記事タイトル:前に出てこない相手には? 


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お名前: Hide.   
To himさん

ああ、聞いたことがありますね。体力がある人の帯状疱疹はひどくならないって。
でも、油断しないでくださいね。直りきっていないうちに疲れがたまってきたりす
ると、悪化する恐れもありますしね(^^)
[2000/10/18 08:34:38]

お名前: him   
to Hideさん

何か演題とはぜんぜん違う内容になってしまって、申し訳ありませんが・・・

帯状庖疹って痛いんですよね?
変だな。
あんまり痛くないんです。
それに、何かブワーッと発疹が出るというイメージがあるのですが、
6つくらいポチポチと出ているだけなんです。

診たてたお医者さんは「間違いなく帯状庖疹だ」と太鼓判を押して、
「あんた、体力があるからこれぐらいで済んでいるんだよ」と言っておりました。

立派な体力に感謝!
[2000/10/17 14:52:12]

お名前: Hide.   
To himさん

狭い道場では自分の掛け声や相手の気も良く感じられるものですが、広い空間に出る
とそれも拡散してしまうためにかなり勝手が違うものですね。理想は、両方の空間で
の稽古に慣れておくことだとは思いますが・・・(^^;

帯状疱疹の具合はいかがでしょうか?
左手と左足は連動した感じで動きますから、早くその感覚がご自分のものになるとい
いですね(^^)
[2000/10/17 08:44:10]

お名前: him   
to Hideさん

いつも狭い場所でやっていると、たまに広いところへ出た時に戸惑います。
狭い場所では、Hideさんもご承知の通り前後の動きがほとんどとなります。

9月末に所属する区の試合がありましたが、普段の稽古ではなかなかの動きを見せている
うちの道場の若手も、勝手が違うのかコロコロやられてしまいました。
やはり、普段との環境の違いが出たのかな?と思います。

私?
8年振りに試合に出ましたが、ほとんど「年の功勝ち」みたいな試合運びで、
何とか4回戦までは行きましたが、断続的な緊張状態に慣れていないため
非常に疲れました。あと2つ勝つと賞品がもらえたんですがねえ・・・残念でした。

帯状疱疹にもめげず、今日は稽古に行きました。
Hideさんのご教授を実践して見ようと、今日は左手の位置と両足の荷重を確認しながら
慎重に遣いました。
感じはなかなか良かったですが、自分のものにするためにもっと遣い込みが必要でしょう。
何か爽快な気分で稽古を終えました。
[2000/10/16 23:19:19]

お名前: Hide.   
To himさん

帯状疱疹ですか。痛いんですよね、あれ。お大事になさってください。

なるほど、道場がそんなに狭いのでは、ビデオ撮影はムリですね。
おっしゃるように、講習会などの折に誰かに頼んで稽古姿を撮影してもらうのがよさ
そうですね(^^)
ただ、広い場所の場合、相手も自分も前後左右への無駄な動きが出てくる可能性があ
りますね。ま、しかたないことですが・・・(^^;
[2000/10/15 10:45:54]

お名前: him   
to Hideさん

足への荷重の件は、もう少し考えて見ます。
実は、昨日の稽古はスキップしてしまいました。
子供の運動会が終った直後から、右肩甲骨の辺りに痛みが出まして・・・
「四十肩かな?」と思っていたところ、今度は右胸が痛くなってきまして・・・
今日、医者へ行ったところ、「帯状疱疹」が出来てそれが肋間神経を刺激しているとのこと・・・

痛みがなければ、剣道は問題ないそうですので、まずは安心。

ビデオの件ですが、通っている道場は非常に狭く(試合場が1コートとれる程度)、
そこで芋の子を洗うような状態で稽古しています(よく横から竹刀が飛んできたり、
着面最中にドッと稽古中の人が雪崩れ込んできたり)ので、ビデオカメラを設置するのは
物理的に無理だと思っています。
何処か体育館のような場所で稽古する機会にでも、やって見ようと思います。
[2000/10/14 12:55:27]

お名前: Hide.   
To himさん

>恐らく「7:3で左足に乗るようなつもりでやれ」と先生はおっしゃりたかったの
>では・・・と理解したのですが。

なるほど、それが正解のような気がします。私の勇み足ですね。失礼しました。


>その後の打突に繋げる時には、左足の蹴り出しをする際にもう一度右から左への
>体重移動が発生しているような気がします(自覚はありませんが)。
>一瞬だと思うのですが、そこにタイムラグが生じてぎりぎりのところで「打ち遅れ
>る」ということもあるのではないか?とも考えられます。

一足一刀の間合いでは、たしかに距離的に遠いため左足に重心を戻さなければ打てな
いこともあるかもしれませんが、交刃の間で入ってしまえば左足の緊張さえ持続でき
ればそのまま前へ出られるのではないでしょうか?


ビデオ撮影の件ですが、道場の先生にお願いして許可をとってみたらいかがでしょう?
私どもいちに会でも、よく、折に触れてビデを撮影をし、それを肴に夜中まで剣道談
義をすることがあります。やはり、自分の剣道を実際に目で見ると勉強になりますね。
イメージ通りの場合もあれば「あれ、こんなことに・・・」なんて事もあります(笑)
年に一度の指導者宿泊研修会では、素振りや基本打ちをも撮影し、みんなで技術研究
をしています。勉強になりますよ(^^)
[2000/10/14 08:08:47]

お名前: him   
to Hideさん

恐らく「7:3で左足に乗るようなつもりでやれ」と先生はおっしゃりたかったのでは・・・
と理解したのですが。
「それぐらい君は右足荷重になっているぞ!」ということなのではないでしょうか。

確かに自分も、剣先での攻めを効かせる時は右足にグッと体重を掛けていますが、
それが極端過ぎるのかも知れませんね。
その後の打突に繋げる時には、左足の蹴り出しをする際にもう一度右から左への
体重移動が発生しているような気がします(自覚はありませんが)。
一瞬だと思うのですが、そこにタイムラグが生じてぎりぎりのところで「打ち遅れる」
ということもあるのではないか?とも考えられます。

本来は両足均等荷重が理想なのだろうと私は思うのですが、極端な右足荷重を矯正
する意味で、左足荷重に取組んでみようかと考えています。

本当は、自分の動きをビデオに撮って確認したいのですが、そういう機会もなかなか
ないし、道場の鏡は上半身しか映せないので全体の構えや動きもチェック出来ないので
少々困っています。
[2000/10/13 09:24:01]

お名前: Hide.   
To せきさん

>”つながり”や”大局”を考える力がついてくれば、縣待のバランスが優れてきて、
>攻めに幅が出てくるのでしょう。

おっしゃる通りです。縣待のバランスは相手との「読み合い」の中に存在します。
どんなレベルにある相手(それが「読み合い」を意識していないとしても)でも、有
意識・無意識の内につながりのある技を仕掛けているものです。そしてそれはある程
度までこちらの「気の操作」によってコントロールすることが可能です。大切なのは、
相手の技量と精神状態を正確に読めるかどうかにかかってきます。
読み切れれば、当然、捨て所がわかろうというものです。「偶然」を「必然」にする
「確信」が生まれてくるわけです(^^)


>技前に注意してみると、発見することも多いですが、わからないことも多いです。

わからないからこそ、技前が面白く奥深いわけですね。剣道の面白さが「技前にある」
と先生方がおっしゃるのもわかりますねヽ(^.^)ノ
[2000/10/13 08:34:14]

お名前: Hide.   
To himさん

>それから「左足に乗る」ということも難しいですね。
>「7:3ぐらいの気持ちで左足に乗れ」と先生から言われるのですが、

うーん、どうなんでしょうか? 本当に左足にそんなに体重をかけなければならない
でしょうか? 前後左右に柔軟な動きを要求される剣道において、どちらか一方の足
に重心が乗ってしまうことは動きを阻害することになりはしないでしょうか?
これは、直線化されると言われている現代剣道の生みだした理論なのではないかと思
います。「膕を伸ばす」というのも同様ではないでしょうか?

私は遠間から触刃の間、一足一刀の間くらいまではやや左足に乗ったフラットです。
相手から遠い間合を意識しているつもりです。交刃の間まで入ってしまったら、やや
右足に乗ったフラットになります。誘いで相手をつり出すときは、一足一刀でもあえ
て強く右に乗って見せることもありますが・・・。
[2000/10/13 08:01:19]

お名前: せきさん   
to Hideさん

自分の剣道の中で、縣中待、待中縣がどれほどあるのだろうか?とここ2〜3日考えています。
私の剣道を考えて見ると”攻め”だけ考えて相手に懸って行く結果、予期せぬ反撃に出られて
手元が浮いてしまったり、防御一辺倒(いわゆる受けっぱなし)になったりしているのではな
いかと思います。自分本位になっていたと思います。毎合ごとに、攻めは途切れて、自分の間
合でないと気に入らず、諦めたり、無理に攻めたりであったのかも知れません。丁度、ファミ
コンゲームで思うように行かず、途中で止めて初めからやり直している子供と同じ様な心理状
態で稽古をし続けているのに似ていますね。(クール・ボーダーズというスノボーゲームをやって
いた時、続けて転んでしまうと画面をクリアーできないのでムッとしてリセットしてしまう)

「攻め(打突)が有機的に絡み合っていないから」というのはやはり当たっている様な気がし
ます。今考えて見ると、私の大好きなゴルフでもこの傾向がはっきり現れていましたが、深く
考えてみた事がありませんでした。ダボ、トリ等を叩いてしまう時、自分本位に一方的な攻め
をし、二打目、三打目へのつながりを忘れて、大ハマリです。そして、巧く行かないとその日
は、もう嫌になってしまいます。
”つながり”や”大局”を考える力がついてくれば、縣待のバランスが優れてきて、攻めに幅
が出てくるのでしょう。捨て所は、残念ながら、まだ私には掴めていません。面の一本打ちで
、捨てて打ったつもりでも打ち切ったという実感が持てず、何となく偶然当たったのではない
かという程度にしか感じられません。
技前に注意してみると、発見することも多いですが、わからないことも多いです。
[2000/10/12 11:21:52]

お名前: him   
to Hideさん

ご教授かたじけなく。

実は、昨日の稽古でもいろいろ試行錯誤を繰り返しましたが、
どうもしっくりとせず、最後は「あれ、俺の形ってどんなだったっけ?」と
混乱をきたしたしだい。
まずい、このままではスランプに突入してしまう・・・

Hideさんのカキコを拝見し、「そうか、左手の位置だったのか」と
暗闇に一筋の光を見たような気がしました。

確かに右半身を作りながらも、左手の位置は正対していた時と余り変わっていなかったですね。
そのため、剣先が右に寄り過ぎていました。
相面を打つと、相手に左小手をきれいに打たれて「ありゃ?ずいぶん右にスライスしてしまった!」と
あせっておりました。

明日の稽古でHideさんのご助言を早々試して見ます。

それから「左足に乗る」ということも難しいですね。
「7:3ぐらいの気持ちで左足に乗れ」と先生から言われるのですが、
アキレス腱を切った身としてはややつらいところがあります。
もっとも、その先生も「俺は2度切った」とおっしゃってましたから、泣き言は言えませんが・・・

左足の僻みを直すことは、長い間の課題でもあるので、何とかものにしたいものです。
[2000/10/12 09:27:05]

お名前: Hide.   
To せきさん

技前を考えることは、技と技との有機的なつながりを考えることによってより深くよ
り確実なものとなっていきます。

囲碁において、一見、攻防とはなんら関わりのない(ように見える)ところに置かれ
たひとつの石が、大所高所に立った一手であることはプロの対局を観るとよく出てき
ます。
剣道も、立ち上がりの気攻めから触刃の間に至るまでと、触刃から交刃の間へと移る
過程で様々な布石を打ちあうのです。また、打突に転じた後も、その一太刀が次の打
突への布石となってひとつの稽古が成り立っていくのです。
この関わりの薄い人が、「ムダ打ちが多い」とか「打たされている」「攻めていない」
と評されてしまうのです。

また、捨て所がわからないのも、攻め(打突)が有機的に絡み合っていないからと考
えられます。
相手との一合一合がバラバラに存在してしまって、現象面だけを追い求める稽古になっ
てしまうと、「捨てる」きっかけはつかめません。稽古は、あたかも小説のように起
承転結が存在するものです。時に虚をつく(つかれる)事があったとしても、それも
ひとつのエッセンスとして判断するべきで、大きな流れの中の一場面にできるといい
わけです(^^)
[2000/10/12 09:07:13]

お名前: Hide.   
To himさん

>高段者の先生の中に、剣先がどうも中心から外れているような気がするのだけれ
>ど、打って行くとしっかり抑えている、ということがよくありますよね。
>一本の直線上だけで考えるのではなく、いろんな角度からのアプローチがあるの
>ではないか?
>と最近いろいろ試しております。

拙サイトの別の掲示板(どこだか忘れた(^^;)でも書いたんですが、構えたときの左
拳の位置なんですけど、人さし指と親指の付け根を中心にすると右に寄りすぎてしま
うようです。親指の第一関節を正中線に合わせると納まりがいいですね。
高さは、腕の長さにもよりますが、第一関節をへそよりやや下に合わせて、左腕を胴
に密着させるようにして前に出さないようにします。必然的に、剣先は水平よりかな
り高めになります。
無理に左腰を入れないようにすることも重要です。右自然体を作るためには、左脇さ
え抜けなければ左腰にこだわる必要はないと考えます。左足もやや橦木になりますね。

高段者の先生の中段の構えは、右自然体で無理がなく、中心が真ん中からはずれてい
るようにも見えながら、剣先が効いています。これは、構えた竹刀の上下左右に幅が
できているためです。
竹刀が相互の正中線に対して上下と左右から見て斜めにとられているため、構えた竹
刀は竹刀の幅の直線ではなく、立方体もしくは直方体のように存在しています。いく
ら中心をとって(そういう気になって)打ち込んでいっても、ヒョイとかわされてし
まうのにはこういった訳があるんです(^^)

その構えから、右手の内の微かな絞り込み(と左胸のわずかな前動)によって中心を
制圧されると、大きく・幅広く真ん中をとられていますから、身動きが取れなくなる
わけですねヽ(^.^)ノ
[2000/10/12 08:54:57]

お名前: せきさん   
himさん、案山子さん、よろしくお願いします!

to himさん
”不容易”とは、あくまでも”私”の視点から述べたものです。相手から見れば「隙あり」で
チャンスと見て出てきたモノかもしれませんね。ただし、私が”不容易”と感じる場面ですか
ら少なくとも私には「出るべき機会ではないはずた!」と感じていたことになります。
ここで相手との認識にズレが発生しているのはなぜか?と思ってしまう訳でした。
出鼻小手は”引き出させて打つ”のは私も重々承知の上ですが、よく打たれてしまっています。
「打たないと打たれる」と言うのはまさに、私の心理状態を言い当てている様に感じました。
私は散々フェイントを使って打ちを出して来ましたが、確信というのが得られませんでした。
科学的な根拠はないのですが、”自信”というのが欠如していたのかなと思っています。

to 案山子さん
中心を取った瞬間に”攻め”が完結してしまう点は一理あると思います。私から見ると構えた
竹刀が左右どちらかに大きく外れており、剣先はどこか喉元以外のよそを指して居るような相
手であっても、この人は中心を取られた事を意に介さずこちらと対戦しています。私はこの様
な構えの人にはやりにくさを覚えました。中心を取った事で、自分が相手より有利になったか
と言えば、この場合なっていないのですね。
中心を攻める事の意義を考えて見ますと、
々元は最大の急所で鍛えることがむずかしい為、本能的に人は守りたくなってしまう。剣先
 で相手を威嚇していくことにより、相手を崩して自分に有利に打つ。
∩蠎蠅量未貌呂直線距離で、最短のルートを確保して自分が打たれる前に竹刀が相手にあた  る。
お互いの中心に自分の竹刀があることで表裏どちらからの攻撃に対しても守りやすい。
の3つを私は考えます。この中で、これまで私が重きを置いて来たのは△任靴拭
中心を取った結果どうだったの?と問われた時、やはり居着いている場合がほとんどなのかも
しれませんね。無駄打ちを無くし、体力とも相談しよう等と考えると、自分の都合の良い時に
如何にして打つか?になってしまう様です。機会とは何か?と考えた時、一番にくるのは、自
分から自信を持って打突を仕掛けられる時ではないかと思います。私はこれが出来ないから、
この稽古が足らない様な気がしています。相手の崩れた処や、技の起こり、居付いた処などは
副産物の様なモノで相手に依存した処なのかも知れないなと思いました。案山子さんの仰る
「どけ」が完了する瞬間を機会として捕らえられる様になるには、身を捨てて打つ稽古が必要
になるのでしょうね。
[2000/10/11 11:57:55]

お名前: him   
to Hideさん

そう、その「中心を明け渡してあげる」ということが、当面の私の課題だと考えています。

これまで私の構えは、その表面積のでかさ(?)を武器に、相手に正対し中心を攻め続けることで
相手にプレッシャーを掛けるというものでした。
しかしながらその結果かどうか、やや前傾姿勢と同時に左足の僻みが緩んだものとなり、
せっかくの体格を生かしきっていないとの指摘を受けることがありました。
左足の僻みについては、アキレス腱を切って以降やや改善されているようですが、疲れて来ると
曲がり始めてしまいます。

そこで今取組んでいるのが、「右自然体」への構えの変換と「左足に乗るということ」と
「中心を取るということをもう一度考え直してみよう」ということです。

高段者の先生の中に、剣先がどうも中心から外れているような気がするのだけれど、
打って行くとしっかり抑えている、ということがよくありますよね。
一本の直線上だけで考えるのではなく、いろんな角度からのアプローチがあるのではないか?
と最近いろいろ試しております。

「無理して中心を取らない」ということも、その試行錯誤の中のひとつとして取組んでいます。
でも、逆に「剣先が恐くなった」と言われることがあります。

う〜ん よくわからん!
[2000/10/11 09:51:45]

お名前: Hide.   
うーん、せきさん、himさん、案山子さんのカキコを興味深く拝見いたしました。
難しいところではありますね。というのは、相手のレベルによって、また、狙いによ
って、一見同じような現象でもまったく目的が違うことがあるからです。

たとえば、「前に出てくる」という動作を見た場合、打つために出てきたのと打たせ
て引きだすために出てきたのでは意味合いが違います。こちらの攻めに苦しんで逃れ
ようと前に出てくる場合もありますね。
「中心をとる」という動作もそこから打突につなげる場合と、相手に精神的なプレッ
シャーを与えその反応から次の攻めにつなげる場合とでは違います。中心をとったか
ら必ずしも有利という考えにも疑問です。案山子さんも書かれていますが、中心をと
りきってしまったらその動作はある意味において「完結」です。私の場合、中心を無
理矢理とろうと力任せに来られる方には、かえって中心を明け渡してやることもあり
ます。「さぁ、そこからどう来られるのですか?」と大きく迫ることによって、相手
の攻めの意味を問いかけてやるのです。そこに、無意識の「居着き」が生じてしまい、
打突チャンスが生まれてきたりします。

現象面ではなく、その動作の持つ意味を知る(読む)ことが肝要なのではないでしょ
うか? 剛に対しては剛でも柔でも、柔に対しても剛でも柔でも、その、相手の動き
に込められた有意識・無意識の意味を明確につかむことで、臨機応変な対応が考えら
れると思います(^^)
[2000/10/11 08:44:28]

お名前: him   
to案山子さん

中心を取った!と思って打ちに出る際、どこまで相手の竹刀を制していられるか?
ということではないでしょうか。

出来るだけ相手の竹刀に自分の竹刀を密着させて、中心を割り込んで行くということだと
思います。

相手の竹刀→相手の手元→相手の突き垂→相手の面 これを自分の竹刀の剣先で舐めるように
入り込んで打つのが私の場合、今のところの理想の面打ちです。

しかし、高段者の先生、特に右自然体で構えられている先生にはなかなか効きませんね。
中心を取って打ちに出ているいるつもりでも、知らぬ間に迎え突きを食らっていることが
よくあります。
もっと別な何かがあるのでしょう。
まだまだ修行が足りないですね。
[2000/10/10 22:59:04]

お名前: 案山子   
中心の取り合いは本当に大切なことです。
しかし、考えてみてください。中心を取った瞬間に打ってでても、もう遅いかもしれません。
相手の竹刀が自分の中心を外れる寸前に、打ってでたほうが決定率は多いと思います。
0.??秒の世界ですが、中心のせめぎあいと言うものは、そんなものかな・・と思います。

「取り勝った」と思うのは、すでに負けている瞬間でもありえます。
裏から、表から攻めながら相手の竹刀を「どけ」る操作をしながら、その「どけ」が完了する
寸前こそがチャンスだと感じているのは、私だけでしょうか???
[2000/10/10 21:52:31]

お名前: him   
toせきさん
himと申します。よろしくお願いいたします。

「不容易に出て来る相手」のその「不容易」というレベルがよく判りませんが・・・

どれだけ自分のバリアーを強く張れるか?ということではないでしょうか。
「バリアーを張る」ということは、中心を取り続けて相手にプレッシャーを与えること、
それと相手の攻めに対して手元を動かさないことではないかな?と考えています。

せきさんもおっしゃられておりますが、慌てないことが一番でしょう。

私も出鼻小手をよく遣う方ですが、相手を引き出して打つことがほとんどです。
つまり「打たないと打たれる」という警戒心を相手に起こさせるということです。
そのためにも、中心を取る力を強めたり弱めたりしながら、相手にプレッシャーを
与え続けることで、「やばい!」と思わせることと「よし!今だ!」と思わせることが
重要なポイントとなります。

それでは、相手の攻めが強く、グイグイ中心を取られてしまったらどうするか?
う〜ん なかなか難しい問題ですね。
これはなかなか強い相手です。
一歩引いて仕切り直すという消極的な案しか浮かびませんが・・・。

ひとつは、自分充分の間合にどちらが先に入れるか?ということがあるような気がします。
[2000/10/10 12:31:31]

お名前: せきさん   
Amaiさん お気持ちお察しします。

逆説的になりますが、「前に出てくる相手」にはどんな”攻め”が考えられるでしょうか。
私は、前に出てくる相手が、とても嫌です。

更に、上位の方と稽古すると、引き立て稽古の様に技を出させる為に、わざと前に入ってくる
先生がいます。引き立て稽古なのだから、本来、思い切って技を出す練習をする為の機会なの
でしょうが、私は、出鼻や抜き胴を取られて、ただ打たされているだけの状態に近い稽古にな
ってしまいます。この様な稽古を(自分の側から見て)もっと有効なものにするにはどうすれ
ばいいのだろうかと考えています。

これまでは、間合いから前に出て来られると、慌てて打ちに行くことが多く、そこが逆に相手
から出鼻小手を食うカッコウの餌食でした。出鼻面は、殆ど食らわないのが、最近の傾向なの
で、何か原因があるのかとも思いますが、わかりません。

いずれにしろ、不容易に前に出てくる相手の対処法はどんなものがあるのか?よく判っていな
い気がします。縣待一致で構えていれば、出てくる瞬間の起こりを捕らえるのが一番なのでし
ょうが、反応が悪く、また、こちらが充実していない時に一気に入ってこられたりしてしまう
と浮き足立ったような状態になるのが私の弱点でもあります。
[2000/10/10 09:44:20]

お名前: Hide.   
To Amaiさん

ご参考になりましたでしょうか?
こんな拙い文章でよろしければ、お使いください(^^)
[2000/10/05 08:06:26]

お名前: Amai   
ありがとうございます。先生のご回答を
そのまま、私の稽古日誌に転用させて頂きたいのですが
宜しくのほどを。
[2000/10/04 14:25:27]

お名前: Hide.   
To Amaiさん

それは悔しい思いをされましたね。僕も、背が低いせいもあるのですが攻撃的な剣
風なので、前に出てこない、いわゆる「待ち剣」にはずいぶん苦しめられたもので
す。

しかし、落ち着いて考えると、攻略法はそんなに厄介ではありません。戦術の中に
「自分がイヤだと思うことを相手にしてやれ」というのがありますが、まさにそれ
です。「待ち剣」は「待ち剣」に弱いんです(笑)

こちらは先で打てる攻撃の手を持っていながら待つわけですから、どちらが有利か
は一目瞭然。掛る気持ちをもって、「打つぞ」という気迫で相手をじりじりとコー
ナーに追いつめていきます。コーナーに詰る前に、苦しくなって飛び出してきます
から、そこを出鼻なり返しなりで料理しちゃいましょうヽ(^.^)ノ

大切なことは、苦手意識を持たず「こちらが有利なんだ」っていう意識変革でしょ
うね(^^)
[2000/10/04 08:27:11]

お名前: Amai    URL
負けた理由は自分のせいなのですが、先日の試合で延長の末破れました。
昨年と同じ相手ではないのですが、似ているタイプです。(同じ地区です)
日頃から前に出てくる相手には、出小手、すりあげ小手、抜き胴、
出はな面など、合わせられるのですが、こと、前に出てこず、
打ち気をそらすタイプは、当方の体力の消耗を待っているかのよう・・・。
対処方は、面からさらに追い面、突きから次の技などでしょうか?
スカッとした打たれ方でないのが情けない。ちなみに当方、小手の一本打ち
でかすり、尽きたところの引き面でやられました。あんまりこのような
タイプはいないんですが・・、また近くに似た相手もいません。ご伝授を・・・。
ぐやじ〜〜!(^O^)
[2000/10/03 12:39:17]

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