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残心について
日時: 2014/10/09 02:20:06
名前: 三七式ヨシ  < >

先日のわが市の稽古会で、湯村範士がDrベネット氏の「日本人の知らない武道」を紹介されました。

内容については武道とスポーツの違いについて、「残心」の有無が大きいとのお話でした。

ネット検索でこんなのを見つけたので、You Tybeで参照しください。

考えさせられるところがあったので、情報提供です。

”Zanshin - the lingering mind in Budo: Alex Bennett at TEDxMeieki”
メンテ

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Re: 残心について ( No.1 )
日時: 2014/10/09 07:21:03
名前: Hide.◆vm9xYr4tCqk  < >
参照:

管理人のHide.です。

情報のご提供ありがとうございます。
恵土孝吉先生も、同様のことをおっしゃってますね

時間のある時、映像を拝見してみますm(_ _)m
メンテ
Re: 残心について ( No.2 )
日時: 2014/10/17 18:01:14
名前: ずんべらぼん 

三七式ヨシ 様

最近、形について思うことがあります。

いや、「武道」について思うという方が良いかもしれません。

武術ではなく武道と呼べるものに昇華するには、自分や家族を守るだけでなく、
襲いかかってくる相手にも罪を犯させない、つまりは
相手も守る。
それが、「和」とか「活人剣」となるのかなと。

以下は、自分で考えた浅はかな考えなのですが、私自身としては1本目から10本目まで綺麗に納得のいく解釈ができるのです。

剣道形の打太刀は襲いかかってくる、罪を犯そうとする相手。
仕太刀は「やめなさい」と戒める。

だから打太刀は本気で、骨を砕くように打ち込み、
それに応じて仕太刀は寸止めで戒め、一切傷つけない。

であるから、剣道形は実戦そのものの考え方を示唆していると解釈できるようになりました。

「一本を取る」「勝つ」なんていうことよりもっと大きな平和を求める心ですね。

たとえば、1本目で仕太刀が面を打った後に上段を取るのは、「絶命した相手にも気を許さず残心を取る」と考えるのではなく
襲いかかってきた打太刀に応じて、仕太刀が面を打って寸止めしてるのに、まだ打太刀が負けを知ることなく、何かを企みながら下がるので、「やめなさい」と詰め、それでもさらに何かを企んで下がるので
「いいかげんにしましょう」と上段を取る。

五本目の仕太刀の残心の上段も、打太刀が負けを認めず、全く下がろうとしないので「もう、やめなさい」と上段を取るというわけです。

前後しますが、二本目などは打太刀が負けを認めて離れようとするので、仕太刀も、もう終わりにするということです。

こうなると試合での勝敗などにこだわることになりませんし、「平常心」も理解しやすい。

一般的な残心の考え方ではないですが、私はいたってまじめです。
メンテ
Re: 残心について ( No.3 )
日時: 2014/10/18 07:24:51
名前: Hide.◆vm9xYr4tCqk  < >
参照:

To ずんべらぼんさん

管理人のHide.です。

私も似たようなことを考えていました。
ただ、「仕太刀が寸止めで傷つけない」という解釈ではありませんが、残心に関してはほ
ぼ同じ考え方のようです
メンテ
Re: 残心について ( No.4 )
日時: 2014/10/18 17:35:18
名前: ずんべらぼん 

hide.様

そうなんですね。なぜか、少し嬉しいです

剣道形の意味は2つあると思っていまして
一つは前述のような心のあり方を錬るという意味。
一つは動作そのものの正しさ、つまりは無駄を排除し合理的な身体動作を錬るという意味。

一緒に考えちゃうと、どうも理に適っているようには
思えない部分が出てきてしまうので、分けて考えるとスッキリしてる今日この頃です。
メンテ
Re: 残心について ( No.5 )
日時: 2014/10/19 06:59:27
名前: Hide.◆vm9xYr4tCqk  < >
参照:

To ずんべらぼんさん

元々この形には出展があったはずです。
まったくそのままではないにしろ、「●流の●という形(または組太刀)」がベースにな
っていたわけです。

現代流の解釈ではなく「この形が元々教えようとしていた理合は何だったのか」を考える
ことが重要なのではないか、と考えてきました。

ゆえに、何度もお話しますが制定委員でもあった「高野×中山」の大日本帝国剣道形がそ
のヒントを与えてくれるのではないかと考える次第です
メンテ
Re: 残心について ( No.6 )
日時: 2014/10/19 17:04:50
名前: 三七式ヨシ 

三七式ヨシです。

Hide先生、ずんべらぼんさんコメント有難うございます。

高野×中山先生の形はyou tybe でしか拝見しておらず、別スレでも書きましたが、現在のものとは異なるところがあり、Hide先生のおしゃるとおり元の流派の理合いが色濃く残っていると思います。

各型の残心については、そういう形なのだと理解してしまっていました。

別スレで○○日本の記事について取り上げていますが、井上範士が二本目は小手を切ることにより、打太刀の命をとらない残心であると説明されていますが、ではまたそのあと四本目、五本目は面なのかわかりません。

全剣連の小委員会で、五本目の剣先は柄がしらが正しいとか拳だとかより、その辺の解説をしてほしいものですね。
メンテ
Re: 残心について ( No.7 )
日時: 2014/10/19 17:48:50
名前: ずんべらぼん 

hide.様 

そうですね。各流派が持ち寄ったのですから。

私のいけないところないところなのでしょうが、各流派が持ち寄って、
果たして各流派の代表が自らの流派の真髄を披露しただろうかという疑問が消えないのです。

制定経緯からしても剣道形は形としては入門編なのではと思ったりしております。


三七式ヨシ様

日本剣道形の一本目から三本目までとそれ以降は作られた時期が違うと認識しております。

また、二本目は打太刀も命を奪いに来ない小手なのですよねえ。
メンテ
Re: 残心について ( No.8 )
日時: 2014/10/19 21:28:32
名前: 三七式ヨシ 

三七式ヨシです。

ずんべらぼんさん、元は中学生程度が対象に制定されたと記憶しています。

奥義、秘伝ではなさそうですね。

切落としなんてあったらどうなるでしょうか。

まあ、木刀による基本技稽古法の胴の打ち落としも、形なの刃でみねを打つのもどんなものかと思いましたが。

竹刀では巻技を使う事がありますが、真剣でも巻技はあるのでしょうか?

不勉強ですいません。
メンテ
Re: 残心について ( No.9 )
日時: 2014/10/19 21:30:58
名前: 三七式ヨシ 

三七式ヨシです。

訂正です。

刀が形なになっていました。
メンテ
Re: 残心について ( No.10 )
日時: 2014/10/20 07:16:09
名前: Hide.◆vm9xYr4tCqk  < >
参照:

To ずんべらぼんさん

>制定経緯からしても剣道形は形としては入門編なのではと思ったりしております。

>日本剣道形の一本目から三本目までとそれ以降は作られた時期が違うと認識しております。

大日本帝国剣道形よりも前に大日本武徳会剣術形というのが存在しました。
大日本武徳会の第一回演武会が開かれた折、学校の教科目に剣道を加える主張が強くなさ
れ、その基本となる形についても、各流派を超越した共通のものを選定する必要があると
して、明治三十年12月に上段、中段、下段の三本(天地人の三才に擬し)を制定したとさ
れています。

しかしこの形はあまりの簡単であり、しかも一流に偏っていて、修練上の効果もあまり上
がらなかったため一般に普及することはなかったようです。

ただ、これがベースになった可能性は十分にありますね



To 三七式ヨシさん

>竹刀では巻技を使う事がありますが、真剣でも巻技はあるのでしょうか?

小野派一刀流の太刀組太刀には「浮木(うっき)」という方があり、打方が左右に巻いて
くるのに対して、対処する技が残されていますし、「巻霞(まきがすみ」「巻返(まきか
えし)」という技もありますd(^-^)!
メンテ
Re: 残心について ( No.11 )
日時: 2014/10/21 01:19:13
名前: 三七式ヨシ  < >

三七式ヨシです。

Hide先生ありがとうございます。

>小野派一刀流の太刀組太刀には「浮木(うっき)」という形があります。


勉強になりました。


Wikipediaの日本剣道形の項に大日本武徳会剣術形と大日本帝国剣道形の制定に当たられた
範士の方々のお名前と流派などがまとめられていました。

そして、昭和27年に全日本剣道連盟が出来、日本剣道形となり、昭和56年に現在の解説書
が出来上がりました。

帝国剣道形から日本剣道形に至るのには40年の歳月をようしています。

帝国剣道形の制定時には25人の各流派や各県からの範士が関わっておられ、その当時、ど
の技を取り入れるか、順番をどうするのかなど試行錯誤や議論に時間を費やされた範士の
苦労は我々後進の計り知れないものがあったと思います。

今は、この解説書が剣道形の拠り所なので、繰り返しになりますが、寄稿されたり、取材
を受けられる方、また、編集部及び出版に関する責任ある方にはその辺を踏まえて活字に
して欲しいと思います。
メンテ
Re: 残心について ( No.12 )
日時: 2014/10/21 07:01:08
名前: Hide.◆vm9xYr4tCqk  < >
参照:

To 三七式ヨシさん

>帝国剣道形から日本剣道形に至るのには40年の歳月をようしています。

宗家には「伝書」という巻物が残されますが、形は元々「口伝」で伝わってきたものが多
いため、大日本武徳会剣術形と大日本帝国剣道形も「方法」を記した書物はあっても「解
説」をしたものはないのかもしれません(>_<)
私は研究者ではありませんので発掘するすべもありませんが、少なくとも目にしたことは
ありません。


戦後撮られたであろう「斎村×持田」は、もう、今の剣道形と同じようなスタイルになっ
ています。どうしてこういうふうに変化してしまったのか。
この辺りの事情(?)を知る専門家は、もう現存しないのでしょうか??(T T)
メンテ
Re: 残心について ( No.13 )
日時: 2014/10/23 19:18:16
名前: 三七式ヨシ 

三七式ヨシです。

Hide先生、返信が遅れ申し訳ありません。

○○日本には、形に関する特集記事が時々掲載されます。

拝読する限り、武専出身者の先生方や、各地で研修会を模様されている方とかが取材に応じておられます。

全剣連の小委員会のメンバーに入っておられるかどうかは存じません。

全剣連で、その辺の調査とかがされているのか、まったくわかりません。

同じようなことの繰り返しを書き込みますが、全剣連としての統一見解が欲しいです。

色んな事情でまとまらないのでしょうか
メンテ

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