記事タイトル:剣志郎でございます☆ 


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お名前: 剣志郎   
みなさんこんにちは☆

てつさん、まささん、一緒に稽古されたんですか?…いいなぁ☆まささんって確か大阪の方です
よね?…ってことは、てつさんも関西の方なんですか?みなさんいいですね☆こう言う繋がりで
実際稽古できるなんて、聞いててもワクワクしますよ☆

さて、私もこれから稽古。急がねば!(笑)
[2002/11/30 18:22:50]

お名前: Hide.   
To まささん

>うちの剣友会は週2回の練習で、試合も年数回しかないんです。今は、他の剣友会が主
>催されるオープンな稽古会に月1,2回参加させてもらい試合稽古をさせてもらってい
>るんですが

まささんとお子さんが通っておられる剣友会は、試合を子供たちの目標とさせるのではな
い指導が確立できているっていう事ですね。すばらしいことだと思いますヽ(^.^)ノ
[2002/11/30 10:22:58]

お名前: まさ   
剣志郎さんへ

>例えばまささんはどこら辺を読んで「ん〜、なるほど…」と思われましたか?

何度も引用しているところなんですが、「堂々と気で攻めて、相手に隙を作らせ、捨て
身で打突する剣道本来の姿」というところは、「なるほど」と思いましたね。

レベルの高い試合(例えば全日本選手権)になる程、堀籠先生の言われる本来の姿での
剣道に近づいていると思うんです。

また、試合中心の指導に対する批判ですが、あれには救われた感じですね。
うちの剣友会は週2回の練習で、試合も年数回しかないんです。今は、他の剣友会が主
催されるオープンな稽古会に月1,2回参加させてもらい試合稽古をさせてもらってい
るんですが、強豪の剣友会の子供達と較べると圧倒的に試合経験が少ないんです。
そして、試合が少ないことを大きなハンディと考えていたんですが、堀籠先生の本を読
んでからは、試合が少なくても基本を頑張れば必ずしもハンディではないという意識に
なりましたね。

>あっ、あと内の先生方殆ど遅剣です
>最近はママさん剣士が増えてきたかな?

すごいですね。
うちも小学生の親御さんもどんどん始めたらいいんですが・・・。
最近父兄のリバ剣さんが子供の部で稽古を始めましたので、一緒にお稽古したいと思っ
ています。


てつさんへ

>僕はただの遅剣ではないとにらみました(笑)

てつさん鋭いです。
めちゃくちゃ弱いという意味で「ただの遅剣」ではないですよ。

(庭で)短い竹刀で愚息の互角稽古の相手をしてやったんですが、出小手を打たれてし
まいました。「やられた」と思いながら口からでたのは「不十分」(^o^;。
愚息は「今の決まったやないか」としっかり文句言っておりましたが・・・。
[2002/11/29 14:55:03]

お名前: Hide.   
To 剣志郎さん

>ただ、私はHPのtopにあのように書かれていたもので、どうかなぁ?と思っ
>たのです。

あれは私どもの心栄えであって、このサイトを利用する上での注意書きではありません(^^)
ただ、「剣道界がこうであってほしい」という願いはありますけれど・・・。
[2002/11/29 11:20:54]

お名前: てつ   
剣志郎さんへ

すこし話は変わりますが…
実はまささんとこの間お会いをしました。
ご子息もしっかりとした良い剣道をされていました。
これは普段からまささんの言っておられる通りでした。
僕はすごく感服しましたよ。
僕はただの遅剣ではないとにらみました(笑)
芯を捉えたスゴイ人だと思いますよ!
[2002/11/28 20:49:43]

お名前: 剣志郎   
またまた、早速ありがとうございます☆

hideさんへ
>アハハ、管理人としましては、そういう参加の仕方も「また、可」と考えております。こ
>こは「剣道学会」ではありませんのでね(^_-)〜☆
納得いたしました。ただ、私はHPのtopにあのように書かれていたもので、どうかなぁ?と思っ
たのです。すいません。

>優秀なお弟子さんにだけ流派の奥義を託し、あとの弟子には教えなかったんですけどね(^^;
それは、たぶん一部の流派です。ほとんどの流派は印箇条を渡したと記憶しています。石舟斎
なんかもたくさんの弟子に奥義を託していますし…。まぁ、例なのでどうでも良いのですが…。

まささんへ
すいません、講釈たれまして…。私、敬蔵先生には何度かお話したことはあるんです。話して
見ると、結構奥深いんですよ…。本には万人にもわかり易いように平易に書かれている場合が
多いのですが、まささんのおっしゃるように重い…(意味深い)。
例えばまささんはどこら辺を読んで「ん〜、なるほど…」と思われましたか?そこが重要で、
かつ、それがまささんの自論、意見になるのだと私は考えます。「こうこう、こう読んだ、試
してみたら、こんな風…だから、私はこんな風に思うのです。」って。まぁ、私の読み取り違
いだったとも思います(恥)。すいません。

あっ、あと内の先生方殆ど遅剣です☆みなさん、まささんと同じ理由で始めた方ばかりで、中
には「50の手習い」で始められた方もいます。みなさん今では四段、五段です。最近はママさ
ん剣士が増えてきたかな?みんな子供よりライバル意識むき出しです(笑)。技術的な指導は
私と七段、六段の学生剣道を知る者が行ってはいますが、初心者指導等分業でやってます☆
まささんも頑張ってみて下さい☆遅剣には遅剣なりの良さがあるそうですから☆
[2002/11/28 20:38:43]

お名前: まさ   
剣志郎さんへ

>ただ、自分の思いを発表するのに、他人の名前が必要でしょうか?

難しいところですね。剣道の先達の言葉は、理屈ではなく、経験に裏打ちされた言葉だと思うんです。だから、私は堀籠先生の言葉は正しいと思うのですが、その言葉を自分自身のものにはできないんです。
例えば、堀籠先生が言われる「堂々と気で攻めて、相手に隙を作らせ、捨て身で打突する剣道本来の姿」というのは、経験のない私ではなく、長年剣道を修行されてきた堀籠先生にして初めて言える言葉だと思うのです。
これが理屈の問題であれば、自分の言葉で「こうこうだからこうなるのでは」と言えるのですが・・・・。

ただ、物事の本質は、経験のない者にも語れる「理屈」ではなく、何十年もの修行とい
う経験に裏づけされた言葉にこそ含まれているような気がするんです。

>また、引用する際の意味合いについてはまささんの読み取りの思いが反映されている
>はずです。あまり好ましくはないのではないでしょうか?本人にしか言い表せない表
>現ってあると思うです。その意味でも実名を出されて、多用なさるのは如何かと…。

私自身の恣意が入らないよう原文そのまま括弧書きで引用するようにしているんですよ。
確かに引用部分の選択は私がしていますので、そういう意味で恣意的なフィルターを通
っていることには違いないのですが・・・。

>学生とは違って遅剣の皆さんは、書物に書かれた理合を理解する、知識がある訳です
>から、そうしたトレーニングで遅れを取り戻すことが可能だし、必要だと思われます
>ので、まささんのされていること、言われていることは良いことだと思います。

ありがとうございます。私の場合、他の遅剣さんと違い、愚息の剣道のつきあいという
意味合いが強いんです。
ただ、愚息が10年後、20年後につながる剣道ができるよう、「正しい剣道とはどう
いうものか」考えてみたり、本を読んでみたりするんですよ。

結構剣道で楽しませてもらっています。
[2002/11/28 16:48:53]

お名前: Hide.   
to 剣志郎さん
>あれ?今日お休みですか?(笑)
毎日きちんと出てきたいのですがね、仕事や家庭、生活もありますもので(笑)

>しかし、皆さんのレスを見ていると単なる不満や批判の書き込み、それに対する回答も
>投げやりな一言、ご挨拶程度の感想…。何処が将来につながる議論になっているので
>しょうか?参加者の自意識が問われるものが、ちょっと多くないですか?
アハハ、管理人としましては、そういう参加の仕方も「また、可」と考えております。こ
こは「剣道学会」ではありませんのでね(^_-)〜☆

>hideさんのおっしゃられた話は日本人にはあたりまえの社会常識なのですが、それは儒
>教圏の常識…。外人には通用するの?なんて余計なこと考えちゃいました。
剣道は、剣志郎さんの言を借りれば「儒教圏の競技(文化)」です。そこまで含めてご理
解いただかないから、誤った国際化といわれるんじゃないですか(^^;


>だから、「何故ですか?」と尋ねられても「そのうち判る」とか「修行が足りない」と
>か曖昧な言葉で逃げる。それが今の剣道界の混乱を招いていると私は思う。
そうですね。おっしゃることには一理あります。私個人も「日本一のレッスンプロを目指
す」と少なくとも技術面に関しては「教えられないことはない」と言えるくらいになろう
と日々勉強しておりますが、逆に言いますと、今の先生方は言葉で教え過ぎの傾向もない
とはいえません。ひろさんがおっしゃるところの「頭でっかち人間」ですね(^^;

私が子供の頃の先生は、なにかを尋ねても「床に聞け」「竹刀にお聞きなさい」などと、
よく禅問答のような話をされました。でも、次にお稽古に行ったとき、並んで待っている
と前の方とのお稽古でそのヒントとなることをさりげなくやって見せてくれたりして。
あとは「考えて工夫しなさい」ということだったのでしょう(^^)
ま、本当に判っていなくてごまかしている人もたくさんいるとは思いますけどね(苦笑)

>昔の大剣士達は師匠の元で十年と満たない内に奥義を極め皆伝を許された…それは何故
>か?…師匠が明確にその流儀の真理を弟子たちに伝えたからに他ならない。
優秀なお弟子さんにだけ流派の奥義を託し、あとの弟子には教えなかったんですけどね(^^;


to あつしさん
剣志郎さんがおっしゃるのは、権威ある先生のお話を受け売りしてはなされる方のことを
「権威主義」と断じているのだと思いますよ。私も、「他人のふんどしで相撲を取るな!」
と思います。
剣道は実証主義でなければいけないと思います。ご自身がおできになって始めて、あつしさんがおっしゃるように「言葉に重み」が出てくるんですよね(^0^)
[2002/11/28 14:00:08]

お名前: 剣志郎   
みなさんご意見ありがとうございます。

ひろさんへ
確かに「理論だけが先行しがち…」というのもうなずけます。ひろさんがおっしゃったように
バランスだとは思います。しかし「知らないから難しいのでは?」とも思います。話が横道に
それた事は反省いたします。すいません。ただ「正しい」という言葉をひたすら追っていった
ら、そんな風になってしました。

まささんへ
まささんの掲載理由が聞けて嬉しく思います。ありがとうございます。確かに敬蔵先生の名前
を出して脚色することは著作権の問題ですからできません。あたりまえです。また、先生とま
ささんが同じ考えならば、それで良いとは思います。ただ、自分の思いを発表するのに、他人
の名前が必要でしょうか?また、引用する際の意味合いについてはまささんの読み取りの思い
が反映されているはずです。あまり好ましくはないのではないでしょうか?本人にしか言い表
せない表現ってあると思うです。その意味でも実名を出されて、多用なさるのは如何かと…。
すいません、弁護士さんに説教こいちゃいました。ごめんなさい。
それと遅剣についてですが、全然臆する必要はないと思います。今の等身大の自分から素直に
発言、表現されるといいと思います。「このあたりは知識ないなぁ…でも、意見はあるぞ。」
と思ったら発言するでいいと思います。あと逆に遅剣の方はイメージトレーニングの強化も含
めて、そういった大先生の本とか読まれることはとても重要な稽古だと思います。学生時代と
は違い、毎日毎日稽古を怠らず肉体管理をするのは基本的には不可能です。学生時代、三日も
休めばレギュラー落ち…なんてのは位当前だったのに、社会人になったら話は別な訳ないです
。今だってきっと必要な訳ですが、そんなことはプロでもない限り不可能ですよね。そこで私
はイメージトレーニングを兼ねて、体の稽古不足を知識の稽古で補っています。学生時代はた
だ闇雲に言われたままに稽古していましたが、今度は「人に教える」という事で、勉強し直し
、勉強した事を道場で実践してみる…。ただ打ち込みだけを繰り返すものとは違った知的な稽
古になったと思います。学生とは違って遅剣の皆さんは、書物に書かれた理合を理解する、知
識がある訳ですから、そうしたトレーニングで遅れを取り戻すことが可能だし、必要だと思わ
れますので、まささんのされていること、言われていることは良いことだと思います。

あつしさんへ
確かに「思ったように手足が動く…」その通りですよ。ただ、私には思ったほど簡単ではない
のです(笑)。そこで私はいろんな本を読んでいます。例の難解な話になったのは、「剣道の
理法の修得による人間形成…」ってやつの意味を知ろうとしただけなんです。そしたら、話が
それちゃって…(恥)。すいません理屈屋で…。
[2002/11/28 13:34:59]

お名前: あつし   
剣志郎さん
剣道は理論や理屈じゃないでしょう!理論を表現することのほうが大事なんじゃなですか?
剣道の大家と呼ばれる先生は大変な修行をなさってそれを表現されてるから言葉に重み
があるんじゃないですか?だから私は思うやだろうや先生の受け売りじゃ話しませんよ
自分で感じたこと、学んだこと、自分で表現できること、それしか言えません。

私は剣道は相手の意思に左右されずに自分の思うと通りに体が動けばよい!と思っています。
相手に左右されない強い自分をもつ為に修行するんじゃないでしょうか。
難しい理論や理屈はよくわかりませんが・・・・
[2002/11/28 01:01:28]

お名前: まさ   
剣志郎さんへ

堀籠先生については、その肩書き(範士9段)ではなく、何十年も剣道を修行された方
の率直な言葉として重みがあるものと考えております。
そして、堀籠先生の著書から学んだこととしてカキコしたのですが。
(堀籠先生の本に書かれたものを、私の独創をしてカキコするわけにゆきませんの
で。)
私の場合、既に書きましたように剣歴もありませんので、自分の剣道の経験からという
より、先達の言葉から学ぶ方が多いですね。

あと、愚息も剣道をやっておりますので、「(愚息のこれからの)剣道はどうあるべき
か」を考えるのに格好のトピをたてて頂いたのでカキコしている次第で、剣志郎さんの
剣歴を見てカキコしているわけではありません。剣志郎さんにカキコしているというよ
り、剣志郎さんが掲載されたご意見について考えたことをカキコしているので、実質的
には人としての剣志郎さんに対するカキコでもないのですが・・・。
だから、仮にトピ主が中学生でも、同じ内容の記載があれば同じことをカキコしている
と思います。

私自信、えてして「権威」が「中身」を伴わないことは十分理解しているつもりです。
自分としては、その人の経験(何十年も剣道を修行してきたという経験)と中身(その
言葉の中身)で判断しているつもりですが、その結果引用した堀籠先生の言葉は真実を
つかれていると感じております。

強いて言えば、堀籠先生の場合、たまたま肩書き・権威がありながら、中身も備えられ
ていたということでしょうか。

もちろん、堀籠先生の考えへの反論は自由ですし、権威のある先生の考えだから反論で
きないということであれば、それこそ権威にとらわれているような気がします。
むしろ、私は試合に対する堀籠先生の言葉は真実をついていると感じているのですが、
それに対する反論があればお聞きしたいところです。
[2002/11/27 17:15:44]

お名前: ひろ   
剣志郎さんへ
私には難しすぎて・・・
ただ「筋肉ばか」とおっしゃるのなら、「あたまでっかち」でもいけないでしょう。
バランスの問題じゃないですか?

剣志郎さん自身がおっしゃっておられるように話が脱線しすぎだと思いました。
いくら多種多様化していると言っても、大事なものは変わらないはずでしょ。
それはhideさんの言っておられることと同じように感じています。

ただ…私の回りで理屈ばっかりの人が多いもので…
[2002/11/27 17:14:26]

お名前: 剣志郎   
hideさんへ
あれ?今日お休みですか?(笑)
私の訳の判らない理屈にお付き合いいただき感謝です☆
「道徳規範」…そうですようねぇ、hideさんのおっしゃる通りですよね(苦笑)。実際自分で
も書いてて「話がだんだん逸れてくなぁ…」とちょっと思ってはいたのです。モラルハザード
の昨今、「剣道の価値観はあまりに儒教的だなぁ」と思っていたもんですから…。hideさんの
おっしゃられた話は日本人にはあたりまえの社会常識なのですが、それは儒教圏の常識…。外
人には通用するの?なんて余計なこと考えちゃいました。よ〜くよ〜く考えてみたら、剣道を
通じての常識的人格教育ですから、そこまでグローバルスタイルにする必要はない訳ですよね
(爆)。浅学でした…。まったくアホです…。ありがとうございました。
[2002/11/27 16:01:07]

お名前: 剣志郎   
ひろさんへ
つまり「筋肉バカになれ!」と?…失敬。
技術論を尋ねられて答えられる人は多い。しかし、事、普段最も大事だと言っている「教育論や
人間形成」の話になると「理屈をこねるなよ」と批判が飛ぶのは如何か?剣道には「理事一致」
という言葉があります。「考えずにひたすら稽古に打ち込め!」というのも判らなくはありませ
んが、その辺りの疑問をこうした場で話合って「ふん〜。なるほどなぁ」と勉強(稽古・修行)
するのが、こういったサイトではないのでしょうか?逆にひろさんが「あまり難しいことを考え
ずに…」とおっしゃるなら「こう私は思うので、剣志郎君、こう考えてみれば?」と回答(考え
)を聞いてみたいです。ぜひ、お願いします。


個人批判ではなく、単なる意見として…

ここの参加者を見ていて思うことがいくつかあります。それは「結局みんな権威主義ではない
のか?」という事です。hideさんがサイトの主旨の中で述べられてる精神を理解しない発言が
非常に多いように思われます。「権威主義に反対しよう」と言うのは、単に組織や大先生に対
して批判を述べようと言う訳ではないはず。それぞれ剣道をしている者同士が、それぞれの立
場(社会人、学生、道場主、剣歴の長い短い…etc)で触れた剣道の疑問や楽しさを自分の言
葉で語り合って、より良い剣道を目指して行こうという主旨ではないかと私は考えます。しか
し、皆さんのレスを見ていると単なる不満や批判の書き込み、それに対する回答も投げやりな
一言、ご挨拶程度の感想…。何処が将来につながる議論になっているのでしょうか?参加者の
自意識が問われるものが、ちょっと多くないですか?もう少し、topページの言葉をかみ締め
てご発言なされてはいかがか?

まささんに悪意はありませんが、「○○先生がこう言ってた」を連発されるのは良くないと思う
たくさんの「俺は何段だ」とかもっての他…。結局、権威主義ですよ、それじゃ。仮に私が初段
で全国大会に出場もせず、15歳くらいの中学生だったら、発言権がない、説得力がないという事
になるのでしょうか?まだ、四段で試合経験も豊富で、名だたる大先生方に師事したことがある
私の発言だから、取り合えずは聞いてやろう…そういう事ですか?

あまりに「根本」求められるので、私は敢えて古流の大剣士の話を載せてみました。はっきり言
って私の言葉ではないし、「なぜそうなのか?」と問われると自信をもって答えることは出来ま
せん。ただ、大先生のいう事が正しいのであれば、高野先生や中山先生の大先輩と言うべき、彼
らの極意書は何をもっても優先されるべきではないでしょうか?

私はそれではいけないと思うのです。それは単なる受け売りであって、自分の骨身になってはい
ないし、ましてや他人に感銘を受ける論ではない。高段者の中にはこのような方がたまに見られ
ます。自分の得た結論ではないのに、過去の大先生の言を借りて、大見栄をきる方が。だから、
「何故ですか?」と尋ねられても「そのうち判る」とか「修行が足りない」とか曖昧な言葉で逃
げる。それが今の剣道界の混乱を招いていると私は思う。昔の大剣士達は師匠の元で十年と満た
ない内に奥義を極め皆伝を許された…それは何故か?…師匠が明確にその流儀の真理を弟子たち
に伝えたからに他ならない。

もっと私は「自分の論を自信をもって戦わせる」必要があると思う。剣を練るように、気を練る
ように、知識も練らなければ片手落ちではないのでしょうか?私はこちらで何度か「試合の大切
さ」を説きながら「試合はひとつの目標、通過点に過ぎない」と申し上げてきました。その次に
来るのは何か?私は「心を学ぶ」という課題が来るのだと考えています。そして、その心を学ぶ
には「精神修養」が必要であり、その元に「知識」が最低限備わっていなければならないと思う
のです。現代剣道にはその部分があまりにも欠落している。だから、疑問ばかりが湧いてきて、
一歩も先へは進まずに、ただただ稽古、ただただ勝つこと、ただただ昇段することに繋がって行
ってるのではないでしょうか?

私はこのサイトを知って数日ですが「この心の鍛錬には実に良いサイトだ」と思っています。単
に公に意見を述べるに留まらず、いっぱい考えさせていただきました。実際に道場に行かない日
にも、こちらで稽古しているかのようです。ありがとうございます。
[2002/11/27 15:45:47]

お名前: Hide.   
to まささん
>実際、試合に強くて基本がきれいな子供もいますが、試合には勝つのに基本がきたない
>子供もいます。そういう子供は、基本が十分でないまま、目先の試合のために試合稽古
>をつんできたのだと思います。
小学生低学年の子供の有効打突の範疇でいけば、多少基本がつたなくともある一定以上の
力で竹刀が打突部位に当たっていれば一本になることもあるでしょう。しかし、高学年や
中学校では試合稽古だけをしていても勝てません。基本に忠実でない打突は、
 1.ムリムダが多い
 2.コントロールが悪い
ものだからです(^^)

低学年のときにつけた悪いクセが影響で、高学年や中学で勝てなくなり、結果的に剣道を
やめてしまう子供たちをたくさん見てきました。私は指導者として、目先の勝ちを追い求
めるよりも、長く剣道を楽しんでくれる道を選ばせたいですね(^0^)


to 剣志郎さん
>hideさんの言う「道徳規範」、私もそれなりには判っているつもりです。が、そこに用
>いられる「道徳」とはつまり孔子の「儒教」の教えなんですよね…。
なんでそう大上段に構えちゃうのかなぁ(笑)
「人と会ったときには挨拶をする」
「名前を呼ばれたら返事をする」
「なにかをしてもらったら、ありがとうと言う」
「目上の人には敬語を使う」
「道場の出入り口では礼をする」
「下足をそろえる」
「人には親切にし、仲良くする」
「親兄弟、友だちを大切にする」
「約束は絶対に守る」
「人に迷惑をかけない」
「困っている人がいたら手助けする」
「善悪を判断して行動する」
まぁ、あげれば切りがありませんが、これらは人間が社会生活を営むうえでの基本的な事
項です。こうしたことをきちんと教えてあげるのに、私は剣道はとっておきの教材だと考
えているわけです。もちろん、剣道以外のスポーツを教材にしてもかまいませんよ。でも
私は剣道の指導者ですし、剣道の理念に書かれている「人間形成」は、この延長線上にあ
るのではありませんか?(^0^)


to ひろさん
>あまり難しい事を考える以前に、理想とする剣道に向かって
>ひたすら努力することが大切なのではないでしょうか?
アハハ、おっしゃる通りです(^^)
でも、考えることも大切です。「理論」と「実践」の繰り返しや、剣道に対する思索を行
なうことは、ご自身の剣道の幅を大きく広げることにつながると思いますけどね(^_-)〜☆
[2002/11/27 13:56:28]

お名前: ひろ   
あまり難しい事を考える以前に、理想とする剣道に向かって
ひたすら努力することが大切なのではないでしょうか?

何か理屈だけが一人歩きしているような感じがしますが…。
[2002/11/26 21:44:10]

お名前: 剣志郎   
こんにちは☆やっとPCに向かう時間ができました。解答が中途半端になってごめんなさい。
hideさんの言う「道徳規範」、私もそれなりには判っているつもりです。が、そこに用いられ
る「道徳」とはつまり孔子の「儒教」の教えなんですよね…。東洋人であるわれわれには非常に
馴染み深く、解りやすい考え方ですし、士道論・武士道・古流兵法…そして剣道、どれにも通ず
る考え方な訳です。しかしその考え方「人間形成」とひと括りにして表現してよいものなのでし
ょうか?なんか、難しく考えすぎのような気もしますが、グローバルに考えて行くと、ちょっと
違和感あるんですよね。そこがいまいち剣道が「古く臭い」とか言われてしまう要因だと、感じ
るのです。新しいものが良いわけではありませんが、時代の価値観とあまり隔離してしまっては
せっかくの剣道もいずれ廃れて行くのではないかと考えるのです。

とは言え、剣道という文化を直ぐに新しいものへと迎合させるのも考えもの…。いわゆるスポー
ツで「人間形成」に繋がらないのか?と言えば、そんなこともないと思うのです。ある程度、剣
道連盟で、「目指すべき人柄、育てるべき人材」なんていうものの指針を示してほしいですね。
称号で「徳操高潔」なんて言葉ありますが、あまりに難し過ぎてピンと来ない…。それなりに、
様々な先生方のご講話を拝聴いたしますが、あまりに侘び寂びが利いていて(抽象的)、理解に
時間がかかり過ぎる…。そこらへんが日本文化特有のものなんでしょうけどね(笑)。例えば、
持田範士の「私は基本を知るのに、50年かかった」なんて話は、孔子の「五十にして天命を知る
」の故事からの引用なんですよ。世阿弥か何かの芸道の春夏秋冬を年齢で表した本(ちょっと名
前忘れました…恥)も同じく孔子の「十有五にして学志す」「三十にして立つ」「四十にして惑
わず」…ってやつで、どこかこう思想的な教えが多い…。「剣禅一致」の精神も…人を斬る時代
の思想が(当時は必要なことだったと思う)、綿々と受け継がれている教えです。

「人を斬る為に何が必要か?」この発想の中から生まれた特異な思想…。これが古流の教えの根
本にあり、構え・目付け・呼吸(気)・拍子・間合などの技術論があり、終局的に「心」で勝負
を決する…。この究極の勝敗を決する「心」をいかにして養うか?そしてその心の向かうべき所
とはいかなるものか?…それを極めて行くとたどり着くのが「禅の境地に似たり」の答え…。そ
して「禅」を様々発展させて行くとどうなるか?「個人の修身から治国経世へと繋がって行く」
とどの兵法書も伝えている…。武蔵も柳生も一刀斎も鉄舟も、方法や言葉こそ違え、そこへ到達
して行くのです。それを称して「剣道は人間形成の道」と言っているのだろうか?…若輩の私に
は難しすぎて、説明がつかない…。

恐らくは現高段者の方々でも、なかなか説明が難しいものなのではないのだろうか?古伝を掻い
摘んで究極の「理念」だけが先行してしまってはいないだろうか?これを明確に伝えられる指導
者は存在するのだろうか?せいぜい、所作(根底には前述の理念が含まれているが)を持って、
その底辺に触れていく、触れさせて行くこと位しか、正しくは伝えられない(指導)のではない
だろうか?現段階では、私はそんな風に思うのです。

話にまとまりがなくすいません。ただ思うのは、日本古来の伝統を披露し、教えて行くぐらいし
か伝えられないのでは?と思う次第です。
[2002/11/26 20:27:39]

お名前: まさ   
Hideさんへ

>>私は、基本稽古は長期的には試合につながると思うのですが、短期的には必ずしも試合
>>結果につながらないと思っています。
>基本を学ぶということは、自由闊達な竹刀操作を学ぶことにつながりますから、短期的に
>見ても試合結果にいい影響を与えるはずですが(^^)

言葉が足りませんでした。
同じ練習量であれば、基本重視の稽古をするよりも、目先の試合のために試合稽古をさせた方が短期的には試合結果がでるという意味です。
長期的には基本重視の稽古をしている方が、試合にも勝てるようになると思います。

実際、試合に強くて基本がきれいな子供もいますが、試合には勝つのに基本がきたない子供もいます。そういう子供は、基本が十分でないまま、目先の試合のために試合稽古をつんできたのだと思います。
[2002/11/26 14:52:44]

お名前: Hide.   
to まささん
>私は、基本稽古は長期的には試合につながると思うのですが、短期的には必ずしも試合
>結果につながらないと思っています。
基本を学ぶということは、自由闊達な竹刀操作を学ぶことにつながりますから、短期的に
見ても試合結果にいい影響を与えるはずですが(^^)

>特に小学生の場合、基本に基づいた「手の内のきいたしっかりした打ち」でなくても
>「当たれば」一本となります。
こういう風潮があるのは否めませんが、好ましいことではありませんね。
そういった意味では、子供たちに誤った有効打突を認識されることになりますので、剣志
郎さんがおっしゃるように審判員の罪は重いと言わざるを得ません(^^;


to 剣道部中学生さん
>ここを知りたいです。いったいどういう論理なのでしょうか?煽りとかではなく、純粋
>に知りたいです。
有効打突の定義は「充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を 刃筋
正しく打突し、残心あるものとする(全剣連HPより引用)」となっています。基本を学
ぶということは、まさにこの有効打突を打つために必要な「気力気迫・姿勢・竹刀操作」
を総合的に学ぶことなんですよヽ(^.^)ノ

>そういう相手に綺麗な剣道で勝つにはどうしたら良いかとかは先生は教えてくれないん
>ですよね。どうすればいいのでしょう?
試合に勝つことを第一義に考えてしまいますと、これでも「いいんじゃないか?」ってこ
とになりますね。でも、剣道には勝ち負けではなく「自分自身の心映えを剣道を通じて表
現する」という側面もあり、これは重要なことなんです。

私たちの古い先輩である侍は、命を懸けた果たし合いの場面にあっても、けっして卑怯な
ことはしませんでした。たとえば、お相手が転倒してしまった場合、そこに襲いかかるの
ではなく、立つのを待って再び立会ったのです。見苦しい勝ち方をするよりも、潔く敗け
ることこそ、武士としての誇りだったんですね(^^)
時代はずっとさがって、30年ぐらい前の竹刀剣道の先輩達は、全日本選手権の舞台で、
そのように心映え正しく立会っておりました。「あんな剣道で勝ったって」と後ろ指を指
されることは、「敗けるよりも恥」と考えておられたのでしょう。
剣道にはそうしたルーツがあります。競技が全盛で剣道もスポーツ的な面が強調されるよ
うになると、「勝ちはなにより尊い」というスポーツ的な考え方を持ち込む方が増えてき
ます。それが、このような弊害を呼んでいるのでしょう。恥ずかしい話しですね( -o-) フゥ

質問の答えは、剣志郎さんとお答えがかぶりますので割愛します(^^)


to 剣志郎さん
>ただ「人間形成」って問題はかなり難しいんですよね。価値観が多様化している中で
>「何を善しとし、何を悪しきとするか?」非常に難しい。
そんなに難しいことでしょうか? たしかに実践させること、啓蒙することは難しいでしょ
うが(笑)
道徳規範を教えることは、そんなに難しいことではありませんし、それは個人の価値観や
世間の価値観の多様化とは別次元にあるものと考えますが・・・(^^;
[2002/11/26 13:47:41]

お名前: まさ   
剣志郎さんこんにちは。

剣志郎さんは、堀籠先生の指導を間接的に受けられていたわけですか?

私は堀籠先生は存じ上げないのですが、たまたま本屋で手にとった「剣道の法則」には
何十年と稽古されてきた先生の考えがつづられており、興味深く読んでおります。
試合についても「正しい勝ち方」と「正しくない勝ち方」があるのですね。堀籠先生の
言葉を借りれば、「相手の打突を堂々と気で攻めて、相手に隙を作らせ、捨て身で打突
する」というのが本来の剣道ということになるでしょうか。
特に小学生の間は、正しくない剣道で勝つことができるだけではなく、むしろ正しくな
い剣道の方が勝てることがあるのでしょう。(だからこそ、正しくないと認識されなが
ら「三所避け」が試合で使われるのでしょうね。)

少なくとも私は、目先の試合に勝つために正しくない技を使わせるような指導者の下で
は剣道を習いたくないですね。きっと、試合で「三所避け」なんか使っている小学生
は、今は勝てても将来伸びないと思います。特に小学生の指導者たるもの、目先の試合
より、10年後、20年後につながる指導をしてもらいたいものです。

以下は、堀籠先生の本からの引用です。

「試合とは『自己が今まで修練してきた結果を、人々の前で誰れの手も借りずに、己れ
の全知全能を傾けて相争うもので、人間形成の上で極めて大きな価値があると共に技術
の進歩向上に大きな役割を果たすものである』・・・試合で勝つことだけならばいろい
ろの方法がある。・・・たとえ、勝つには勝っても卑怯な所作で勝ったのでは、剣道で
は勝ったとは言えない。名実共に素晴らしい勝ちでこそ、真の勝利者と言える。
・・・・
では、今の剣道はというと『当て』中心の手先の剣道、自己の腕力のみで竹刀を振り廻
したり、勝つためには、自分みずから『先』の気位などはなく、『神楽舞』のように左
拳を高く上げ半分は防御、半分は攻めという中途半端な格好での試合が多く、さらに、
相手の打突を待って『押え小手』を打つなど、その試合内容が非常に乏しいものとなっ
ている。堂々と気で攻めて、相手に隙を作らせ、捨て身で打突する剣道本来の姿は数少
なくなってきたのは実に寂しい。一方、審判員について見ても、当たれば取る。打った
のと当てたのとの区別もつかない審判員も多くなってきているのも事実である。」
(剣道の法則p253〜)
[2002/11/25 15:17:39]

お名前: 剣志郎   
こんにちは☆hideさん、まささん、レス遅れました。

お二人の意見、真摯に受け止めさせていただきたく思います。ご意見に対する単なる感想として
また、発言いたします。お許し下さい。

まず、まささんの「堀籠範士のお話」ですが、何と無く範士が危惧されて申されている点、理解
できますね。私も「試合偏重」という考え方は好きではありません。例えるなら、丁度、お金のようなもんですかね?「あって困るものではないが、それだけに目を奪われるのは如何なものか
?」のような守銭奴的な発想を危惧されたものと推察いたします。表現が難しいですが、「稽古
の成果を試合に出せてこそ、本来の正剣」みたいなひとつの目標です。私にとっては。敬蔵先生
は長らく宮城剣連会長をされておりまして、彼の主義を貫徹されている為か、私も学生時代まっ
く「小細工」に該当するような技は認めていただけませんでした。なかなか宮城県勢は全国制覇
するに至りませんでしたが(地元開催の宮城インターハイは全国制覇ですが)、それは小細工を
認めない県剣連審判団の範士の教えが反映されているからと考えます。正しい剣道を試合によっ
証明し、奨励していると私は思います。足を悪くされてからだいぶご苦労されていたようですが
、いち剣士というより指導者として立派な範士九段だと私は尊敬しています。

hideさんへ
ご意見にあったように私も「人間形成」と言う大命題は剣道指導において欠かせない重要な事柄
と思っています。前述においてはあくまでも「試合と言うものをどう見るべきか?」「強い・う
まいをどう見るべきか?」からの発想でしたので、あえて触れませんでした。ただ「人間形成」
って問題はかなり難しいんですよね。価値観が多様化している中で「何を善しとし、何を悪しき
とするか?」非常に難しい。東洋思想、剣道の根幹をなす儒教的武士道(正しくは士道論かな?
)をどう説明するか。どう「禮」を説くか。指導者の主観が絡む内容だけに中々発言しづらい処です。

ちょっと、これから出かけますのでhideさんの質問にはまたお答えします。すいません。途中
で…。あぁ、嫁さんに怒られる〜(逃)
[2002/11/24 16:05:19]

お名前: 剣志郎   
たくさんのレスありがとうございます☆

まず、剣道部中学生さんの質問にお答えします☆

「理論」と「でたらめな剣道に勝つには」ですが、デタラメな剣道に勝つ方法を剣道部中学生さ
んの例に獲ってお答えすれば意味が判ってもらえるのではないでしょうか?
ではでは、まず、その先生ですが、私に言わせれば「剣道界の面汚し」ですね(笑)。よっぽど
家庭や職場待遇に不満があるのでしょうか?それとも「名選手は名監督になれれない」っていう
のを地で行った方かな?(爆)

本題に入って「打突後の顔押し」の件ですが、それは剣道部中学生さん(「あなた」と呼ばせて
ね☆)が面の打突後、腕を引き上げて左拳があなたの頭上にあるからではないでしょうか?本来
基本打ちではその様な面にならないはずですよ☆本来ならば、面の打突後は竹刀は相手側を向き
、それに伴ってあなたの両手はあなたの面の前方に来ているはずです。その様な基本の打突にな
っていれば「顔を押されて倒れる」なんて事はなくなるはずです。つまり、あなたが「正しい」
と思っていたその打突は「基本打ちの打突動作」ではないと推察(見てないので…)いたします
。つまり、正しい動作(言い換えれば「正しい剣道」)をしていれば、防げる筈です。まずは、
そこを直しましょう☆

それから、「首を捻って相面」に対しての対処方ですが、これも基本に則ってやれば勝てます。
これは「正面を割る」剣道を心がけて下さい。言葉で説明するのはかなり難しいですが、人間は
首を捻りながら動作すると、必ず捻った側に体が開きます。よく頭が重いからだとか、三半規管
(体の水平などボディバランスを司る耳の器官)が関係しているなどといいますが、剣道でいう中
心線がずれながら、開きながら、あなたに向かって打突してきているのです。そこを真っ直ぐに
あなたが打って行けば(基本打ち)、相手の左半面(相手が右側に捻っているとして)を捉える
事ができるはずです。また、相手は半身で打突してきているような訳ですから、打突後衝突した
時にバランスが崩れやすくなるはずです。つまり、残心が取れな訳です。それは先程の「顔を押
され、有効打突をふいにされた」と同じ作用になりますよね?

つまり、剣道の基本をしっかりと学べば対処できるし、かつ、最強の剣になる訳です。私の理論
とは、この事です(照)。みなさんは、その様な技の相手に対してまだ、免疫力がついていない
ので、変な打ち方させると「はっ?」「おや?」っと思ってしまい、「四戒」に引っかかってし
まうわけです。練習時に元立ちはそんな変な打ち方してこないから、面食らちゃう訳ですよね?
(笑)。でも、一つ一つ突き詰めて行けば、必ず基本打ちの方が試合に勝つのに理に適っている
はずですよ☆だから「基本は正しい」というのが私の理論です。ご納得いただけたでしょうか?

hideさん、まささん、今日は遅いのでまたレス入れさせてもらいます。ごめんなさい。
[2002/11/24 03:44:33]

お名前: 剣道部中学生   
どうも、前のトビにカキコしたものです。
イ燭世燭澄峇靄椶重要」「基礎が大切」「高段者の先生がそう言ってた」ではなく、なぜ正し
 いのかを、論理的に説明する責任が指導者にはあり、その理由を尋ねたい。(私なりには持っ
 ていて、基本と試合はリンクするように指導している。説明の出来ない主観的お話ではなく、
 「やれば判る」見たいな事でなく、若い人に説明してあげたい。)
ここを知りたいです。いったいどういう論理なのでしょうか?煽りとかではなく、純粋に知りたいです。

8っとも無い剣道を許しているのは、生徒でなく、剣道界の先生や審判の方であり、試合に勝
 事を目的として稽古に励むのは武道として当たり前だ。
先生全員とは言わないけど、そんな気がします。前に書いた、友達の学校の先生がそうだと思い
ます。負けて帰ったら、生徒にあたって帰って練習させるし、試合の後の反省で場外に出た選手
を殴り飛ばすとか・・・。でもその学校が県でもベスト4,8など強いとこに入っているのは事実
で、生徒を起こる怖い先生がいると強くなるんだなあとは思うのですが・・・。でも試合に勝つ
ために汚い剣道をしてもいいというのはどうかと・・・。たとえば斜めに飛ぶ相面とか、三所避
けとか、面を打突されたときにキメるのを邪魔するために胸や顔を押して転ばせるとか・・・。
やられる方としてははっきり言ってむかつきます。そういう相手に綺麗な剣道で勝つにはどうし
たら良いかとかは先生は教えてくれないんですよね。どうすればいいのでしょう?
[2002/11/23 21:56:14]

お名前: まさ   
剣志郎さん、考えさせてくれるトピを立てていただきありがとうございます。

>あの〜、多分お二人が言われている「基本、基礎」というのは、私のいう「究極の正剣」、
>持田範士の「初心」にあたる意味ではないでしょうか?
たしかに、「基本」といってもいろいろな意味がありますから、その意味が違えば話が食い違い
ますね。

愚息は小2で剣道を習っており、私は愚息の剣道がきっかけで始めた遅剣です。ただ、剣志郎さ
んのトピを読んで、「基本稽古」と「試合」の関係を考えてみました。

私は、基本稽古は長期的には試合につながると思うのですが、短期的には必ずしも試合結果につ
ながらないと思っています。

特に小学生の場合、基本に基づいた「手の内のきいたしっかりした打ち」でなくても「当たれ
ば」一本となります。
そして、(練習時間が同じ場合)短期的には、練習時間の多くを素振りや基本打ち等に費してい
る子供は、試合稽古を多くしている子供に勝てません。
また、「小手(面)抜き面」なんかを狙わせると、試合での勝率は更にアップします。
(小手(面)抜き面は、どんな打ちでも又どんな審判でもとってもらえます。批判があると思い
ますが、私は、個人的には、自分から攻める剣道ができていない段階で、小手(面)抜き面のよ
うな技で勝つことは教えるべきではないと思っています。あれで安易に1本とることを覚える
と、自分から攻めて1本とろうとしなくなります。)

ただ、基本打ちがしっかりできていない段階から試合稽古で「当てる技術」を学び、又相手の攻
撃を待っての小手(面)抜き面で試合に勝つことを覚えた子供は、長期的には基本練習し「手の
内のきいたしっかりした打ち」を身に付けた子供には勝てなくなります。(剣道の打ちには合理
性があるわけで、基本稽古によって正しい打ちを身に付ければ、そのような打ちが身に付いてい
ない子供に打突において負けるはずがありません。)

特に小学生の場合、目先の試合のための練習(試合稽古)と、将来につながる練習(基本練習)
は矛盾するので、「基本が大切」といわれているのではないでしょうか。

尚、堀籠敬蔵先生も、その著書(剣道の法則)で、初心者について、「試合中心の指導は、将来
大きく伸びる者も、勝つことのみに走り小技に固まってしまい、大木となるべき若人を「ミニ盆
栽」に育ててしまうことになる。」と述べられ、初心者に試合稽古はあまり教えないように心掛
けるべきであるとされております。
[2002/11/23 16:32:44]

お名前: Hide.   
to 剣志郎さん

新しいトピ、ありがとうございます(^^)

そうですね、せっかくですから、剣志郎さんの書かれたものに対して私個人の意見を述べ
させていただきましょう。


>?基本は最も重要であると認識しているが、それだけに囚われる必要はない。

基本と応用は常に表裏一体のものですから、基礎なき応用はあり得ません。やはり、常に
こそ稽古にはこだわりをもって臨むべきと考えます(^^)


>?現在の試合ルールにおける「一本」は歴記とした「有効打突」であって、個人の主観
>で正しい、正しくないと議論するのは間違っている。

審判の判定を「正しい」「正しくない」というのは具の骨頂ですね(^^;


>?見っとも無い剣道を許しているのは、生徒でなく、剣道界の先生や審判の方であり、
>試合に勝事を目的として稽古に励むのは武道として当たり前だ。

うーん、私はこの意見には賛同しかねますね。たしかに、審判員は未成年の試合者に対す
る間接的な指導者であることが要求されます。みっともない打突は、有効打突の要件を満
たしていないのですから取らなければいい。取ってしまえば審判も責任が免れません。
しかし、最大の責任は直接の指導者にあるのであって、剣道界の先生方のせいではないと
思われます(^^;

ここにはもう一つ問題点があるように思われます。試合に勝つことを目標にするのはかまわないと思いますが、目的は別のところ、つまり理念にありますように「人間形成」にお
かせることが重要なのではないでしょうか。そのことによって、心映えの正しい剣道を勉
強することができると考えますが・・・(^^)


>?「試合に強い=正しい剣道」とは考えていない。

狭義に観ればそうでしょうが、広義に観たらそうなるべきと考えます。


>?ただただ「基本が重要」「基礎が大切」「高段者の先生がそう言ってた」ではなく、
>なぜ正しいのかを、論理的に説明する責任が指導者にはあり、その理由を尋ねたい。

おっしゃる通りです。
基本稽古の正しい意味と明確な到達目標を指導者が把握できていれば、こうしたことが起
こりませんね(^_-)〜☆


>?試合に勝てないような基本には何か問題があると考え、「試合に勝つ事を目的とした
>基本の習熟」「試合を実験結果と捉えた稽古」の取り組みが「基本だけ」と限定した考
>えの稽古よりも上達が早い。

私が(1)に対してカキコしたこととほぼイコールですね。
『剣道時代』にも書きましたが「基本を重視しているから試合に弱い」というのは指導者
の言い訳にしか過ぎません。強豪道場の選手は基礎もうまいですからねヽ(^.^)ノ
[2002/11/23 10:49:17]

お名前: 剣志郎   
悩める剣士さんの「強いとうまいについて」のトビにて、私個人宛に何点か御質問がありました
ので、ないしょさんの申される通り、新しくスレッドたてます。

随分長々とあちらではレスさせて頂きましたが要点を少しまとめます。

ヾ靄椶郎任盻斗廚任△襪版Ъ韻靴討い襪、それだけに囚われる必要はない。
現在の試合ルールにおける「一本」は歴記とした「有効打突」であって、個人の主観で正しい、
 正しくないと議論するのは間違っている。
8っとも無い剣道を許しているのは、生徒でなく、剣道界の先生や審判の方であり、試合に勝
 事を目的として稽古に励むのは武道として当たり前だ。
ぁ峪邱腓剖い=正しい剣道」とは考えていない。
イ燭世燭澄峇靄椶重要」「基礎が大切」「高段者の先生がそう言ってた」ではなく、なぜ正し
 いのかを、論理的に説明する責任が指導者にはあり、その理由を尋ねたい。(私なりには持っ
 ていて、基本と試合はリンクするように指導している。説明の出来ない主観的お話ではなく、
 「やれば判る」見たいな事でなく、若い人に説明してあげたい。)
試合に勝てないような基本には何か問題があると考え、「試合に勝つ事を目的とした基本の習
 熟」「試合を実験結果と捉えた稽古」の取り組みが「基本だけ」と限定した考えの稽古よりも
 上達が早い。(小細工的な試合技術を指したものではない)

というような事です。うまく説明できなくてすいません。

てつさんへ☆
まずHNの件ですが、てつさんや他の方を指したものでは有りません。勘違いさせてごめんなさい
。大体察しは着くと思われますが、特定の名前を出す訳にいかず、あのように書いてしまいました。すいません。それと、てつさんの「基本に忠実な剣道でも十分に…」と御発言ありましたが
、私も同じ考えです。ただ、てつさんも敢えて強調したように「基本でも勝てる」という「でも
」というのが私は残念に思っているのです。「基本だから勝てる」と子供たちに私は言いたいの
でした。そう言えないのが今の剣道界の実情ではないでしょうか?悲しいです…。そもそも、て
つさんの言われる「小細工」で試合に勝つと言うのは小細工を許す審判が悪い訳で、それを用い
て勝った選手たちは悪くないと思うのです。

剣童さんへ
ええ、確かに表現の難しい話をしてしまいました。すいません(苦笑)。

あつしさんとまささんへ
「基本動作」について私は3ヶ月と申しました。その後()書きの中に「正剣を極めるという意
味ではない」とつけ加えてあります。あの〜、多分お二人が言われている「基本、基礎」という
のは、私のいう「究極の正剣」、持田範士の「初心」にあたる意味ではないでしょうか?それは
レスを読んで頂ければ判りますが、そのレベルの事ではないのはhideさんとのやりとりで判断
できると思います。つまり私のいう「基本」というのは1級や初段で審査される単なる運動的動
作のことで、美しい身のこなしで目標物に打ち込むことは可能という意味です。てつさんの学校
ではどのように稽古しているか判りませんが、基本とは言っても「実戦を想定しての正しい打突
」を指して「基本」といっておられるのではないでしょうか?私はそれを簡単に「試合に勝つた
め」と表現したのです。「基本」というと学生のみなさんは様々な指導書にある写真のような動
作だけを「基本」とみなしてしまいがちですので、そういう表現をしています。最終的にはその
レベルまで押し上げなければなりませんが、私は六段審査並だと考えるのです。だからそこまで
は彼らに要求してません。敬蔵先生はよく知ってますが、まさしくそのレベルだと「50年」とか
かかっちゃいますね☆

たくさんへ
私の剣歴ですか?なんか思いっきり個人名がばれそうで、今後思い切った事かけませんねぇ(笑
)各所の先生からしばかれそうです(爆)。
たくさんのような剣道エリートではありません。現在、剣道四段で、仕事の関係でしばらく剣道
から離れてました。年齢は29歳で学生時代は何度か全国大会にも出場はしました(どこかで戦ってるかも知れませんね)佐藤選手いや先生かな?(笑)なんかとは同年同郷で彼の活躍を見て、
また懲りずに始めました(苦笑)。後は、師事した先生やその他もろもろを書くと、バレバレな
ので控えて置きます。今はサラリーマンの傍ら1剣友会と2中学校を休みの日に掛け持ちで教え
います(何でも、指導者がいないと部活閉鎖らしいんですよ。)きっと、その若さので練士六段
ってことは直ぐ名前わかっちゃいますね☆私はただの剣道小僧なので…(笑)。去年7年ぶりの
復帰で四段とったんですが、形を一から覚えなおす始末…今じゃ稽古のたびに形稽古ですよ(笑
)。中学から剣道始めて、毎日いろんな道場で稽古して3ヶ月で1級とレギュラー獲りました。
(決して弱小チームじゃなかったですよ。部員150人の大所帯古豪のチームでしたから…)だか
ら、真面目にやってれば基本動作ぐらい何とかなるかなぁと思って書いたんです。その時自分が
思ったのは「とにかく強くなりたい!」という一心でしたから。とにかく盆と正月以外は土日も
部活2時間、道場2時間の4時間位はやってたでしょうか?とにかく、小学校からやってた奴に
負けたくなかったんですね(笑)。「これで死ななきゃ、俺は強くなる」見たいな六三四の剣の
乾のような奴でしたよ(爆)。

とにかく、そんな訳で、みなさんお騒がせしました☆
[2002/11/23 02:37:20]

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