記事タイトル:常盤台剣友会の事件 


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お名前: Hide.    URL
Azaさん、ご意見ありがとうございます。管理人のHide.です(^^)


>高い関心があったので、某剣道雑誌の特集も読みました。 

「剣道日本」2005年2月号でしょうか? 多くの方が、剣道と暴力の問題についてご
意見を書かれておられ、私も興味深く拝読させていただきました。
現場の指導者には、ぜひぜひご一読いただきたいですね(^^)


>でも、振り返ってみると、学校で剣道していたときは、礼節は二の次でした。

部活動は短いスパンの中で学校の名前を賭けて戦わなければなりませんので、礼節やマ
ナー、人間教育といった側面が後回しにされがちです。でも、一流といわれる学校は、皆、
そうしたものもしっかりしているんですよね(^^;
現場の指導者は、自らの指導方法や内容をしっかりと省みる必要があるでしょう。


>私としては、蹴り、暴言、稽古外での体罰はとりあえず駄目なんじゃないかな、とお
>もいます。

求めるところによっても違いますので一概には言えませんが、反社会的な言動は望ましい
とはいえないでしょうね(^^)

お名前: Aza   
指導員自身のコメントを見た限り、ちょっと。。。という感想でした。
当初、指導を放棄したというような記事があった気がします。
とても信じられないのですが、どんな事情があったのか知りたいです。

高い関心があったので、某剣道雑誌の特集も読みました。 
剣道の大会がなくなれば、暴力ではなくきちんとした荒稽古になるのかな、
とかいろいろ考えてしまいました。
改めて考えると、きちんとした荒稽古でも試合の剣道とはかなり異質な気がします。
私は基本を町道場で学んだためなのか、剣道に教育的効果を期待してしまいます。
でも、振り返ってみると、学校で剣道していたときは、礼節は二の次でした。

なんだか混乱してまとまらないのですが、私としては、蹴り、暴言、稽古外での体罰は
とりあえず駄目なんじゃないかな、とおもいます。

お名前: Hide.    URL
to kouさん

>裁判になったら、父兄、子供、先生と争うことになるなんて
>一生、シコリになりそうな気がして悲しくなります。

おっしゃる通りですね(-_-)
お子さんは剣道を続けておられるのか気になります。剣道は悪くないはずです。
どうか、剣道だけは続けていってほしいのですが( -o-) フゥ

お名前: kou   
こんなことになって
子供たちがかわいそうですね。
先生方が書類送検ですねか、
示談では終わらなかたのですね。
ここまでいったらだめなのかな・・・
もっと、父兄と先生方のコミュニケーションが必要な様に思います。
この事件のご父兄は、子供の練習よく見ていたのかな・・
裁判になったら、父兄、子供、先生と争うことになるなんて
一生、シコリになりそうな気がして悲しくなります。

お名前: kendo   
気になったので板橋区役所に問い合わせました。
当面、活動を自粛するそうです。

怪我をした子供はもちろん他の子供達にも本当に気の毒な話です。
指導員達は真摯に反省して欲しいものです。

お名前: 横田    URL
各紙サイトの報道(googleのNews検索では毎日新聞のはヒットせず?)
http://www.asahi.com/national/update/1213/016.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20041213i305.htm
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/tokyo/archive/news/2004/12/14/20041214ddlk13040078000c.html
http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-041213-0020.html
TBS: トップ→ニュースサイト→12月13日→社会
産経はヒットせず。

「けがをさせるつもりはなかった」たって、一度どついて、怪我をしたと判れば、
そこで止められたのに、目撃者の話も吟味しても、言い逃れっこないって…。
あれ程の怪我を1度だけのドツキで負わせられるなんて、連続衝撃波を浴びせ
られるマンガの世界での話でしかなさそう。
TBSのストリーミング映像では「なんとか育てようと頑張った結果」と
語ってたけど、顔を隠さず堂々とするんなら、ラフな格好で蹲踞で
ローアングルの映像には聊か疑問・・・。

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

問題の剣友会は、先日審判をしにいった大会にも出場しておりました。
むろん、子どもたちには何ら罪はないわけですから、活動していてもかまわないわけですが、
やはり少し気がかりでしたね・・・。
送検された後、検察でどのような形に進んでいくのか。
報道されればいいのですが・・・。

お名前: 親馬鹿一刀流   
こんばんは親馬鹿です。

一般人さんへ
>その一回がまずってとんでもないことになったら、責任とるきありますか?
はいあります。痣の度合いも問題となると思いますが、私は、本人の親が見て
いる目の前でも必要があれば自信を持って打ちます。
「とんでもないこと」の具体的範囲が見えませんが、第三者からの正当な評価で
問題ありと判断されたなら少年指導を止めます。

お名前: 一般人   
すいません一般人ですが意見おば
> 親馬鹿一刀流 さん
>●痣が付くほど打ち付ける事
> 実は私も、たまにやります。しかも防具を付けていない基本組の子です。
> これはどうしても直してあげたい所を直したい時。
> 但し、痛みを与えないと理解できないと判断した時1回きりです。
> 1回教えれば充分。

って書いてありますけど、その一回がまずってとんでもないことになったら、責任とるきありますか?
格闘技をやったことのない一般人なもんで、普通に引いたのですが・・・

お名前: kendo   
ようやく書類送検ですね。
当人達はまったく反省していないようですけど、
こういった団体に体育館を貸し出しをおこなう行政にも問題あります。

お名前: Hide.    URL
To watanabeさん

>いろいろと客観的データに基づいた英語力を持つことや、英語の指導法というものが
>体系化されたり、研究されているので、そういうことも考えると、もう少し、剣道指導
>者としても、そういうように指導法を考えていったり、情報発信・交流したりして
>もっと「形として残る」ものを確立していく必要があると思います

そうですね、まさにおっしゃる通りです。
どうしても指導者は、自分のやってきた経験則による方法を踏襲し、それに固執しがちな
傾向があります。その上、あまりそれを他人に明かそうとはいたしません(^^;
むろんそれはそれで全面的に悪いことではありませんが、もっと指導者同士が交流・研究
しあう場所が合ってもいいですよね(^^)

元々いちに会は、高校の剣道指導者の交流からスタートした団体です。
この「指導者研究室」も、HP発足と同時くらいに開かれたものです。より多くの方がここ
で研究&交流をしていただければと念じたいですし、さらにご提案いただけるようであれ
ば、新たなスペースを開くこともやぶさかではありません(^0^)

お名前: watanabe   
AzaさんとHide.さんの対話で感銘を受ける部分があったので一言。
Azaさんのコメント
>>ただし、「社会常識」という相対価値に論拠を置くのは避けてほしいです。
>>指導者には、合理的説明ができる義務があるとおもいますが、
>>それが身体知を越えることはないのでしょうから。
Hide.サンのコメント
>おっしゃる通りです。
>理論的裏づけのない稽古は現代では受け入れられないことを知る必要がありますね。
>指導者はもっと勉強しなくてはヽ(^.^)

学校教育でも「説明責任」の波は避けられないものになってきております。
それは剣道でも同じくだと思っております。「私もやってきた」という、個人の経験論
や、「世間では・・・」といった、主観的な一般論では十分に説明責任を果たしてると
は決して言えないと思います。
剣道教育はこの事件でこのことについて気付いたのですが、英語教育ではご周知の通り
世間では非常に風当たりが強く、他教科では「学生の頃にやっていたから」といった
ことがまかり通るのですが英語科は「教員はTOEIC730点、英検準1級以上」とか、
いろいろと客観的データに基づいた英語力を持つことや、英語の指導法というものが
体系化されたり、研究されているので、そういうことも考えると、もう少し、剣道指導者
としても、そういうように指導法を考えていったり、情報発信・交流したりして
もっと「形として残る」ものを確立していく必要があると思いますし、それが日本文化
の一端を担う「剣道」の継承であり発展であると思いました。

お名前: Hide.    URL
to Azaさん
>竹刀と小手までとばされまして、気付いたら掴みかかってました。
そのケースでは、先生がそう仕向けられたのかもしれませんね(^^)

>ただ、胴をかち上げて、息を詰めるのにはやや閉口しました。
アハハ、そんな小技もありましたナァ(^o^) 

>羽目板に斜めに当たって、反動でまわって振り向くという無意味な技を身に着けました。
私もそれやってましたよ(笑)
でも、まともに当たれば面金をしこたま打ち付けて脳震盪を起こしかねませんでしたか
らねぇ・・・。

>境界線上が難しいのだとおもいます。
本当に難しいですよ。
「本気」に見えませんとお相手の必死を引き出せませんしね( -o-) フゥ

>ただし、「社会常識」という相対価値に論拠を置くのは避けてほしいです。
>指導者には、合理的説明ができる義務があるとおもいますが、
>それが身体知を越えることはないのでしょうから。
おっしゃる通りです。
理論的裏づけのない稽古は現代では受け入れられないことを知る必要がありますね。
指導者はもっと勉強しなくてはヽ(^.^)ノ


to 親馬鹿一刀流さん
「荒稽古」のご考察、ありがとうございました(^o^) 
昨今、全日本学生大会の試合内容に関する武安全剣連会長の文章が話題になったりしてお
りますが、「倒されたら負け」ぐらいの気概を持って試合には臨んでほしいものですね(^^)

お名前: 親馬鹿一刀流   
こんばんは親馬鹿です。

今日は改めて荒稽古(組討あり)を考察

気剣体の一致
打突時の気勢、刃筋の立った打ち込みの強度・冴え、崩れない体勢の合理的一致。
あるいは打突動作の技前から打突、残心までの一連の流れの一致。
と考えます。

気剣体(心技体)一致習得の過程の私見
気剣体それぞれを同時並行して練習する方法はもちろんあり。
年齢に合わせた稽古方法によってそれぞれの重みが違う。
一般的には体、剣、気(体、技、心)の順で重みをつけて稽古し習得していく
のが普通と思う。まずは体。

体の稽古
基本的な打ち方を学んだ後には、技の稽古も行うが打ち込み掛かり稽古で、体
、本体を作るのが効率的、気の稽古はそれが出来てから。
体の稽古の中には、連続打ち込み係り稽古の他に、体当たり、あるいは強制的
に転ばせることで、どんな攻撃を受けても体勢を崩さない稽古、あるいはどん
な体勢からでも打てる体を作る稽古は必要。当然運動強度は高い。

合気道(柔道)の事
合気道は、剣道から派生したものと理解している。
刀を少しずつ短くしていったら最後は無手。
先手はないが押さえる、払う、掴む、投げる、極めるを行う。
剣道に戻って、竹刀を持っている以上掴むはないが、手の延長として竹刀を
持てば、払う、投げる、極める技術はありえる。
足裁き、体裁きは大いに勉強するところあり。

組討の事
甲冑剣術の場合、相手を倒し、組討ち、止めをさす。
その際に、兜を引き剥がし急所を刺す技術はあったと思う。
これが面取りの本来の意味ではないかと思う。
刀を離して組み討つ技術は元々剣道(戦国時代の甲冑剣術)の技術。
現在の剣道連盟の試合規則では反則ではあるが足払い、組討、当身は当然の技術。
剣道の文化とも言える。今は普通にはやらないだけ。
よって、面取りで1本とした時代もあったのは頷ける。

体当たりの事
組討は試合規則で禁じられたかもしれないが、体当たりの技術は残っている。
体当たりが認められている以上、それに耐える訓練は必要。
体当たりなしでも剣道の稽古はできる。また剣の技術を磨く事はできる。
しかし組討がなくなって、更に体当たりをなくして良いのだろうか?
逆に体当たりの技術の延長で、組討を復活させても良いのではないか。
ただし、いきなり組討を復活させるわけにもいかないだろうから、相手の打突
に対して体を裁いて押し付ける、倒す事は反則にしなくても良いだろう。
おっと、これは現在の試合規則でも認められている事か。

先日ある社会人の全国大会に参加して
優勝チームは社会人リーグでも常に上位に入るチーム。
稽古不足のチームもあり、簡単に倒れる、場外に押し出されるチームもあった。
準決勝あたりでは、双方体当たりをしても簡単には崩れない好試合の連続。
日頃の稽古の錬度が見られた。

遅剣の方へ
体力的に激しい稽古はしないと思いますが、基本打ちのお稽古と同じ様に
体崩しをお稽古されても良いのではないでしょうか。
とっつきやすいのは、鍔迫り合いで体崩しをしてからの打ち込み稽古。
短い時間でも掛かり稽古の中で体崩しをやってもらう。
これは完全な約束稽古ですよね。

闇稽古
半年ほど前にやっと経験させてもらえました。
目隠しをしての稽古です。
本当にやろうとしたらかなりの錬度を必要としますが、子供の時から行っても
効果は得られると思いました。

ネーミング
先に書きました様に武術としての技術の一端を養う稽古になりますので、広範
囲とか、全てとかの言葉を捜したのですがなかなかうまい言葉が見つかりませ
ん。何をされても向かっていく意味もありますよね。
戦国稽古?総掛け稽古?体錬稽古?錬心稽古?錬稽古?乱取り稽古?乱稽古?

お名前: Aza   
>Hide. さん
 >でも、組み討ちって確か、「目下から目上に仕掛けてはいけない」っていうルールがあっ
 >たと思うのですが・・・。
これは知りませんでした。竹刀と小手までとばされまして、気付いたら掴みかかってました。
先生もきちんと受けて立ってくれましたし、むしろ嬉しそうだった気がします。
こちらは必死でしたが。(途中で我に返ってもし投げてしまったら、と思うと力が抜けました)

 >それは屈辱的(馬乗りになられて身動きできませんから)ではありましたが、けっして苦
 >行ではありませんでした。むしろ、そういう稽古が楽しいものですらありました。
同感です、やはり恥ずかしかったです。受ける側として実際は怖くはなかったです。
ただ、胴をかち上げて、息を詰めるのにはやや閉口しました。

 >若い先生方に羽目板にぶつけられるほうが恐怖でしたね(^_^ メ)
 >「ぶつからないようにふんばって止まって振り向け」という教えだったわけですが。
羽目板に斜めに当たって、反動でまわって振り向くという無意味な技を身に着けました。
意味は考えませんでした。脳ミソまではまわらなかったようです(笑

 >ただ、本来の荒稽古を経験してこられなかった方々にあまりに悪しきイメージがつきすぎてし >まっているのが現状だと思います。そのあたりに一石を投じたいな〜って(^0^)
明らかに暴力にしか見えない指導者は事実います。境界線上が難しいのだとおもいます。
信頼感、生徒側の耐性、指導者側の経験、一律に決められるものではないかと。
変更に強い抵抗はありますが、残念ながら反対とまではいえないです。

様々な意見を拝読して、個人主義のような価値観が多数派だと感じました。
(また、私自身もそのひとりだとおもいます)
ただし本来は、それが集団や伝統を否定までするものではないはずです。
価値観が移行する過渡期にあって、柔軟にかつ流されずに指導していただきたいです。
指導者全体が判断されたなら、「組打ち」「面取り」がなくなるのも止むを得ないと考えます。
ただし、「社会常識」という相対価値に論拠を置くのは避けてほしいです。
指導者には、合理的説明ができる義務があるとおもいますが、
それが身体知を越えることはないのでしょうから。

ただ、やっぱり楽しさは大事ですね。それはとても感じました。

お名前: Hide.    URL
To Azaさん

>倒す延長として、許容される範囲とおもっていたのですが。

「なぜ倒すか」が問題になってくると思います。
「面をとる」目的で倒すのでしたら「組み討ち」の形になったほうが自然ですが(^^)


>生徒側からも最終手段的な選択肢と考えていました。(竹刀をとばされたときとか)

う〜ん、竹刀を飛ばされたのでしたら、かかり稽古の場合はすかさず拾いに行けばいい
だけの話しです(^^)
地稽古の場合は、組み討ちもありかもしれませんね(^0^)

でも、組み討ちって確か、「目下から目上に仕掛けてはいけない」っていうルールがあっ
たと思うのですが・・・。ちょっと記憶があいまいで。どなたかお詳しい方はいらっしゃ
いませんかね(^^;


>普通は「組伏せ」ないと「面取り」はできないとおもうのですが、どうなのでしょうか。

おっしゃる通りです。
まぁ、すれ違いざまなどに面紐を引っ張ってはいでしまうっていう手もありますが(笑)


>互格というよりは寧ろ、引き立て稽古の流れで組打ちというイメージがあります。
>そうすると、面金や突垂れを突いて恐怖心を煽ったり、また本当に苦しさのみ、という
>裏技しか知らないです。(正式な組打ちは全く知らないです。恐縮です)

そうですか。
私はよく、小学生時代に道場のおじいちゃん先生方に組み討ちされてましたね(笑)
それは屈辱的(馬乗りになられて身動きできませんから)ではありましたが、けっして苦
行ではありませんでした。むしろ、そういう稽古が楽しいものですらありました。

若い先生方に羽目板にぶつけられるほうが恐怖でしたね(^_^ メ)
「ぶつからないようにふんばって止まって振り向け」という教えだったわけですが。


>(正確には、剣道というより、剣道している人の印象です。なんだか偏りがあるひとが
> 多い印象だそうです。実際は、個人の問題なのでしょうけれど)

今回の事件ばかりでなく、こうした部分に露出してくるのは「悪いケース」が圧倒的に多
いですから、どうしてもそういうイメージがつきやすいのでしょう。でも、まっとうに剣
道を学んで折られる方のほうが断然多いんですよ(^^)


>それは別としても、実際に指導者のさじ加減次第ですから、構わないのではないでしょ
>うか。
>我ながら懐古趣味とおもいますが、ぜひ慎重にお願いしたいです。
>と、いうことで 「荒稽古」 に 一票(笑)

私も「荒稽古」という用語はきらいではありません・・・っていうよりも、むしろ好きです
ね(笑) ただ、本来の荒稽古を経験してこられなかった方々にあまりに悪しきイメー
ジがつきすぎてしまっているのが現状だと思います。
そのあたりに一石を投じたいな〜って(^0^)


>どんなスポーツでも、経験しないと実際のところ何もわからないのではないかと。
>なんだかこれまでの議論を無為にしてしまいました。

なんでもそう出が、「理屈じゃない事」ってあります。
とくに、伝統的な武道である剣道にはそうした類のものが多いのは、ある程度やむをえな
いのではありませんか(^^;
「徒弟制度」の名残がありますので・・。


>過去の遺物とするには惜しい気がします。途切れたらそれでオシマイですから。

「闇稽古」「荒稽古」ばかりでなく、「寒稽古」「暑中稽古」ですら本当の姿を知らない
世代が増えてきていると思います。文化として考えた場合損失ですね( -o-) フゥ

お名前: Aza   
>Hide. さん
 >そうですねぇ、通常稽古の中ではたいして必要なくなった技術と考えます。
 >組み討ちは、荒稽古でも必要がありませんね。「倒すこと」も含めて組み討ちというのであ
 >れば、話は別ですが・・・。
やはり、そうなりますか。
倒す延長として、許容される範囲とおもっていたのですが。
生徒側からも最終手段的な選択肢と考えていました。(竹刀をとばされたときとか)

 >荒稽古において「面取り」は、「屈辱感」を乗り越えさせる目的で行なうのではないですか。
普通は「組伏せ」ないと「面取り」はできないとおもうのですが、どうなのでしょうか。

 >私は管理人として、ここは指導者のトピですから、そうした技術内容につきましてもカキ
 >コされるべきと判断しております(^^)
管理人様が判断されるのであれば、異論はありません。
互格というよりは寧ろ、引き立て稽古の流れで組打ちというイメージがあります。
そうすると、面金や突垂れを突いて恐怖心を煽ったり、また本当に苦しさのみ、という
裏技しか知らないです。(正式な組打ちは全く知らないです。恐縮です)

 >新しき伝統を作っていくことも、文化の担い手としては大切なことと考えます(^_-)~☆
異論は全くありませんが、用語云々よりも剣道自体の印象がかなり悪いようにおもいます。
(正確には、剣道というより、剣道している人の印象です。なんだか偏りがあるひとが
 多い印象だそうです。実際は、個人の問題なのでしょうけれど)
それは別としても、実際に指導者のさじ加減次第ですから、構わないのではないでしょうか。
我ながら懐古趣味とおもいますが、ぜひ慎重にお願いしたいです。
と、いうことで 「荒稽古」 に 一票(笑)

本音を言えば、体を練る、四病を去る、この程度の説明で構わないとおもいます。
まず、とりあえずヤレ、と。理屈はそれからだと。
どんなスポーツでも、経験しないと実際のところ何もわからないのではないかと。
なんだかこれまでの議論を無為にしてしまいました。
こういう考え方が悪いのでしょうか? 思考停止のつもりはないのですが。

>剣童 さん
おぉ、闇稽古って本当にあるんですね。ちょっと感動しました。
どの程度暗いかがポイントですね。
きっと昔は、試合の役に立たない?稽古が色々あったとおもいます。
過去の遺物とするには惜しい気がします。途切れたらそれでオシマイですから。

お名前: Hide.    URL
To Azaさん
>そういったこと諸々全てをひっくるめて、どのように考えておられるのかな、と。
>区別されるのであれば、「要件」としてお願いします。
そうですねぇ、通常稽古の中ではたいして必要なくなった技術と考えます。
今、行なわれているのは大学や高校の剣道部での「追い出し稽古」で、「先輩たちを追い
出す」といった意味合いで行なわれているくらいでしょうか(笑)

荒稽古において「面取り」は、本人の中にある「屈辱感」を乗り越えさせる目的で行なうの
ではないですか。「必死の形相」というのはあまり他人に見られたくないですよね。でも、
顔をさらしてかかり稽古に向かっていくとき、そんな「周りの目」を気にして入られないは
ず。周りの目が気になるようでは、「まだまだ限界に達していない証拠」でもあるのですが
(苦笑)

組み討ちは、荒稽古でも必要がありませんね。「倒すこと」も含めて組み討ちというのであ
れば、話は別ですが・・・。

>指導者の方ばかりがここを見られるわけではないでしょうし(現に私がそうなんです
>が)、スレッドのタイトルからも具体的内容は確実に反感を買うとおもいます。
なるほど、「ご意見は理解できました。
私は管理人として、ここは指導者のトピですから、そうした技術内容につきましてもカキ
コされるべきと判断しております(^^)

>少年指導の際に語感が悪いからというのでは、変更の根拠として不十分ではないでしょ
>うか。また、ローカルならば、各々独自に呼び名があるかもしれません。
暴力的な稽古がすべて「いじめ」「しごき」ではないということは、これまでの流れをお読み
いただければご理解いただけたはず。「荒稽古」といった場合どうしても指導者サイドから
のいわれない暴力的な稽古というイメージがついておりますので、そうではない稽古との
差別化を図りたかったわけです。
新しき伝統を作っていくことも、文化の担い手としては大切なことと考えます(^_-)~☆

>闇稽古って本当にあるのですか。
ありますよ。合宿のアトラクションとしてくらいしか行なわれなくなってしまいましたが、私はけっこ
う好きですねヽ(^.^)ノ
視覚に左右されず、その他五感を駆使してお相手と対峙します。
感性が磨かれる稽古法だと思いますが、実施はなかなか難しいです。中高生ならできると
は考えます(^^)


To 剣童さん
「猛稽古」ですか。
う〜ん、割りと一般的に使われる言葉だとは思いませんか?(^^;


To 横田さん
>表看板を替えただけになっては、元も子もないはずだから。
もちろんです。
暴力的な稽古ではなく、「信頼感に裏打ちされた愛情あふれるきびしい稽古」としてふさ
わしいイメージも月って行く必要があるでしょうね(^^)

>もっとも、今回の事件の背景が、試合至上主義にもあるようなのですが、これは
>もしかして別のトピックでしょうか?(あったら教えてください)
う〜ん、とくにそういうトピはありませんねぇ。「剣度談話室」も違った方向性に私が導
いてしまいましたので(^^;

お名前: 横田   
荒稽古に替わる言葉を変えるのは、「ユビキタス」といった最近のカタカナ語を
判りやすい言葉に言い直すようなものであって欲しい。
表看板を替えただけになっては、元も子もないはずだから。

子供の潜在的能力を高めるのが目的であれば、高揚稽古・・・抽象的過ぎるか、
主体が子供にあるということをはっきりさせて、「自ら苦しさに立ち向かって行く稽古」
なら探究稽古かなあ。

もっとも、今回の事件の背景が、試合至上主義にもあるようなのですが、これは
もしかして別のトピックでしょうか?(あったら教えてください)

お名前: 剣童   
お話に完全に乗り遅れておりますが・・・・

「荒稽古」ですが、私の経験でも、師範あるは監督に厳しくされたときは、痣になったり、
血が出たりしても、不思議と大きな怪我にはならず、(翌日も稽古が続けられる。(^^;)
OB・先輩にされたものは、稽古を休まないといけないような状態や、後々まで響く
(右手の薬指・人差指の第一関節が変形しています。(>_<))ものになっています。
(「やられたことは、やり返す。」的な方は特にそうだったような・・・・)
経験豊富? な師匠に恵まれたものだと、今になって実感しています。

さて、
「荒稽古」「扱き」の表現がよくないとお考えの方もいらっしゃるようですね、
新しい呼び方もいいと思いますが、昔からある呼び方がなくなるのも寂しい気がします。

私は「猛稽古」を推薦します。 ・・・ (^^;;


Aza 様
「闇稽古」は、刀での実戦を考えれば効果もあったと思いますが、現在では実用性に
乏しい稽古ではないかと考えています。
ただ、「昔はこんなこともしたんだぞ。」とたまに(年に1回くらい)やる時があります。
どちらかといえば「荒稽古」の反対、ちょっと「息抜き」的に行っています。
集中していないと怪我をしますので、注意していますが(^^)

お名前: Aza   
説明が全く不足していたようで。一人で合点してました。
Hide.さんの質問に対して、以下三点お答えします。

 >通常稽古、荒稽古の区別
そういったこと諸々全てをひっくるめて、どのように考えておられるのかな、と。
区別されるのであれば、「要件」としてお願いします。

 >技の具体的方法に関して
指導者の方ばかりがここを見られるわけではないでしょうし(現に私がそうなんですが)、
スレッドのタイトルからも具体的内容は確実に反感を買うとおもいます。
それに、万が一、真似をするひとがいたらシャレにならないと考えました。
とても言葉で十全に伝えられるものではないとおもいます。

 >代替用語に関して
「荒稽古」は広く認められて、かつ実態に即しているとおもいます。
少年指導の際に語感が悪いからというのでは、変更の根拠として不十分ではないでしょうか。
また、ローカルならば、各々独自に呼び名があるかもしれません。
(しごく、かわいがる など)
対外的にならば、「荒稽古」を使用してほしいです。
温故知新、古を稽える、という言葉もあることですし。

ところで、もう一つ全く関係ない質問をさせてください。(スミマセン)
闇稽古って本当にあるのですか。ご存知の方がおられましたら、教えて下さい。

お名前: Hide.    URL
to 兵庫助さん
>大人の試合で「立ちきり試合」というのがありますが、それのむこうをはって「出しき
>り稽古」というのはどうでしょう?もうありますかね・・・
なるほど、なかなか洒落たネーミングですねヽ(^.^)ノ
かかり手はとにかく自分のすべてを出し切るよう頑張る。指導者もかかり手が無意識に出
し惜しみすることなく全力でぶつかってこられるように全知全能を傾ける。

「荒稽古」というと「荒くする」主体は指導者ですが、「出し切り稽古」は出し切るのは
かかり手が主体になります。つまり「やらされる稽古」ではなく「自ら苦しさに立ち向か
って行く稽古」といったニュアンスも与えることができますね(^o^) 

これは、採用かな(笑)


to Azaさん
>年齢などの枠を取り払った場合、組打ちと面取りに関してどのようにお考えになります
>か。
>否定肯定に関わらず理由、肯定の場合は、その要件や効用をお願いします。
えっとぉ、これは「荒稽古において」ということでしょうか?
それとも通常のお稽古の中に組み討ちや面取りといったものを行なうことに関してでしょ
うか??(^^;

>なお、技の方法に関しては、控えた方が宜しいかとおもいます。
この一文の意味がよく読み取れませんので、ご説明をお願いいたしますm(_ _)m

>荒稽古に代替する用語をこれ程大規模な掲示板でつくるのは如何なものでしょうか。
う〜ん、これもおっしゃりたい意味がよくわかりません。
なぜ、造語を作ることに反対なのでしょうか?(^^)

お名前: 「あざについて」→Aza   
HN変更しました。前言を翻して再び書き込ませていただきます。
意見を拝見しまして、楽しさは大事だなと改めておもいました。
そして、私の受けた指導は客観として…だったのかとおもうと正直、凹みます。
言い訳にしかなりませんが、当時、私は同年代で最も強度の高い稽古を受けました。
期待の裏返しとして捉えていたのですが…
どちらにしても、今では受け入れてもらえないものだということは認識しました。

 >横田 さんへ
練習、特に合宿では雰囲気も大事なものだとおもいます。
そこで、当時は、体力の少ない子供に対しては、「組打ち」という選択肢がありました。
やはり言い訳にしかなりませんね。今どうやって解決してるのか、わかりません。
ただ、今はそんなことはしていないようです。

稽古で倒すにしても、様々な条件がつくものだなと、現在の少年?指導の気苦労をおもいます。
体を練る、四病を去る、などでは今の時代、不親切に過ぎるのかもしれません。
大変ですね。(無責任な発言ですが)


スレッドの流れに便乗して質問させてください。
年齢などの枠を取り払った場合、組打ちと面取りに関してどのようにお考えになりますか。
否定肯定に関わらず理由、肯定の場合は、その要件や効用をお願いします。
なお、技の方法に関しては、控えた方が宜しいかとおもいます。

ところで、例えば、こちらで「出し切り稽古」(個人的に気に入りました)という
荒稽古メニューをつくるのは、大賛成ですし、大変に興味がありますが、
荒稽古に代替する用語をこれ程大規模な掲示板でつくるのは如何なものでしょうか。

お名前: 兵庫助   
Hide.さん

先日もHide.さんの書き込みで「造語」ということがありました。大賛成でしたのでその後
ずっと考えておりましたが、昨日汗びっしょりの子供を教えながらひとつだけアイデアが
浮かびました。

大人の試合で「立ちきり試合」というのがありますが、それのむこうをはって「出しきり
稽古」というのはどうでしょう?もうありますかね・・・

ヘトヘトになるまで力を出しきる、いくら打たれても向かっていく、そういった精神を育
む意味あいで・・・

その中で、元立ちとなる大人はその気持ちを引き出すために、「場合によっては」これま
で荒稽古と言われていたようなテクニックも使う。あくまで引き出すため、子供を思って
ですが。

稚拙で恥ずかしいのですが皆さんがHide.さんの提唱する造語に賛同していただけるよう、
きっかけのつもりで提案させていただきました。

お名前: Hide.    URL
To 兵庫助さん
少しでもお役に立ちますればうれしく存じます。

>子供達が目標と意欲を持って、時には楽しく、時には厳しく(今回の議題はここですね)、
>最終的には子供に剣道やってて良かったと思ってもらえるよう、
おっしゃるとおりですね。
私もこの事件をきっかけに、再度自身の指導のあり方を考え直そうと思いました(^^)


To ひまわりさん
少しでもご参考になれば幸いです(^^)
剣道は悪くないんです。それを運用する人間に非がある場合がほとんどです。
21世紀の剣道を担う子どもたちに、正しい心栄えの剣道を伝えていくべく、お互い頑張り
ましょうヽ(^.^)ノ


To おおすぎさん
>剣道の荒稽古・扱きとは暴力的な制裁を加える扱きでなく、針金を真っ直ぐにする扱き
>でありたいですね。
いいお話をうかがいました(^^)
しかし「あらげいこ」にしても「しごき」にしても、やはり語感がよろしくありませんね(笑)
なにか、ふさわしい用語を作らねば・・・(^^;

お名前: おおすぎ   
しごきは漢字で書くと扱きです。
意味には二つあり、
1細長いものを一方の手で握り、もう一方の手で引き抜くように動かす
2過度の訓練、制裁を加えることを言う

武道では槍の操作方法に 扱く という言葉がありますね。
転じて、針金などの曲がりをとる作業を しごくといいます

今回の事件については、マスコミのとらえ方、保護者の態度について様々な意見が出されていますが
写真を見る限り、剣道の稽古の必要上から発したけがとは思えませんし、偶発的な事故とされる
範疇からも逸脱しているのではないでしょうか。
相手が小学生だから云々より、社会常識から逸脱したケースと考えています。
私は典型的な遅剣ですから荒稽古というものは経験していませんが、ぎりぎりの限界点を見いだし、
引き出し、さらに高めるのが上手な稽古というものではないでしょうか。

親馬鹿さんがお書きになっているように、その限界点を相手によってきちんと見分けるのが指導者の責務というものでしょう。

剣道の荒稽古・扱きとは暴力的な制裁を加える扱きでなく、針金を真っ直ぐにする扱きでありたいですね。
私も指導者の端くれとして心がけたいと思います。
親馬鹿さん始め皆様、ありがとうございました。

お名前: ひまわり   
たくさんの意見りがとうございます。
…言われてみれば『確かに』と納得しました!
まだまだ若さゆえに経験も皆様ほど多くはありませんので
今回のように皆様から様々な指摘を受けられ今後に
つなげていきたいと思います。

お名前: 兵庫助   
親馬鹿一刀流さん

コメントをありがとうございました。

正直言って皆様の過去の「荒稽古」のご経験や現状の分析が、今私が子供の指導をお手伝いさ
せて頂いている道場の方針、やり方とあまりにかけ離れていたため、的外れとは思いつつ質問
させて頂きました。もっと厳しい稽古を考えるべきなのかと・・・

Hide.さん、親馬鹿一刀流さん、皆様の書き込みを読ませていただき自分なりの整理が出来て
きたような気がしております。

子供達が目標と意欲を持って、時には楽しく、時には厳しく(今回の議題はここですね)、最終
的には子供に剣道やってて良かったと思ってもらえるよう、自分なりの指導をしていきたいと
思います。

お名前: Hide.    URL
To ひまわりさん
>長い棒で叩かれて丸い痣ってできますか?
繰り返し同じようなところをたたかれた場合は、あのオシリのあざのような形になります。
腕も同じです(^^;


To 横田さん
>もちろん科学的根拠も求めたい(うさぎ飛びは、科学的根拠ゼロの最たるもの)。
本論からは外れますが、私は蹲踞面(うさぎ跳びで前進しながら竹刀を振る)は、稽古
の一つとして効果があがるものと考えております。
むろん、過度にやらせればひざや腰の障害につながる危険はありますし、それらに故障を
持っている子にはやらせませんが(^^)


To 親馬鹿一刀流さん
>それで、荒稽古と言わず、運動負荷・強度の高い稽古。全身全霊で打ち合い、
>体当たり、いなしも頻繁に行う激しい稽古と置き換えたらいかがでしょう?
>子供大人関係なしに技術の向上の為には、運動強度を少しずつ少しずつ上げて
>いくのは、当たり前のトレーニングと思います。
お説、全面的に賛成ですヽ(^.^)ノ
どうも「荒稽古」という言葉に「暴力的な稽古」というイメージが付きまとってしまってい
るようですからねぇ・・・。
何かいい造語を考えますか(^^)

>そう言えば、私が少年時代に最初に習った先生は、転んでも後頭部を打たない
>転び方を防具を付け始めた頃にちゃんと教えてくれていました。
立った姿勢からコロンと後ろに転がってから起きてダッシュするトレーニングを試みまし
た。けっこう子どもたちは面白がってやってましたね。こんなことも、「倒れたとき後
頭部を打たない」一つの訓練になると思われます(^0^)

お名前: 元立ちマシーン   
各先生方の意見、保護者の方々の意見色々聞かせて頂きました。
今回事件となった剣友会は私営の道場と違い、地域に根ざすことを目的とした団体でなければ
いけない団体の筈です。
だからこそ公共の施設を借りて稽古が出来るのだと思います。
昔もそうだったと云われる先生方も居るかもしれません。
ただ剣道は60歳、70歳になってもできるスポーツ?競技?武道であるわけです。
その末端組織である剣友会は、剣道を好きになって少しでも永く剣道を続けていける為の
場所だと信じています。
その為に何を教えなければいけないかを考え指導すべきだとおもいます。
昔のような「稽古についてこれなければやめればいい。」などとお気楽な指導をしている
指導者は 過去の遺物 だと考えます。
どうも今回の事件は現在だけを観て、剣道を始めた子達の将来を無視したお気楽主義の暴挙としか映らないのです。
私は剣道を愛してくれる少年・少女が増えてくれる事を望む力不足の指導者です。

お名前: 元立ちマシーン   
各先生方の意見、保護者の方々の意見色々聞かせて頂きました。
今回事件となった剣友会は私営の道場と違い、地域に根ざすことを目的とした団体でなければ
いけない団体の筈です。
だからこそ公共の施設を借りて稽古が出来るのだと思います。
昔もそうだったと云われる先生方も居るかもしれません。
ただ剣道は60歳、70歳になってもできるスポーツ?競技?武道であるわけです。
その末端組織である剣友会は、剣道を好きになって少しでも永く剣道を続けていける為の
場所だと信じています。
その為に何を教えなければいけないかを考え指導すべきだとおもいます。
昔のような「稽古についてこれなければやめればいい。」などとお気楽な指導をしている
指導者は 過去の遺物 だと考えます。
どうも今回の事件は現在だけを観て、剣道を始めた子達の将来を無視したお気楽主義の暴挙としか映らないのです。
私は剣道を愛してくれる少年・少女が増えてくれる事を望む力不足の指導者です。

お名前: 剣志郎   
まんぽーさまへ

すいませんm(_ _)m。名前を間違えるなんて恥でございます…。なにとぞご容赦を。
>でもどうしても私は子供に対してはいざとなったら叩くのもありかなという
>気がします。
確かに、大人と子供の違いはあるかもしれませんね☆ しかし、私が老人になった
ら違うかも知れませんね。(また、どこかでお話しましょう!(゜∇^d))

ひまわりさんへ
「怪我のこと」や「一方的に指導者に批判が集まること」に対してご不満をお持ち
のようですね。私はあの子のお尻の痣は間違いなくケツ竹刀によるものだと思いま
す。あの痣は丸いのではなく。幾たび、似た箇所を斜め上から叩き込んだ痣です。
内出血がにじんで、隣の痣と境界をなくし、丸く大きな痣に見えているのだと考え
ます。私も似たような痣が小手から外れた位置に付いた事が何度もありますので。

ひまわりさんがおっしゃっているように、竹刀の痣なら、竹刀型に痣が付きますが
、それはあくまでも一回だけの話。似た箇所を何度も叩かれると、内出血が広がり
楕円になり、境界をなくして大きな痣になります。転んでの痣であれば、臀部の骨
盤の位置、つまり、あの痣よりお尻の一番盛り上がった辺りに痣が出来ますが、お
尻に青痣ができる程の転び方自体も異常です。階段から落ちで、強打したのとは訳
が違いますから。

そこまで怪我を負わせるほどの「荒稽古」とはもう「稽古」の類ではありません。
親が折檻して子供を死なす様な虐待の類と一緒です。だから、批判が集まるのです
。子供を死なした親にしても「教育」「躾」の一環であったに違いありません。し
かし、結果はどうだったのでしょう? …確かに、途中経過と言うのも大切ですが
、指導者と生徒の関係で言えば、全て指導者の結果責任です(大人社会の正当防衛
が成立する関係ではありません)。

一部には確かに極端な批判をする方がいますが、私は責任を取らさせるのは当然の
ことだと考えます。

またここで、そのことを議論しても私は仕方ないと思います。真実はその場にいた
方たちにしか解らないのですから。

お名前: 親馬鹿一刀流   
兵庫助さん
若輩者が知った風な書き込みする事ご容赦下さい。
>「荒稽古の許される範囲」という方に話が展開しているようですが、「竹刀を使って転ばす」
など、試合や昇段試験でまず使わないような動作(これも技?)が稽古では必要なのでしょうか。
体力・根性をつけるために、走り込みやうぎ跳びではダメなのでしょうか?

私は、「竹刀を使って転ばす」稽古も必要と思っています。
但し、相手の技量の段階に応じて全くやらなかったり、強弱を考えます。
必要性について具体的な例を上げますと、試合のライン際で体押しをされ、何の
抵抗もしないで出た場合は場外反則と思います。
明らかに押し出しを意図した体押しがあったとしても、踏ん張る、体を入れ替え
る、逆にいなして相手を場外に出してしまうのは必要な技術と思います。
鍔迫り合いからの崩しに対しても同じです。
あと竹刀操作の技術の考えから言いますと、相手の体に触れなくても、面打ち
に対して竹刀をすり落とす事で転ばす事は出来ます。
小手・面を引き切っても可能です。
もちろん転ばすのが目的の技ではありませんが、意図的にやれば転ばす事も出
来ます。
体力をつけると共に、体の運用・体裁きを教ええられると思います。

荒稽古に対するイメージが皆さんそれぞれですので、暴力的な稽古という悪い
印象をお持ちの方も多いと思います。
それで、荒稽古と言わず、運動負荷・強度の高い稽古。全身全霊で打ち合い、
体当たり、いなしも頻繁に行う激しい稽古と置き換えたらいかがでしょう?
子供大人関係なしに技術の向上の為には、運動強度を少しずつ少しずつ上げて
いくのは、当たり前のトレーニングと思います。
あと悔しい気持ちを持たせて発奮させるのもテクニックですよね。
その為には旺盛なる気力が必要ですし、結果として打突部位付近に青痣がで
きる事もある訳です。
何度も同じ事を書いていますが、道具はずれを意識的に何度も何度も打つ事は
荒稽古とは思いません。

Hide.さん
そう言えば、私が少年時代に最初に習った先生は、転んでも後頭部を打たない
転び方を防具を付け始めた頃にちゃんと教えてくれていました。
これも大事ですよね。

お名前: 横田   
荒稽古も荒稽古だ、というのは言葉のアヤですよね^^;
事前に稽古の内容を説明した上で、希望者ごとに稽古を行うのであれば、心構え
をもってもらう点でも納得できる。もちろん科学的根拠も求めたい(うさぎ飛び
は、科学的根拠ゼロの最たるもの)。

合宿という特殊な空気の中で、はっきりと拒絶するというのは難しいかも。
拒絶して、周囲から弱虫とか囃し立てられるというのも嫌でしょうし。
その辺のフォローもきちんとやってあげられるなら。

休んでしまわない精神力・・・健康な身体ならいいんだけれど。
つい、危機管理で考えてしまってしまいますが。

それにしても周囲一部の激しい罵倒の類を見ると、なんでかなあ、という気はする。

お名前: ひまわり   
わたくしも現場検証のプロでもなければ法医学のプロでもありません。
剣道をやってきたものとして、どうなのかと思い記載しただけです。
実際は本人達しかわからないことですから!
読まれた方に不信感を抱かせてしまったのであればお詫びします。
以前も記載しましたが今回の事に関して全てを肯定しているわけでは
ありません。
ですがわたくしが思うに、大抵の方が批判しているかのように
思えてします。全部が全部、指導者が悪いかといえばそうではない気が
するだけです。だからと言ってやはりやっていいこと・悪いことがあります。
わたくしも結局は、今回の指導者になり得る人物なのかもしれません。
そのようなことが起こらないように、日々考え行動しようと思います。
わたくしの記載事項であきらかに間違っていることや訂正すべき点が
ありましたら是非、教えていただきたい。
今回のことで全く知らない方々の意見を聞けることを嬉しく思って
います。

お名前: えんぴつ   
ひまわりさま
私は現場検証のプロでも法医学のプロでもないですが
丸いあざができないと断言はできないと思います。
まして小学生のちっちゃなお尻に長いものがあたっても丸に近い形になる気がします。
でこぴんやしっぺのあざも丸いし。

お名前: ひまわり   
竹刀で叩かれた痣ならば丸いものではなく
長細く縦や横、斜めにつきますよね(^0^)
ちなみにわたくしの尻・腕・首・足には
自分でかわいそうになるぐらいの痣がありました!
その全てが長細かった!!
しかし膝や尻に丸い痣もありました!!
それは自ら転んだ…というか倒れた時についた
痣でした!よ〜く考えてみてください。
長い棒で叩かれて丸い痣ってできますか?

お名前: ひまわり   
たくさんの意見をありがとうございました。
わたくし自身まだまだ未熟者です。
今回、皆様からいただいたアドバイスを自分なりに
考え、子供達や父兄に関わっていきたいと思います。

お名前: まんぽー   
親馬鹿一刀流さんの「荒稽古も約束稽古だ」というご発言に思わずハッとしました。
そう考えると「荒稽古」と「無意味なしごき」の境界線が見えてくるような気がしました。
「約束」という言葉のなかに稽古の方法だけでなく、「目的」「どこまでやるか、どこでやめるのか」
といったものが集約されているような気がしました。いい勉強になりました。
今後の参考にしたいと思います。

剣志郎 様
確かに大人の女性に対しては手を挙げないのに子どもには手を上げうる、というと何か矛盾している
感じもしますね・・・
でもどうしても私は子供に対してはいざとなったら叩くのもありかなという気がします。
昔流行ったラグビーのドラマみたいなの、あんなのはありうるんじゃないかと。。。
いずれにしても子どもを叱るときは相手との信頼関係はどうなのかをよく考えたいと思います。
信頼関係がなければ叱っても「うるせー」と思われるだけで相手に通じないし、まして
手を挙げてしまったらそれこそ「暴力だ!」といわれてしまいますからね。
この辺は私も子育てをしてますのでじっくり考えてみたいと思います。
(荒稽古の話とはずれてきましたのでこの辺でやめておきます。なにかの機会があったらまた話し合いたいものです・・)

ちなみに申し遅れましたが、私のHN、「まんぼー」じゃなくて「まんぽー」です。
字が小さいので見にくいんですけどね。以後お見知りおきをm(_ _)m

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

皆様方のおかげをもちまして、荒稽古についてかなり考察が進んだものとうれしく存じま
す。引き続き、闊達なご意見をお待ちしたいと存じますm(_ _)m


To 親馬鹿一刀流さん
>結局「荒稽古も約束稽古だ」という事です。
よいところに気がつかれましたヽ(^.^)ノ

荒稽古といじめ・しごきの大きな違いはその点なのではないでしょうか(^0^)
指導者が描いている到達点にお相手を近づける〔あるいは到達させる〕ということが第一
義にあり、その手段として、「倒す」「竹刀を弾き飛ばす」「オシリをたたく」「迎え突をす
る」などの行為が出てくるわけです。

ただ、こうした行為にはそれ相当の経験とテクニックが必要だという事です。
 ●どう倒したら怪我をしないか
を熟知していないと思わぬ怪我につながります。むろん、倒されるほうも
 ●どう倒れたら痛くないか
を知っているべきですし、可能なら、それを教え込んでおく事も大切でしょう(^^)

落ち着いて考えますと、昔の先生方はその部分をよくご存知だったと思われます。
抜けていくときの足がらみにしても、ひざから落ちないようにする配慮がありますたので
安心して倒れられました。抜けるとき脇の下をポッと押されるにしても「こらえようと思
えばこらえられるのだが・・・」という絶妙な強さだったと思います。体当りもそうですね。
頭から後ろに倒れるようなあたり方ではなく、腰砕けになるようなあたり方でした。
そこで倒れてしまうと、また長くなったわけですが(-_-)

こうした指導を受けてこなかった方、見てくれだけで荒稽古を経験されてこられた方の元
立ちはたいへん危険といわざるを得ませんね(^^;


>但し、注意する事は、いくら気力を引き出す、鍛えるとはいっても、肉体的にも精神的
>にも本当の限界を超えてはいけないという事。事故になる事は決してやってはいけない。
その通りです。
その子の技量と気力・体力の限界を見極めた上で、経験豊かな指導者が信頼感を持って子
どもを鍛える。このことが大切なんですね(^^)


To 横田さん
>暴力は暴力しか生まないのとどう違うのか、と思ってしまう。
暴力で鍛えるのではありません。「倒す事が目的」ではなく「倒れないギリギリ」を課してや
ることが大切なんですね(^^)
そこで倒れて「休んでしまわない精神力」こそが求められるわけなんです(^_-)~☆


To ひまわりさん
>なぜ『問題なし』と思ったかですが…わたくしは彼のような傷が絶えませんでした。
>しかも低学年からです。
それはたいへんな思いをされてこられたのですね。
ただ、やはりあのくらいのアザがついていれば、「問題がない」と考える方のほうが少ない
のではないかと愚考いたします(^_^ メ)

>今回見た限りでは竹刀でできた痣ではないことは剣道に携わっている方であればわか
>りますよね?
えっとぉ、おっしゃる意味がよくわからないのですが・・・(^^;
拳骨で殴った傷なのでしょうか? それは頭部の怪我のことですか??

>今後、子供たちを指導していく上で何を注意しどのようにすれば子供たち・
>各親と信頼関係が築けますでしょうか?
子どもたちが慕ってついてくるのであれば、問題はないのではありませんか。大切なこと
は、親とのコミュニケーションも欠かさない事ですね。
子どもたちは稽古でいくらでもフォローできますが、親というのは表面的なものしか見て
いないことが多いです。「倒された」「殴られた」「泣かされた」・・・などなど。
ことあるごとに、一人一人の子どもたちに対するこまやかな愛情と優しいまなざしをもっ
て接している事を伝えられればだいじょうぶだと思います。「親の信頼を得る」っていう事
も、指導者として大切な事ですから(^_-)~☆

お名前: 剣志郎   
荒稽古の範囲についてですが…

親馬鹿一刀流さんの↓
>1.懸かり稽古の目的、方法を説明して、体当たり、あえて転ばせる事もある
>  事を理解させて行う。
>2.普段の稽古から、体当たり、あえて転ばせる事も見せておき、懸かり稽古
>  とはこういう物だと理解させておく。
そして「約束稽古の延長線上に位置する」という考え方に賛成です。

剣道の正当な技として「体当たりによる崩し」は存在しているわけで、それはちゃ
んと教えておく必要があると思います。あとは、その教える際に指導者は生徒に怪
我を負わせないように留意することが必要だと思います。相手が高校生であれ、足
を捻挫してしまったり、骨盤を骨折させてしまったりと言うのは、結果責任として
やり過ぎになると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
話が変わります…

ひまわりさんへ
>自分が同じようなことがあった為、問題ないと感じたということです!
私は、実はこの考え方が今回の事件を引き起こした原因ではないかと感じています。

あの会のHPを見ますと、ちょうど第一期の指導陣から平成15年に若手に指導陣が
刷新されたことが掲載されていました。その若手は一期の方々から薫陶を受けた、
会に長く在籍されている方ばかりで、親子で会の指導員についている方が多く見受
けられました。きっと、その新指導陣は子供の頃同じような稽古を旧指導陣から受
けていたのではないでしょうか?(あくまでも憶測です。)

「自分たちも経験している。我々はリンチだとは思っていない。」という考え方か
ら、稽古法に疑問を持たず、その子を見ないでビシビシやってしまったのではない
でしょうか? だから「何故、訴えられなければならんのか?」という気持ちでい
るのだと感じます。

それと、信頼関係についてですが、これはその子の全てを面倒見てあげられる覚悟
の問題だと私感じます。相手が考えて行動する信頼については、本人の考えですか
らどうあろうと構わないのですが、こちらが能動的に信頼してもらおうとするため
には学校も生活も全て面倒をみる覚悟と行動が必要だと考えます。したがって、私
には出来ないことですので、深入りせず、安全な剣道を教えるのみですが、本人の
申し出で、ビシビシ稽古をつけてもらいたいと言われれば、私の出せる能力でその
子を育てたいと思います。そして、信頼してくれたその子をいとおしく思い、師で
ある私を越えたならば、私の信頼する上位の先生の下に預けることになると思いま
す。

しかし、ひまわりさんのやっているアフターフォローというのも独善的にならない
ように留意していければ、それはひとつの素晴らしい指導になると私は考えます。
正直、能動的でない私の方がビビリなのだと思います…。難しいとこですね…。

お名前: 剣志郎   
まんぼーさんへ

なるほど、そういう趣旨でのご発言でしたか。私こそ読解力がなくすいません。m(_ _)m
後半にお触れになっています体罰の問題は、私はもっと慎重な意見を持っています。

私はどんな場面でも、手を上げれば結局は暴力になるような気がします。仮に「そ
れ以上フザケタら殴るぞ!」と宣言しておいてもです。まんぼーさんも私も若いで
すし、多少なりとも腕に覚えがありますから、抑止力としてゲンコツを構えがちで
すが、一度でも殴ってしまうと暴力を容認してしまうのではないでしょうか?

様々な場面が想定されるのだと思いますが、考え方・受け入れ方は千差万別…どう
とでも揚げ足を取られてしまいます。非常に難しい問題です。私自身も自分のいた
らなさから、手を上げたことがあります。しかし、結婚して考えが変わりました。
うるさいガキどもと同じで、嫁さんに腹立つことないですか?(苦笑)…その時感
じたんですよ「非力な女性に言う事聞かないからといって、手を上げても良いのか
?」って。はっきり言って子供より嫁のほうが始末に終えないですよ(爆)。向こ
うは何でもあり、こっちは手を出せない…(苦笑)。口先もガキより達者です(爆
)。そんな時どうでしょう、何とか道理を説いて説得するしか方法が無いのではな
いでしょうか? まだ剣道やってる子供たちのほうが「ダメだろ!」って言ってひ
と睨みすれば言う事聞きますから楽だと思います。 それでも言う事聞かない子は
罰として、正座なりバケツ持ちなり、腕立て・スクワット・腹筋なんて運動させた
りていう、穏やかな罰で十分理解できると思いますよ(ちょっと、安易かなぁ…)。

結局、言う事聞かない子はカマッテ貰いたいんですよ。幼稚なんです。稽古しない
で正座させられて、仲間に置いてけぼりを食うのは本人ですから、本人に考えさせ
ればいいのではないかと思います。

お名前: ひまわり   
Hide.様
なぜ『問題なし』と思ったかですが…わたくしは彼のような傷が絶えませんでした。
しかも低学年からです。今回見た限りでは竹刀でできた痣ではないことは剣道に
携わっている方であればわかりますよね?今でも剣道の先生方に『お前は転び癖が
あってすぐに膝をついたりしりもちをつくから足腰を鍛えろ』…と言われ何度も
叩かれました。
だからと言って忍耐強くない子供にやっていいということではありません。
わたくしの場合、そのことがあったおかげで今の自分がいると感謝しています。
今回のこともこの男の子が自分の為にやったという感情があればOKだったのでは
ないでしょうか。痣ができるまで厳しい稽古をすれば誰しもが嫌になります。
それを防ぐのは指導者ではないですか?この指導者は感情のままに手をあげてしまい
フォローをしなかった…やはり子供には『あめとむち』が必要です。
うまく説明できていませんね…申し訳ありません。
わたくしが言いたいことは…
自分が同じようなことがあった為、問題ないと感じたということです!

話は変わりますが…
わたくしも子供たちを足をかけ転ばせたりします。それでも向かってくる
子供たちばかり!!(ちなみに小2です)だからと言って全ての子供では
ありません。子供たち一人一人のレベルに合わせます。
厳しくした分、たくさん褒め、稽古が終われば子供たちと対等な立場で
走り回っています。今わたくしがやっていることが本当に良いことなのか
どうかは自分自身わかりません!もし間違っているような発言をしていれば
わたくし自身によきアドバイスをいただけないでしょうか!
掲示板を拝見している限りではわたくしよりも経験をしている方だと思います。
今後、子供たちを指導していく上で何を注意しどのようにすれば子供たち・
各親と信頼関係が築けますでしょうか?

お名前: HN「あざについて」、です   
一旦、意見を述べた以上、けじめをつけさせてもらいます。
あちらでも述べた通り、私は専門家ではないですし、専らしごかれるだけで終わりました。
従って、偏りについては指摘していただけると本当にありがたくおもいます。

あちらで、アザと荒稽古の関係に固執しました。
こちらの論調はやや向こうとは違う気がします。
おそらく、私の言い分はわかってもらえるとおもいます。
できれば、こちらでの意見をあちらで述べることに意義はあったのではないかとおもいます。

小学生の組打ちということに関して誤解されやすい表現だったかもしれません。
もちろん本気でやられません。実際は組み伏せられても、本当に苦しいことはされませんし、
むしろ休めるので、優しさだったようにおもいます。
そして(楽ではあるけれど)組打ちを認めるならば、転がっているときに
めたらやたらに叩かれても、ただテンションを維持するという程度でした。
結果としてアザにはなりましたが。
一年中というわけではなくて、ボロ雑巾みたいになるのは合宿くらいでした。

全て憶測ですが、四年生というと、防具をつけて初めての合宿とかそれくらいとおもいます。
合宿の独特の緊張感だけでも大変だったでしょう。
やはり配慮が足りなかったといえば、その通りだとおもいます。

私見です。
信頼関係などというのは全て前提として述べさせてもらいます。
荒稽古のなかで到達するべきポイントは、限界だとおもいます。
あるパターンとして、普通に掛稽古をして体力を追い詰めて、実力に応じて精神も追い詰めます。
そのなかで、指導者が声を増す、体を叩くなどして、発奮させて限界まで持っていきます。
ある一定までくると、キレます。(表現が悪いですが、実感です)
そこまでくると、ひとつ壁を超えた気がします。(勘違いかもしれませんが)
限界を見極めるのが難しいのだとおもいます。
私は指導者に恵まれたと改めて実感します。

指導を受けた先生に、感情的でムチャな先生がいたのですが、実際は合理性を考えながら
やっていたというのを後で知りました。
超回復を考えて合宿の日程を組んだり、前述した引き立て稽古の延長のような
「しごき」は運動生理学的?に女子にはあまり効果が期待できないなど、
真偽は別としても意外に過ぎる出来事でした。
もっとも、新任教員のときに書くのも憚れるようなことがあって、それで色々試行錯誤した
おかげなのかもしれません。(試行期間中の生徒はお気の毒でした)


他のスポーツでは、勝利至上なのでかなりえげつないことをします。
例えば、サッカーでは服を掴むのは当然でスネを削ったりと。
そんな中で、剣道はマナーはかなり良いほうではないでしょうか。
きっと、勝利至上に対する抑止力があって、それが暑中稽古であり、寒稽古であり、荒稽古では
ないでしょうか。面白い道場でして、野試合なんていう今では言葉すら知らないであろう稽古?を

遊び感覚でやってました。試合には全く役に立ちませんでした。


私は体育会の人間ではないので、こころに余裕があったことも大きいとおもいます。
正直なところ、私なんかより圧倒的に豊富な経験を持つ方達に読まれているのかとおもうと
ずっと苦痛でした。逆にそうでない方達には強い抵抗のある行為だということも緊張しました。
批判していただくと大変ありがたいです。
ただ、私から書き込むのはちょっと遠慮させもらいます。さすがに不慣れで疲れました。

 >兵庫助さんへ
私は成長過程の人に対する引き立て稽古の一環として、荒稽古を捉えていますので、
成人された方には、ケガをしないように楽しくマイペースでやれれば良いとおもいます。
ただ、倒される稽古というのは、事故予防などさまざまに役立つとおもいます。
(それでケガしては元も子もないですので、若い人のみ)
それと、うさぎ跳びは、おそらく蹲踞の姿勢で前方にジャンプするのを指しているとおもますが、
体を痛めるだけで絶対にやるべきではないです。長文失礼しました。

お名前: 横田   
剣吉さんの話が一番納得できてしまう。高校の授業でちょっと齧った
程度ですが、お面越しで、相手と交互とはいえ竹刀で面面面・・・と
やられるのはどうも合わない(初夏の頃だったのでお面がニオイ始め
たという要素や、目への影響を心配してたのも大きかったけど)と感
じ、離れた私から見ると。そういう意味では皆さんとは趣を異にする
とは思うけど。

傍目にはどうかなあ、と思ってしまうような内容の、
荒稽古をどうにか定義される方を見てると、
結局は過去の荒稽古を継承してしまっているように感じます。
暴力は暴力しか生まないのとどう違うのか、と思ってしまう。

お名前: 親馬鹿一刀流   
Hide.さん

>ちなみに、もし、対象が高校生以上だった場合は、これにどんなものがプラスされますで
しょうか??(^^)

えーとですね、面を打たせて迎え突きで押さえるのを連続でやって、良いところで打ちぬけさせる
とか、しゃにむに体当たりで応じて、良いところで打ちぬけさせるとか考え始めたのですが、
直ぐに別の事に気がつきました。

結局「荒稽古も約束稽古だ」という事です。

切り返しのやり方も色々ありますが、技術向上・体力向上を目的にやり方を工夫しながらの約束稽古。
技の稽古も1本取るつもりでやる約束稽古。
懸かり稽古も元立ちが打たせないようにする所を息の続く限り打ち続ける、ヘトヘトになった所で
力の抜けた1本を出させる約束稽古です。

やり方が幾つかあると思います。
懸かり稽古(互角稽古)の延長に荒稽古があるとして
1.懸かり稽古の目的、方法を説明して、体当たり、あえて転ばせる事もある事を理解させて行う。
2.普段の稽古から、体当たり、あえて転ばせる事も見せておき、懸かり稽古とはこういう物だと理解
  させておく。

それで、体の出来ている高校生の場合、指導者が個々人の体力を見極めた上で、体力の限界を気力で
乗り越えさせる、無我夢中の1本を引き出す事を目的にするならば、決まりはないのではないかと思い
ます。

よくある光景ではないかと思いますが、「ほらほらどうした、もう終わりか?もう1本来い。ダメダメ
それっ、もう1本。ようし良いとこ出た、よくやった。」というような叱咤激励型。
場合によってはお尻を1本、2本打ち付けて、負けん気、怒りの感情を気力に変えさせて向かってこさ
せるのも有効ではないかと思います。
力を振り絞って打ち切らないと終わらない、逆に自分の力を出し切れば稽古は終わるんだという約束が
あれば、子供達もついて来るでしょう。この約束が守られていれば自分達を鍛える為にやってくれてい
るんだと信頼感も出来るでしょう。

但し、注意する事は、いくら気力を引き出す、鍛えるとはいっても、肉体的にも精神的にも本当の限界
を超えてはいけないという事。事故になる事は決してやってはいけない。
本当に動けなくなっているのに突き倒すなんてのは、ただのイジメですよね。

さて、また荒稽古を容認するような事を書きましたが、逆に年齢に合わせた荒稽古があるとの思いを
強くしました。
高校生くらいの体格なら、理不尽な稽古に対し、その気になれば竹刀を投げつけて指導者を組み伏せる
事も可能でしょう。自分の身を守れます。(環境によっては出来ないケースもあるとは思いますが)
では、小学校4年生では可能か?
やっぱり1回2回では済まなかったであろうと思われる、あのお尻の痣が気にかかります。

お名前: 兵庫助   
素朴な質問をさせていただいてよいでしょうか・・・

「荒稽古の許される範囲」という方に話が展開しているようですが、「竹刀を使って転ばす」
など、試合や昇段試験でまず使わないような動作(これも技?)が稽古では必要なのでしょうか。
体力・根性をつけるために、走り込みやうぎ跳びではダメなのでしょうか?

自分は遅剣で過去に打突部位以外をアザを作るほどたたくような荒稽古を経験したこともあり
ませんし、現在お世話になっている道場の先生方も、私も、少なくとも子供に対しては一切し
たことが無いので、どう考えるべきなのか少々戸惑っています。

少々論点がずれていることは思いますが、どう考えるべきなのか教えていただければと思い
ます。

お名前: ポッター   
指導者ではありませんが、許される稽古について考えてみました。

どのような稽古が許されるかについては、その目的と生じ得る怪我の大きさ(結果)の
バランスで決められるものではないでしょうか。

打突がはずれることによる場合は、稽古で当然に生じ得るものでありOK。

正当な目的のない行為(ただ痛めつけるための行為)は、生じ得る結果が軽微であって
もNG。
どのような目的であれ、後頭部への殴打等、大怪我につながるものはNG。

軽微な打撲(尻を叩く)等につながる場合は、正当な目的の下でなされるのであればOK。

お名前: まんぽー   
剣志郎 様

少々言葉が足りなかったようです。
>骨を折るほど竹刀を突き立てる技量の無さを恥じるべきでは無いでしょうか?
これは私が同世代の方と稽古していて自分がもらったらの話です。決して自分がそこまで
突くつもりもありませんし、まして小,中学生に対しては突く気も全くありません。
指導方法についての書き込み欄に書くべきことではなかったかもしれませんね。
あくまで私がつきを外されたとして、(ただしわざと外した場合は当然別ですが)
それくらいはあるだろ、それくらいの覚悟をしているという意味です。他の方に強要するつもりは全くありません。

>まんぼーさんの師匠がおやりになっていたことですから、お答えのしようがないでしょうが、
たまたま、まんぼーさんに適した稽古だっただけで、万人に支持される稽古法ではないと愚考します。
いやいや反論するつもりはありません。私自身にとっても適した稽古だったとは全く思ってませんし、
道場から放り出したひとは師匠だ何て思ってませんから。腫上がるまで叩くなよ、って今でも
思っています。私はあくまで程度が大事だと思っています。
「叩くことも必要」といったって何も腫上がるほど叩いたりしませんしむやみに叩いたりもしません。
Hide.さんがかかれているような程度です。叩くことで(あくまで程度を考えてですよ)
そこに意識が集中することは事実であり否定するつもりはありません。
・・・ただ確かに小学生には早いかもしれませんね。

>きっと、いまでも剣道とはそういうものだと思われていませんか?
冗談じゃありません。そういうものだと思っているならこんなに長々書き込みませんし、
「談話室」の書き込みの中の一部の方達に賛同して、「剣道なんてそんなもんさ」といいますよ。
私には指導者からの暴力行為で剣道から離れていく人が多いことが耐えられないんです。
自分が受けたようなことは絶対に繰り返したくない。だから思い出したくもない自分の経験を
あえて書いているんです。これは戦中の話でもなんでもありません。たった20年前の話です。
もしかしたら「こんなの普通じゃん」と思って読んだ人もいるかもしれない。もしそういう人が
いたら「普通じゃないぞ」ということをいいたいんです。自分が大人になって多少色々なものをみて、
自分が中学生の頃小学生の後輩達に対してやってきたことがいかに無意味でひどかったかが
わかっても、今となってはどうしようもありません。私の経験なんて否定してくださって結構なんです。
私自身が「受けたのこの全て」を否定しないだけでそのやり方は否定したいくらいですから。
自分の経験を書いたことで、それを肯定しているような表現に取れたのならそれは私の表現の
稚拙さ故です。わたしは稽古という仮面をかぶった暴力行為は絶対に許せません。くれぐれも誤解のなきよう・・・

それから貴方が書かれている躾の話ですが、基本的に貴方の考えとは変わりません。
躾は親がやって当然。躾をお願いしますなんて学校だの道場だのに頼んでくるような親には責任放棄だといってやりたい。
ただ、言わせていただくなら、私は「叩くことで気迫をみせる」とは言ってません。私は教員ではないので
学校の現場について身をもって知っているわけではありませんが、学校で生徒が好き勝手にやるのは、
親から躾もろくに受けずに育った子どもにとって教師が怖い存在でないからでしょう。恐怖感を
もってのみ従わせようとするなんていうのは最低ですが、しかし怒られると怖い存在が必要なのも
また事実だと思います。「先生は俺を叩けねえだろ。叩いたら体罰で処分だぜ。へっへ。」といって
挑発する子すらいると聞きます。私はそんなときでも叩いちゃいけないのか疑問に思うんです。
そりゃ怖いでしょう、他人の子どもを叩くのは。私は幸いそういう場面に遭遇したことはありませんが、
私がいざそういう場面に遭遇したら私だって自信がないし、大いにためらうと思います。でも大人の側にも
いざとなったら徹底的に戦うくらいの気迫も必要なのではないかと思うんです。

繰り返しますが、貴方のお考えはそのとおりだと思います。私の文章の稚拙さゆえに誤解を招いているのなら訂正します。

お名前: 康   
  私もあの事件を見て、またいろんな意見を読んでますと考えることが
 多いですね。
  少年指導を行っているといろんなことを思います。
   _寝鵑盡世辰討い襪里僕解してくれない。
  ◆,覆悉侏茲覆い里わからない。
   チームとしてこの子を鍛えたい。
  ぁ/討隆待に応えたい。
 など、毎日頭の中を整理して指導を行っています。
  その中で、熱心な指導と感情的な指導は違うと思うし、
 子供が理解できる言葉の使い方と一方的な言葉の使い方も違うと思います。
  今回の事件では、そのあたりがどうだったのでしょうか?
 現場を見たわけではありませんが、合宿となれば、熱が入った指導はあった
 のでしょう。稽古の時間は十分にあるわけですから、時間が経つにつれて
 感情が入り、指導者が昔自分が稽古した環境を思い出し、それが武道として
 当たり前の稽古と思い、あのようになったとも思われます。
  
  私は指導者として親として思うのが、子供達の泣き顔は、練習がきつくて
 また、子供自身が思うようにできなくて泣いているのは励ましがいがあります。
 でも、指導者や親が感情的になり、言葉や行動で子供たちが泣いているのは
 理解に苦しみます。
 いろんな思いがあってのことでも、やはり楽しさを忘れたものは小学生には酷
 だと思います。
  私は少年剣道を指導する上でいつも思っていることは、ずっと剣道を続けて
 くれることです。
  あの子が剣道を続けてくれることを祈っています。
 

お名前: 剣童   
失礼します

留守にしており、かなり出遅れてしまいました。私もこちらに書き込ませていただきます。

私はいわゆる「荒稽古」で鍛えられていますので、昨今の子供さん達には、本当のところ不満が一杯あります。
しかし、件の相談役の先生は思い違いをなさっていると感じます。

>「厳しく指導すればこれぐらいのけがはあり得ることだ。」
小学4年生の子供さんに、次の日から稽古ができないような怪我をさせてしまう指導方法はどうかと思います。
ある程度の体格が出来上がってからは、防ぎきれない場合もありますが、この場合とはあきらかに違います。
また、「厳しい稽古」「しごき」と「乱暴な稽古」「制裁」「痛めつける」 には明らかな違いがあります。
それは、嫌な事・辛い事を乗り越えて何かを達成しようとする意志(やる気)が存在するかどうかです。

で、 指導者はこの意志を起こさせるために、四苦八苦しているのですが、
件のように力ずくで引っ張る稽古方法は、日本文化をこれだけボロボロにしてしまった現在、
子供に対しても親に対してももはや通用しないと思っています。

ただ、剣道の文化・伝統の中には、新しいものを取り込んでこれまでの蓄積と併せ、
巧みによりよいものを生み出してきた合理性もあるはずです。
指導者として、ただ昔からの稽古だ、伝統だといっているのではなく、さらに広範囲な
(運動生理学、心理学、歴史など)知識を吸収して指導に当たる姿勢を持っていたいものです。
そうすることによって、逆に伝統的な稽古の有用性を再認識でき、指導に活かせる場合もあるのです。

いずれにしてもこのような事件が起こるたび、剣道の持つ伝統文化の有用性が、
まったく反対に「旧態依然、古臭い」と非難されることに、忸怩たる思いがあります。
オリンピック選手だって、子供のころからとんでもない練習を積んでいるのに・・・・

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

皆様方の熱心なカキコには本当に頭が下がります。ありがとうございますm(_ _)m


親馬鹿一刀流さんの「荒稽古のガイドライン」はたいへん参考になりますね。今までこう
いう形で荒稽古が考えられたことはなかったのではないでしょうか(^o^) 
ちなみに、もし、対象が高校生以上だった場合は、これにどんなものがプラスされますで
しょうか??(^^)


ひまわりさんの

>今回の報道で全身の写真を見た際、腕・尻・足のあざに関しては問題は
>ないと本当のところ思いました。
ですが、「小学校4年生」で、映像の通りの技術力の子どもに対してでもm「問題なし」
とお考えなのでしょうか? そこのところをお教えください(^^)


まんぽーさんの

>∩蠎蠅梁領蓮Φ蚕僉Ψ亳海鯒聴するよう努める。相手に応じて厳しさを上げる。
>す啖慮鼎搬崚戮悪い場合などに対する制裁行為とをごっちゃにしない。
はとても大切なことだと思われますが、

>A蠎蠅砲呂ちんとした技で打つ。癖を直すためなどの目的で防具がない部分を叩くの
>は最低限にとどめる
はいかがでしょうか。
私はこうした目的で防具でない部分を叩くというのは、あまり賛成できませんね。これは
どんなケースをさしておいでなのでしょうか??
「剣線が上がっているため小手ががら空き」というのなら小手を打てばいいはず。足が曲
がっているのなら、ひざまずいて手で直してあげてはいかがでしょう(^^)
まぁ、何度言っても直らない中高生には、ペシペシ叩くことはありますが(^^;


ちなみに、私は制裁であっても拳骨ゴツンかケツ竹刀ですね。もちろん思いっきりなんて
やりませんよ。散々荒っぽいことをしてきましたが、生で思いっきり叩いたことがない
のが自慢ですヾ(・_・;)オイオイ

お名前: 剣吉   
私も少年指導に携わっていますのでみなさまのご意見とても興味深いです

私が思いますに指導者としてもっと少年剣道がどうあるべきか、指導者はどうあるべき
か、考えなくてはいけないのではないでしょうか?

先生=偉い人でもなんでもないですし、試合に勝った=100点でもないでしょう
やはり少年剣道は試合の勝ち負けよりも、正しい基本、また剣道技術以上に日本人
としての礼儀作法、物事の考え方を子供達に伝えていくのが指導者の役割ではない
でしょうか?今は少年剣道=試合で結果を残すという道場が多すぎるように思います
その結果、勝たすために子供に厳しい稽古を強要する、ついていけない子供が出てくる
試合がやたらに多い。小細工を教える。私からみてマイナス面のほうが多いように
思います。試合は子供が剣道を学んでいく場であり指導者はそれを上手く利用して
人間形成と正しい基本の習得に主眼をおかないといけないのではないでしょうか?
それに指導者として子供達といっしょに剣の道を歩み、子供達よりも先に道を歩いて
きた人間として回り道させないように導いてあげる。子供達がみて尊敬できる人間
であるように努力しないといけないと思います。
このままでは剣道をしようと思う子供も少なくなり、社会的にも剣道が素晴らしいと
言えなくなってしまうような気がしてなりません。試合云々よりも剣道がもっている
本質的な素晴らしさを伝えていけるように指導者は努力しなければならないのでは
ないでしょうか?厳しく稽古をすることも必要ですが、そのためには子供にやる気
を起こさせる。強くなりたいと思う気持ちを出させることが先決です。その気持ち
が芽生えれば、自然に取り組んでいけると思いますし、そこで礼儀も教えれば
一緒に習得していってくれるのではないでしょうか?
指導者としてしなければならないことは試合に勝たせることでないと思います

お名前: 剣志郎   
まんぼーさんへ

>剣道をしている以上、打たれたら痛いし、痣ができたり、突きが外れて肋骨を折
>ったりするくらいは普通だと思っています。(略)…
↑と、おっしゃっていますが、私は普通だとは思いません。骨を折るほど竹刀を突
き立てる技量の無さを恥じるべきでは無いでしょうか? 「危ない!」と思ったら
力を緩めるべきだと思います。発祥はともかく、現在は殺し合いではないのですか
ら、指導者としてとるべき手段ではないはずです。

>私が剣道を教わっていたところでは小学生で剣道を始めて1年位でも掛かり稽古
>で容赦なく投げ飛ばされ、上に乗りかかられて竹刀で突付かれたり、足の癖が悪
>いといって腫上がるくらい叩かれたりは普通のことでした。
そいつは、随分危険な稽古をされていたものですね。指導者としては何を求めてい
たんでしょう? まんぼーさんの師匠がおやりになっていたことですから、お答え
のしようがないでしょうが、たまたま、まんぼーさんに適した稽古だっただけで、
万人に支持される稽古法ではないと愚考します。悪癖を直すのに叩く必要はないと
考えます。

>大雨の日に「気合が足んねえんだよ!」といって道場から外に放り出されたり、
>家族旅行で一日休んだら次の稽古日にさんざんしごかれ、面、胴、垂、袴まで剥
>ぎ取られ、素面でさんざん叩かれたこともありました。怖さのあまり失禁する子
>も時々いました。寒稽古は正月2日の5時半からでしたが、怖くて夜眠れず、い
>つも新聞配達の音で目を覚ましました。以来、高校卒業するくらいまで新聞配達
>の音を聞いただけで寒気がしました。
↑とは、これは異常です。自分が旅行にいけない僻みなのか何なのか知りませんが
まったくの異常者ですよ。

>中学生くらいになったら今度は自分が小学生の子をひっくり返してました。
>「剣道とはそういうもの」と思っていたからです。
きっと、いまでも剣道とはそういうものだと思われていませんか? 私は違うと思い
ますが…。「中学生くらいになったら私が先生をひっくり返してました。」なら理解
できます。私も中学になってから師匠に「足がらみ」や「組討」を仕込まれましたが
、それはあくまで私の体当たりの姿勢の悪さを治すために一過性的に行われたもので
、一度仕掛けて姿勢が崩れなくなるのを確認すると、師匠はそれ以上のことはしませ
んでした。師匠が仕掛けてくる組討に対してだけやり返し、師匠を組み倒せるまでに
なりました。指導と言う名の一方的な(上位者のみの)組討は、単なる暴力となりか
ねないと考えます。

したがって、それ以降のカキコにも賛同しかねます。↓
>…私は現在の「体罰は全て悪」という考えには全く賛成しません。ほかの方の書
>き込みにもありますが、大人も叩くぐらいの気迫がなければ子どもには舐められ
>るし、真剣だからこそ手を挙げてでも指導するのだと思います。(ただし感情だ
>けでやるのは最低ですが)
なんとなく、謂わんとしていることは理解できるのですが(時には厳しくの意)、
「叩くことで指導者の気迫をみせる」必要はないと考えます。また「真剣だからこ
そ…」との意見もわかるのですが、私は他人の子供を殴って育てるほどの将来への
責任感と自信がありません。自分の子供を殴って矯正できるのは、その子の一生を
背負う覚悟が親として備わっているからであり、他人様の多数の子供の一生を背負
うほどの自信が自分にはないからです。
よく父兄の方に「躾をお願いします」と言ってくる親がいますが、私は「躾はご家
庭でお願いします」と言っています。私は剣道のことや団体行動などの社会性をそ
の子に学ばせては上げられますが、一生を左右する「躾」は親の責任であると思っ
ています。剣道に対する父兄の身勝手かつ過度な期待が、揉め事の原因になると考
えます。剣道は人格形成の道ですが、それは教えるものではなく、学び取るもので
あり、ある未完成な剣道の有段者というだけの人間が「教えてやる」ものではない
と考えるからです。

まんぼーさん、私はあなたのこれまでの経験を否定するものではありません。しか
し、どこか経験則で全てを推し量るような感じがして、やや疑問に感じます。それ
とご年配の戦争を経験された方の稽古観を聞いてみると、大変殺伐としています。
何故なのか、最近漠然と考えるのですが、戦争体験が何らかの精神的影響を及ぼし
ているのではないかと感じます。会社に居ても感じます。もうみなさんご退職され
た方たちばかりなのですが、軍隊的な倫理観でものごとを量られる方が多いのです
。戦争に程度もクソも無いですが、数ヶ月のフォークランド紛争や湾岸戦争に行っ
ただけで、精神疾患を起こす人はたくさん居ます。何年も続いた太平洋戦争を生き
抜かれた方たちに何の精神疾患も見られないということは無いはずなんです。ただ
現代のようにPTSDとか何とかという病名もないし、当時はみんな辛い体験をし
たから、抜きん出て「異常だ」と映らなかっただけではないかと愚考するのです。
その違いを一般的に「時代」という言葉に代えますが、私はいわゆるジェネラルギ
ャップ(世代間差)という「世代」とは違うような気がします。

そうした世代の方々をなんら否定は致しませんし、その薫陶を受けながら我々も現
在に至っているわけですが、それをそのまま学習せずに「伝統」「文化」として踏
襲するのは、若干危険な気がします。当時の時代背景に死生観はとても重要なこと
であり、幼少のものでも肌で感じられる時代でした。これから迎える厳しい戦争生
活の中では、そうした荒稽古で体験させられる程度のことは幼少でも身につけてお
かなければならないことだったのでしょう。しかし、現代の社会においてそこまで
の覚悟を必要とする雰囲気(社会環境)なのでしょうか? この雰囲気というもの
が無ければ、到底子供たちの心に「当然」のものとして受け入れてはもらえないの
ではないでしょうか? また社会も求めないのではないでしょうか?

戦争という状況の中で求められる武道(肉体的な武徳)と平和の中で求められる武
道(精神的な武徳)では、求められる稽古の主軸が変わってくるものだと思います
。親が剣道に求めるもの、社会が剣道に期待するもの、子供が剣道に見い出すもの
が、違ってくるのだと思います。我々指導者はその点を良く感じ取り、剣道の良き
伝統、文化を後世に伝えてゆかなくては無いのではと愚考いたします。

まとまりのない、長文失礼しました。m(_ _)m

お名前: 親馬鹿一刀流   
こんばんは親馬鹿です。

今日は荒稽古を容認する事を書きたいと思います。
1.私が考える荒稽古とは
先に書きました荒稽古は小学生を含めた、いわゆる少年に対するものです。
私なりに考える荒稽古とは
(1)竹刀操作以外の体術、組討まで含めた稽古。
(2)小手先の技ではなく、誰もが納得する力強い打突の応酬。
(3)小細工を使わずお互いに前に前に、ガチンコで打ち合う稽古。
(4)ぼやぼやしていると竹刀を飛ばされ、素手でも戦う稽古。
のしかかるから、面をはずすから荒稽古とは思っていません。

2.荒稽古の効果
(1)先の気位の旺盛なる気力を養う事が出来る。向かっていく気持ち。
(2)少しくらいの事では体制を崩さない本体、体力が出来る。
(3)一瞬たりとも気を抜かない精神力が出来る。
(4)体術を学ぶ事が出来る。
(5)怪我をしない身のこなしを覚えられる。

3.小学生にどこまでやってもよいか
これはあくまでも私の基準です。また、対象者の技量を考えながらやります。
(1)竹刀を使って転ばす。:転び方を教える。転ばないような体制を教える。
   転ばないような体裁きを教える。
(2)壁に向かって突き飛ばす。:(1)とほぼ同じ。
(3)竹刀を叩き落す。:間合いを切る、相手の手元を押さえる事を教える。
(4)鍔迫り合いから足をかける、押さえ込む。:鍔迫り合いは休む所ではない
   事を教える。

突然何を書いているんだと思われる方もおられると思いますが、剣道において
必要な技術と思うからです。
一般的には全剣連の試合規則の範囲で稽古している方がほとんどで、足払いは
反則と思っている方が多いと思うのですが、稽古でやってはいけないと規定さ
れているわけではないと思います。
(普通は初見の方にやる事ではありませんが。)
でも、特定道場に出稽古に行って、足払いが当たり前の道場であったならば、
対応できないといけませんよね。
小学校6年生175センチと4年生130センチが試合をする事もある訳で
体当たりで場外反則2回で負ける事もあるわけです。

私は、小学生の時に竹刀を落とせば、床に落ちた竹刀をホッケーのように
運ばれて追いかけさせられた事が何度もあります。
結構屈辱的でしたが、竹刀を落としたら負けである事、手刀で構えて間合いを
切る事、あるいは瞬間的に組討つ事を自然に教えられました。
社会人になった現在、まれに突き飛ばす、壁に押し付ける稽古をされる方も
居られますが、やられっぱなしになる方が悪いと思って対応しております。

何を言いたいかといいますと、指導の目的は何かを考えましょうという事なの
です。
多少の打ち身があったとしても、怪我をさせるのが目的ではなく、逆に怪我を
しない技術を身に付けさせるのが指導者の役割ではないでしょうか。
ここを考えれば、小学生に行う荒稽古の基準が見えてくるのではないでしょうか?

お名前: まんぽー   
書き込みの中に荒稽古の是非というような内容があります。
私は個人的には荒稽古はあっていいと考えてます。剣道をしている以上、打たれたら痛いし、
痣ができたり、突きが外れて肋骨を折ったりするくらいは普通だと思っています。
ただしそれは私が大人で、体もきちんと出来上がっているからであり、子どもに対しては
特に限度を考えることが大切だと考えます。子どもに過度の負担をかけても力がつくどころか、
剣道が嫌になるだけです。
私も子供の頃を思い出すと嫌な気持ちになります。私が剣道を教わっていたところでは小学生で
剣道を始めて1年位でも掛かり稽古で容赦なく投げ飛ばされ、上に乗りかかられて
竹刀で突付かれたり、足の癖が悪いといって腫上がるくらい叩かれたりは普通のことでした。
大雨の日に「気合が足んねえんだよ!」といって道場から外に放り出されたり、家族旅行で一日
休んだら次の稽古日にさんざんしごかれ、面、胴、垂、袴まで剥ぎ取られ、素面でさんざん
叩かれたこともありました。怖さのあまり失禁する子も時々いました。寒稽古は正月2日の5時半から
でしたが、怖くて夜眠れず、いつも新聞配達の音で目を覚ましました。以来、高校卒業するくらいまで
新聞配達の音を聞いただけで寒気がしました。本当は剣道を止めたくて仕方がなかったのですが
やめませんでした。というより辞められませんでした。「やめるなら先生のところに自分で
挨拶に来い」といわれていたからです。中学生くらいになったら今度は自分が小学生の子を
ひっくり返してました。「剣道とはそういうもの」と思っていたからです。

私はこれらの全てを否定するつもりはありません。癖を矯正するためには時には叩くことも
必要ですし、相手を見てなら掛かり稽古で少しくらい転ばせ、立ち上がらせるくらいは
してもいいと思っています。あるいは態度が悪い子を叩くことだって必要でしょう。
私は現在の「体罰は全て悪」という考えには全く賛成しません。ほかの方の書き込みにも
ありますが、大人も叩くぐらいの気迫がなければ子どもには舐められるし、真剣だからこそ手を
挙げてでも指導するのだと思います。(ただし感情だけでやるのは最低ですが)

しかし物ごとには程度があると思います。今回の事件にしても、ここまでやってしまったら
仮に相手の子どもにどんな問題があったとしても、それを主張することはできなくなってしまいます。
ここまでやってしまって親に引き取らせたら単なる虐待だと言われても仕方ないでしょう。
厳しいこと自体は大いに賛成ですが、子どもに恐怖心しか与えないようなやり方をしたらどうなるか。
子どもは大人になってその恐怖心から開放されたとき、剣道を嫌いなまま剣道から離れていきます。
私を含めて、剣道を続けている人は剣道について何らかの楽しみを見出すことができたからだと
思います。(私の場合は学校のクラブでした)厳しさと楽しさは決して決して両立しないものではありません。

子ども、とくに小学生はこれから体も頭も精神も成長していく段階です。私は子どもに対しては
〃道である以上、厳しく接する。これは当然
∩蠎蠅梁領蓮Φ蚕僉Ψ亳海鯒聴するよう努める。相手に応じて厳しさを上げる。
A蠎蠅砲呂ちんとした技で打つ。癖を直すためなどの目的で防具がない部分を叩くのは最低限にとどめる
す啖慮鼎搬崚戮悪い場合などに対する制裁行為とをごっちゃにしない。
を気をつけるようにしています。
また、態度等が悪くて制裁の意味で叩くとしても首から上は極力やらないようにと考えてます
(これは子どもの脳が成長過程だからということと、子どもの顔は小さいので平手打ちで顔を
叩いたら耳まで届いてしまう恐れがあるため)。お尻なら痣ができるくらいに叩いても平気だと考えます。
(当然限度がありますが)

また、必要以上に叩かれ、それが普通だと思って成長したら、その子も自分の年下の子達を意味もなく叩くでしょう。これでは暴力の再生産になりかねません。これは避けなければならない。
子どもに対して荒稽古をする、あるいは制裁を加えるときには子どもに対し、
「なぜそうするのか」をきちんと伝える必要があると思います。もっとも最近は
親にも伝えないと親が理解できずに怒りだすかもれませんが。。。

お名前: ポッター   
剣道って、根性がある子供や、体力がある子供ばかりが始めるわけではありません。
「友達とコミュニケーションがとれない」「体力がない」「大きな声で話せない」とい
った、様々な子供達が入会してくれます。
このような様々な子供達の心と身体をフォローして、剣道好きにさせ、厳しい稽古を通
じてその成長を導くことが指導というものです。(決して稽古を甘くしろといっている
のではありません。)

フォローのないしごきを行い、ついて来れない者を切り捨てるのは誰でもできます。
それは、指導でもなんでもなく、指導者の自己満足にすぎません。

普通の子供達(場合によっては、問題をかかえている子供達)の親に、我が子に野球で
もサッカーでもなく、剣道を学ばせたいと思ってもらえるような指導がなされることが
大切であり、草の根でそのような指導がなされることで、剣道が心と身体を成長させる
武道として社会的に認知されるのではないでしょうか。

剣道の戸を叩いてくれた子供達が剣道から離れることになるのであれば、それは指導者
の責任だと思います。

お名前: ひまわり   
指導者としての意見を書き込ませていただきます。

厳しい稽古をしたらフォローをしなかったことが残念です。
しかも防具をはずした後に手をあげてしまったこと…
悲しいことです。
しかし、今の時代だからこそこのような事件になってしまったのでは
ないでしょうか…?
わたくし自信、もとに立つ時は子供一人一人の実力というのでしょうか…
個々に合わせて稽古をやります。A君はできることでもB君が出来るとは
限らないですからね!全ての子供たちに全く同じような事をしてしまえば
成長する子もストップしてしまう。しかも剣道を嫌いになってしまう子も
でてくるでしょう。わたくし自身も間違った指導をして子供の心に傷を
つけてしまっているかもしれません。
今回の事件を通して再度、自分の指導方針や気持ちを見つめなおしたいと
考えています。

今回の報道で全身の写真を見た際、腕・尻・足のあざに関しては問題は
ないと本当のところ思いました。しかし後頭部の傷に関しては…
他会でも同じだと思いますが、わたくしの会でも子供はすぐに足が
もつれ倒れたりうまく受身がとれないから絶対に後ろへは倒すなと
教えられました。まだ幼い子供が後頭部から倒れ障害が残ったという
話もなきにしもあらず!!
問題になっている指導者の方には逃げずに考えていただきたいですね!

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

親馬鹿一刀流さん&ポッターさん、「剣道談話室」からの転載、ありがとうございました(^^)

指導者の皆様からの指導面に関します更なるご意見をお待ちいたしておりますm(_ _)m

お名前: ポッター   
剣道談話室で書き込んでいましたが、指導についての内容ですので、こちらに転載させ
ていただきます。

書き込み

「しごきで、子供をつぶすのは誰でもできます。
子供をふるにかけて、エリートを育てることも難しくはありません。

厳しい指導をしながら、子供達の心と身体をフォローし、普通の子供達を剣道好きにさ
せ、心と身体を育てていくのが本当の指導者です。

以前どなたかがおっしゃっておられましたが、子供が剣道をやめることになったら、そ
れは指導者の負けです。」

書き込み

「厳しい指導は許される。
しかし(精神的にも、肉体的にも)傷害を与えることは許されない。
ということではないでしょうか。

厳しい指導が必ずしも傷害を伴うわけではないんですね。
むしろ、厳しく指導をすればする程、怪我をさせないよう細心の注意を払い、精神的に
フォローするというのが、本来あるべき指導だと思います。」

お名前: 親馬鹿一刀流   
談話室に書き込んだ内容のコピーです。
指導者としての考えも含まれていますので転載します。

こんばんは親馬鹿です。
事件の真相が見えないままコメントするのがはばかられ、また何をどう書くか
整理がつかずコメントを避けていましたが、私の率直な考えを書かせて頂きま
す。

●まず現段階での事実関係の確認。
新聞報道では(個人的な発言は割愛)
1.合宿を行ったのは、会員が150名の剣道団体
2.合宿の期間は3泊4日
3.合宿参加者は約70人。ほば半数が小学生で、約30人の大人が指導員と
  してけいこをつけた。 
4.けがをした男児の両親によると、引率者から13日午後、「(男児に)や
  る気がないので迎えにきてほしい」と電話があった。父親が出向くと男児
  が「続ける」と話したため帰宅したが、14日午後に再び「迎えにきてほ
  しい」と電話があり、連れ帰った。
5.男児は両腕が腫れ上がり、頭にこぶがあったり尻に大きなあざがあったり
  していた。病院に行ったところ、全身が2週間、頭も1週間のけがで、併
  せてPTSDの恐れがあると診断されて3日間入院した。
6.対象は小学校4年生

●体の傷跡の写真
1.左腕の肩から肘にかけて赤く打撲の跡が見られる
2.右のお尻に紫色に変色した痣が見られる
3.左足は包帯でかくされていて傷跡は見ることは出来ない。
(再確認しようとしましたがサイトが見れませんでしたので私の記憶です)

●報道写真を見ての率直な感想
1.右お尻の痣の事
  ある意思を持って執拗に何度も何度も竹刀で打ち付けないと付かない痣で
  ある。
  只の尻餅ではつかないと思われる。
2.左腕の打撲跡は転んで付いたとも見れる。
  また、左手の形を矯正するために打ちつける事を繰り返したとも見れる。
3.右足の太ももは、包帯で隠れて見えないが、ここを打撲するのは、体が空中
  に浮くほどひっくり返されたか、竹刀で何度も打ち付けられたと想像する。
想像を交えていて客観的ではないですが、少年と同年代から剣道を続けている
私の経験と、少年指導を10年程度続けている経験からの感想です。

●今回の事件に対する指導者の立場での意見・感想
1.はっきり言って虐待です。
  小学校4年生、内臓も骨も出来上がっていない子供にやる事ではありません。
  私が想像するに右のお尻の痣は、打突後の抜けを指導する中で、元立ちが
  振り向きざま、竹刀を回してしたたかに打ちつけたものと思います。
  それこそ何度も何度も。
  少年に何らかの問題があったとしても、打突部位以外であれほどの痣ができ
  程、打ち付ける必要はないでしょう。
2.頭の瘤
  大人がついつい力が入って打った場合防具をつけていても瘤が出来る事は
  あります。
  何か問題があって、叱るために拳骨をはった場合でも瘤はできるでしょう
  から、写真で見えないので、どういう状況だったかは判断できません。
  ただ、子供が本当に悪さをしたら、私も瘤が出来るほど叩くと思います。
3.やる気がないので引き取りに来て欲しいとの発言
  指導者が求める稽古が出来ないという事か、合宿の和をみだすような協調
  性のない行動があったからなのか、判別できない。
  指導者が何度も諭しても、自分勝手行動をとったとしたら、私も帰らせる。
  但し、報道の内容からは判断できないので、何とも言えない。
●痣が付くほど打ち付ける事
 実は私も、たまにやります。しかも防具を付けていない基本組の子です。
 これはどうしても直してあげたい所を直したい時。
 但し、痛みを与えないと理解できないと判断した時1回きりです。
 1回教えれば充分。
●荒稽古
 私の荒稽古はフラフラになるまで竹刀を振らせる事。
 野球のギリギリ取れるか取れないかの名ノック。
 子供の体力を見ながら転ばせる。転んでも直ぐに立ち上がって打ってくる、
 転んでも届く所を打ってくる、転びながらでも打って来る、体当たりを逆に
 返して打ってくる、体当たりをしようとした瞬間を打ってくる。
 ここまで狙いたい。
 剣道に受けっぱなし、打ちっぱなしはないから。
 大人が打ち込んで残心を示した所を、後打ちでもなんでも打って来るのは大歓迎。
 気迫がないと打てないから。
 高校生、それに近い子供は迎え突きあり。ただしやるならはずさない、突きの
 竹刀を折るほど前に出させる。迎え突きは決して1本にならない。面打ちは
 1本になる可能性があるから。
●少年指導
 真っ直ぐ打つ基礎、基本打ちをまず身につけさせたい。
 次に剣さばき、技の世界。身長の伸び具合にもよるが小学生はここで勝負。
 体力、力技は体が出来てから。(実は小学校6年生にして175センチあっ
 た子もいましたが、この子は特別)
 痣をつけても技術は上達しない。
●合宿の効用
 ある目標を持った団体が、一つ屋根の下で、厳しい稽古、寝食を共にしなが
 ら、技術の向上、信頼、親睦を図る物。
 我慢大会ではない。
 もちろん我慢を覚え、それを乗り越えた時の効果はある。
 そこには、普段の稽古では得られない自信とか、仲間、指導者に対する信頼
 関係が生まれる。
 決して強制収容所ではない。
●今回の事件を見ての感想
 指導者が学生時代のノリで、稽古メニューを作っているのではないか?
 高校、大学の稽古そのままを取り入れていたのではないか?
 自分が小学生の時に行っていた稽古としても、技術的精神的にもっと効率の
 良い稽古方法はあるだろうに。
 あるいは、団体指導の弊害ではないか?
 体中に痣を作るほどの稽古は、普段の生活から、子供の体力を把握出来ている
 少数特化の指導、内弟子、親子関係でないと無理無理。
 自分の子供でも分からないのに、他人の子供を自分の価値観だけで指導した
 結果ではないか?
 子供達の学業まで、面倒をみる気持ちがあったのだろうか?
 この剣道会に合わない子供との判断があったなら、ほかの方法もあったろうに。
 
 なんだか書いているうちに、指導者の批判に偏ってしまいました。ごめんなさい。
 
 最後に、自分が見本を見せられない稽古はしないでもらいたい。
 打ち込み稽古も、懸り稽古も、痣が突く稽古も自分がやって見せてから子供達
 に指導してもらいたいです。合宿の4日間ともですよ。
 

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

この掲示板はとくに「指導者視点から」この事件を分析しお考えいただく方が集まってく
ださっておられますので勉強になります。。
事件そのものはたいへん残念なことですが、現場での指導のあり方や、その対処法などに
も、皆様方からのより深い考察をお願いできればうれしく存じます(^^)

お名前: 剣志郎   
私も一介の指導者としてこの事件に発言したいと思います。

事件が報道された当日、あちらの会のHPの掲示板を見てまいりましたが、酷いも
のでした…。●ちゃんねるを超える罵倒の嵐…。このトピがこちらに出たときも、
「こいつは触れないほうが…」と思う程でした。しかし、こちらの皆さんは、まず
まず議論の態を成し、かつ今後の取り組むべき課題として冷静にカキコされている
ことに大変感心いたしました。こちらのトピに書かさせて頂きますのも、ここの事
件の真相より、訴えられた事実に関しての「自分たちに置き換えた議論」になって
いるためです。

さて私自身の事件そのものの感想は
  ”霪仕厳しい指導と暴力の違いが解っていない指導陣。
 ◆〇愼蛙悗侶道的技能の未熟さが起こした事件。
  会責任者の人間的未熟さが起こした事件。
 ぁ_我はよくある事だが、明らかに制裁としての怪我であること。
 ァ〃道経験者の多い警察が捜査に踏み切るほどの犯罪性の認知。
などです。

私も厳しい稽古や汚い行為を受けたことは何度となくあります。しかし「厳しい稽
古」とは、「与えられる課題が厳しい」だけであり、暴力という「汚い行為」では
ないと考えます。相手の未熟さを悟らせるために指導者自身の様々な技を駆使し、
有効打突を取って見せ体で悟らせるシゴキが厳しい稽古であり、身につけるべき技
や体力を養わせるために、あと一歩の壁を築くのが厳しい稽古です。しかし、ケツ
バットや若年者に対する突き、肘打ち、わき腹打ち、耳への横面、袈裟懸け、面へ
の突き押し、小学生への組討、面剥ぎ…などは指導と言え故意に行われるべき行為
ではないと考えます。間違って打突したとしても、指導者となるべき有段者ならば
寸止めできて当たり前です。レベルが拮抗した大人同士なら致し方ありませんが、
小学生に寸止めできないようでは、程度が知れます。

強い体当たりを覚えさせるにしても、大人が子供を押し返す必要はないはずです。
もし、子供の体力で有段者の大人を引き下がらせるような体当たりが出来ていれば
十分合格ラインであると考えます。また、指導者が押されているのに「まだ足りな
い」と感じてしまうのは、指導者自身の受けが悪いからであり、子供の性ではあり
ません。

打ちの強さに対しても、打たれた大人が痛いと感じるか否かではなく、その痛みが
手の内を締めて打った事による鋭い痛みなのか、力任せに打った破裂的な痛みなの
かを判別する必要があります。指導者は常に五感を働かせて受けに回らなければな
りませんが、指導者自身そのことに気づいていない(出来ていない)と解らないも
のです。また竹刀の作りも違います。大人でも39で打突したのと36で打突した
のでは、打突されたときの痛みがまるで違います。

どうもそういた基本的なことも解らずに、闇雲に稽古していた節が感じられます。

また私も打突後の抜けが遅い子供にお尻を竹刀で押してやりますが、叩くことは無
いです。叩いたら痛くて抜けられないではないですか。また、叩くほどのスピード
でしか追いつけないほどの速さで抜けてゆくのであれば、合格もいいところです。
すさまじい早さです。また、押す場合も相手がバランスを崩して転ばない程度に押
すのが普通です。左足の引付を直すための行為なわけですから…。したがって、あ
の怪我はどう見ても制裁の痕としか言いようがありません。そういえば、腕も左側
に怪我してましたね…。どんな稽古なんでしょう??? 意味が解りません。

また、一般の方は「警察に言えば直ぐ捜査」ぐらいに考えられているでしょうが、
警察はそんなに暇でもないし、正義感に溢れているわけでもありません(苦笑)。
相当な犯罪性の認めなければ動かないものです。また警察官のほとんどが剣道経験
者であり、怪我の程度の判断も容易です。その警察が「捜査を開始」ということは
「立件に値する怪我だ」と判断したに他なりません。

また、普通、剣道の称号をもらう立場となれば、自分の起こした事件に対して反省
がないと言うのは剣道界の恥と言うべきものです。結果として大怪我を負わせてい
るわけですから、まずは謝罪が筋であると考えます。このような社会性の大きな事
件や禁固以上の実刑判決を受けた剣道家は「時限的連盟活動の禁止」「称号返納」
「降段」等の処置を剣道連盟が行うべきでしょうね。難しいことでしょうが、何も
しないのでは、剣道連盟が容認したも同じに思われます。人格形成を標榜する剣道
連盟な訳ですから、道場内はもちろんのこと、刑事事件で実刑を犯すような人間に
称号や段位を預けておくことは許してはいけないと考えます。

今回の事件は「指導者」「先生」「地元の名士」と言う何かに慢心があったものと
思われます。自分の経験だけを押し付け、相手を見ていなかったことが相手(子供
)に共感されなかったし、研究(指導者としての修行)を怠ったための事件だと感
じます。「薬も過ぎれば毒になる」。私も他山の石として肝に銘じておきたい、シ
ョッキングな事件です。

お名前: 猫銀   
剣道指導とは何の関わりもない人間ですが、思うところあって
書き込ませていただきます。

昨日、NHK教育の「ETV特集」にて薬物汚染と闘う夜回り
先生こと水谷修さんの活動を取り上げていました。 講演中、
水谷先生の真の敵は子供を叱り飛ばし、責め続け、褒めること
を知らない大人であることを明言されていました。 

子供を褒めるのはエネルギーが要ります。 大したこともない
長所を探し出しておべっかを使うわけですから。 疲れます。
叱るのは本当に楽です。欲求不満を叩きつけるだけですから。 
自分の中に溜まった「反吐」が出せてスッキリします。 

指導と名の「反吐」をなすり付けられた子供達は、自分より
さらに弱い立場の子供を見つけていじめという名の「反吐」を
なすりつけます。 では自分より弱い奴を見つけられなかった
子はどうなるか・・・・

水谷先生が不眠不休で命を削って救おうとしているのはそんな
子供達です。 先生に言わせれば、剣道指導者の大部分は子供
を死や廃人に追いやる諸悪の根源といったところでしょう。

もう一つ、少年向けに漫画仕立てで書かれた剣道入門書があり
これを読んで気がついたことがあります。 解説をしている
かわいいキャラクターが子供を怒鳴る、拳骨で殴るという場面
が繰り返し出てくるのです。 作者も監修の指導者もおそらく
自覚していないのでしょうが、普段からそういう指導をしてい
るからでしょう、漫画にまでそれが無意識に投影されているの
です。 これに気がついた時は少々寒気がしましたよ。

今回の事件を良い機会として、「指導」と「反吐」の区別を
再認識していただきたいものです。

お名前: watanabe   
To:剣道ママさん
保護者の声をダイレクトに聞くことが少ない(無いことは無いんですが・・・)ので
貴重な意見と、拝聴しています。

>研究を重ね、子どもたちに少しでもいいものを与えていけるよう努力・工夫する
べきだと思います。それが相手(子ども)に対する誠意だと思います。
他のスポーツでもそうだと思うし、学校の先生もそうです。

私は高校で英語を教えてる身ですが、教科の差はあれ、やっぱり子ども主体の
教育観ってのが最近の主流になりつつあります。このことに関しては良いと思います。
剣道ママさんがおっしゃるとおり、『子どもたちに少しでもいいものを与えていけるよ
う努力・工夫』していくことは指導者の至上命題だと思っています。

ただ、保護者の方の中には「モット試合で勝てるように指導して欲しい」と、
願っておられる方もいれば、「試合結果はどうでも良いので(勝つに越したことは無い
けど)礼儀・躾の面をやって欲しい」と思われている方もいます。今や、剣道教育に対
するニーズも多様化してるのを感じます。ですから、本当に難しいですよね、正直。

僕も高校で部活動を指導している身、「勝たせてあげたい」と思う反面、「それだけ
じゃないよ、ほんとうはね。」っていう気持ちもあります。どうしても試合・試合に
なると武道というよりは競技になってしまいますから、お相手よりも優位になりたい
とか、お相手を打ち負かしたいという気持ちの方が立ってしまいます。それを助長する
ようなことは武道の精神からすると戒めなければならないと思いつつ、生徒を鼓舞する
ということもしなければならない。このグレーゾーンが指導者の悩める部分だと思い
ます。


>子どもに汚い言葉で罵声を浴びせる怒鳴り声が毎回聞こえてきます。
>監督はたばこを吸いながらやってきて、たばこを吸いながら子どもたちを叱りつける。
>監督には帽子まで取って深々と挨拶をする子どもたちも近所の大人には知らん顔です。

これも、剣道の世界でもありえますよね。
大会などで、指導者らしき人の前を通り過ぎる時は挨拶をしていく姿をよく目にします。
(もっとも、全員に挨拶して行ったら日が暮れてしまいますものね・・・)でも、
「先生・先輩が怖いから、怒られるから」といったような理由で挨拶が行われますと、
それは本来の意味合いからはかけ離れた形だけの挨拶になってしまいますよね。
それじゃ、全く意味が無い気がします。形から入って心にまでそれが達して自然と
お相手に対して、気持ちのこもった挨拶ができる・・・理想かもしれませんが、
なぜか勤務している学校の生徒はどこからともなく挨拶が飛び交っています。
そして、本校の生徒の姿を見て、地域の企業の方などが求人を下さったりします。
このあたりに社会が求める「教育の姿」があるのかもしれません。
ですから、形を強制するだけでなく、心に入っていくような教育ができれば、
教育として成り立ちますよね。それを求めておられるのならば、物理的・言葉の
暴力でそれが成功するなんて、ふつうに考えても無理なのは分かると思うのです。
でも行われているということは、別のところに目的があるのでは?と疑問を持たざるを
得ません。

もし、「指導者の言うことに耐え、辛抱強く、言われたとおりに動く」子どもを
育てたいと言うのならば、そういう指導をされるのも良いかと思います。でも、もう
そんな、ロボットを求める時代は終わったと思います。

早く、そういう風潮が退行していくことを望んでいます。

お名前: 剣道ママ   
いくらご自分が高段者であろうとなかろうと、指導者も自分の指導にあぐらをかくことなく
研究を重ね、子どもたちに少しでもいいものを与えていけるよう努力・工夫するべきだと思います。
それが相手(子ども)に対する誠意だと思います。
他のスポーツでもそうだと思うし、学校の先生もそうです。

実家の横は小学校のグラウンドで、夕方、少年野球を毎日のようにやっています。
そこでは、暴力の話こそ聞きませんが、子どもに汚い言葉で罵声を浴びせる怒鳴り声が
毎回聞こえてきます。監督はたばこを吸いながらやってきて、たばこを吸いながら
子どもたちを叱りつける。監督には帽子まで取って深々と挨拶をする子どもたちも
近所の大人には知らん顔です。

これは一例ですが、似た例も多いのではないかと思います。監督・指導をしてくれる方々は、ほとんどの方が別に仕事を持っていらして、指導をして下さるだけでもありがたい部分も確かにありますが、監督・指導者として子どもたちの心と体にもっと考慮していただけたらと思います。
剣道に限らず、現在の社会体育の現状をもっと見つめ直す必要があると思います。

お名前: watanabe   
みなさん、おはようございます。
ここではやはり「指導者」としての立場で考えるべきだと思うんです。
一剣道練習者としての立場で能動的・主体的に自分でそのような稽古をしたい
(自らに課したい)と思ってやる分には何をやっても良い、と思うのです。
ただ、そういった自らに課すものと、指導者が練習を課すのは違うと思うんです。


ニュースの中の指導者の言葉にあるように、「やる気が無いから迎えに来てください」
という一節。
これは明らかに指導者が意図する指導とその目的と、練習者の練習目的と食い違って
いることから生まれたギャップを示しているのではないでしょうか。
指導者の方針と食い違ってるから辞めるとか、移籍するというのは剣道ではいろいろな
理由で難しいとは思うのですが、そのあたりを被害に遭われたお子さんのご両親は早め
に察知されるべきだとも、思ったのですが。

どうも、この会は大所帯で全国大会でもご活躍のよう。
そういう会と、のびのび練習されているところ、果たしてこのお子さんが後者の方に
行かれていたら、こんなことになったのでしょうか。とりあえず、剣道でもやらせて
みようと思われる保護者の方は多いと思います。ただ、そういうお稽古事感覚でやら
れるのと、こういう全国で活躍してゆくゆくは・・・みたいな雰囲気、そしてその
指導者、違うと思うんです。逆に、そういうものを目指しておられる保護者さんや、
お子さんからすると、すごく良い環境なのだと思います。ですから、一概にこの会
が悪か、といえば、そうとも言いがたいと思います。

そんな雰囲気の中ですから、最初に帰るかと問われた当のお子さんは、一度は帰宅を
断ったのではないかな、って思います。

やはり、何度もこの記事を見聞きするたびに、そういったニーズのギャップを感じます。
いまどき、「ホテル・レストラン選び」から「病院選び」等のガイドが出てますけど、
そういった、練習者の目的の多様化に合わせて、入る道場や、クラブも保護者さん
サイドで選んでいただく必要があるな、なんておもってしまいました。

お名前: watanabe   
To:剣道ママさん
ありがとうございました。
http://ichinikai.com/bbs2/416790645876066.html
にも同じ話題が出てましたね。(焦 そっちから見てれば良かったのですが。
でも、ココは指導者掲示板ですから、また、別の視点からと言うことなのでしょう。
いずれにしても、ひどい話だとはおもうのですが、上記トピでは半々のようですね。
こういう指導に賛成:反対が・・・。
それにも少し驚いております。

お名前: サコン   
剣道ママさん、↓ですね。

http://ime.nu/news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline1027857.html

動画ニュースもありますので、ご覧になってみてください。

当方も少年剣道指導にたずさわっていますが、この類の
出来事は、指導者にも色んな受けとめ方があろうかと思
います。ただ、上記の動画画像の少年の体の具合を見ると
悲しく、残念に思います…。

当方も、昔は厳しい稽古を経験してきた中で、今に至って
います。けれど、それは過去のものです。
やはり時代の変化に応じた指導と、いかに子ども達に興味を
持たせ、1人でも多くの子どもが剣道をやってくれるかを
考えていかなければならないと思います。

お名前: 剣道ママ   
to watanabeさん
TBSニュースで検索すると、News i「連続動画再生ビューア」というのがあります。そちらで、放送されたニュースを見ることができましたよ。

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

私も今朝起きて巡回をはじめるまではこの事件を知らずにおりました。
すでに、「剣道談話室」の方ではかなりレスがかさんでおります。ニュースソースの方も
明らかになっておりますので、そちらをご参照くださいm(_ _)m
http://ichinikai.com/bbs2/416790645876066.html


さて、国士舘大学の体罰致死事件、熊本県警のいじめ自殺疑惑など、剣道界の古い体質が
根底にあるような事件が報道されるたびに、心が痛くなります。
私も、そうした先生方の下で、死んでしまうのではないかというようなお稽古をいただき
ながら強くしていただいた世代ですので、どうしてもそういう体質が染み付いておりまし
て・・・。

ただ、剣道談話室の方にも書きましたが、もう、時代は変わってきております。「人を見
て法を説け」ではありませんが、双方ともに信頼関係があり、お相手もそれを求めている
場合でもない限り、荒稽古は時代にそぐわない指導法になりつつあると愚考いたします。

お名前: watanabe   
朝、彼女からのメールでこの事件のことを知りました。
まだYahooのニュースで読んだだけなので概要が分かりません。
もし、詳しく報道されているニュースソースがあればお教えください。
彼女のメールでは怪我の様子を見たように書かれていたのでそんな風に
報道されているんでしょうか?
事件をきちんと把握してからまたカキコしたいと思います。

お名前: KEN   
とても残念な事件が起きてしまったと思います。
指導者の方々にお伺いしたいのですが、このような事はよくある事なのでしょうか??
今回の事は、氷山の一角に過ぎないのでしょうか??
このような事は、剣道界に限った事ではないと思いますが、剣道の目的として人間形成を大きく掲げているのに、非常に残念です。
また、これで剣道に対するイメージが低下するのは、一剣道人として悲しいです。
いつになれば、こんな事件はなくなるんでしょうか。残念です。

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