記事タイトル:攻めのセオリー 


書き込み欄へ  ヘルプ
ここは「剣道 いちに会」という剣道専門の個人サイトです!

1.匿名であっても、剣道関係者として気品と礼節あるカキコをお願いします。
2.特定の個人や団体に対する誹謗中傷はおやめください。
3.
個人情報の流出は厳禁です。
  (進路などプライバシーに関わる書き込みは違法行為として罰せられます)
4.書かれた本人や関係者が不快にならないように留意してください。
5.意見と感情論は違います。
  (根拠が明記されていないカキコは意見とは言えません)
6.カキコは書き捨てにしないで最後まで礼節をもってください。

7.ルールを逸脱したトピ・書き込みは、管理人Hide.により削除されることがあります。


お名前: Hide.   
みなさんありがとうございます!
この項もカキコが60を越えました。前も60を区切りに新しい項目にしましたので、
とりあえずここも閉めたいと思います。
このあとは、「攻めのセオリーpart3」へお願いいたしますm(_ _)m
[2000/10/27 10:23:38]

お名前: せきさん   
to 親馬鹿一刀流さん、himさん、Hideさん

まとめてしまって申し訳ありません。
知らず知らず、貯まってしまいました。私自身も攻めのセオリーpat1で他の方のとHide
さんのやり取りのレスを読んでいるうちに疑問にぶち当たり、知らないうちに、1対1のやり
取りに近い形になっていったものでした。私自身は攻めについて、考える事は今回がはじめて
と言っていいぐらいなのもでして、改めて読むと恥ずかしい様な内容もあります。

会社が終わって自由になる時間になると、ゴルフと剣道の比率が9:1になったり、1:9に
なったりと非常に波がある生活をしています。土曜日の稽古はうちの奴も余りいい顔はしませ
んよ。剣道もゴルフも非常に似てて異なるものですが、根底にあるのは自分のパーソナリティー
や攻めであったりします。競技ゴルファーなので、試合を中心に練習やラウンド(練習試合)
を組んでいますから、比率からいったら、やはりゴルフに重きを置いているのかもしれません。
ここ数ヶ月は剣道のことばかり考えるようになりました。

趣味と言っても、ただの時間つぶしや娯楽の為にどちらもやっているつもりはありません。
何かの役に立ってなんぼではないのか?と常々思っています。日頃の稽古では、あまり突っ込
んだ話を人としていないのに、インターネットでは、いろいろと深いところに話が及ぶと共に、
考え実践してみる機会が生まれる事はとても興味深い気がしています。
個人の取り組み方には、どんな趣味でも人それぞれですが、情熱を燃やしつづける事によって
見えないものが見えてくる様な気がしています。

沢山の人が議論の輪に加わって下さると非常にうれしいです。
別に競争をしているわけでは有りませんし、教えられ人から聞いただけで、出来るようなもの
ではありませんから、遠慮なく書き込んで下さればいいと思います。その結果、自分が努力して
自得するのはまったくの勝手であると思います。特に自得したつもりでも、再現性という点で
採点して見ると、そのレベルの低さに愕然としてしまう事が多いのが私の現実です。
その点では、ゴルフは確率のスポーツでありますからはっきり判りやすいのですが、剣道は判り
にくい点も多くあり、自分の錯覚をそのまま気づかずにこれで良しと思ってしまうと、なかなか
直す事ができません。やぱり、自分への反省が一番多くなってしまいますね。
謙虚な姿勢をもって、何からも学ぶというのが私自身一番不足しておりました。交剣知愛という
のも他の掲示板のレスを読んで悟ったものですから・・・・・。
忘却の彼方に置いていたものの多さを改めて思っています。
私も遠慮なく書かせて頂きたいとおもっておりますので、どんどん書いてください。
今後とも、よろしくお願い致します。
[2000/10/26 18:59:31]

お名前: him   
to Hideさん

今、仕事で一件 社長報告が迫っておりまして、何か気分が高まっているからでしょうか(^^;
失礼致しましたm(__)m

別のお題の話ですが・・・
会社で「人権啓発研修」というのがありまして、そこで「差別とは、言った人間が感じることでは
なく、言われた人間が感じること。言われた人間が差別と感じた時点で成立する。」
と言っておりました。
だからこそ、日頃の言動には十分注意しなければならないと。

私自身、それまで余りそういう意識でなかったので、知らず知らずに言ってはいけないことを
言ってしまっていたりしていたかも・・・

人に自分の真意を伝えるというのは、難しいことですね。

余談ですが、そこで「セクハラ」については、
「それをして欲しい異性からではなく、して欲しくない異性にされた時に成立する」
と言っておりました。
あわせて気を付けたいものです(^^;
[2000/10/26 18:24:01]

お名前: Hide.   
To himさん

>突き詰めると「竹刀なんかなくたって攻めは出来る!」ということも言えるのかな?
>と思っています。

その通りですね。故に、別に剣道でなくてもいいはずです。ただ我々は剣道家あるいは
剣道愛好家ですから、それを竹刀を媒介にして表現しているに過ぎません。(^^)

そう考えれば、別の項目の話になりますが「剣道は他のスポーツとは違う」が差別的
ニュアンスにはならないと思うんですが(笑)


>少々脱線致しましたが、もう少し自分の攻めというものをよく考えてから宣戦布告
>したいと思います。

アハハ、別に戦っているわけではありませんが・・・(^^;
[2000/10/26 09:38:07]

お名前: him   
to Hideさん

このお題はPART1もあったのですね!
全部印刷したら40ページにもなってしまいましたよ(^^;

一応全部読みましたが、
自分の意見がまとまらないので、今回の参戦は見合わせましょう。
ただ、Hideさんのサイトにおじゃまするようになって、
今まで剣先だけに攻めのオーラを込めていたのですが、もっと違った攻めがあるんだ
ということを教えて頂きました(何となく、そうじゃないかなぁとは思っていましたが)。

突き詰めると「竹刀なんかなくたって攻めは出来る!」ということも言えるのかな?と
思っています。
仕事をしている局面においても、「何が何でもこいつを説得しなければならない!」という
ことがよくあるのですが、自分の気迫を相手に伝えるということは意識しています。
とにかく「相手の目を逸らさないように話をする」ことですが、
とは言いながら、決して相手を威圧するのではなく、柔らかく包み込んでしまうような
気持ちを忘れないように気を付けています。

中には古狸もおりますから、そう優しいことばかり言ってはいられませんが・・・

少々脱線致しましたが、もう少し自分の攻めというものをよく考えてから宣戦布告したいと
思います。

しかし、親馬鹿一刀流さんのおっしゃる通り、一堂に会して稽古したら楽しいでしょうねぇ。
[2000/10/25 18:11:03]

お名前: Hide.   
To himさん

ハハハ、参戦をお待ちしたい気持ちと恐れる気持ちが半々です(^^;


To 親馬鹿一刀流さん

みなさんと剣を交える機会が楽しみですねヽ(^.^)ノ
[2000/10/25 09:59:26]

お名前: him   
お題目の下の方にあったので、このお題に気が付きませんでした・・・

う〜ん、Hideさんとせきさんの問答は、迫力がありますなぁ〜
大変ためになりそうなので、今プリントアウトかけましたら21ページも出て来ました。
帰りの電車の中でじっくり読ませて頂こうと思っております。

果たして、私の参戦する余地があるのか?
楽しみに拝見させて頂きます。
[2000/10/24 18:33:04]

お名前: 親馬鹿一刀流   
Toせきさん

奥様の事、大切にしてあげて下さい。男では分からない不安や、苦しさがあるようです。
私の場合、休日の2時間くらいの稽古にやきもちをやかれて家内を剣道嫌いにしてしまい
ました。

攻めのテーマの事ですが、また色々書きたいと思っています。

私、現在札幌市に住んでいますが、機会を作って皆様と稽古をしたいと思っています。
年に数回ですが東京都内で稽古する事もありますのでその際はよろしくお願いします。
[2000/10/23 22:10:52]

お名前: 親馬鹿一刀流   
ToHideさん

いつもいつも的確なご教示有り難うございます。

>攻めは「縣待一致」であり、触刃から一足一刀、交刃の間に至るまでの中で、瞬間瞬
間での変化に柔軟に対応できる心身の状態を作り上げることが求められるのです。

おっしゃる通りです。こんな攻め方でどうでしょうか?どう反応されますか?問うばかりで
待のみになる事がある様に思います。
反応がないので、打たせていただきますと切り替えた時に相手に乗られていると思います。
懸待一致は今後の課題でもあり、剣道が楽しい所と思っています。

>「中心をとること=攻め勝った」ではないのです。

はい、これも充分感じる事が多いです。
特に思い出されるのは二年ほど前の野正先生との稽古です。
なんとも言えないゆったりした構えで右自然体で構えられます。
打つべき所が見えなかったのですが、こちらの出端に下段に剣先を下げられる時があるので、
割っていくのも稽古と思い打ちましたが、全て胸、突きを押さえられました。
八段の先生ですから当たり前ですよね。

攻めについて技前の事と、技に入りながらの事を色々考察しているのですが、また次回にさ
せて下さい。
[2000/10/23 21:53:09]

お名前: せきさん   
うちは来年の4月初旬です。生れてみないと解りませんが、私の両親は習い事を薦めています。
子育ての大変さ、お察ししますが、先が楽しみですね。

攻めから、話が逸れてしまいました。
[2000/10/22 22:01:12]

お名前: Hide.   
To せきさん

そうですか、まもなくお子さんがご誕生になるのですね? お慶びの心情、察してあ
まりあるものがございます。どうか、母子ともに健康でのご出産を心よりお祈り申し
上げます(^^) ちなみに、予定日はいつなんですか?

私も子育ての真っ最中です。長男が小学1年生で次男が11月で3歳になります。
私の両親と同居なので助かっていることも多いですが、教育方針などで食い違いがあ
ることも少なくありませんね。
年寄りとの同居ですから、思いやりのある優しい子に育ってはいるのですが、反面、
依存性が強く、褒められることに慣れていますから「自分ができないと思ったことは
やらない」という性格でチャレンジ精神にかけるようです。ま、それも少しずつ改善
方向に進んでいますが・・・。

私は勉強なんかできなくてもいいからたくましく育ってほしいんです。肉体的にも精
神的にも。しかし、それは必ずしも女房や私の両親と100%一致した方向性ではな
いようです(笑)
しょせん自分の子供ですから、そんなに出来がいいわけはありませんし、自分の思い
通りになる(したい)という気持ちもありません。ただただまっすぐに育ってくれれ
ばいい。多少不器用でも、人の道を踏み外さなければいい。他人の痛みを理解し、自
己犠牲の精神に溢れた人間になってほしい。言葉遣いや礼儀作法など、TPOにかなっ
たことが出来るようになってほしい。正しいことを正しいと言い他人が何と言おうが
曲げない強さをもってほしい。あたりまえのことをあたりまえのようにできる人間に
なってほしい。ハハハ、並べてみるとずいぶんぜいたくな願いでしょうか(笑)

今、長男にはスイミングを習わせています。女房が習わせたいと言ったからです。水
難事故に遭う危険が少なくなるかも知れないし自分が水泳が得意ではないので、いざ
というとき自力で助かってくれればと不承不承、承知したのです(^^; それ以外に、
やれ「ピアノ」だ「英語」だと女房が言いましたが、すべて却下です(笑) 4月か
ら毎朝基本指導をしてきまして本人もやる気があるので、11月から近所の剣友会に入
会させようと思っています。

おっと、「攻めのセオリー」じゃなくて「子育て放談」になってしまいましたね。
お許しください(^^;
[2000/10/22 10:29:25]

お名前: せきさん   
先日、実家の父と生れてくる子の事で話をした時のことを思い出しました。
父にとっては初の内孫になる為、喜んでくれているのが解りうれしい限りですが、まだ早いよ!
と思うような心配まで色々焼いてくれるので、迷惑やらうれしいやら複雑な気分です。

父は、「小学校の低学年から塾に行かせよ!特に公文式に・・・」等と言い出しています。
私達夫婦は、自分の子供時代を振り返って、反省する事しきり。しかし、結論は父の意に反して
ヽ惺擦亮業時間中に勉強は全部済ませて来るように躾る。
∪萓犬旅イ嫌いや、選り好みをさせないで、人に一歩謙って教えをこう。
最低の出資で最大の効果を生む。
という教育方針を考えている事を、父に打ち明け、「塾などの余計な教育費は支払わない」旨を
言いました。

ちょっと余談に逸れてしまいましたが、自分が出来ないことを要求している様な気がしたので
書きました。今も、気持ちにムラだらけで、ここぞ!という時にどうやって実力を発揮するか
が課題であるのに、自分の子供には、毎日授業に集中しろ!とは甚だ虫がよすぎるかと思った
ものですから。

気持ちを制御するのは非常に難しいという事を感じます。もちろんプロではないので、毎日持続
する必要もないし、やる日にだけ100%となればいいのですが、それすらも難しいと感じて
しまいます。心気力一致といいますがなかなか、思うようになりませんね。
[2000/10/22 00:55:04]

お名前: Hide.   
To せきさん

そうですねぇ。たしかに「心法とは頭でわかることではなく、心を遣えるようにする
こと」なんですけど、肉体的な疲労には勝てないこともあります。
どんなに気持ちを充実させて頑張ろうと思っても、カラダが言うことを効かないとき
があります。ゆえに、私はオーバーワークを感じたときは稽古をしないようにしてい
ます。
体のいいサボりのように聞こえるかもしれませんが、いい立会ができない状態で稽古
に臨むことは、お相手に対する礼を失することになると考えるからです。
我々はプロではありません。あくまでも剣道愛好家なのですから、体調不良のときや
疲労がたまっているときに無理に稽古する必要性はないわけです。
常にベストコンディションで稽古したいものですね(^^)
[2000/10/21 09:05:10]

お名前: せきさん   
to 親馬鹿一刀流さん

このサイトは情報量が多いので普通に読むのは苦労される事と思います。お察し申し上げます。
短い文章を心掛けているのですが、なかなか、考えながら書くと非常に長くなってしまい、時々
は反省しています。

私は、現在の所、”三歩あるいて4歩さがる”様な状態で稽古しています。
なんとなく気力の充実しない稽古になってしまったりすると、心法とは頭で判ることよりも、
如何に自分の心を遣えるようになるか?にあるのかな、と思ったりしているこの頃です。
自分の体の一部なはずなのに、意思とはまったくかけ離れて動いているので、驚きつつも、どう
やったらプラスに働くのか?だましだまし遣っております。

私も皆さんのレスを読んでいろいろ考えさせて頂けたらと思っております。
今後ともよろしくお願い致します。
[2000/10/20 13:04:28]

お名前: Hide.   
To 親馬鹿一刀流さん

剣道の変遷について、たいへん興味深く読ませていただきました。
レスの遅れについては、そんなにお気になさることはありません。みなさんそうですから(^^)


>ただ、やはり見過ぎて乗られる事もあり、懸かる気持ちを無くしてはいけないのか
>なとか、トレーニングとしての稽古をすべきで、まだ引き出す事を考える段階では
>ないのかなと考えたりもしています。

そうですね。あくまでも想像ですが、「攻めての先」と「攻めての引き出し」が意識
の中でわかれて使われてしまっているのではないでしょうか?
攻めは「縣待一致」であり、触刃から一足一刀、交刃の間に至るまでの中で、瞬間瞬
間での変化に柔軟に対応できる心身の状態を作り上げることが求められるのです。む
ろん「読み」というものは存在するにしても、それにとらわれてしまうのは「止心」
であり、むしろ自分の攻めを殺してしまうことになりかねません。


>結局攻め負けているから乗られるのでしょうか。あるいは攻めにこだわって捨て切
>れていないのでしょうか。

どちらも正解のように思われます。ただ、それが単独で起こる場合と重なり合って起
こる場合とがあるでしょう。
「前に出てこない相手には?」の中でも関係のことが論ぜられておりますが、「中心
をとること=攻め勝った」ではないのです。そのあたりに勘違いとこだわりがあると、
堂々めぐりをしてしまうように思われます(^^)


>攻めと先の事で考えている事を一つ。
>応じ返し技は後の先と考えて嫌っていた時期がありましたが、攻めて引き出して打
>つのは、攻めで先をとっている事になるなと考えています。

その通りですね。剣道は最終的には「打つこと」ではなく「攻め勝つこと」が目的に
なるのです。攻め勝ってさえいれば、相手の打突は受けず、常に自分の打突が相手を
脅かすことになりますし、引きだすことも自由自在ですね(^^)
[2000/10/20 10:23:34]

お名前: 親馬鹿一刀流   
限られた時間の中で、読ませていただいているものですから、タイムリーにカキコ出来ない事、
お許し下さい。

各テーマの書き込みの中で、せきさんの剣道観の移り変わりに興味を持ちました。
と言いますのは、hideさんがお書きになっているように長足の進歩を感じた事と、意識の
違いはあれ、私にも同じような稽古の変化があったからです。

私、現在39歳、五段です。30歳前後の3年間は全く竹刀を握らなかった時期があり、再開して
現在は週一回の稽古を楽しみにしている典型的なサラリーマン剣士です。

私の稽古の変化を書きますと2年位前まで95%面しか打ちませんでした。
(現在も90%面ですが)
相手が出小手を待っているのが分かっても、応じ技を待っているのが分かっても触刃の間合い
から真っ直ぐに面です。
攻め云々と言うより自分の間合いを計り、機を捉えての打ち込み稽古みたいなもんです。
この頃はすりあげ技、返し技を嫌っていまして、相手が来るのを待って打つのは稽古にならな
いと考えていました。

自分勝手な稽古と分かっていましたが、応じではなく出端技で相手をして下さる60代、70
代の先生もおられまして、私の考えを分かって下さっていると解釈して出端技に対して相打ち
になる様心がけて続けました。

次は、剣先の攻めを意識しました。剣先を崩さずに相手が崩れるきざしを感じて打つ稽古です。
この頃は、相手の動きが見え過ぎて返って居着いてしまい打たれていました。
また、お互いに気を張り合って打つに打てない膠着状態になったりしました。
2年半前の五段審査の頃です。実で実を打つだけでなく、実で虚を打つ、虚で実を打つ、虚で
虚を打つ事も必要かなと考え始めました。

最近は、剣先の攻め、相手の間合い、誘いを意識して引き出して打つ稽古が多くなり、すりあ
げ技、返し技も使うようになりました。
ただ、やはり見過ぎて乗られる事もあり、懸かる気持ちを無くしてはいけないのかなとか、ト
レーニングとしての稽古をすべきで、まだ引き出す事を考える段階ではないのかなと考えたり
もしています。
結局攻め負けているから乗られるのでしょうか。あるいは攻めにこだわって捨て切れていない
のでしょうか。


攻めと先の事で考えている事を一つ。
応じ返し技は後の先と考えて嫌っていた時期がありましたが、攻めて引き出して打つのは、攻め
で先をとっている事になるなと考えています。
剣道形の仕太刀の先先の先で打つがこれに当たると思います。
嫌うのは、待っていての後の先と、待っている相手に無防備に打ちにいって後の先で取られる
事かなと考えています。
[2000/10/19 22:16:43]

お名前: Hide.   
To せきさん

私のようなものがこのように書くとたいへん失礼かもしれませんが、意識の上から
見て長足の進歩ですねヽ(^.^)ノ 打突という「現象面」にこだわらず、技前を強く
意識することにより「心のやり取り」を体感することが可能となったわけです(^^)

これがわかってきた後で、再度、「打突の重要性」が見えてくるはずですよ。
そこで「打ちにこだわる」稽古をすると、また、ステップアップですヽ(^.^)ノ

まぁ、今しばらくは、その手応えを見失わないよう稽古することが肝要でしょう。
頑張ってください!!!
[2000/09/30 07:36:15]

お名前: せきさん   
昨日はじめて、自分の”攻め”が相手に対して有効に作用した剣道を経験することが出来ま
した! 

しかも、相手の方は毎年京都まで八段を受けに行く程の実力者の方です。私は自分の間合いで
行くことに決めて立会うつもりで、前の高校生(かなりの高レベル)の稽古を見ておりました。
私の番が来て、立ち会うと、最初、自分からほんの少し入って自分の間合いを取ることができ
ました。そのまま、あとは竹刀を微振動させて、中心を保ち続けました。この先生が間合いを
詰めようとする所を打ち気と仕掛けて打たず、入って来た処にはぐっと我慢して微妙に自分の
間合いを保ちながら、打ちの機会をさぐりました。初太刀は小手を打ちあいては凌ぐのに精一
杯の処を面に行き一本頂戴しました。この稽古の最中に私の間合い(打ち間)の方がこの先生
の間合いよりも、ほんの少しだけ遠い事に勘付いたのでした。

私は微妙な間合いをキープして終始、主導権を握った状態で陽動作戦に出る事ができました。
この先生を始めて本気にさる事ができた様でした。途中から気合が激変して、技の鋭さが常人
並ではなくなったのです。苛立った様な気配を漂わせながら、小さく入って来て、私が知る限
り、最も速いスピードの面をたたき込んで来られました。私は首を振ってかろうじて肩越しに
やり過ごしました。避けるだけで精一杯でした。再び離れて構え直すと、同じ展開となり、今
度は入ろうとする処をこちらから、打ち気で仕掛け剣先と体で威嚇して、許しませんでした。
この先生はそれでも間合いを少しずつ詰めて来ていました。私は入られ過ぎていましたが、打
たずに攻めました。仕掛け技の間合いではなく、出鼻を取る間合いになっていたからです。
私は気を許しませんでした。この先生が動こうとする瞬間を肩と剣先と足によって揺動し続け
相手が出てこない処で、間を切りなおし、また、私の間合いを先に取っていました。
この先生がまた序々、に攻め合う中で、入り過ぎて来ました。私は充実していましたが、先生は
無視して面に討ちかかり、今度は出鼻小手を放ちました。私の打ちはタイミングがちょっとだ
け遅れて抑え小手気味に竹刀が立った状態で当たった為無効でしたが、この小手以来、無理な
打突に来なくなりました。
だんだんにテンションが高まって行くのを感じました。この後何度も、先生の間合いまで入ら
れてしまいましたが、これまでは打っていった処を竹刀を表から払う動作にして、誘ったり、
先生が打ちを出そうとする刹那許さずに、気で威嚇しつづけ許しませんよ、判りますよ、とや
ってみました。私はそれ程、出鼻技が得意な訳でも、石火の早業を使える訳でもない為大きく
動くと崩れと見て打ち込まれてしまうと思い、相手が機と見て打ちかかられる事がない様に
微妙なところで繰り返して攻めました。私の間合いを取った処では、相手の先生がまだ充実し
た構えになっていないとみるや、面の一本打ちで飛び込むと、反応できずに打たれてくださり
ました。私の剣道を”待ち”と解釈していた様子で、不思議がって打たれた後、首をかしげて
おりました。さすがに、このクラスの先生になると手元がしっかりしており、小手の棒打ちは
打たしてくれません。私は小手の打ち気だけ使い、実際に決め手には面を打つことにしていま
したが、素直には、面を打ちませんでした。同じようなやり取りの後、完全に私の主導権による
陽動作戦が展開されると、後は”買う、買わない”の駆け引きの様なもので、会社のオーナー
である先生も、日頃のバイヤーとしての手腕では私の方が数段上手と見ました。

しかし、私は必死で死力の限りを出し尽くしての抗戦でしたから、本気で打ち合いになってい
れば、まったく相手にならない位の実力差ははっきり自覚しております。3本ほど、私の間合い
から面を打たせて頂いた処で終了となりました。気力を出し切った稽古になりました。

全体の礼の後に、この先生の所に礼に行きましたら、「やー、今日はだいぶやられました。
だいぶ剣道にまとまりが出てきましたね」とお褒めの言葉を頂きうれしかったです。先生は
温和な状態に戻られていました。

ちなみに、他の先生とやった稽古では、やたら滅多に間合いを詰められてしまい、居着いてしま
う様な感じで先に打たれてしまいました。今日感じた事は、この稽古は地稽古のなかで機会を
作ってくれる引き立て稽古の様な意味合いで、相手の先生がわざとやられていることがわかって
きました。一人の先生から、終了後に、「君は間合い近くまで入り過ぎてるな!」と云われ、
驚くと同時に、ふとこんな事を感じたのでした。これまでは、「あんたが私の攻めを無視して、無理やり間合いに入ってくるんじゃないか!(怒”)」と感じていたのでした。
こういう先生方と対峙する時には、打ち込み稽古と思って打たされるのではなく、自分から技
を出す為の稽古をさせて頂くと考えることにして、稽古してみようと思いました。これは、新
たな発見かもしれませんでした。
[2000/09/29 11:31:34]

お名前: せきさん   
がんばります!
[2000/09/24 00:21:34]

お名前: Hide.   
To せきさん

それがまさに「産みの苦しみ」ですよ。
「打ちに頼った剣道」から「攻め(技前)を大切にする剣道」への脱皮なんです!
そんなに、一朝一夕には完成しませんよ。やはり、1年なり2年なり、その気持ち
に負けないで稽古し続けた先に、改革できるものなんですから(^^)
[2000/09/23 07:59:34]

お名前: せきさん   
我慢できないんですね!間合いに入っているのに、相手の動きに釣られてしまうんです。
心動かさない目的で稽古しているのに、”攻める”(攻めているつもり)と相手が出てきて、
先に打ちかかって来られてしまうのに、一々反応して、我慢できないんです。

相手から打たれはしないかと、疑い・迷いが無意識のうちに、発生してしまいます。
一緒に稽古している方に聞くと、「だれでもそうだよ!相手から来られたときは、苦しくても
ぐっと我慢して、攻め返し、自分から行ったときは、ぐっと怖い気持ちを押し殺して技を出せ
る様にしているうちに馴れてくるよ」と言われました。
”攻める→打つ”と気持ちが切り替わる瞬間を捕らえようとする気持ちが強い為、相手のちょっとした動きに釣られて反応してしまうのかも知れないと思いました。
なにか、剣道が難しく感じられてしまいます。
[2000/09/23 01:23:49]

お名前: Hide.   
To せきさん

>今の私の段階では、”心を動かさない・相手に動かされない立会い”の稽古をす
>る事が具体的な目標になるのではないかと思います。


そうですね。こうした具体的目標が決まれば、もう、「打った」「打たれた」にこ
だわる必要はありませんね(^^)
目標をある程度達成できるまでは、我慢して稽古されることをお勧めします!
[2000/09/21 10:47:28]

お名前: せきさん   
私は、”自分の稽古”をすることに専念すべきでしたね。

あれこれ考えて見ても、結局、”技前”のところに一番自分の至らなさを感じているからこそ、
心の修行をしたいと思ったわけだから、迷うべきじゃありませんでした。剣道は格闘技ですが
自分の人生や社会生活にプラスになることを見つけ、自分の内なる力を高めるという点に、や
はり主眼を置いて見ると、高段者もくそもないんですね。思いに任せてやるよりも、一つ一つ
考えて確かめながら、稽古してみます。

今の私の段階では、”心を動かさない・相手に動かされない立会い”の稽古をする事が具体的
な目標になるのではないかと思います。
[2000/09/20 14:40:17]

お名前: Hide.   
To せきさん

>本当に、何を求めているのかによって、得るものも大きく変わってくるのが、剣
>道の姿でしょうね。

と、「突?」にせきさんご自身が書かれておいでじゃないですか(^^)

剣道を山にたとえるならば、登るべきルートは無数にあっていいんです。逆に、「こ
うであらねばならない」とルートを限定されることの方が問題です(^^;

基本レベルでは、しっかりした舗装路を歩かせてやらないといけませんが、山登り
のコツをつかんだら、あとは、自分自身で山道を切り開いてゆくべきです。他人に
よってつけてもらった道をただ登るのを私は良しとは考えませんが、それとて、山
登りの一手段でありますから否定は出来ませんね(^^)

せきさんも、ご自分が信じるルートで山に登られればいいわけですヽ(^.^)ノ
[2000/09/20 08:40:12]

お名前: せきさん   
>もちろん[守破離」の「守」の段階では「打つこと」のみでいいわけです。
これは、いいと思います。(もちろん、まだまだ研究しなければなりませんが、一人で出来ます)

>「打たれないこと」の重要性が認識され初めて、・・・・・・
この辺りに来ると、急に、自信がなくなってきます。

>「離」でもって「(自他の)打ちにとらわれない」世界に踏み出すのではないでしょうか。

私は、心の修行(精神修養)に主眼を置いている為、「破」を無視して「離」に行こうとして
いるのでしょうか。打たれる事を気にせず(心とらわれることなく)、自分の”攻め”で相手
を動かそうと言うのは、段階としてはずっと高段者(=高齢者;失礼!)になってからの話と
考えた方がいいでしょうか。
[2000/09/19 14:22:00]

お名前: Hide.   
To せきさん

>中学生はタフな奴なので大丈夫ですよ!

それならよかったです(^^)


>心のやり取りを感じるのは難しいことですね。打つこと、打たれないこと、の二
>つにばかり頭の中がとらわれてしまっています。

もちろん[守破離」の「守」の段階では「打つこと」のみでいいわけです。「守」
から「破」に移行する段階で「打たれないこと」の重要性が認識され初めて、「離」
でもって「(自他の)打ちにとらわれない」世界に踏み出すのではないでしょうか。
[2000/09/19 09:17:24]

お名前: せきさん   
to Hideさん

中学生はタフな奴なので大丈夫ですよ!お母さんから、「今日は本当にお世話になりました!」
と非常にご丁寧な挨拶を受け帰って恐縮してしまいました。

>剣道は相手と自分との「心のやり取り」です。相手の心感じ、読み、それを利用していくの
>がベストな「攻め」と言えるはずです。
心のやり取りを感じるのは難しいことですね。打つこと、打たれないこと、の二つにばかり頭
の中がとらわれてしまっています。私もさっぱり、うだつが上がりません。

>その部分を無視すると「傲慢な剣道」とか「独りよがりの剣道」といわれてしまいますので
>注意が必要ですね(^^)
はい!ある意味で、稽古に目的をもって望む事自体が、相手の都合とは一切無関係に計画され
ていますから、自我が強くなり過ぎない様にしないといけないと思っております。下手相手に
は、打つ稽古よりも、心の観察を主にしてみます。

「相手の心を打つ」と言うのは難しいものですが、そういう剣道を心がけたいものですね。

昨日、試合に行ってきましたが、リーグ戦の一試合目は、日体大OBの5段の方と対戦し、何も
考えていないまま負けてしまいました。二試合目は、大卒の刑務官の方とでした。善戦しまし
たが、息が上がって面を連取されてしまいました。二人とも専門家で、私よりも上手の為、結果
はやむを得ないとしても、負けから何かを学ぶという点では充分に研究する余地がありました。
正直に振り返ると、”攻め”るも何もない様な状態ではなかったかと思います。
ドサクサにまぎれて、打ち合ってしまった試合であり、稽古の時の様に充分な攻めを出すには
程遠い状態で、心を強くもつ以前に心ここにあらずになってしまったようでした。相手の動きに
つられてしまったような気がします。試合が稽古の何倍も発見があると言うのは、こういう事
をいうのでしょうか。自分はこんな悪い点があったよと謙虚に次に生かさねばならないのです
よね。3チームのリーグだった為、連戦後、二人が試合する姿を傍観しましたが、自分の試合
がすべて終わった為か冷静に見ていました。(これを後の祭りというのでしょう。)
大舞台に弱い(大したことない大会ではあるが)自分を、再発見しました。
日頃からの、心の持ち方と、蹲踞から立ち上がった時の組立てをもう少し、真剣に考えなおして
みます。昨日は相手の思うツボでしたが、相手もやっぱり緊張しており、専門家と言えども、
それ程の実力差が見られなかった様な気がします。心と考え方の問題が大きいのだと感じています。
[2000/09/18 11:32:07]

お名前: Hide.   
To せきさん

「攻め」の稽古相手にされた中学生を、少々、哀れに思わないでもありませんが、
いい勉強をさせていただいたようですね(^^)

蹲踞から立ち上がり、気力を相手にぶつけてみたときの反応で、「畳み込んで攻める」
か「動きを牽制しながら引きだして打つか」の方針が決まると考えます。最初から、
「こうしよう」と考え方を限定してしまうと、心がそれにとらわれてしまう「攻め」
が闊達に働かなくなる恐れがあるからです。

剣道は相手と自分との「心のやり取り」です。相手の心感じ、読み、それを利用し
ていくのがベストな「攻め」と言えるはずです。その部分を無視すると「傲慢な剣
道」とか「独りよがりの剣道」といわれてしまいますので注意が必要ですね(^^)

「心で攻めて、心で打つ」
「心を攻めて、心を打つ」
[2000/09/18 09:04:44]

お名前: せきさん   
>こちらの「攻め」の意図と違うふうに相手が反応したときどうするか?
>こちらの「攻め」を無視して打突してきたときの対処は? 

たとえば、こちらが機が熟していない時に、相手が機会と判断し打ち込んでくる事がよくあり
ます。この場合、私は避けたり、竹刀で受けたりします。

私から間合いに入り、誘っている時、逆に面に乗ってこられてしまう場合もあります。
今日の稽古で偶然、試合馴れした中学生を相手にしていた時、気がついた為、すぐさま検証し
てみる事にしました。私が誘っているつもりで、右足からぐいぐいとタイミングを計りながら
間合いを詰める動きは、相手に取って見ると、不用意な前進の様に映るらしと気がついたので
す。前に出た瞬間をねらって飛び出してくるケースが多かった様で、はじめは苦しまぎれに飛
び出してくるモノと思っていましたが、相手はそのうちに出小手に変化したりし始めた為、プ
レッシャーを感じて出てきているのではないと理解しました。
それから、相手は少しずつ間合いを詰めて来て、少し退く動作が見られ、そこへ私が面を打つ
と竹刀で防御することがわかりました。私の”攻め”は彼には通じていなかったのだと解りま
した。そこで、直ぐに攻めを変えてみました。

中学生は非常に自信気でしたので、私は彼から間合いを詰めさせる事にしてみました。
それまでは、打間に入ると彼は徐々に退き、私が出ないと見ると間合いを詰めて打ち込んで来
たのでした。私は間合いに入った処で、彼がじりじりと攻めて来ている時、相手の攻めでプレ
ッシャーを感じた時には素直に感じたと認め、すばやく反応するようにしました。
彼が攻めて、機会を伺うところで、「今だ!今だ!」とか、「いい間合いです」などと話し掛
けて幻惑を誘い、なかなか打って出る機会を見つけさせず、ためらい(惑、疑)を感じさせる
ことに成功していました。これまで、彼が私に対して自信を持って打ち込んで来た初太刀が
面であったのが、簡単に竹刀を開けば避けれるような小手に変化してきたのでした。
彼は退き気味に左に回り込む様な動作を頻繁に見せる様になり、足でリズム刻みながら打突の
機会を伺うように変化し始めてきました。私は間合いを詰め、面を打ちましたが、避けられて
ました。同じ様な攻防から、追い込んだつもりで小手面を打ちましたが、同じように彼は防御
したので、咄嗟に攻めが効いていない事を悟りました。私は彼に誘われて、打っていたので
した。再度構え直し、数合いした後、彼は誘うように小さく退いた瞬間、私は無意識に渾身の
突きを繰れていました。面金のしたから2本目あたりを斜めにえぐっていました。そのまま、
私は対を浴びせ、体当たりしていました。彼は、血の気が引いて行った様子で、冷静さを失い
、その後荒れて、私に本気で対峙してきました。それからは、彼が打とうとして、間合いに入
ってきました。その時、私の凄みが始めて効いた様でした。彼がためらい、居付くのを知り、
今日の本来の目的であった出鼻面をしっかり繰れていました。その後、数合い同じ様に私は出
鼻面を出し100%捕らえたのでした。ずっとこのやり取りをした後、彼の怒りが静まり、打
たれた事を反省し始めた様でした。彼は出鼻小手一本に初太刀を代えて来ました。
3本勝負を宣言し、面を取り、小手を取られ、面を打って稽古を終わる頃には彼は静まった様
でした。

私の”攻め”がまったく通じなかった背景を悟る貴重な稽古となりました。何気なくやってい
た癖が相手を安心させる原因になっていたのでした。相手が小手を狙ってくるのが気になりま
す。手元が動き、躍らされていることが想像されました。
その後、非常に気難しい先生に初めて稽古をお願いしました。稽古後、如何でしょうか?とア
ドバイスをお願いしに行くと、「出鼻面をねらって待っているのが見えますな!来た処を撃ちに
行くのではなくて、相手を引き出させて前に来る処を打つようにしないとな。」と教えられ
たのでした。この先生とは相出鼻面の打ち合いにばかりなってしまいました。

Hideさんの出された課題の今日の答え。
「往々にして、自分の”攻め”が相手に有効に作用していなかった!」ので、相手は私の思
った様に動いてこない。相手が自信を持つ場合の行動パターンは、トライ&エラーで確信を深
めることに尽きる。構えあって数相後、自分の攻めに対する出方をリサーチしながら、私の
反応を見ているものと思われます。この場合私が、相手の意図する反応または動作をしている
ことが考えられます。この辺を注意して、相手を観察する事に集中して稽古してみます。
[2000/09/16 23:17:56]

お名前: Hide.   
To せきさん

自分の動きによって相手を働かす・・・、いいところに目をつけられましたね(^^)
相手に無意識&有意識の「恐懼疑惑」を生じさせること、すなわち「攻め」なんで
すね。

さて、そこで課題なんですが、こちらの「攻め」の意図と違うふうに相手が反応し
たときどうするか? さらに、こちらの「攻め」を無視して打突してきたときの対
処は? ってことですねヽ(^.^)ノ
[2000/09/16 08:51:05]

お名前: せきさん   
to Hideさん

私は、”面擦り上げ面”の技自体よりも、技を出す前の微妙な間の詰め方と上体の動きに興味
をもって見ました。剣の始動がすごく遅いタイミング(私の意識よりも)だったので、恐らく
完璧に相手の面を見切っていたのでしょう。打ち込んで来る相手に対して、ほとんど手元が動
かず、変化がない事からも、心が落ち着いている様子が推察できます。姿勢がいいのも参考に
なりました。いい動画をUPして頂いきました。

昨日の稽古では、”四戒を起こさずに、起こさせる”様にテーマを決めて行きました。
心を動かさないという事に意識を集中してみると、色々な発見がありました。
稽古の後、七段の方とお話し、稽古について教えて頂きました。中心を割って入る事、相手が
そのとき乗って来ても気にしない事から、はじめてみれば良いとアドバイスされました。打たれ
ても気にしないで、攻めつづける稽古をしてみると言うのは、是までの私には考えられない発想
でした。私は、いわゆる「踊り」をおどってしまう癖がついていたのですが、一々、打とうと
する相手に反応していたのでした。この状態では、相手に心を動かされていることに気がつかず
にいました。

あの論文の虚・実については、気がつきませんでした!
剣道の質が変わるという事に関していい事を指摘なさっていると思って読んでいたところで
した。(何せ大学剣道の経験がほとんど無いものですから)今私が直面している事と同じ様な
気がしています。虚・実に注意しながら、あとで、また読み直してみたいと思います。
[2000/09/15 14:43:38]

お名前: ide.   
To せきさん

作道先生のあの面すりあげ面ですが、驚愕すべきは交刃の間から打っている点です。
普通、あそこまで入りきってしまうと、面すりあげ面には間合が足りません。ノー
マルスピードで見るとやや食い込まれているように感じるのはそのせいです。
しかし、作道先生は、恐るべき切れ味のすりあげと強靱なパワーの打突とで、あの
タイトな間合で面を打ちきってしまっています。足はその場か半足分出たくらいで
しょうか?(^^; ま、打突後のさばきに若干の難がありますが、「達人の技」とい
うタイトルにふさわしい動画だと思います。


神崎先生の論文は、実は私はあまり評価しておりません(^^; 「虚」と「実」のと
らえ方が反対になっているからです。
ま、タイトルが「高校剣道から大学剣道への質的変換を目指して」という限定され
たものだからあれでもいいのかと思うだけですが(笑)
[2000/09/15 09:39:24]

お名前: せきさん   
大阪体育大学剣道分のHPで「達人の技」なる動画ファイルが公開されていました。
この中の「面擦り上げ面」のファイルを見ると、”剣先の攻め→相手が右足から踏み込んで、フ
ェイント気味に一呼吸おき面に来る→応じる”の一連の動作の流れがよくわかりました。

私自身、いつもこの様に前に出てこられて、打たされているのだな〜と考えながら見ました。
一連の心の流れが判り、とてもよかったと感謝しています。このHPに記載されている論文の
中に「高校剣道から大学剣道へ」というタイトルの論文があり、読ませて頂きました。
打たされる処と、打たせる処の差が理解でき、私は感無量です。
これから、稽古へ行って来ます。出鼻面と、応じ技、技の尽きた所の三つについて、これまで
とは違った考え方でやって見ます。
[2000/09/14 18:48:38]

お名前: せきさん   
船橋の剣連の稽古に、稲葉さんという方がいました。
私より、5〜6歳年上の方で6段でした。この方には、本当にひつこい位出鼻面を打たれました。
いつも、ぎりぎりの処で先に打たれてしまうのでした。一回の稽古で2,3本私が打てれば
いい方で、常に2〜30本は打たれていました。稲葉さんは、出鼻面一筋でした。
いつも後一歩の処でやられてしまいます。常に早く来て、鏡の前で面の一拍子打ちを稽古され
ている方で、自慢の出鼻面をうちやぶって、鼻を明かしてやりたいと思って立ち会うのですが
最後の最後、ここというところで出鼻面を食らってしうのでした。
あの頃は、ぜんぜんなっていませんでした。
もう少し稽古を積んだら、また、出かけて稽古をお願いしてみたいものです。
やっぱり、何のビジョンも持たず、今日は調子がいい!とか悪いとかやっている稽古では、進歩
がないのですね。

急に、なつかしくなってしまいました。
[2000/09/14 11:05:31]

お名前: Hide.   
To せきさん

>だんだんと解って来ました。引き出させて打つというのが”攻め”なんですね。

うーん、もちろん、これは「攻め」の要素の中では重要なものではあるけれど、こ
れそのものが「攻め」ではありません。

もう話がここまで進んだら書いちゃってもいいですよね(笑)

私は「攻め」の本質を「相手の心に四戒を生じさせること」と解釈しています。
だから、「隙が出来た」とか「打ってくる」と錯覚させて「相手を引き出す」ことも
『迷い』『惑い』を生じさせたのだから「攻めた」と言うことになりますね(^^)

有意識にしろ無意識にしろ『四戒』の生じた心(意識)は『平常心』ではあり得ませ
ん。心が動かされ崩されたら、その時点で勝負はついています。馬場先生がお書きに
なっているのもその点なんですね(^^)
[2000/09/14 08:26:22]

お名前: せきさん   
to Hideさん

だんだんと解って来ました。引き出させて打つというのが”攻め”なんですね。
私は、この部分を無意識に考えずに扱って来たようでした。誤解というか、勉強不足というか。
出鼻技にしても、「相手がピックと動いた瞬間に有無を言わさず打つ」ぐらいのモノに思って
いました。バカですね本当。大学二年で剣道を辞めてしまったから、そこから先の部分がな
いんですね。きちんとした大学の剣道部で4年間剣道やった人は、その時期に大人の剣道に脱
皮するのかもしれません。

”打たれる稽古”とは随分と人をバカにした話ですが、現実でした。
高段者にはいくらやっても敵わないはずです。遠間から無理して飛び込んでいっていた事が虚
しく、また、腹立たしくもあります。一刀流の極意がどうして”打ち落とし”なのか、やっと
納得がいきました。また、剣道形にどうして仕掛け技が入っていないのかも推察することがで
きました。形にある技をより確実に出す為に、その前段階がある訳で、そこの部分は自得する
しかないから、端折っていたのでしょう。

社会人になってから剣道を始めた友達が、毎週稽古前に”剣道入門”を読んで来ては、「新し
い技を覚えてきたから、相手してくれ!」と言って小手擦り上げ面などの返し技を試している
姿を見て、「そんなに自分の思い通りに相手が打っくる訳がねーだろ!」と笑っていた事を思
い出しました。彼のかわいそうなのは、あんまりにもボコボコにされる為、「おお、こんな技
があったのか!」と必殺技かの様に思い込んでいたことに尽きます。確かに、反射的に相手が
小手を打って来た瞬間竹刀が動く様になるまで繰り返し体に覚え込ませると話していました。
無駄な努力とは、当人だけが知らずにやっていることを言うんですね。
私もインターネットやっていなかったら、永久に知らないままでいる所でした。
よく、床を右足で叩きながら、打つふりをしてフェイントを使って起こりを打つタイミングを
計っている人を見かけますが、自分も負けずに飛んだり跳ねたりしてフェイントの応酬をした
りして、打たれない様に対抗したりしていました。(今週のスマスマのキム拓君みたいな感じ)
蹲踞から立ち上がって、始めの声と同時に、左右に動いたり、竹刀を激しく動かしたりして、
フットワークを使ったりして、あとは思い切って小手面などを打ち込んでいったりしていま
した。(自分も含めて、随分バカげた事をしている人が何と多いことでしょうか。)

明日の稽古では、この事を確認して来たいと思います。
それと、掛け声ですが、「オリャー、行く〜ぞ!」と発声していたものも改めなくてはなりま
せんね。これからは、野球と同じ様に「バッチ、来い!バッチ来い!」にする事にします。(笑)
[2000/09/13 23:15:56]

お名前: Hide.   
To せきさん

拙サイトの『Hide.剣道研究室』の「試合の効用」にも書きましたが、試合の最
終形は「自己審判制一本勝負」なんです。この詳細につきましては、いずれ、
書く予定ですのでお待ちくださいm(_ _)m


現象面での「出鼻」を考えると最初せきさんがお考えになっていたような「後の
先」の技ととらえられます。これは、単に「身体運動」とか「競技技術」のうま
いヘタに左右されますから、レベルが低い技(攻め)でしょう。
消極的と言い換えてもいいかもしれませんね(^^)

しかし、真の出鼻技というのは「先々の先」なんですね。「攻め(気攻め、体
攻め、剣攻め)」によって相手を働かせて、打突に移行する瞬間に現われる
「虚」を引き出して打突するのですヽ(^0^)ノ
これこそ、「出鼻技こそ剣道の神髄」といわれるゆえんなんですね。

注:馬場先生の「有効打突位の研究」は以下にあります(^^)
  太子若峯会(http://www.nttl-net.ne.jp/ozaki/yuko.htm)
  国士舘大学鶴川剣道部(http://www1.ocn.ne.jp/~khiroki/kokusikan/turukawa_006.htm)
[2000/09/13 08:40:41]

お名前: せきさN   
馬場先生のレポートには、ちょっとショックを受けてしまいました。

これまで私が取り組んで来た剣道は以下の様な考えをベースにしてきました。
―佗,鯀世α手は、臆病者で、自分から仕掛ける自信がないのだ(先の技を使えない)
△互いが出鼻を狙い合っていれば、いつまで経っても決着がつかない
出鼻は待ちの剣であり、仕掛け技などの先の剣に比べると遥かにレベルの低い打ちだ
ぜ分から打ち掛かっていく物でなければ、技とは言えない
ヂ覇佑涼罎悩脳紊覆里蓮◆廟茵垢寮茵匹任△蹐Α△海譴禄佗,鯊圓辰討い訌蠎蠅茲蠅眄茲紡
 ってしまう事で、相手よりも強い気迫で向かって行くことで可能となる。
Ε侫Дぅ鵐箸肋錣某靴靴なを考案していかないとすぐに、真似されてしまう。
等でした。

このレポートには、現代剣道では大抵の人が打たれる為の稽古をしているのではないか」との
記述がありましたが、まさにその通りで、打たれるために稽古している様な時のほうが、圧倒
的に多いのです。気に対して、打ちで対抗しようとしているとの指摘はまさにあたっていました。

私は、打突の好機についてもちょっと考えてしまいました。
一般の稽古に参加すると、これまでの稽古とは違い、殆どの人達が出鼻を捕らえようとするので
不思議に思っていました。私は、出鼻技は本当に出す技がない時か、よっぽど調子がよくて、
相手が弱い時しか使った経験がありません。気を練る稽古という視点でこのレポートは書かれて
いましたが、正直言ってショックを隠せません!
[2000/09/12 17:47:56]

お名前: せきさん   
to Hideさん

馬場欣司先生の”有効打突の研究”というレポートに試合について書かれた部分がありましたの
で、下記に引用したいと思います。

《本来、剣道というのは、第三者に審判を委ねて試合をするようなものではなかった。
剣道の理念はあっても、試合はー体、何のために行なうのかという理念がない。
稽古と試合は不即不離の関係でなければならないとよく言われますが、現実は単なる建前とし
かなっていないようです。試合の目的とは一体何なのでしょうか。その答を尋ねてみると、他
のスポーツ競技同様、明らかに○○大会で優勝すること、あるいは初戦を勝ち抜くこと、とい
うのはもう決まり文句です。そしてそれによって指導者は勝てば満足感を得る。その意味にお
いても剣道における試合の意義ということの明解な理念が今こそ必要とされるのではないでし
ょうか。古来、武士は戦の場において、いついかなる時にあってもいかに正々堂々と戦い、正
々堂々と勝ち、正々堂々と負けることこそ、武士道の真髄としたのです。
試合はこの正々堂々が本来のあり方ですが、高校生の大会会場などでよく耳にする指導者が選
手にいう言葉は「まともにいくから負けるんだよ」という意味のことです。すなわちどんなに
体勢を崩して打突しようとも、引っ掛けて打とうとも勝った者が立派で、正々堂々と戦いなが
らも敗れた者、あるいは選手以外の者はその存在さえも認められない。明らかにその正々堂々
の精神を育てるという過程を無視し、勝負のみしか頭にないことの顕著な例ですが、剣道の状
態に置き換えても、それは当てはまります。最も大事な業前を全く無視してしまって、当てる
ことにのみ執着してしまっているのです。この実は当てることのみに執着すると、年齢的に元
気盛りがそのピークであり、そして体力と共に剣道も終ってしまう危険が待ちかまえているの
です。竹刀の打突部で相手の打突部位を打つ。それには相手を形で幻惑させておいて打った方
が当たる確率が高い。いわゆる最も低次元のところに拘泥しているのです。果たしてこれで正
々堂々の勝利と言えるのでしょうか。》

勝っても負けても正々堂々とすると言うのは、なんと潔いことでしょうか。
私は、この”潔さ”を持っている人間をすごく買っています。それなのに、自分のやってきた
剣道が正々堂々の勝利に値しないのではないか?と感じてしまいました。
心を練ると言うのは、難しいものですね。言葉では判っているのですが、正々堂々とする前に
目先に心を奪われたり、頭に血が昇ったりと、動静を見極める以前の問題でつまづく事がなんと
多いことでしょうか!
[2000/09/12 16:47:28]

お名前: せきさん   
>3年間で700試合以上した・・・・
ですか。すごい量ですね。よく試合運びが上手いとか、試合巧者などという言葉がありますが
きっと、強くなられたことでしょう。想像するだけでも、すごい数です。

私など、部内の練習試合、公式戦、他校との交流試合を含めても高校時代年間20戦はしてい
ないはずです。ひとつの大会に優勝すると仮定しても5,6回勝てばいい事を考えてみても、
想像しがたい位です。やはり、考え方の違いによるものでしょうか。

Hideさんのコラム、試合の効用についてはその通りかと思います。試合は機会を見つけて、
自分からも参加すべきだと思います。場数を踏めばそれだけ、度胸もつくでしょうね。
[2000/09/12 13:14:30]

お名前: Hide.   
To せきさん

私も生徒にはたくさんの試合経験をさせます。一番やった生徒が、3年間で
700試合以上したでしょうか。でも、ただやらせてきたわけではありませ
ん。その全試合を私は見ておりましたし、全ての試合にコメントをつけてき
ました。生徒だけほっぽらかして、試合をさせたということはありません。
そして、必ず「剣道ノート」をつけさせ、試合を振り返らせました。

試合はいいものです。拙サイトの『Hide.剣道研究室』にも「試合の効用」と
いう一文を掲載しておりますが、試合を通じて学ぶことのできる点は稽古
1本の5倍から10倍の「質」があると考えます。それを、サラッと流して
しまうか、大きな学びとするかは、試合者本人次第なんですね。

しっかりと試合を反省し、技術面の弱点欠点と同時に、高野先生のおっしゃ
る「心の動静」を見極めることができれば、学びはさらに広がることでしょう!
[2000/09/11 08:40:26]

お名前: せきさん   
to Hideさん

御見透かし通り、私の之までやってきた剣道の技には、再現性が無い事が一番の欠点なので
した。同じ人と次にあたった場合、同じように繰り返し出せる様な技ではなかったのです。
意図して出せない技というのは、偶然に出た!偶然あたった!という類のものと同じで、何の
裏付けもありませんでした。

千葉で稽古していた頃に、
”高野佐三郎剣道遺稿集”という本を途中まで読んで、そのままになっていたので、今日また
開いて見ました。後半の修養と修行の部分を読み進めてみました。ああ、と感じる所が少なく
ありませんでした。特に、”修行の覚悟”の章にあった2つのアドバイスに感じるところがあ
り、その1は「勝負に心を煩わすなかれ」ということでした。
勝敗を気にするあまり、心の働きが甚だしく妨げられ、知恵が暗くなり、手足もよく動かなく
なるという注意でした。その2は、「場数を重ねて心の動静を自得せよ」という事でした。

《剣道による四つの病気(驚き・恐れ・疑い・迷い)が一つでもあれば敵に勝つことは難しい
との事。これらの病の起こる根源を知り、この病を治すには広くよそと試合をし、または稽古
に出かけて、場数を重ねて研究工夫するのが宜しい。こうすれば、おのずから心の動静が分か
ってきます。之を良くわきまえずして、只勝負のみにかかわる時は、数を重ねても心気は益々
動いて何の得るところも無いのであります。》

この本文にある”何の得るところ”とは「心の動静を修める」という部分を指しており、之が
胆力や腹、肝という部分になるのかと思いました。私はこれまで、こういった考え方をしては
いませんでした。「稽古を重ねれば自然に不動心が身につくはずであり、強くなった時の副産物
か何かであろう。」という程度の認識しかありませんでした。
私に最も必要なのは”腹を練る”ことだと思いました。

来週の日曜日、市町村対抗の剣道大会があるそうで、私の所属する市の剣連では選手が揃わない
ので、最悪出てもらえないか?と幹事の方から言われていたのでした。曖昧な返事をして、来
ましたが、正直言うと負けるのが嫌!なのでした。試合は、学生時代はあれほど出して欲しい
と思ったぐらい控えで待機させられてばかりでしたし、久々の団体戦ですから、燃えないはず
はないのです。それなのに、「他のメンバーに迷惑を掛けたくない。全敗したらどうしよう!」
等と考えると、どうしてもお願いしますとは言えないのでした。幹事を引き受けている方の、
苦渋に満ちた表情を見たとき、私は彼の気持ちが痛いほどわかりました。彼は私にこう言った
のです。「そんな重いものじゃなくて、試合と言ったってレクレーションだから・・・・」。
彼の日頃の言動からは想像もつかない言葉で思わず、私が耳を疑ってしまいました。心にもない
事を言っていたのです。この人の剣道が、之までレクレーションという取組み方で来られた人
出ない事は容易に察せられたのでした。

私は、三段ですから、五段、六段の方を相手にして、勝つと言うのは非常に虫がよい話ですか
ら、この方が私に何を期待してお声を掛けて下さったのかは、冷静に考えますと直ぐに分かる
はずでした。人の言う事は素直に従うべきと、心の動静を自得する場数の一つとして、全力で
当たるので、お願いしますと言うべきでした。木曜日の稽古日まで、人の都合がつかない時に
は、こちらからお願いするべきだと決心しました。(話がちょっとそれてしまい申し訳ないです。)
[2000/09/11 01:09:13]

お名前: Hide.   
To せきさん

西村先生のサイトは、私の巡回に入っていますので、ちゃんと読んでます。先
生の「月影」はなかなか興味深いですね。相手の無意識を動かし有意識になら
んとするその瞬間を右足先で感じて打突に転ずる・・・。うん、理にかなって
ますヽ(^.^)ノ
私は、「右足先」じゃなくてジェネラルインプレッションでそれを感じるよう
にしているので、少し違いがありますが・・・。

「先論」も「攻め」を考える上で非常に重要な要素です。ただ、「先」というの
は「時間的」なものだけではありません。「精神的な先」こそ重要なんです。
もし、せきさんのおっしゃるような「先」で打たれてしまう上位者がいるとする
ならば、失礼ですが勉強不足と断ぜざるを得ません。むろん、せきさんが上位
者の「よみ」を外すことに全力を傾けて「先」をかけられるわけですから、そ
れを否定するものではありません(^^)


剣線での攻め合いの方に話を移しますと、こちらの方は実に「攻め」の本質とい
うか核心に近づいてまいりました。せきさんが到達されたお考えはこちらに移っ
てくる前の「攻めのセオリー」の中でも出かかっていたことなんです。ただ、結
論を見ませんでしたが・・・(^^;

攻め合いの中で無意識に相手に釣られるのは、攻め合っているつもりでも「攻め
負けている」からです。無意識にせよ有意識にせよ、動かされてしまった(心ま
たはカラダ)方が「攻め負けた」コトになるんです(^^)
「動かされない」のと「感じない(無感覚)」は似て非なるものです。
これが上位者のいう「肚(はら)」であり「胆力」であり「錬れ」なんですね。

ここまで意識がたどり着けば、「攻め」の本質はあと一歩と考えますヽ(^.^)ノ


あ、あと、「攻めの途切れる瞬間」はせきさんのおっしゃる通りです。
最近、「一拍子の打ち」を提唱している方々は、この「途切れ」を嫌ってあの様
な打ち方を考案されたのでしょう。しかし、刀で斬りあっていた時代は、その
「途切れ」が「死線」だったわけです。「途切れ」たところに「死線」があるから
こそ「攻め」を大切にしたのではないでしょうか?(^^)
[2000/09/10 08:22:43]

お名前: せきさん   
一日頭を冷やして考えてみました。”意地が出たら手を引け”の教えもあり、今日の稽古は不
参加とし、代わりに考える事にました。

>打突よりもむしろ剣線での攻めに頼った稽古をしがちだからです・・・・・
”剣先での攻め”についてですが、私の剣道の中に、おもしろい傾向を見出しました。
中段で構え相対する時、中心を取りあったり、激しい気や、打ち気を見せたり、フェイントを
かけたり、と構え合っている時に剣先を通して相手を攻めていることは、一様に同じ様にして
います。しかし、この”攻め”が途切れる瞬間があることに、気が付きませんでした。
それは、自分が打突するときと、相手が打突してきた瞬間に発生していました。
激しい攻めの気持ちが、一瞬にして変化する瞬間がありました。これまで、あまり考えてきた
事はなかったのですが、自分が打つ瞬間は「相手が変化しないか?」、また相手が打って来た
瞬間は、”相手の打突を避けることに全神経が集中”し、攻めの気持ちは消え去って、次の動
作のことだけに意識が集中していました。

もう一つは、相手の側から見た場合。中心を奪っているのに気がつかない相手が無造作に打っ
て来た時、相手の剣先は生きているのですから、この人は正中線上を空けたまま、刀に体当た
りしていく様なものではないか?と言う事でした。ただし、実際には撃って行っても、剣先が
突き刺さった様な事はないのですが、理論上では、剣先が生きて中心をキープしていれば、刺
されるか、もしくは、邪魔になるはずなのです。結果論で言えば、剣先がどこかをさまよう様
な動きになっているものと推測しました。

間合いの中で、剣先の攻防のうちに、無意識に何か相手に釣られる事があるのだと解りました。
釣られない練習をする為にはどうすればいいでしょうか。
打たれる時に、それを無視して剣先を活かしておく稽古から始めてみようかと思いました。
攻めから、無意識に何か別の気持ちになってアクションをしている事は想像できましたが、あと
どうするか?はなぞです。相手の攻めを無視するかの様に、感じなければいいのですが、まるで
お人よしの様に、反応してしまうのでした。

ずっと攻めていれば、受けた瞬間が好機となったり、応じ技が出たりするのでしょうが、私が
攻めが途切れる瞬間があることは、面返し胴等はまったくと言っていいほど打てない事からも
明らかかもしれません。
[2000/09/10 02:41:38]

お名前: せきさん   
to Hideさん

高段者の方がお考えになっている事が端的に述べられているサイトがありましたので、紹介し
たいと思います。(http://www.okichan.com/)既にご存知かも知れませんが、5段以下の方
には参考になるかと思いまして。

この方の述べられている柳生兵庫助の”月影”の理合(色を引き出させて起こりを打つ)の中
に”有意識・無意識”の操作があるようでした。
また「おしゃべりコーナー」の投稿を読みますと、高段者の方が日頃心がけている稽古という
モノが端的に述べられておりました。私が、今考え、相対する時に実践していることは、
Hideさんの言う”下手”の剣道そのものかもしれません。いかにして、相手のペース
(術中)に入らずに打つか?と言うことですが、相手が引き出して打とうとする中段の構えで
間合いに入る(これが”攻め”の本質か?)のは周知の事実でありますから、如何にして、
之を相手にしないか、と言う事に尽きるのではないかと・・・・。

ただし、之を「若いモノがスピードに頼って打つ剣道・・・・」と一蹴されたり、「剣道が高齢に
なっても続けられる所以は・・・・・」と言う事になると、何か間違った方向に行っているのか?
という迷いも生じてしまいますが。
純粋に”先”という技を突き詰めた場合、時間的な先(相手より先に技を起こす)という事に
なるかと思います。打ちのスピードと言うのはそれ程相違がないだろうと考えますと、先に
動作を起こした方が、先に相手の部位に当たるという単純な考え方をしています。
ただし、準備万端の相手に対しては、いくら先に打っていっても、その起こりを打たれたり、
いなされたりと確率が下がってしまう為、色々考えてみたり、相手の出方を伺ってみたりという
動作を繰り返して、打つべきタイミングを計って打っていきます。これを、なるべくやらず
に、いきなり撃てないものか?というのが、私の課題の”先”です。理想的には、高段者の
方々や月影の様な形に行き着くのかも知れませんが、単純に考えると、準備が出来てないとこ
ろを、気持ちが充実する前に、という稽古を心がけています。

居付いた所・技の尽きた所・退き際・中途半端な間合の所などが、何も考えずに先に打つ所だと
思っています。ただし、こういった所は高段者の方との稽古では、あまりはっきりと現れませ
ん。退がらない稽古をされているからだと思います。「これは、いけない!」と間を切り、仕切りなおしをしようと、間合いを切ると、すかざす高段者の方は間を詰めてこられます。縁が切れ
る事を嫌がる様子が伝わってくるのです。生意気ですが、私はこの様な稽古をよしとはしません。(なぜなら、居合の考え方をまったく無視していると感じるからです。)これは、剣道だよ
!と一瞬感じたのでこの辺で終わります。
[2000/09/09 13:27:25]

お名前: Hide.   
「意識」と「無意識」の問題だと思います(^^)

実は、私は下手遣いがあまり上手ではありません。というのも、私は体が小柄
なため、打突よりもむしろ剣線での攻めに頼った稽古をしがちだからです。
下手が相手の場合、あまり、気攻めや中心の攻めを効かせすぎると打ち込んで
こられなくなってしまいますからやや緩めて攻めるのですが、こちらの攻めを
まったく意に介さず無心で打ち込んでこられ対処に困惑することがしばしばあ
ります。

つまり、相手にとっては私の攻めが理解できないので、「ない」も同然なんで
すね(笑) たとえ私が小手を狙うべく攻めていたとしても、なんのこだわり
もなく面に伸びてきてしまう。「こんなところで来るはずないだろ?」と虚を
つかれた私は、狙っていたはずの小手すら打ちのがしてしまう・・・。

それとは逆に、小手を打たれまいと面を打ちに行けば、その意識が相手の打ち
を小手に誘導してしまうのではないでしょうか?(^^)
[2000/09/09 08:13:58]

お名前: せきさん   
剣道の漫画をよんでいたら、興味あるシーンに出くわしました。
石川というひとが、小手を打たれすぎて腕が腫れてしまい、自分は才能がないのではないか?
と、剣道部を退部しようとした所、友達が止めにくる場面でした。石川さんは、どうしたら小手
を打たれなくなるのか?先生に聞くのですが、先生は、「小手を打たれてもいいから、攻めな
さい!」と一言だけ注意しました。そして、「面はいちばんむずかしい部位です。面だけを
打ちなさい!」と言ったのでした。この漫画では、その後、石川君は復活して、小手をかばわ
なくなったら、打たれなくなった!と言っていました。

私は、小手をよく取られてしまいます。面を攻めれば、小手が打てなくなり、出小手を抑えるつ
もりでいると、面が打てなくなってしまう傾向があります。

攻めとは、相手に四戒を持たせたり、体制を崩したり、我慢できなくなって打って出させたり、退かしたり、させる為に行うのですが、巧い人とやると、自分がこのいずれかの状態になってし
まうのは何故なのだろうかと不思議に思っています。
[2000/09/09 03:24:44]

お名前: Hide.   
To せきさん

誰とやっても相手も見くびらず、あなどらず、尊敬と感謝の念をもって全力で
立ち向かうこと。このことこそが、相手に対する「真の礼」ですよね(^^)
常にこの気持ちをもっていれば、自ずと人を引きつける素晴らしい剣が使える
のではないでしょうか?
[2000/09/08 08:23:45]

お名前: せきさん   
相手より「ちょっと強く!」ですか。本当にその通りです。相手を潰すというのは、意地の世
界に入ってしまい、やくざな喧嘩とひとつになってしまいますね。

”相手の事を考える心”、之は指導者という立場の方だけに求めるべきことではなく、私の様な
一般人にとっても、一番重要なことだと、今は考えています。
振り返って見ると、やさしかった先生方・ずっと慕い尊敬してきた先輩・可愛がった後輩など、
誰をとって見ても、皆、思いやり深い人達でした。「勝ちたい、強くなりたい!」之ばかり考え
てきた私。長い間、稽古相手や環境のせいにし続けていました。

「互恵関係!」と一言でいえば簡単ですが、本当にこの様な稽古ができるかどうか?私自身の
本当のテーマはこの辺なのかもしれませんね。いろんな人を引き付ける、沢山の人が集ってく
るような稽古日にするにはどうすればいいのか?また、今顔をお出しになっている方たちと、
どういう関係を作っていくのかですね。
私は、相手よりちょっと強く出来る程の実力はありませんので、別の意味合いでの”浩然の気”
を追求してみたいと思います。相手へのマナーでも礼儀でも、態度でもいいと思っています。
もちろん技の修練も怠り無くというのは言うまでもありませんが(^^j)"
[2000/09/08 00:36:05]

お名前: Hide.   
To せきさん

『浩然の気』の話が出てきましたので・・・。

いずれ『Hide.剣道研究室』の方に書かせていただくつもりでしたが、私は
師の渡辺敏雄先生に専門家になるにあたっての稽古での心構えとして「ちょ
っと強くだよ」通しえていただきました。

5段に方を相手にしたら、その方よりもちょっと強く、大学生を相手にした
ら、その彼よりちょっと強く・・・。相手が初心者だろうが経験者だろうが、男
性だろうが女性だろうが、子供だろうが大人だろうが「ちょっと強く稽古をし
なさい」とおっしゃったのです。

相手を圧倒的に打ちのめしてしまうことは傲慢であり、それが必ずしも「相手
の為になる稽古とは限らない」というわけです。また、「ちょっと強く」使う
ことによって、相手に「やる気」と「打つ気」が生まれ、いい技・いい打ちが
数多くでてくるわけです。

「ちょっと強く」使うためには、相手の技術・技量・精神状態を正確に把握す
る力が無くてはいけません。まさに「我以外皆師」の実践にほかならないので
す。
なかなか難しいことですが、私はこれを「攻め」にも応用して稽古に臨むよう
心がけております(^^)
[2000/09/07 08:49:36]

お名前: せきさん   
中段の構えにて、一足一刀の間合いまで入ってしまうと、上手な相手にはなかなか通じません。
私思うに、相手が準備万端で待ち構えているからでしょう。
いわゆる「懸待一致」の修行を長年に渡り、心がけて稽古なさった方は間合いに入った時の自
信が違っているのでよくわかります。(ばかばかしい話ですが、私は、間合いに入った時には、
山を掛けて、撃ちかかる事しか頭に無かったようです。)待ち構えている相手に、起こりを打た
れたり、返し技を食ったりしても、次こそはと、猛獣のごとく突進することしか考えていませ
んでした!。
振り返って見ると、見事な(返し)技を食らった記憶というのは、試合&稽古を通じても、ほ
とんど記憶がありません。ほぼ80%が起こり頭を押さえられるのでした。後の20%は打ち
合いの最中に出小手など、完全に打ち気の色を読まれている事に起因する傾向が顕著に感じら
れるのでした。先日対戦した中学生などは、数相した後、最初から抜き胴を見せる等腑に落ち
ない、また彼の初太刀のほとんどが出小手狙いであった事などから考えると、恐らくは打ち気
が筒抜けになっていての事でしょう。私は稽古中に、彼を「消極的である!」と断定していま
した。ここのところでもう既に一刀流の極意に言う、”浩然の気”(本気になるとどんな人で
も強い!という教え)を理解していなかった事実が露呈していのだと悟り、恥ずかしい限りです。
先の業と、山勘で打ちかかっていくことを、混同し、弱い相手に対しては増長し、強い相手に
大しては、性懲りもなく突撃を繰り返し、「剣術の奥義は相打ちにある」等と誤解した稽古
姿勢を改めねばならないと思いました。今、あ〜あよかった!と背中に安堵の汗をかいてしま
いました。
[2000/09/06 11:46:48]

お名前: Hide.   
To せきさん

>剣先を相手の拳またはみぞおち辺りに取るようにしています。最初は手元
>を上げない様に意識していたのですが、逆に相手の手元を攻めることによ
>り、相手の手元を浮かせる効果があるような感じがしています。

おっしゃる通りですね。

私の場合「手元を攻める」というと、相手の竹刀に「下付け」をするように
して攻め入ります。相手が嫌って剣先を下げてくれれば、面に乗りますし、
手元が上がれば小手に変化できるようにします。


>しかし、この攻めは、攻めすぎて、相面になった時、相手に上から乗られ
>てしまう感じで打たれてしまう事が多いようです。小手の得意な人はやは
>り、こういう状態では、小手を取る方向に相手を追い込んでいくのでしょ
>うか。

深く攻め入りすぎてしまうと、出小手が間に合わないことがありますから、
その場合は、応じ返し胴などに変化するように考えます。
「間詰まり」の具合や相手のカラダの勢いなどを考えて、「面に乗ってきた
場合」の対処方法を工夫して攻め入ります(^^)


しかし、攻めも「手元だけ」を狙っても効果は薄いと思われます。逆に「上
付け」され、その上太刀をとられれば為す術がありません。虚実を試しなが
ら、様々な攻めから相手の心に「四戒」を生じさせる努力が必要と考えます。
[2000/09/05 09:14:27]

お名前: せきさん   
”攻めのセオリー”のお題で、ひとつご質問させて下さい。

一足一刀の間合いで、機会を伺い合っている状態でのことです。
私は、視力が弱いので、この様な時には相手の手元に焦点を合わせているのですが、剣先を相手の拳またはみぞおち辺りに取るようにしています。最初は手元を上げない様に意識していたの
ですが、逆に相手の手元を攻めることにより、相手の手元を浮かせる効果があるような感じが
しています。

しかし、この攻めは、攻めすぎて、相面になった時、相手に上から乗られてしまう感じで打た
れてしまう事が多いようです。小手の得意な人はやはり、こういう状態では、小手を取る方向
に相手を追い込んでいくのでしょうか。理論上では、小手の方が相手の近くにあるため、面と
小手を同時に撃ちあった場合には小手の方が先に届くはずなのですか・・・・よく、私は面に乗じ
られてしまいます。(不器用なので、小手が得意な方が羨ましく感じてしまいます)

実力が伯仲していたり、自分より上位の相手と相対するとき、間を詰めすぎ、充分打てる間合い
に入っているにも関わらず、打てないのは、相手が待っている気配を感じているからなので
すが、竹刀を払ったり、打ち気を見せたりすると、相手が先に飛んでくる為、打たれてしまい
ます。一足一刀の間合いでのセオリーとはどんなことが考えられるでしょうか?

私は、やはり先に撃った方が早い様な気がしています。近くまで踏み込みすぎるのが悪いのかも
しれませんが、結構膠着状態になるとありますよね。
[2000/09/04 11:33:45]

お名前: Hide.   
To  耀  

5日から名古屋に出張でしたので、レスづけが遅くなり申し訳ありませんでした。


>な〜るほど 左足を横に移動ではなく少し前に出すのか
>そうすれば重心は後ろになりませんね そして左手のテンションはポイントですね

左手(正確には左腕の上筋)のテンションが甘いと、左足の移動の合間に相手からつ
け込まれる事がありますので、ここは研究です。また、くどいようですが、相手には
、左足をやや前に出していることを感づかれないようにしなければいけません。


>福岡商業の白水先輩は私たちの一年先輩です

そうですか。
栗山君には、私が高3の玉竜旗で5人抜きをくらいましたよ(笑)
でも、あの延長で取られた抜き面は当たってなかったぞいヾ(・_・;)オイオイ
[2000/07/08 13:00:19]

お名前: 耀   
To Hideさん

な〜るほど 左足を横に移動ではなく少し前に出すのか
そうすれば重心は後ろになりませんね そして左手のテンションはポイントですね
う〜ん なんとこの談議室は勉強になりますね
これで稽古の楽しみが随分増えました

福岡商業の白水先輩は私たちの一年先輩です
2年生の時には県大会でその強さを発揮されていました
今は母校の先生になられたのですね
3年生の時に県大会でその下の栗山君らと決勝戦で試合をしたことがあります
私たちと同級では国士舘高校に進学した石松君とは中学からの知り合いでした
なんか剣道界って広いようで狭いですね
最近では熟練された先生方の剣道の深さに感心させられ稽古が楽しくなっています
[2000/07/04 23:31:54]

お名前: Hide.   
To 耀

>突きの効果は以外と大きいことは確かにそうですね
>今後は稽古の中で突きを織り交ぜながら、攻めていくことでこれまでになかった
>攻め方ができそうです

研究には十二分に値すると思います。ぜひ、トライしてみてください(^^)


>足さばきで左右に交わしながら中心を攻めるのもよく使います
>しのぎで相手の竹刀を抑えながら間に重みを付けますが、
>左回りの時に左の足に重心がかかり一瞬居着いた状態になりませんか?

中心をとるときに重要なのは左手の位置と左腕のテンションですが、左周りの時は
さらにそれが重要です。左腕に相手の剣線のテンションを十二分に感じながら、左
足を真横よりも数センチ前に盗むようにスライドさせます。次いでカラダが移動す
るのに伴って右足を引きつけ、その時に相手の竹刀を自然に押し開いていきます。

中心をとるのと同時にわずかに間を詰めているのですが、この方法だと、相手は詰
められたことに気づきません。むろん、気づかれぬようにやるには、ある程度稽古
が必要ですが・・・(^^;

ゆえに、居着きはありません。


>Hideさんは九州の方ですか?
>鹿児島商工と試合をしたことがあるのですか?

私は東京出身で根っからの関東人です(^^)
北辰一刀流系の道場で教わりましたので、橦木足の半身で小手打ちが得意な小中学
生時代を送りました(笑)
高校は早稲田実業で、よくPLで合宿をしました。そこに鹿児島商工もたびたび来
ており、試合や稽古をしました。関西の剣道・九州の剣道の間や打突の機会の違い
を勉強させていただきました(^^)


>私と年齢的にはあまり変わらないように思います
>私は福岡出身です

福岡ですかぁ。私は福岡商業の白水先生(現西福岡高校剣道部顧問)とは高校時代
からの友人ですよ(^^)
あ、如水館の池田健二先生は大学の大先輩で、玉竜旗に参加したときはずいぶんお
世話になったものですヽ(^.^)ノ

アハハ、攻めの話から懸け離れてしまいましたね・・・(^^;
[2000/07/04 08:48:27]

お名前: 耀   
To Hideさん

突きの効果は以外と大きいことは確かにそうですね
今後は稽古の中で突きを織り交ぜながら、攻めていくことでこれまでになかった
攻め方ができそうです

足さばきで左右に交わしながら中心を攻めるのもよく使います
しのぎで相手の竹刀を抑えながら間に重みを付けますが、
左回りの時に左の足に重心がかかり一瞬居着いた状態になりませんか?

Hideさんは九州の方ですか?
鹿児島商工と試合をしたことがあるのですか?
私と年齢的にはあまり変わらないように思います
私は福岡出身です
[2000/07/03 23:53:06]

お名前: Hide.   
To 耀

>実は九州で長く剣道を行っていたため?私の学生の頃は目上の人に『突き』を突くのは
>失礼に当たるのではないかと感じていました(今の学生には無いかも知れませんけど)
>しかし九州の人でも関東で剣道をされた方は、突きの重要さについてはそのとらえ方が
>かなり違うみたいです(攻めにおいて突きが基本であると言われる方が多いようで)

関東でも目上・目下に関わらず突いていい人と行けない人っていうのはありますよ。
相手が中心を強く意識しておられる(攻めてこられる)場合は「突いていい」と判断
しますが(^^)

吸収と関東の「突」への意識の違いだけど、九州に比べて関東は間が近いですから、
なおさら「突」を意識した稽古(剣道)になるものと思います。でも、関東でも目上
についたら倍から3倍は返ってくると覚悟しなければイケマセンが・・・(^^;

私の現役の頃は、九州では鹿児島商工が突をよく出していましたね。



>実際私も強烈な突きを食らった時に感じるのは、まず頭にきます・・・・なぜ?
>私は突きは大事な技の1つと考えるため、突き有りの剣道なのです
>じゃあどうして? 自分では中心の攻め合いで剣道をしているつもりなのですが、
>その中心を突かれるということは実際私は攻めているのだろうか?という疑心暗鬼
>におちいるからです。自分の欠点をまともにつかれたときのように・・・

そう、突というのは面・小手・胴と違って精神的なダメージのある技ですね。
人間の体の正中線でもあり、また、もっとも弱い部分でもありますから、たとえ外れ
ても恐怖心が大きいのだと思います。
逆に私などは、「突による精神的な動揺」を攻めの大きな武器に使っているわけです
が・・・(^^)


>反対に突きを得意にしているとどのような効果があるのでしょうか?

上記の「相手の精神的な動揺を誘う」という他には、自分が突かれたときの動揺が少
なくなるっていうことじゃないですか(笑)


>ついでに突くことによるリスクはありませんか?

出ばなを狙ってる相手にはダメですね。
また、突いたあとは伸び切ってしまうと、その後を打たれるので注意が必要かと。

>私の攻めのパターンで特に注意しているのは「出バナ」です
>立ち会い十分な気を持って対峙し、剣先と足さばきで中心を取り合いここぞという
>ときに息を小さく吐きながら出バナを狙って間を詰めます

私も同じパターンから「出ばな」と「居着き」を見合いにして攻めます(^^)
入り方ですが、「右回り表抑え」「左回り表抑え」「左回り裏抑え」「右回り下段」
「左回り下段」など変化をつけます。
[2000/07/02 10:22:37]

お名前: 耀   
To Hideさん

書き込み欄を間違えてしまったのに、お心使い感謝します
なるほどなんだか想像したら緊張してきました(実際に対峙している感じで)
確かに『突き』というのは1つのキーポイントかも知れませんね
実は九州で長く剣道を行っていたため?私の学生の頃は目上の人に『突き』を突くのは
失礼に当たるのではないかと感じていました(今の学生には無いかも知れませんけど)
しかし九州の人でも関東で剣道をされた方は、突きの重要さについてはそのとらえ方が
かなり違うみたいです(攻めにおいて突きが基本であると言われる方が多いようで)
実際私も強烈な突きを食らった時に感じるのは、まず頭にきます・・・・なぜ?
私は突きは大事な技の1つと考えるため、突き有りの剣道なのです
じゃあどうして? 自分では中心の攻め合いで剣道をしているつもりなのですが、
その中心を突かれるということは実際私は攻めているのだろうか?という疑心暗鬼におちいるからです。自分の欠点をまともにつかれたときのように・・・
そしてその後は間を気を付けさらに気を張って稽古をします
反対に突きを得意にしているとどのような効果があるのでしょうか?
ついでに突くことによるリスクはありませんか?

私の攻めのパターンで特に注意しているのは「出バナ」です
立ち会い十分な気を持って対峙し、剣先と足さばきで中心を取り合いここぞというときに
息を小さく吐きながら出バナを狙って間を詰めます
ここで実際に打ち込むとひょっとして相手が応じを狙っている可能性があるので
打ち込む場合に気を付けているのは手元からではなく腰から打って行くように心掛けています
手元は最後に動かすように(といっても実際には意識の中で)
そしていつも同じパターンでは相手も慣れてきますので、たまに合気をはずす技も出します
だいたいそんな感じです
[2000/07/01 23:05:12]

お名前: Hide.   
To 耀

あっちが長くなりましたから、新しく、こっちでやりましょうか(^^)

>それは相手が打って出れば応じ、打ってこなければ打って出るということですか?
>それとも完全に自分のパターンに相手をはめていくということですか?

完全に集中しきっているときは、前者のようなことができるかな。
でも、そこまで集中しきっていることはあまりないようですね。というより、そこま
で自分を追い込んで、必死に対峙するといったことが最近はなくなっているのかもしれ
ないけど。どうしても下手と稽古することが多いもので・・・。

だから、ある程度方針を立てて稽古していることが多いかな。
「ここを攻めてこう出てきたときは打たせてやろう」「こう反応したら打込もう」なん
ていう感じでしょうか(^^)


>Hideさんの攻めのパターンはどんなパターンですか?

俺はカラダが小さいし、腕力もあまりある方とは言えないので、まず、相手を攻め崩す
ことを主に考えてますね。

どうやって攻め崩すかの基本方針は『突』です(^^)
中段の構えの命綱は「突の威力」にあると思っています。そしてその構えは、カラダと
一体化された左手と、バランスの良い足腰によって支えられています。
無理のない理想的な構えが作れたら、気を入れます。もちろん、この操作は2段階に分
けているのではなく、構えを作ったときに気が自然に入るのですが・・・。

息を腹まで吸い込んで、丹田に落とし左手を通して竹刀に乗せ、気のエネルギーとして
剣先から相手に放出します。気は一定ではなく、コントロールし「強弱」「短長」「波
形」など変化を突けていきます。この「気の意識的な変化」と剣線及び足さばきをもっ
て間(空間的&時間的)を作り、相手の気に意識を同調させ「恐懼疑惑」を探り技とし
ます(^^)

技の選択はその後になります。
相手によって攻め崩し方は一定ではありませんから、決まったパターンというのはあり
ませんね(^_-)〜☆
ただ、どんな相手に対しても『突』というのは常に頭に置いて稽古しています。だから、
突いてはいけない相手の時はかなり弱いですね(笑)
[2000/07/01 08:25:10]

お名前: 耀   
すいません 書き込み欄を間違えてしまいました
[2000/07/01 00:21:08]

お名前: 耀   
to  Hideさん

私の場合これまで相手の方と対時して何も考えてないという事がなかったため
そのように剣道が出来ることは本当に凄いなあ〜と思うばかりですが、
それは相手が打って出れば応じ、打ってこなければ打って出るということですか?
それとも完全に自分のパターンに相手をはめていくということですか?
Hideさんの攻めのパターンはどんなパターンですか?
[2000/07/01 00:16:47]


記事一覧に戻る