記事タイトル:剣道日本2月号 


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お名前: Hide.    URL
To souさん

そんなことないですよ。
どうかお気になさらすに(^^)b
[2005/01/20 07:48:26]

お名前: sou   
to Hide.さん

あとで自分の文面を読み返してみるとかなり悪ノリしていました。
こちらこそ失礼いたしました。
[2005/01/19 09:54:11]

お名前: Hide.    URL
To souさん
アハハ、失礼いたしました(^_-)~☆


To 風の剣士さん
>ですが現実に人間には感情があるし、人を叩ける力もあります。だから叩いたり叩かれ
>たりしなくてもいいよう十分感情に配慮する必要があるはずなのに、ただ単に叩くの
>はいけないということだけが言われているような感じがします。
おっしゃるとおりです。
私も基本的には暴力反対ですし非暴力の人間だと思っておりますよ。でも、「愛のムチ」
までは否定しません。むろん、たたかなくて済むならそれに越したことはありませんが(^^)
[2005/01/19 08:19:46]

お名前: 風の剣士   
私は、もし自分が他の競技の指導者だったとしたら、指導の場に竹刀を持って行くか
どうかを考えてみたらどうかと思いました。防具のない所にアザができるというのは
例えばシュートの打ち方が悪い選手を竹刀で叩いて直すということとあまり大差が無
いように思います。むしろそのような誤解を招かないようにするために剣道では他の
競技よりそういうことに一層の注意を払うべきと思います。
一方で躾や親子の間での話となると、やはりまた別のように思います。ちょっと話が
違ってしまうかもしれませんが、もちろん私は暴力はいけないことだと思ってます。
ですが現実に人間には感情があるし、人を叩ける力もあります。だから叩いたり叩かれたりしなくてもいいよう十分感情に配慮する必要があるはずなのに、ただ単に叩くの
はいけないということだけが言われているような感じがします。暴力のない理想の社会
を追求するのも大切かも知れませんが、親子の間がそういう現実と近いということも一
つの大切なことだと思います。
[2005/01/19 02:41:21]

お名前: sou   
to Hide.さん

むむむ、悲しいことに自分の言ったことからするとそういうことになりますね(-_-;)
一本とられました!笑
[2005/01/18 23:32:17]

お名前: Hide.    URL
To souさん

>剣道を始めたばかりで、それまでは困難にであったことになかったような私は、
>何回も倒されたりいなしたりするこの先生はよっぽど性格が悪いんだな(-_-;)
>とか思ってた自分はなんて愚かだったんだろうと思うしホント恥ずかしいですね。

ってことは、先生ご本人は「愛情にあふれたお稽古」だったわけですが、souさんご自身に対
する力の見極めは「悪かった」ってことなのかもしれませんね(^^)


>あと!!稽古後に先生の防具をお片づけしてたら、手ぬぐいが自分より濡れてるときがあ
>ってものすんごくショックを受けたことがありました(;△;)

わかります。
荒稽古にはものすごいパワーを必要としますから(^^;
[2005/01/17 08:28:19]

お名前: sou   
 to Hide.さん

>それって愛情あふれるお稽古だと思いますけどねぇ(^^;
>マジでいたぶるのを楽しんでおられるなら、もっと形相が変わっているはずです。ニヤっ
>としながら荒稽古をするのは「もっと頑張れ!」「その程度でへばるのか」という先生のお
>気持ちの現れだと思いますが(^_-)~☆
そうなんですよね!愛情ですよね!!あるていどまで行かないとそうだとはわからなかったです。
剣道を始めたばかりで、それまでは困難にであったことになかったような私は、
何回も倒されたりいなしたりするこの先生はよっぽど性格が悪いんだな(-_-;)
とか思ってた自分はなんて愚かだったんだろうと思うしホント恥ずかしいですね。
>>荒稽古をする指導者も必死なのです。
>>自分が指導するようになって始めて、
>>「先生もえらかったんだな」って知りました。
>ホント同感です。
>先生方がどれほどの愛情と細心の注意を払って私をぶっ飛ばしてくださっておられたか、
立場が革ってはじめてわかりますね。
しかし、先生方もそんなに気を使ってらっしゃるとは!!いままで考えたこともありませんでした。
>ものすごい荒稽古でしたが、私はいつもアザ以外の
>ケガをしたことはありませんでしたから(^^)
たしかに、自分の先生も
「救急車呼んだことは何回もあるけど、それでも自分で怪我をさせたりしたことはない!」
って、言うことがありますね。つまりそういうことなんですね??おそらく!
あと!!稽古後に先生の防具をお片づけしてたら、手ぬぐいが自分より濡れてるときがあって
ものすんごくショックを受けたことがありました(;△;)
[2005/01/16 16:57:07]

お名前: Hide.    URL
To 太陽丸さん
>指導者は常に自分の力量と生徒の力量を測り、
>「この子ならまだ大丈夫」
>「この子はこの辺で」
>と言う風に冷静に判断し、相手の立場に立って(大人にとっては半分の力でも
>子供にとっては全力以上に感じる)行うことが肝心と思います。
まさにしかり!
指導者の立場としては、「本気に見えるように」勝つ「常に冷静沈着に」指導を行うことが大
切です。私の師匠は「理性の炎を燃やす」と表現されました(^0^)

>荒稽古をする指導者も必死なのです。
>自分が指導するようになって始めて、
>「先生もえらかったんだな」って知りました。
ホント同感です。
先生方がどれほどの愛情と細心の注意を払って私をぶっ飛ばしてくださっておられたか、
立場が革ってはじめてわかりますね。ものすごい荒稽古でしたが、私はいつもアザ以外の
ケガをしたことはありませんでしたから(^^)


To souさん
>笑いながら、(もちろんアハハとかではなく、ニヤッ←だけど目は鬼のようで。笑)
>はめてくるときがあります。そういうときは本当に殺気立っていて
>愛のかけらもかんじられません(>_<) 苦しむのを楽しんでいるように見えます。
それって愛情あふれるお稽古だと思いますけどねぇ(^^;
マジでいたぶるのを楽しんでおられるなら、もっと形相が変わっているはずです。ニヤっ
としながら荒稽古をするのは「もっと頑張れ!」「その程度でへばるのか」という先生のお
気持ちの現れだと思いますが(^_-)~☆

>暫定的にそう思えてない子なら、しごかない稽古である程度まで伸ばして信頼関係を作
>るとかも大切なことだと思います(^o^)
そうですね、「お相手の見極め」と「信頼関係の構築」が重要ですね(^^)
[2005/01/16 08:59:26]

お名前: sou   
自分は荒稽古でも暴力でも愛の鞭でも結局そういうのはあとづけの名称だと思います。
やはり剣道は文化的な面が強い、文化は個々の主観をもとにしているものですから、
つまり何を言いたいかというと(^_^;)、
言いも悪いもまったくもって本人の受け取り次第だと思うんですね。
自分の話をすると、私の先生はもちろんふつうにはめてくるときもあるんですが
笑いながら、(もちろんアハハとかではなく、ニヤッ←だけど目は鬼のようで。笑)
はめてくるときがあります。そういうときは本当に殺気立っていて
愛のかけらもかんじられません(>_<) 苦しむのを楽しんでいるように見えます。
そうなってくると、こっちはこっちで泣きながらも
「このおやじ、ぶっとばすぞ!!!」とか「ころ○てやる〜」とかって
本気で思うんです(先生ごめんなさい!でもほんとです)
ふだんの、先生だぁーい好き(*>▽<*)という気持ちは泡のように消えてなくなります。
体は疲れてるしフラフラでゲロぉとかやりながら必死なんですよ。
それにそんなひどいこと思いつつも、
心のどこかでは、良い打ちを出して認めさせちゃる!!とも思うんですね、なぜか(笑)
そして稽古が終わればまたいつもどおり先生大好きっ子に戻りますし
それは先生も同じです。
気持ちにおごりがあって剣道がだめなときはすごく叱るけど
本当に上手くなりたいのに上手くいかない自信をなくしているときは励ましてくれます。
先生も生徒もお互いのことが理解しあってこそだと思うんですね。
それがあれば絶対いじめなんて思わないと思います。
そういうことされても強くなりたいと思える子なのか、そうじゃないのか。
指導者はそういうところをよく見極めなきゃだめだと思います。
暫定的にそう思えてない子なら、しごかない稽古である程度まで伸ばして信頼関係を作るとかも
大切なことだと思います(^o^)
自分はそんなのある前からわけもわからずガツンガツンやられてましたけど(笑)
[2005/01/15 15:56:38]

お名前: 太陽丸   
私も指導者の端くれとして一言。

どんな競技においても、人よりも抜きん出ようと志せば
手荒な稽古も必要でしょう。

私の長女はバトミントンをやっておりますが、
バトミントンでも強い子供は「泣きながら」練習しているそうです。
泣くほど苦しい練習を積み重ねているのです。

ましてや剣道は格闘技、武道です。
精神の鍛錬を主な目的として行われています。
精神を鍛えるためには言葉では表せない、理屈ではない厳しい事も
必要と愚考しております。

しかし、
指導者は常に自分の力量と生徒の力量を測り、
「この子ならまだ大丈夫」
「この子はこの辺で」
と言う風に冷静に判断し、相手の立場に立って(大人にとっては半分の力でも
子供にとっては全力以上に感じる)行うことが肝心と思います。

当初は簡単に転んでいた子供達が、
それを続けているうちになかなか転ばなくなってきて、
踏ん張りながら打ちかかってくるようになります。
泣いていた子供達が同じ程度の稽古では泣かなくなります。
こちらの剣先を怖がらなくなり、突いた剣先を喉で押し返すようになってきます。
「次第に鍛えられ、心身共に強くなってきたな」と嬉しくなってきます。
私は子供達に「切れて」欲しい「はじけて欲しい」と思いながら荒稽古を行います。
ぶち切れて、心の底からの気合を引き出したいのです。
小学生程度なら、こちらも厳しく稽古を付けるのも余裕がありますが、
中学生にもなってくるとよほど気を締めていかないと、
こちらが持ちません。
それを5人10人とかからせるとなると、自分の気力体力が充実していないと無理です。
荒稽古をする指導者も必死なのです。
自分が指導するようになって始めて、
「先生もえらかったんだな」って知りました。

自分が行ってきた経験上、また子供たちを指導している立場上
荒稽古肯定です。
もちろんHide 先生の仰るとおり、指導者―生徒間の信頼関係が第一であることは
言うまでもありません。
熱くなり過ぎて、その結果生徒が怪我をすると言う事も無い事は無いでしょうが、
それを含め熱心な指導の結果だと信じております。

まとまりの無い長い一言になってしまいました。
申し訳ありません。
[2005/01/15 14:12:56]

お名前: Hide.    URL
To オヤジさん
>訳がわからずの荒稽古は、暴力ととられる可能性があると思います。こういったこで、
>一生懸命な指導者が、暴力指導者となることは残念なことだと思います。
おっしゃるとおりです。
お相手にその意図を明確に伝えることも大切です。無言で荒稽古をするのではなく、声を
かけながら行なえば、かなり誤解も回避できるものと愚考いたしております(^^)


To 素人父兄さん
>この何事にも変えがたい「お互いの信頼関係」の前には、当事者以外の第3者が
>「荒稽古」の是か非か を議論することは無意味なことにさえ思えてしまいます。
>もちろん私も一父兄の立場からしても、「荒稽古」の名の元での行き過ぎは断じ
>てあってはならないと思いますが、行き過ぎがどうかは子供を見ているだけで
>全て教えてくれるような気がします。
ご父母のお立場からのカキコ、心強く感じました。
指導者と生徒の間にある結びつきが強ければ強いほど、どんな苦しい試練にも立ち向かっ
ていける強い精神力が鍛えられます。そんな師弟関係を築いておられるご子息は恵まれて
ますね(^0^)
[2005/01/15 09:03:26]

お名前: 元立ちマシーン   
わたしも末端指導者ですが、「もう少し頑張れ」に子供達が応えてくれると、言葉で言い表せない位、
嬉しいんですよ。
[2005/01/15 01:50:03]

お名前: 素人父兄   
現在小6の子を持つ一父兄です。私も以前はいわゆる「荒稽古」を好ましくは
思っておりませんでした。ところが、息子が小4のある時、たまたま家内が
用事の為私が息子を稽古の迎えに行くがてら稽古を見学する機会がありました。
その時に見た光景は、息子が先生にぼこぼこに打たれるわ、壁や床に体を打ち
つけられるわ、倒されて起き上がろうとするところを竹刀で上から押さえつけ
られるわ、まったくの剣道素人の私にとっては、見るに見かねるショッキング
な光景でした。(これじゃまるで虐待じゃないか。こんな指導があってなる
ものか・・・と。それが延々と30分ほど続いた後で、やっと先生の方から
息子を制止し、しばらく息子をギューと抱きしめておられました。それも又
私には異様な光景でしたが。)

しかし、道場を後にする際、息子が張りのある大きな声で「ありがとうござい
ました!」と深々と頭を下げる姿、そしてそのあと私の所へ一目散で駆け寄り、
(さっきは泣いていたのに)満面の笑みで「今日は連続掛かり稽古の最長記録
だよ!ピース!」と言う姿、何かそれを見ただけで先生が日頃どれだけの愛情と
情熱を持って指導に当たって下さっているか、又、子供の先生に寄せる信頼と
感謝の気持ちの大きさが十分過ぎるほど伝わってきました。(その夜、先生は
息子に電話を下さり、その日の頑張りを思いっきり褒めて下さったようです)

この何事にも変えがたい「お互いの信頼関係」の前には、当事者以外の第3者が
「荒稽古」の是か非か を議論することは無意味なことにさえ思えてしまいます。
もちろん私も一父兄の立場からしても、「荒稽古」の名の元での行き過ぎは断じ
てあってはならないと思いますが、行き過ぎがどうかは子供を見ているだけで
全て教えてくれるような気がします。

乱文、失礼致しました。
[2005/01/14 23:34:49]

お名前: オヤジ   
↓ 書き忘れました。
こういったトラブルを少なくするには、理解してもらうため、
荒稽古が終わってからの、ホローが一番大事なことだと思います。
[2005/01/14 13:25:28]

お名前: オヤジ   
いつも、楽しみに覗かせて頂いております。
荒稽古・暴力このテーマは、大変難しい問題だと思います。
ただ、何のために・何を目標に剣道をやっているかによって受け止め方が、
違ってくるのでは?健康のためにやっている人にとっては、荒稽古は、暴力に見えるか
もしれませんし、日本一を目標にやっている人は、目標達成のための練習の一部にすぎ
ないと感じるかもしれません。
荒稽古が、稽古の一部として成り立つのは先生・先輩との信頼関係が成り立っていて、
同じ目標をもって進んでいるときだと思います。
私も、大学時代、荒稽古はいやというほど経験しました。
喉は、真っ赤にこすれ、水も飲めない、ケツは、腫れあがり仰向けに寝れない。
こんな状態になりながらも、暴力だとは、一回も思ったことはありませんでした。
やはり、指導者の方、先輩が荒稽古による指導を後輩に行うときは、目的・目標を理解
させた上で、また、愛情を持って行うことが大切なのではないかな。と私は思います。
訳がわからずの荒稽古は、暴力ととられる可能性があると思います。こういったこで、
一生懸命な指導者が、暴力指導者となることは残念なことだと思います。
[2005/01/14 12:58:47]

お名前: Hide.    URL
To ごんたさん
>やった時のことは、感情が入ってしまったことをいくら否定しようとしても、自分の
>やったことなので否定しきれません。
やっているうちにエキサイトしてしまうことは誰にでもあることです。それを反省できる
っていうことは大切ですが、お相手に対するフォローが必要になってくるのはいうまでも
ありませんね(^^)


To 元立ちマシーンさん
>でも、あまり大胆なネーミングはなかったですね。
そうですね、親馬鹿一刀流さんがいいご提案をしてくださいまして、「指針」のようなもの
が見えてきたところだったんですが、ネーミングのほうは今ひとついいのが出ませんでし
た(^^;
[2005/01/14 07:56:08]

お名前: 元立ちマシーン   
このトビ読んでました。
あまりにも長いトビのため、記憶に残っていませんでした。
でも、あまり大胆なネーミングはなかったですね。
おっと、明日6:00に家をでなければいけないので、この辺で失礼します。
[2005/01/14 01:05:49]

お名前: ごんた   
「荒稽古」という名の下に、「この子のためを思って」という言い訳の下に、
自分で気づかぬうちに、暴力になっている場合が多々あるということ
だと思います。私もやられた、あるいは、やった経験があり、今思えば、
つい行き過ぎてしまった場合もあったように思います。
やられた時のことは、もしかしたら先輩は自分のことを考えて・・・と努めて
思うことで気は晴れますが、やった時のことは、感情が入ってしまったことを
いくら否定しようとしても、自分のやったことなので否定しきれません。
それが、私を25年間剣道から遠ざけた大きな理由でした。
決して、この子のためを思って、を言い訳に、少しでも行き過ぎがあっては
ならないと思います。
[2005/01/13 08:05:14]

お名前: Hide.    URL
to よしさん
ご意見ありがとうございます(^^)

>走らす、足掛け転ばすはあたりまえ、壁に投げつける、息の切れたころには
>面を剥ぎ取られ又、延々と打ち込みをさせられました。
>まだまだ色々とあるのですが、怖くてしかたがないのになぜか
>大好きでした。それは、くたくたになりながら面を打っていくと
>最後の最後に抱きしめてくれました。(経験のある方も多いと思いますが)
私も小学校の高学年になったころにはそんなお稽古の毎日でした。
一般の時間に残り稽古すれば、決まっておじいちゃん先生に荒稽古されまして、最後は面
を剥ぎ取られて馬乗りになられて「ほ〜ら、また、井上が泣いたぁ」と顔をペシペシされ
たものです。悔しくて情けなくて、でも、愛情あふれる稽古でした(^o^)  壁や床に激突
する痛みも心地よかったですよ。
ご恩返しもせぬまま、先生は他界されてしまったことが心残りですが( -o-) フゥ

>もう少し大きくなったら躾を教える為に似たようなことをしてきました。
>いずれも子供の為です。愛情がなければ叩けないものです。
おっしゃる通りですね(^^)


to 元立ちマシーンさん
>「荒稽古」というネーミングが良くないです。
>この言葉に衣を着せた馬鹿指導者が、こんな事件を引き起こしているいるのかも・・・。
「指導者研究室」でも同様の意見が出まして、ネーミングを考えたことがあります。
参考までにこちらをご覧ください(^^)
[2005/01/13 08:00:11]

お名前: 元立ちマシーン   
「荒稽古」というネーミングが良くないです。
この言葉に衣を着せた馬鹿指導者が、こんな事件を引き起こしているいるのかも・・・。
いっそ、「信頼稽古」とか、言い方を替えてみたら馬鹿でも気付くかも。
[2005/01/13 01:08:54]

お名前: よし   
私は、福岡の町道場の端のほうで指導のお手伝いと、中学生の外部指導をさせて
いただいてます「Yoshi 改め よし」と申します。
私も荒稽古肯定派です。暴力と指導は違います。
今回のお話で懐かしい昔のことを思い出しましたので少し書かせて頂きます。
私が少年剣道で道場に通っていたころ、すごく怖く厳しい(当時)先生が
いらっしゃいました。
怒るときは必ず竹刀でどこかをたたかれます。又、稽古では
走らす、足掛け転ばすはあたりまえ、壁に投げつける、息の切れたころには
面を剥ぎ取られ又、延々と打ち込みをさせられました。
まだまだ色々とあるのですが、怖くてしかたがないのになぜか
大好きでした。それは、くたくたになりながら面を打っていくと
最後の最後に抱きしめてくれました。(経験のある方も多いと思いますが)
その時の気持ちの良さは30年以上経ったいまでも忘れられずに
今では同じように私が子供たちを最後は抱きしめてあげています。
その先生が亡くなられて20年が経ち同じような立場になった今
一緒に酒が飲めたらなあと、懐かしく先生を思い出しました。
先生のおかげで中学・高校・大学ともっと厳しい稽古を乗り切れたと思っています。
やはり、信頼関係があれば愛情が伝わってくるものだと思います。

それと、親に叩かれたことの無いと書かれた方がいますが
記憶の無いところで何らかの形で叩かれているものですよ。
私の子育て経験上、よちよち歩きのころに何でも口に入れないよう手を叩いて
教えます。道路に飛び出しそうになったら絶対に飛び出したくなくなる
ようにどこかを叩いて教えます。
もう少し大きくなったら躾を教える為に似たようなことをしてきました。
いずれも子供の為です。愛情がなければ叩けないものです。

思いつくままに書きましたのでとりとめの無い文章になってしまい
すみません。
[2005/01/12 15:12:07]

お名前: よーへい   
to Kazくん
そうか〜指導者がいないのか・・うちの母校の部活の顧問は恐めの先生が多いから
鉄拳制裁はよくあります。それは単に感情的になって殴るではなく、気持ちが入っていないから
殴られるのであって、とことん話し合っていく調和とは違うんです。これは強制力を持った
指導という事になります。Kazくんが言うふうになれば一番だと思いますよ。
でも全国には様々な生徒がいるんです。殴られて気付く、怒鳴られて気付く生徒もいます。
もちろんここ数年で指導のあり方は大きく変化していると思います。
確かに話し合う事はあります。ただ部活の稽古中、先生に言われたら「はい、分かりました」ではないでしょうか?
部活中とか仕事中とかで当てはめても上の人に言われたらどんな嫌な事でも「分かりました」なんです。
そこに意見という言葉はありません。もし、質問という形でお聞きしたいのであれば部活の稽古が
終わってからや、学校内でたまたま会ったり何かの機会に聞きに行くときくらいですね。
それと、そんな毎日ボコボコにするというわけではありませんよ(^^;)
少しオーバーに考え過ぎだと思います。気持ちが入っていないから殴られる、この辺りで納得頂けないでしょうか?
個人的な感情でただ殴るというのは愛のムチではありません。理由があるから殴られるんです。
Kazくんの視点で見ると殴る指導は最低という事になるかもしれないけれども、それでも
ある程度、そういう環境で稽古し、そういう環境の高校をいくつか見てきた自分にとって
荒稽古や痛み無しの部活に何があるんでしょう?皆勝ちたいからそういう厳しい環境を
経験していくんだと思います。
もう一度言いますが、暴力と愛のムチは違います。それと先生は選べません。
良い師は3年掛かってでも探せと言われますが高校の部活動の顧問は選べないです。
というより、選んでいたら3年間終わっちゃいます(^^;)
その中でもしKazくんがときには愛のムチ的な指導をする先生が部活の顧問になったらどうしますか?
[2005/01/12 08:34:19]

お名前: Hide.    URL
To べがるたさん
>私の提案としては、学校には監督・指導者(外部コーチ含む)の他に
>第3者的な剣道部長を必ず義務づけ、常に監視するといったシステムを
>作るのがよいと思います。
ほとんどの学校が、監督と剣道部長は違うと思いますよ(^^)

>昨今の大学体育会のモラル低下による犯罪が多いですが、やはり指導者
>を育成する機関も見直しが必要と考えます。
それはいえますね。
指導者たるもの、剣道のみならず、多岐にわたっての広い見識としっかりとした教育的知
識を身につけていてほしいですね(^0^)


To bobbassさん
お久しぶりです&ご意見ありがとうございました(^^)

>ただ、荒稽古をした生徒に対しては、稽古が終わって、面を取るときの表情を必ず見る
>ようにしています。その時の表情がこの荒稽古は正しいかったのか、間違っていたのか
>ということが解るからです。
そうですね、これは大切なことです。私も気にして観るようにしています(^^)

>私は出来るだけ一緒に稽古するように心懸けていますし、他校へお邪魔したり、練習試
>合の後によく行われる先生方だけの稽古会には必ず参加し、生徒達にも見学してもらい、
>無様な姿をさらしています。
これも立派な姿勢ですね。
そういうbobbassさんの姿に、生徒たちも「ついていこう」っていう気持ちを喚起させられ
るのでしょうヽ(^.^)ノ


To ハム太郎さん
>そもそも信頼関係が成り立っていればそういう事件や記事はでないと思うんすけどね
>ぇ・・・
そういうことです。
ただ、常盤台の事件に関しましては、もし、あれが、指導者がつけた傷だとするならば
「荒稽古の域を越えたやりすぎ」というのが私の考えです。


>僕はむしろ、「それは特殊なケースで、時には暴力を持って教えることも必要」とする
>よりも、「そのような指導者に自分も在ろう」とすることが大事じゃないでしょうか。
頭から暴力反対という考え方の人間よりも、「愛のムチ」を上手に使える指導者のほうが優
秀というのが私の考えです。ここは平行線のようですね(^^)

>「荒稽古」というフィルターで「生徒に手を上げた」という事実を隠さないで欲しいと
>いうことです。生徒だって、好きで殴られるような人間はいません。
先生も、好きで生徒に荒稽古を課したりしているわけではないと思いますよ。
そうしなければならない理由があるからでしょ? そちら側の視点にも考えを広げてみて
ください(^_-)~☆

>しかしその荒稽古とは、生徒に手を上げることも含むものなのですか?
ちなみに何度も書きますが、荒稽古と暴力は別物です!(^^;

>そして狭い見識なのはまだ20年と生きていない子供の意見ですので、ご容赦ください。
君なりの意見ですのでそれはかまいませんよ(^_-)~☆
[2005/01/12 08:05:57]

お名前: Kaz   
>>よーへいさん
僕の学校に指導者はいません。
僕はこのような難しい話題に口を挟める立場ではないとは思いますが、
今まで上げたような意見をひねり出せたのは、たくさんの先生方(剣道の指導者ではない)や友人たち、
なにより生涯の師匠と思える人からのご指導をいただけたからです。
そういう点では「指導者に恵まれた」といえるかもしれませんね。

すくなくともこの16年間で僕は剣道の指導の場で手を上げられたことは一度もありません。
そして「殴ったほうも痛いんだ!」と言う方もおられると思いますが、
(性格ゆえご容赦ください)それは言い訳を述べているだけのように聞こえます。
こういう例に関しては「だったら殴らなければいいのでは?」と思います。
そして、「三所よけの理由を説明するのか?」と例を挙げてくださいましたが、
はい。僕は説明します。
先生と自分がとことん納得するまで説明します。
その上で、自分で考えて納得できたのであればその点は直しますし、合点が行かなければ
毎日でも先生のところに通いつめて納得するまでお話を頂こうと思いますし、僕自身も悩み続けると思います。
悩み続けることが、問題の解決方法だと思っているからです。
よーへいさんは先生のご指導に対して「それは何故ですか?」と返事したことはありませんか?
「そのことが悪いのは何故ですか?」とお聞きしたことはありませんか?
勿論、先生を先輩や友人の様に扱っていいなどとは微塵も思っておりません。
先生はお忙しい中を僕たちのために自分のお時間を削ってまでご指導していただける、尊敬するべき存在です。
しかし、先生のお言葉の意味が分からず(もしくは納得できず)に「それはなぜですか?」と質問することとそれとは話が別だと思います。
納得するまで質問することは問題を解決する上で大切だと思いますし、
生徒の質問(もしくは納得しない生徒)に対して「こいつは口でも行っても分からないから殴ってでも理解してもらわなければ」と
思うような指導者(剣道のみならず、あらゆることの)は人に教える立場としてどうかと思うのですが、いかがでしょうか。
下のHide.さんの立場に対してもお書きいたしましたが、
手を上げることなしに生徒を納得させ、理解させることができる方が一流の指導者だと思います。
剣道日本に掲載されたような記事の指導者はそのことがわからず(しかも個人の感情に任せて)手を上げ、暴力を振るったがゆえに、
教え子に悲しい思いをさせてしまったのだと思います。

長くなってしまいましたが、いかがでしょうか・
[2005/01/11 21:01:46]

お名前: Kaz   
>>Hide.さん
自分で自分の文章を見直したところ、数点書き方が間違っていました。ご指摘いただいた点についてもうちょっと話させてください。
コンビニの前でたむろしている未成年やタバコをすっている学生云々……というところですが、
僕だっていきなり彼らを殴れば犯罪になることは分かっています。
彼らの学校や家庭で、両親もしくは教師が「彼には何を言っても分からないだろうから殴れば何とかなるだろう」という意志を持つことが
悪いといいたかったのです。言い訳がましいですが……

次に、殴らなければ自分の子供を正せない親はいい親ではない、といったことですが、
僕自身自分を「いい子」などと思い上がったことは思ったことも言ったこともありませんし、
今まで僕が知り合ったたくさんの家族も、子供としっかり話して問題を解決する人たちばかりでした。
このような家族は「レアケース」なのかもしれませんが、しかし体罰も含め暴力を容認するような社会を変えるためには、
例に挙げた家族や、自分の子供を育てられる親になることが優先ではないでしょうか、ということです。
スポーツの指導の場においても、教え子を殴らずとも諭せる人間こそが、一流と呼ばれる指導者ではないか、と僕が考えています。
一般に言われる各分野の「名指導者」が、自分が教える人間に「時には」暴力を振るっているなどということは聞いたこともありません。
僕が幼稚園・小学校と教わった道場の先生も、生徒を怒る事はあっても、決して手は上げませんでした。
これも剣道の世界では「レアケース」でしょうか?
僕はむしろ、「それは特殊なケースで、時には暴力を持って教えることも必要」とするよりも、
「そのような指導者に自分も在ろう」とすることが大事じゃないでしょうか。

そして、Hide.さんにご指摘いただいた「荒稽古と暴力を混同しているのではないか」ということですが、
僕は混同しているつもりはありません。
高校入学し、1年次・2年次と厳しい夏合宿でOBの先輩に何度も吹き飛ばされ、しごかれましたが、それは自ら臨んで掛かっていきました。
元立ちマシーンさんが仰られてますが荒稽古は「強くなりたい為、自分で望んでするもの」だと僕も考えています。
しかし、「荒稽古」に「直接的な暴力を含めた指導」が含まれるとは思わないで欲しいのです。
「荒稽古」というフィルターで「生徒に手を上げた」という事実を隠さないで欲しいということです。
生徒だって、好きで殴られるような人間はいません。
しかし、自分の弱さを克服する為に、先生に掛かっていく気持ちはいくらだってあると思います。
ならば、手を上げることなく稽古で鍛えてあげればいいのではないのでしょうか。
それでも本人が納得しない、お互いに理解できないのであれば、
指導者・教え子の関係なく、問題が解決するまで一緒に悩み、語り、さらに稽古で実践すればいいのではないのでしょうか。
長々と駄文を書き連ねましたが、教え子・弟子と「同苦(ともに苦しむ)」ことの出来る人間が名指導者をいえるのではないかと思います。

それから僕自身のトピの厳しい稽古と強豪校云々というあたりですが、
強くなる為には厳しい稽古が必要なのは絶対だと僕は思います。
そして、「身体的に苦しくなる稽古」はもちろん、「精神的に鍛えられる」ことも必要だと思います。
しかし「精神的に鍛えられる」ためには暴力も必要なのですか?
僕は強豪校の稽古とは「生徒と指導者がお互いに理解しあい、ともに苦しみ、
ともに悩み、そして互いに共通の目標に向かって稽古を積んでいる」ものだと思っています。
それは間違いでしょうか?甘い考えですか?
強豪校が僕らは想像もつかない、体験したこともない荒稽古をしているのはなんとなく予想できます。
しかしその荒稽古とは、生徒に手を上げることも含むものなのですか?
だとしたら、僕の強豪校に対する考えや憧れは、大きく間違っていたことになるかもしれません。

僕の考えは「いかなる理由があろうと、生徒に手を上げることは暴力であり、
荒稽古であろうと、手を上げることを荒稽古に含むべきではない」ということです。
本当はディスカッションを行って、掲示板ではなく言葉で意見交換したい話題ですので、
文面では僕の意見は通じない、もしくは間違って書かれているところもあると思いますが、許してください。
そして狭い見識なのはまだ20年と生きていない子供の意見ですので、ご容赦ください。
[2005/01/11 20:42:27]

お名前: ハム太郎   
色々なご意見とても貴重です。やはり信頼関係ですよね(^^♪
あの剣日の記事だけを読んでもやはり真実とは違う部分もあると思います。
何が真実なのかは当事者両方の意見を聞かないことには自分で判断出来かねます。
たいていの者は自分を正当化し話を大きくすることが多いですから(^J^)
そもそも信頼関係が成り立っていればそういう事件や記事はでないと思うんすけどねぇ・・・
[2005/01/11 14:12:58]

お名前: bobbass    URL
皆さん、こんにちは。私は夏に「形の会」でお世話になりました、bobbassと申します。
私は現在、都内の私立高等学校で剣道部の顧問をしております。たいして強い学校ではありませんし、支部予選突破および、都大会出場を目指している学校ですので、当然名誉だの、名声などには全く興味も関心もありませんが、荒稽古に関しては別です。

現在本校は寒稽古中です。朝7時から始まる稽古は切り返しとかかり稽古のみ。私も当然元に立ちますので、かかり稽古での荒稽古は当然あります。しかし、私もhide.さんと考え方は同じです。「信頼関係の成立している」生徒については他校の生徒であっても荒稽古をしたりもします。現に、私の学校は通常授業の日に本校の施設の関係で他校の剣道場で合同で稽古をさせて貰っていますが、そこの生徒とも必要とあらば、荒稽古をします。

例えば、試合の中で精神的な弱さが露呈する生徒、稽古の中で明らかに真剣さのない生徒に対しては容赦しません。逆に、初心者から初めて1年未満の生徒や、それの準ずる生徒に対しては絶対に荒稽古はしません。例えばそのような生徒達に向突きをすれば、まっすぐ打ってこなくなりますし、打ったときの姿勢も崩れてしまいます。しかし、それ以外の、経験の長い生徒や、初心者でも上達の早い生徒に対しては現に、現在行っている寒稽古でも生徒を倒したりとか、打ってくるのをいなしたりもしますし、体当たりで体勢を崩したりもします。つまり、この生徒はもう少し頑張れば一皮むける、とか、精神的にもさらに強くなれると思うときにはやはり荒いお稽古をするわけです。

ただ、荒稽古をした生徒に対しては、稽古が終わって、面を取るときの表情を必ず見るようにしています。その時の表情がこの荒稽古は正しいかったのか、間違っていたのかということが解るからです。幸い、今まで私の生徒で「イヤな顔」だった生徒は一人もいません(^o^)。で、その信頼関係なんですけど、簡単には出来上がりません。私は出来るだけ一緒に稽古するように心懸けていますし、他校へお邪魔したり、練習試合の後によく行われる先生方だけの稽古会には必ず参加し、生徒達にも見学してもらい、無様な姿をさらしています。でもそのことが大切だと思っています。生徒達は、自分たちだけが荒稽古をやらされていると、「何で俺たちだけ?」って意識を持つはずです。でも自分の無様な姿をさらすことで、「俺たちだけじゃないんだ」って思うはずです。それと何のための荒稽古なのか、なぜそうせざるを得ないのか、を機会を持って話すようにしています。

私自身、高校時代に行き過ぎた荒稽古を受けました。近くの道場の年齢の若い先生に突然下から「突き」を喰らい、面を取られ、おまけに面を着けていない頭上に何十発も面を連打されました。これは今も私の中では「忘れられないこと」として残っています。なぜ、私があんなことをされたのか、若い先生とはほとんど稽古もしたことがありませんでしたし、指導を受けたこともありません、そんな人に何でこんな目に遭わされなければならなかったのか、未だに不思議です。

色々書きましたが、私も荒稽古は不可欠なものと考えます。ただし、それをやるには「信頼関係」と元だちと懸かる側の双方に「それ相応の技量」が必要だと思われます。それが成立して初めて荒稽古が意味を持つものになるのだと思います。
[2005/01/11 13:33:04]

お名前: べがるた   
Hide.様

早速のご回答ありがとうございます。
一部で報奨金制度あるぐらいで基本的には対価は無いんですね。
すこし安心しました。
でも、逆に何の対価も無いにも関わらず、なぜ暴力まがいの指導に発展するような
稽古になるのかわかりません。
(対価と指導の情熱が比例する。。といった考えは短絡的かもしれませんが)
たぶん
〇愼骸圓量祥澄μ樟辞▲好肇譽垢里呂姥
が考えられます。

私の提案としては、学校には監督・指導者(外部コーチ含む)の他に
第3者的な剣道部長を必ず義務づけ、常に監視するといったシステムを
作るのがよいと思います。
剣道部長は剣道未経験者でも可。学内学外問わず良識ある方であればよい。
監視とは穏やかではありませんし課題は山積みですが、指導する側、される側
双方が納得のいく環境を作るのが良いと思います。
昔であればそれが父兄を中心とした「育成会」であったと思います。
いまは「育成会」の権限・意識が低下しているのが問題と思います。

それから剣道しか知らない剣道マシーンが指導者になることも問題です。
昨今の大学体育会のモラル低下による犯罪が多いですが、やはり指導者
を育成する機関も見直しが必要と考えます。
[2005/01/11 12:33:21]

お名前: Hide.    URL
To べがるたさん
>試合の実績というのは監督、指導者、顧問にとってどういった評価が
>なされるのでしょうか。
>たとえば、それが昇進や給与に反映されるとか、なんらかのステータスが
>与えられるなど。。。
学内で報奨金が与えられる学校もあるやに聞きますが、ほとんどの学校では何らステイタ
スは与えられませんね(^^;
ただ、都道府県内の連盟や高体連剣道部の中では「一目置かれる存在」になれるでしょう。
国体や、選抜の監督も任されるかもしれませんし(^^)


To 元立ちマシーンさん
>荒稽古という名の元に、行き過ぎがない様に望みます。
心して指導にあたりますm(_ _)m
[2005/01/11 08:00:31]

お名前: 元立ちマシーン   
自分独自の解釈で書かせて貰うと
*荒稽古・・・・・強くなりたい為、自分で望んでするもの。
*しごき・・・・・本人が望まない強制力を持ったもの。
*虐待・・・・・・本人がやめて欲しいとの意思を無視した行為。
最低限このあたりの意識を持って、指導に当たって頂きたいと思います。
荒稽古という名の元に、行き過ぎがない様に望みます。
[2005/01/11 01:28:06]

お名前: べがるた   
剣道日本の投稿を読んで私も考えさせられました。
特に長野の学生さんの投稿には言葉も出ませんでした。
写真付きで生々しすぎて、このようなケースが実在するということが
いままでの報じられた他のケース以上に強烈な印象をうけました。

私は荒稽古肯定派です。
これはこのトピでHide.さんやよーへいさんが仰っていることと
同意見です。実際に私も高校、大学と荒稽古で鍛えられた口ですから。
でも、長野の学生さんのケースはどう考えても異常です。

そこで、トピの趣旨からはずれるかも知れませんが、学校関係者の方々に質問です。
試合の実績というのは監督、指導者、顧問にとってどういった評価が
なされるのでしょうか。
たとえば、それが昇進や給与に反映されるとか、なんらかのステータスが
与えられるなど。。。

生徒の試合結果によって何らかの対価が与えられるとしたら、それは間違いだと思います。
過剰な勝利至上主義を加速するだけだからです。
でも実際には過剰な指導をしている方って結構目に付きますよね。
私も地域の指導をしていますが、遠征に行くと明らかに生徒のレベルに見合わない稽古を
させておきながら怒声ばかり張り上げている先生もいます。
「この先生は何を生徒に求めているのだろう?」
という方が結構います。

ですから部活動での実績が監督、顧問の評価にどう反映されているのか、
生の声を聞いてみたいです。
(私は学校関係者ではありません。電機メーカーに勤務しながら
 地域の活動もしている一愛好家です)
[2005/01/11 00:45:21]

お名前: Hide.    URL
to Kaz君

>例に出た、コンビニの前でたむろっている学生やタバコをすっている未青年を殴れば彼
>らはそうした行為をやめると思いますか?
>今日は成人の日ですが、各地で暴れるような新成人たちは殴る蹴るといった行為でその>行動を諌められていますか?

私はそのようなことを引き合いに出して「暴力を肯定」しているわけではありませんね。
私のカキコをもう一度よく読み返してみてください(^^)
私のカキコの趣旨は、「信頼関係が成り立つところには荒稽古も可」「親が子どもを叱る
ときに言葉では補えない場合、愛のムチもありうる」という話です。

町でたむろしている見ず知らずの法律を犯している高校生に、「法律違反だから」という
理由で殴る蹴るをしていいなんていう話はしておりませんでしょ?
そういうやつらは、警察に通報して補導してもらうか、手に負える範囲なら首根っこをと
っ捕まえて交番に引きずっていく。これが正解です(^_-)〜☆

私的に制裁を加えることは「リンチ」ですね。そんなことを肯定する趣旨のカキコを私も
よーへい君もしておりません(^^)


>さっぱり理解できません。しかる理由があるなら言葉で言えばいいじゃないですか。人
>間なのですから。
>僕も何十度も親に怒られたことがあります。しかし決して手を上げられたことはありま
>せんし、僕自身が納得するまで話をされ、解決をしてきました。
>自分の親を棚に上げるつもりはありませんが、子供を叱るのに手を上げる親は、
>自分の子供を言葉で納得させることの出来ない親、ということではないのでしょうか。

君はとてもいい子なんでしょうね(^o^) 
だから、親も「手を上げるまでもなかった」ってことですよ。君は聞き分けもよく、言葉
でいえば、きちんと理がわかった。でも、世の中すべてそんないい子ちゃんばかりではあ
りません。君は仲間の中では「レアケース」かもしれませんよ(^^)
鉄拳制裁が必要な場合もたくさんあるんです。意見としてはお聞きいたしますが、自分の
狭い経験の中だけでのとらえ方をしています。もう少し、幅広いものの見方を学ぶ必要が
ありそうですね(^_-)〜☆


>「相手が悪い。だから仕方ないが、時には暴力をもって交渉することが必要だ」……。
>これを理由に今までどれほどの殺人が行われてきましたか?
>罪無き人々が戦火に焼かれてきましたか?

私は暴力を肯定しているわけではありません。
とくに国際関係における武力行使に関しましては、別トピをお読みいただきましてもわか
りますとおり「絶対反対」の立場を取っております。ここでの論点がずれておりますよ(^^;


>「暴力を受けた当人の観念による」と考える以前に何よりまず自分の意思を言葉にして
>相手の心に響かせること。
>これが出来ず、言葉で伝える前にまず暴力に頼ろうとする指導者は、「指導者として」
>以前に「人間として」未成熟だと愚考いたしますが、いかがでしょうか?

言葉では教えきれないものを指導するとき、「荒稽古が必要」と考えています。理屈では
ありません。感性の問題です。
それから気になるのは、君は「荒稽古」と「暴力」を混同しているのではありませんか?
そこは間違えないでいただきたいのですがねぇ(^^;
親に叩かれたことがないのはお聞きしましたが、ひょっとして荒稽古も受けたことがない
のでしょうか??

君は別トピで、「強くなるためには厳しい稽古が必要」という内容のことを書いておりま
すよね。なぜ、厳しい稽古が必要なのですか? 「息のあがる苦しい稽古」、それが君の
いう「きっついメニュー」なのでしょうか?(^^; 
強豪校は「身体的に息のあがる稽古」「体力的に苦しいメニュー」のみをして強くなって
いるわけではありませんよ(^_-)〜☆
[2005/01/10 23:25:40]

お名前: 酒留 清彦   
剣道日本2月号の記事とのことで、書込みます。
いつものHNとは変えました。微妙な問題でですのでご理解をお願いします。
またトビの趣旨と違っていましたら、削除してください。

投稿記事の内容を鵜呑みにする人はいないとは思いますが、悪意に満ちた誹謗中傷文を、
それが真実の様に受け止める人もいるのではないでしょうか。
「匿名希望・北海道・41歳・四段・主婦」さんの投稿文(92p)ですが、
もの凄く心あたりがありますので書きます。
なぜあのような投稿文が掲載されるのでしょうか?

まず、投稿を進めたと言う北海道剣道連盟に問い合わせたところ、
「投稿を進めてはいませんし寝耳に水でした」とのことです。平成16年12月28日午前8時57分に電話をして確認しています

。
事実関係も把握してないようでした。「剣友北海道11月号」に抜粋した文が載っていたんですがね。

文中の「心が壊れた」彼は、ず〜〜と以前から病んでいました。
その原因を小学1・2年生では担任の先生のせいにし、若い先生でしたので、
「匿名希望・北海道・41歳・四段・主婦」さんに潰されかかったとのことでした。
3年生になり実務経験の豊富な先生が担任になったので、どうするか、何処に矛先を向けるか注目していましたが、
案の定剣道に向けられました。
物凄く習い物が多い兄弟です。本人達の意思らしいのですが・・・・。
他人の物を隠す(夏の暑い時期にある子の飲み物を隠しました。同じ子のを2度です)。
さすがに先生の眼鏡を隠したのは否定しましたが、同じ場所にペットボトル2本がありました。
飲み物を隠された親御さんに対して、「匿名希望・北海道・41歳・四段・主婦」さんからは「ごめんなさい」も、
「すみません」もありませんでした。
その行動を親切にも教えた人に「うちのK太郎はいたずらっ子だから」、それだけです。
サインはズート出ていました。気づかなかった、
気づきたくなかったのは「匿名希望・北海道・41歳・四段・主婦」さんだけでしょう。

彼の姉(小5)は、合唱部だったのですが、合唱の練習に行けないのは剣道があるから、
剣道の稽古に来れないのは合唱があるから、だったそうです。時間帯違います。
道場連盟の北海道予選に姉が中堅で登録されていましたが、一週間前に親子で剣友会を辞めました。
普通は子供達に動揺があると思うのですが、辞めてくれてよっかった、これで希望が持てるとの感想しか無かったです。
実際あの親子が辞めてくれて、いつも使わせてもらっている市の剣道場にも普通に出入りが出来るようになりました。
これは一例です。

剣日の記事は読者の投稿です。長野の匿名さんの画像について「剣道日本」に聞きました。
「誰の画像ですか?」「分りません。文と一緒に入っていた写真です」
スキャンダルな投稿なら何でもいいのでしょう。掲載した写真もどうでもいいのでしょう。
落とし入れようとする投稿でも何でもいいのでしょう。
記事ではなく、あくまで読書からの投稿ですから。

この件に関しましては、剣友会の名誉の回復もあります。
投稿されました「匿名希望・北海道・41歳・四段・主婦」さんに対しては徹底的にやります。
A先生を追い出し、その後剣友会を指導するとの言動も、又聞きですが聞こえて来ましたので。
[2005/01/10 22:05:53]

お名前: よーへい   
恐らくKazくんは今まで素晴らしい指導者に恵まれて稽古をしてこられたんでしょうね。
もちろん、暴力に訴える事は最終手段だと思っています。俺は今まで本当に理由も無く
指導者から殴られた事が無かったから全てを肯定的に見ていられるんだと思う。
でも、痛いのは殴られた側だけじゃないんです。殴ったほうも痛いんですよ?
まぁよく言う「お前の痛みよりも殴った俺のこぶしはもっと痛いぞ!」ってな感じで(^^;)
納得というよりも、は、そうだったのか。。と気付かされるときのほうが多いですよ。
もちろん暴力だけでなく、言葉で罵倒されるのは稽古があればほぼ毎日です(>_<)
そういうことを言われて納得するから俺は部活を辞めなかったし、今の自分があるんだと思います。
やっぱり受け取り方の違いなのかな〜?そこまでボコボコにするということは実際無いんだけどね(^^;)

それと少し気になるのが意見を交換するという点です。相手は先輩でも同輩でも後輩でもありません。
指導を頂いている先生です。これにつきましては、ここで話題になっている暴力を抜きにした
剣道の稽古の中において引っかかるところであります。お相手は先生です。その先生に
意見をするということでしょうか?例えば三所避けを注意されて自分は正しい構えだと思った。
じゃあ次からやるなと指導者に言われたとき、Kazくんは三所避けをやる理由を先生に説明するのですか?
それこそ先輩相手だったらボコボコにされますよ(苦笑)というように、この文章1つだけでも
受け取り方は様々で、後から見ればそれが正しいのか悪い事だったのかは当事者同士でしか分からず、
結果、殴る愛のムチというのは悪い見方をされると思います。しかしやはり師匠と弟子という間の
信頼関係が無いということに悲しい思いをいたします。学校の顧問は選べません。
自分が誰かにお金を払って指導を頂くわけにはいかないんです。
だから自分は殴られて理不尽で嫌なら辞めれば良いと思うし、道場に通えば良いと思います。
それでもどんなに理不尽なことを言われようが自分の全てを否定されようが好きなら続けると思います。
外へ出れば学校の先生から言われることの100倍酷いことを言われます(^^;)
これは自分の経験だから言うけど、学校で赤点取って部活の顧問にビンタされるよりも
バイトでお客さんに理不尽な言いがかりをつけられるほうが納得しませんぞ(苦)
って感じで自分は仕方がないと思います。暴力と戦争についてはどうでしょうね・・。
仕方が無いというよりも、国家間のエゴなので何ともコメントしずらいです。ゴメンなさいm(_ _)m
[2005/01/10 21:11:27]

お名前: Kaz   
>>Hide.さん、よーへいさん
では「ときには」暴力は必要ということですか?
生意気に聞こえるかもしれませんが、僕はそれすら許すことは出来ません。
例に出た、コンビニの前でたむろっている学生やタバコをすっている未青年を殴れば彼らはそうした行為をやめると思いますか?
今日は成人の日ですが、各地で暴れるような新成人たちは殴る蹴るといった行為でその行動を諌められていますか?
殴る蹴るの暴力で相手を納得させることは出来るかもしれません。
しかし、それは「相手をねじ伏せて納得させる」ということと同義のことではないのですか?
人間は言葉を使えます。
人と人は必ずわかりあうことが出来ます。そのために言葉があるのです。
「時には暴力を振るう必要もある」という前に、まず自分の意志を言葉で伝えるのが最優先ではないでしょうか。

ちなみにHide.さんにも言われましたが、僕は親に一度も殴られたことはありません。
「子供に殴って聞かせる・教え込む親」がいい親なのですか?
さっぱり理解できません。しかる理由があるなら言葉で言えばいいじゃないですか。人間なのですから。
僕も何十度も親に怒られたことがあります。しかし決して手を上げられたことはありませんし、僕自身が納得するまで話をされ、解決をしてきました。
自分の親を棚に上げるつもりはありませんが、子供を叱るのに手を上げる親は、
自分の子供を言葉で納得させることの出来ない親、ということではないのでしょうか。

「時には暴力も必要」……この単語を使うことに別に罪はありませんし、それでお互いが納得しているのであれば僕は何も言うことはできません。
しかし、この「時には」という言葉には恐ろしい響きがあるように思えてならないのです。
「相手が悪い。だから仕方ないが、時には暴力をもって交渉することが必要だ」……。
これを理由に今までどれほどの殺人が行われてきましたか?
罪無き人々が戦火に焼かれてきましたか?
この小さな「ときには」という言葉は、過去にも何万人の人々の命を奪う戦争や虐殺まで発展したことがあるのです。
それらの火種は、全て小さな日常の中でのある人間の「暴力への妥協」から始まっているのです。

……話がずれました。いちに会の掲示板で話すようなことではありませんね。
「彼の場合は仕方ない」「彼女は殴られて当然だ」、このような意志を持つこと自体が
剣道日本の記事にも出ていたような事件につながるのだと僕は思います。
殴って相手が納得しなかったらどうするのか?納得するまで殴り続けるのか?
その前にまず、自分も相手も納得するまでお互いの意志を交換し合うことが優先だと僕は思います。
「暴力を受けた当人の観念による」と考える以前に何よりまず自分の意思を言葉にして相手の心に響かせること。
これが出来ず、言葉で伝える前にまず暴力に頼ろうとする指導者は、
「指導者として」以前に「人間として」未成熟だと愚考いたしますが、いかがでしょうか?
指導を受ける立場として、ご無礼を承知の上で、ご批判を覚悟の上で思いのままを書いてみました。
文章に意味の通っていないところもあると思いますが、ご一考ください。

また、不適切な場合はHide.さん、どうぞ削除なさってください。
[2005/01/10 17:27:24]

お名前: よーへい    URL
to Kazくん
ときには必要な暴力もあります。もちろん生徒を思いやってのです。
今の指導者は大分優しくなったと思いますよ(^^;)親父にだって殴られたのは
ほんの1度だけだし、愛のムチという言葉はすでに死語と化しています。
だから一区切りに暴力といっても指導者側に思いやりがあり、生徒も
あ〜今のは殴られて当然だと納得するような形で初めて指導としての暴力が成り立つものです。
最近の高校生を見てください。だいぶチャラチャラしてるでしょ?
これは学校の先生が鉄拳制裁が出来なくなったからです。殴れば殴ったほうが悪いです。
今はすぐマスコミが問題にします。そこが問題です。制服でタバコ吸うわ、たむろをするわ
殴られても仕方ないような高校生ばっかり目立ちます。
まぁ、そうやって先生に殴られるのにも絶対理由があります。
昔は理不尽なことで問答無用!なんてこともありましたが今は恐らくほとんど理由があり、
教師が気に入らない生徒をムカつくから殴るなんてことはないですよ(^^;)

本当に受け取り方の違いだと思いますね・・自分の部活の顧問なら愛のムチとして受け取れるけど(^^;)
[2005/01/10 12:31:44]

お名前: Hide.    URL
to 蜻蛉さん
アハハ、その方法はいにち会の関連校でも取り入れてますよ(笑)
もちろん「強制的に矯正」しているわけです、ハイ(^_-)〜☆


to Kaz君
暴力はいかなる理由があってもいけない。それはきわめて正論だと思います。
でもね、親がわが子を思うあまりに手を上げることがあります。あ、これは、虐待とかの
意味ではありませんよ(^^; これは「愛ゆえの行為」です。
君は親に叩かれたことはありませんか? 最近はそういった若い世代が多くなってきまし
たからねぇ・・・( -o-) フゥ

かつて教育界には「愛のムチ」なる言葉が厳然と存在しました。むろん、法的には暴力・
暴行なのでしょうが、「先生に殴られた」と家で報告すれば、「それはお前が悪かったの
だろう」と親からもう一発喰らうのが当たり前でしたよ(苦笑)

20年位前までの親は、「カ●ワにさえしなければ、どんなことをしてもかまいませんの
で、なにしろ強くしてください!」と指導者に話したものです。今の親は「あまり厳しく
するのは・・・」「たまには休みを・・・」。時代が変わったというべきなのでしょうが、
ホント指導しにくい時代になったものです。
剣道は己を鍛え変革させる修行です。単なる技術の習得ではありません。場合によっては、
弱い自分と対峙するために厳しい稽古が必要になることもあると考えます(^^)

「愛のムチ」はセクハラと同じで「受け取る側の主観」にゆだねられていると思います。
お相手が「暴力だ」と感じれば暴力に、「愛のムチだ」と感じれば「暴力にはならない」、
そんな類のものなのではないでしょうか。それゆえ、両者の信頼関係が一番大切なのだと
思います(^_-)〜☆
[2005/01/10 07:56:31]

お名前: Kaz   
Kazです。

こんなところに書き込める身分でもないと思うのですが……ちょっと思うところがありまして。
荒稽古というのはどこでもありますが、それと暴力は別ではないでしょうか?
殴る蹴るを「荒稽古」と称せば剣道の世界では許されることでしょうか?
まして「竹刀を暴力目的で使うな」といっている人が教え子を竹刀で打ちのめすなどという事が許されるでしょうか?
殴る蹴るの暴力は「思いやりがあるから許される指導」ではなく「生徒を思うが故の愛の鞭」でもなんでもありません。
暴力=暴力です。
いかなる理由があろうと、そのような行動を肯定してはいけないと僕は思います。

僕の学校では、生徒・教師に関係なく、他人に暴力を振るった人間は退学・懲戒免職というように決まっています。
勿論、「暴力」という定義をどこに置くかは人によって違うと思います。
しかし、それがどのような理由だろうと、「指導」「教育」と称して暴行を加える、
手を上げることは(悪意の有無関わらず)許されざることであると、僕は思います。
僕の言っていることは甘っちょろいことでしょうか?
「思いやり」があれば相手を殴るということは世間では許されるのでしょうか?
ご意見ください。
[2005/01/10 00:01:08]

お名前: 蜻蛉   
コレは荒稽古か分かりませんが
ウチのところでは姿勢が悪いと 背中に竹刀入れられて、顔に紐で縛り付けられます。
あとは目線が上下する人は面の物見以外のところにガムテープ張ったり

矯正というより強制です(笑)
[2005/01/09 23:19:52]

お名前: よーへい    URL
いや〜荒稽古という言葉を聞くと背筋に寒気を感じます(^^;)
高校から始めた自分にとって稽古で顧問の機嫌を損ねたときほど恐ろしいものは
ありませんでした。エンドレスの掛かり稽古、三本切り返し、体当たり稽古・・。
円陣まではいきませんでしたが・・(苦笑)それでも気持ちの入っていない生徒には
防具の上からですが鉄拳制裁もありました。3つ上の先輩たちがヤンチャで
それから指導が厳しくなってきたという話を聞きました。顧問が何時から剣道部を
見ているかは分かりませんが、それでも意味も無く怒られる、殴られるということは
ありませんでした。あ、テストで赤点、何か悪い事をすると問答無用で坊主でした。
今の顧問は見ている限り、以前のような鬼指導はしていないようです。
ただ稽古が締まってないとキレます。目玉が飛び出そうな勢いで(笑)

今は思い出話になりますが、当時はめちゃくちゃ恐くて余り近寄りたくありませんでした(^^;)
卒業生には異常に優しいんですよね(笑)それでも初心者だった自分が高校在学中に二段まで
頂けたのは先生がどんなときも見放さずに熱心に指導してくれたお陰だと思っています。
自分も腹筋つままれたり、ケツキックはよくやられました(>_<)でも後になって色々と
厳しかった環境のお陰で今しっかりと?やれているのかな〜と思ったりします。
[2005/01/09 19:02:01]

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

私も興味を持ってこの特集記事を拝読いたしました(^^)
と申しますのも、私自身が過去に暴力的な指導(荒稽古)を行なっておりましたし、現在
でも必要とあれば荒稽古をしているからです。
拙サイトでも、暴力行為と荒稽古に関しては議論されてまいりましたが、私はその都度、
「指導者と生徒とに間に信頼関係があり、必要とあれば荒稽古は可」という立場を一貫し
てとってきました。ただし、冒頭に出てきた匿名希望の長野の学生さんのようなケースは
「指導の一環」とは到底思えませんね(-_-)

私はどんなときでも、生ビンタを含め生徒が防具をはずしている時に殴るような行為はし
たことがありませんし、感情に左右されて特定の生徒をしごくなどということもいたしま
せん。
「この子には今、乗り越えなければならない壁がある。だから厳しい稽古が必要だ」とい
うときにのみ荒稽古を行なってきました(^^) 私自身も、先生や先輩方から、自分の甘え
や弱さを、厳しい稽古によって気づかされ、また乗り越えさせていただいてまりましたか
ら。

その中では、防具のないところをたたくこともあります。しかし、怪我をさせるほどたた
いたのでは選手をつぶしてしまいますので、細心の注意を払って行ないます。また、押し
たり足をかけたりして倒すこともあります。これも、怪我をしたり後頭部を強打すること
がないように気を配ります。こうしたことは、見よう見真似でできるものではありません。
倒れ方や倒され方にもテクニックが存在します。また、本気に見えないようではかかるほ
うも必死になれませんので、こちらも全力を出しているように見せますが、そこはかなり
セーブして行なっているのです。

ゆえに、荒稽古では元立ちもかなりのエネルギーを消費します。そう、しょっちゅうできる
ものではありませんね(^^;


おっと、私の話ばかりになってしまいました(^_^ メ)

「剣日」の特集は「常盤台剣友会の事件」とも絡まり、こうした問題を考えるのにたいへん
よい機会ではあったと思いますが、欲を言えば、もっとページ数を多くとって、たくさん
の人の意見や考えを載せてほしかったですね。編集部には、さぞかし多くの投稿があった
ことでしょうから・・・。

ぜひ、続編を期待したいと思いますし、皆様からの拙サイトへのご意見のカキコもお待ち
いたしております(^_-)~☆
[2005/01/09 09:08:09]

お名前: ハム太郎   
今月の剣道日本に載ってました暴力についての記事を読みました。
とても紙一重なものだと思います。あの体験談を読んでの感想又、自分の体験
など色々とみなさんの意見を聞かせて欲しいです。管理人様、もし不適切なら
削除して下さい。
[2005/01/08 17:01:47]

このテーマについての発言をどうぞ。
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