稽古の中で模索していくしか方法はありません。
 模索していく中で、先生が運用されているのをさらに『観察』し、自分なりの解釈を与えていくべく『研究』するしかないのです。

 

3.工夫

 観察・研究と進んできたら、次には工夫です。
 「なぜ、うまくできないのか?」
 「なぜ、思い通りにならないのか?」
 研究の段階で、ある程度の答が出ているはずです。先生と自分との技術的な違いや体力面での差なども考え、自分なりに「どうすればそれを運用できるか?」を工夫します。

 ある場合には、筋力が不足していることがあげられるかもしれません。そうしたら、それを補うだけの筋力トレーニングが必要となるかもしれません。
 竹刀操作の的確性が不足している場合には、素振りや打ち込みなどによって安定させていく努力が必要でしょう。
 脚力であれば、ランニング・ダッシュ・階段登りなどが有効かもしれません。

 カラダの大きい小さいまでは補うことが不可能ですから、自分の持っている体躯があの技をこなすためにどのように動けばよいかを工夫しなければならないでしょう。
 単なる人まねでは技や攻めは身に付きませんから、自分のオリジナルにするつもりで工夫を加えていくことが重要なのです。

 心法や精神論の場合は、剣道の書物を読むことも必要でしょう。また、剣道以外の競技や書物の中からも重大なヒントを得ることもできるものです。視野を広くし、あらゆることに興味を持ち、その中から解決の糸口を工夫していかなければなりません。

 

4.実践

 さぁ、いよいよ、いろいろ使って試してみる段です。
 
実際は「研究・工夫・実践」は小さなサイクルで何度もフィードバックされるものですが・・・。

 実践のもっともいい対象は、下手の相手です。技術的な課題なら、小中学生などの力が弱くしかもまっすぐに打ってくる相手に使ってみるのがいいでしょう。
 それで「大丈夫」という手応えがあったら、今度は同級生や同じくらいの力の者に試してみます。ここでは、更なる改良やタイミング(呼吸)の測り方、力の入れ具合の調整を強いられることでしょう。
 そして最後に、先輩や上位者に使ってみます。
 この段階になったら、練習試合などでも積極的に試してみるのがいいでしょう。先生も取り組みに気づいて、「こうした方が・・・」なんてアドバイスも飛び出してくることと思います。最初から「教えられ」「与えられ」たモノと違いますから、それを基点にして様々な試みが広がっていくはずですね。

 また、実践をスタートラインにしていく場合もあります。
 先生や先輩、同級生や後輩がやっている技や攻めを真似して、まず、「やってみる」のです。むろん、うまくいく場合とダメな場合がでてくるわけですが、自分にとって「使えそうだ」と思ったら、単なる真似の域を脱して自分のモノにしなければなりません。そのためには、「研究・工夫」し、「具体化」していく操作が必要です。
 「具体化」は、腕の使い方、足の使い方、攻め、間合などを分析し文章化してみるのがいいでしょう。これは「研究」の範疇にも絡んできますね

 

5.努力

 バカになりきることです。
 与えられたことを真剣に、そして信じる道をタダひたすらに走り続けられるバカになることです。
 うまくできなくても腐らず、挫けず、常に謙虚な気持ちと感謝の念を持ち続けて精進することです。
 観察・研究・工夫・実践を果てしなく続けられるバカになることです。
 悩み・苦しみ・不安・不満をぐっと飲み込んで、後ろを振り向かず、他人をねたまずうらやまず、自己の弱さと戦いながら前だけを見て突き進むバカになることです。
 人からバカと言われても笑っていられるバカになることです。
 人生の一時ぐらいバカになっても大丈夫ですよ。
 本当に強くなりたいのなら、バカになること。これが努力の神髄です。

 

【補 足】

 拙い文章なので、うまく伝わったかどうか自信がありませんが、少しでも参考になれば幸いです。プラスαは自分自身の意識によっていかようにも変えられます。けっして「やらされて」やるものではありませんから、とても楽しいはずですよ。
 

 他人と同じ稽古メニューをしながらも、その中にプラスαを入れていくことができれば、格段に楽しく取り組めますし、かつ、急速に上達していくものです。

 刀を振り回して、負ければ命を失うような時代ではありません。現代剣道は「生き方」を模索する哲学にまで昇華しています。ストイックに取り組むのではなく、いかに楽しく学んでいくかってことが大切なんじゃないでしょうか。


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