記事タイトル:剣道の品位と精神 


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お名前: Hide.   
くにさんには司会進行役のような形でお題を進めてくださいまして、恐縮いたしております。
いやぁ、最近は管理者不在でも掲示板がよく動く(笑) 助かりますヽ(^.^)ノ
お忙しくなられるとのこと、ムリのない範囲で顔は見せてくださいね。


親馬鹿一刀流さんの「防具を付け始めた子供達に面を打たれて痛かったかどうか
聞くようにしています」というのはいいですね。最近は子供に限らす「人の痛み
を知る」ということの配慮に欠けた人が多いのではないでしょうか。
昔から「不言実行」が日本人の美徳とされてきましたが、現代では西洋的な色合
いが強くなってきて「言ったもの勝ち」のような風潮になりつつあるようです。
これは、ある意味でたいへん困ったことですね。
剣道は打たれることによって「人の痛みを知る」ことができ、そして真剣に対峙
してくれるお相手にたいする感謝と尊敬の念が生じる・・・。こういう受け止め
方をさせられれば、自然と人格は磨かれていくことでしょう。
「勝ってありがとう、負けてありがとう、打ってありがとう、打たれてありがと
う」の境地です。子供達ばかりでなく、応援のご父母にも、しっかりと伝えてい
かなくてはいけない剣道の価値観ですね(^^)
[2001/02/13 15:12:41]

お名前: くに   
しんやさん。Hideさん。親馬鹿一刀流さん。
ご意見ありがとうございました。

もう少し書き込みがあるかなと思っていたのですが、だいたいこのへんのようです。
お三方のご意見を拝読すれば、新たに書き込むこともないかなと、思われた方も居られたのかも
しれません。

お三方のご意見は、剣道ということにとらわれず、人の生き方の問題として接していけば
いいのだ、と言うことのようです。
振り返って、自分も、これまでの人生の中で形成された品位なり精神なりを発揮すれば良い
のであって、剣道にとらわれる必要はないということのようです。

たいへん勉強になりました m(_ _)m

問題提起者として、活発な発言を期待して、失礼な表現、本意でない意見の書き込み
などがあったことをお許し下さい m(_ _)m

この先一ヶ月程は、ちょっと忙しくなりますので、長文の書き込みは出来なくなると
思います。
このテーマへの書き込みはどんどんなさって欲しいと思いますが、私はちょっと失礼します。
みなさん、ありがとうございました m(_ _)m
[2001/02/13 14:58:02]

お名前: 親馬鹿一刀流   
主旨にあっているかどうか、また皆様のご意見と重複する所もありますが、私の私見です。

剣道の段位、その他剣道の権威は剣道界だけで通じるもので、一般の社会では何のたしに
もなりません。
しかし品位、人格は、一般の社会でも通用します。
では剣道で作られる人格とは何でしょうか?
私は、自分を知り、相手を認める心ではないかと考えています。

私、防具を付け始めた子供達に面を打たれて痛かったかどうか聞くようにしています。
大抵は痛いと応えますので、自分が打った時は、相手は痛い。痛い所を打たせてもらって
稽古が成り立っているんだから、相手に感謝する事と教えています。

社会人の愛好家として、また稽古をお願いしたいと思うのは、稽古の内容が厳しくとも、
愛情を感じさせる稽古をされる先生です。
こてんぱんに、打ちのめすのではなく、良い所を引き出すように、悪い所をさとすような
稽古をされるような先生です。
また、相手の強い所に合わせて、自らも稽古しようとする先生もおられます。
このような先生方と稽古後、お話をすると非常に暖かい気持ちになる方が多いです。
多分、相手が居ないと稽古が出来ない事、相手を高め、自分も高めようという気持ちを持
たれているのではと感じています。
また、私より下位であっても上位であっても、打たれてニコッとされる方がおります。
こんな方々は稽古後、素直に有り難う御座いましたと言えるものです。
相手を認め、打たれてニコニコ出来る心境にさせてもらえるのが剣道の人格形成ではない
かと思っています。
[2001/02/12 20:24:30]

お名前: Hide.   
>「上位の者だから、それなりの礼は尽くして立ててやる。しかし、あなたは我が師
>の名に値しない」というような人には、どう対処したらいいのでしょうか?

対処するもしないも、普通にお付き合いすればいいだけのことではないでしょうか(^^)
現在では徒弟制度は崩壊し、内弟子なんていうシステムもありません。どんな大先生
だろうと「弟子にしてください」「いいですよ」というやり取りがあってはじめて師
弟関係が生まれるわけですから、それ以外の先生に対しては、どんな人格をお持ちの
方であろうと普通の人間として最低限の礼儀をわきまえたお付き合いをすればよろし
いのではないでしょうか。

幸いなことに、「師は選ぶことができる」わけですので、しんやさんがおっしゃるよ
うに「3年かかっても良師を探せ」ですよ。師として敬えないが上位であり学ぶ点が
ある人からは技術だけを学べばいい。そんな程度でよろしいんじゃないですか(笑)

最近の剣道の先生は、どなたも指導の大安売りをしてくださる。ありがたいことです。
多いに利用し、己の肥やしといたしましょう!ヽ(^.^)ノ
[2001/02/11 10:22:24]

お名前: しんや   
>「上位の者だから、それなりの礼は尽くして立ててやる。しかし、あなたは我が師の名に
>値しない」というような人には、どう対処したらいいのでしょうか?

だから、「三年かかっても良師を探せ」というんでしょうね。
でも、僕の周りの先生は幸いなことに尊敬できる先生が多いですね。Hide.さんはご存知で
しょうが、竹川先生は非常に立派な先生だと、僕は思っています。
ただ、大事なのは、皆さんがおっしゃるとおり高段者だから立派だ、人間的に優れているって
いうわけではないと思います。よく伝記等でもあるように、決して大きなことを成し遂げた
人間っていうのが立派な人間であったというわけではないと思います(よく言われるのが
信長でしょうか)。人間誰しも欠点があります。完璧な人間はいません。だから、完璧に
尊敬できる先生というのもほとんどいないのではないかなぁって思います。
だから、例えすごい先生でも、ああ、この人はこういう先生なんだって、悪いところも、その
人の個性なんだろうなぁって思うと、またその先生もやっぱり欠点はあるんだって思って、
また、愛着っていうか親しみが持てるようになります。僕はいつもそう考えてます。

剣道って言うのは僕はすべてではないと思います。生活の中に剣道があってこそであり、
生活の中でそれを実践することによってそれこそ、剣道に意義が生まれてくるものだと
おもっています。また、剣道も小さな生活。今日の稽古は身が入らなかったと反省すること
もあれば、自分の生き方はこうだと、黙想してるときに考えちゃったりすることも
あります(ホントは駄目なんですが・・・)。剣道が強いだけのアンバランスな人間には
なりたくありません。剣道と生き方その二つがあってこそであり、その二つのバランスを保ち
ながら稽古されてる先生の人格や品位っていうのはすばらしいと思います。

偉そうな事を言ってしまってすみません(特に高段者の先生方)。
でも、これが僕が今実際思っていることです。「心正しければその剣正し」であると思います。
[2001/02/10 14:33:44]

お名前: くに   
to himさん・しんやさん

品位、品格が天性のものであるかという論争ですが、品位、品格とは何なのでしょうか?

太宰治の「斜陽」に「天爵」という話が出てきますが、それが本当だとすると、磨くとか
磨かぬとかいう話ではなく、生まれつき備わった気品は、秘めても立ち現れてくるようなもの
ということになります。

我々が、品位とか品格とか言う時、そうしたものを指しているのでしょうか?
そうではないと思います。

例えば、
常に攻撃的な気を周囲に発散させ続けて、何か言えば、相手が傷つくまで攻撃し続ける人に、
品位を感じるでしょうか?
上位者に媚びへつらって、後輩や下位の者は、言いつければ何でもする奴らだと思っている
人に、品位を感じるでしょうか?
やけになれなれしく寄ってきて、誰彼かまわず卑わいな冗談を飛ばすような人に品位を
感じるでしょうか?
自分を最大限に尊重せずに競技や儀式が進行すると進行役を呼びつけて怒鳴りつけたり、
段位の上下で態度を豹変させ、勲章や肩書きを欲しがる人に品位を感じるでしょうか?
道場に出てきても、ろくに稽古をせず、先生方をつかまえて大声で談笑してかえってしまう
人に品位を感じるでしょうか?

私は、感じられません。ブランド物の衣装に身を固め、高価な竹刀を振り回していても
、精神の卑しさ、人間の未熟さを感じ、品位とはほど遠い所に居る人だと思ってしまいます。
しかし、こうしたことは、「天性のこと」と言うよりは、人間として成長していく過程で
克服できることのように思います。

IMAINGさんのおっしゃるように、目標・目的はそれぞれ違います。しかし、剣道を続けていく
うちに、理想の剣士像と言うものが出来ていき、それに近づこうと努めるように、
なってくるのでしょう。
Hideさんがおっしゃるように、周囲も、その地位にふさわしい人物になることを要求し、
当人もそう努めて行って、最終的に、人間としても、剣士としても、人の規範となるような
達人に到達するのでしょう。

剣道をやる人が皆そうなっているわけではないことは、皆さんご指摘の通りです。
さて、では、それでいいのでしょうか?

「上位の者だから、それなりの礼は尽くして立ててやる。しかし、あなたは我が師の名に
値しない」というような人には、どう対処したらいいのでしょうか?

ちょっと忙しくて、書き込み遅れました。
みなさん長文ですねぇ。ありがとうございます。 m(_ _)m
あんまり、コンセンサスがとれないような内容にはなっていないようなので、
ちょっとまとめて、違う展開に持っていって見ようかと思いました。
異論反論があれば、お願いします。
私が纏めなくても、Hideさんがまとめているようなものだけど…。
[2001/02/10 14:00:46]

お名前: Hide.   
登場が遅れて、かなり話が進んでしまってますね。失礼しました(^^;

さて、まず段位に関する考え方ですが、これは、くにさんのようにお考えになる
のが一般的な認識なのでしょうね。「高段者なのだから、求道者として修業を積
んできた過程で、当然、剣道の徳目を理解実践し、人格が磨かれてきた」って感
じですね。そう信じたい気持ちはありますが、現状を見ると必ずしもそうではあ
りません(^^;

himさんもおっしゃっている通り、別に剣道などしなくたって、いや、なんら「道」
と名のつくものをしていなくたって、品格・品性の優れた人格者が多数存在する
現実を見ても、「剣道をしているから人格が磨かれる」というのは必然ではない
ように考えます。

人には多くの場合「向上心」というのがあります。心理学的にいうと「自己実現
の欲求」ですね。それが強い人も弱い人も存在するんです。まさに、千差万別で
す。これが強い人は、目標に向かってどんどん突き進んでいくことができるでしょ
うが、そうでない人は、まぁ、ほどほどのところで満足してしまうようですね(笑)
この欲求は、二次的欲求に分類されるもので、生後、環境などの中で獲得していく後天的な欲求なんです。ですから、大人になっても変化しているわけですね(^^)

「地位」や「名誉」といったものが人間を作り上げていくように、高段者(剣道
を懸命に修業する自分)は、「剣道の理念に掲げられているような人格の完成を
目指していかなければならない」という思いを多かれ少なかれ持っていて、それ
が、「自己実現の欲求」の度合いに応じて、その人個人を磨いていくものなので
はないでしょうか(^^)
ただ、そうしたことにまったく思い至らず技術のみを学んでしまう人だって多く
いるはずです。これも、剣道以外の社会とまったく同様なのではありませんか(^^)

つまり、剣道が人を作るのではなく、剣道の教えをもとにして考え学んでいくと
いう主体的な「啓発行為」によって人が作られていくと考えたほうが自然でしょ
う(^^)
[2001/02/09 10:18:22]

お名前: IMAING    URL
面白いですね、この手の議論(談話)は大好きです。(^^)
ただ、言葉遊びにならないように気をつけないといけませんが。

結局はくにさんもhimさんもしんやさんも、同じようなことを言われているように感じますね。
大切なのは剣道をする目標(目的)なのではないでしょうか?
私などは「楽しく続けられればOK」ってノリでやっていますが、だからって現状の剣道を
ダラダラ続けるのではなく、いつもどこか高いところ(具体的には新しい攻め方ひとつや惑わされない肝など)を
目指して少しずつでも向上していきたいとは思っています。
昇段や試合を尺度にしないだけです。(^^)

そこでhimさんしんやさんのお話にのらせて頂くと、himさん論は仝機垢了饉舛品位の向上に必要、しんやさんは∋饉舛茲蠅睨瓩ことによって出来てくるものの先天か後天かって話に
なってますね。
(多分、本来意図したものとは変わってきてるような気がしますが^_^;)
私はどちらも実は正解で反しているわけではないと思います。
分かりやすいので昇段で話をしますと、8段になられるような方はそれこそ私などには
想像もつかないような稽古を積み、いろいろな犠牲を乗り越えて剣道に励まれたかただと思います。
そういった方々には素直に頭が下がりますし、私にはそこまで剣道に浸りきることは出来ないと思いますが
その過程での気持ち(なぜ8段が欲しいのか?)やその後の目標を失ってしまい、例えば
指導者として「勝つこと」に執着したり、いじめに近いしごきをすることが剣道だと勘違いされる
先生も残念ながら見えるようです。
結局これは人が人を審査する以上必ず起こり得る問題ですし、人間の中に「肩書き」を必要とする
弱い心がある以上、やむをえない現象かもしれません。
ちょっと話がそれてきましたね、すみません(^_^;)

戻ります。
剣道をする上で、どんな目的を持ち何を目標にするか?っていうのが大切で、これがしんやさんの
言われる「磨き方」だと思います。
つまりただ磨くだけでは光はしますが、いろいろな光り方がありまして必ずしも品位を高める
光り方をするとは限りません。
そこで宝石で言うならカットの形なども含めた磨き方で磨いてやっと正しい剣道?にたどり着くものと
考えます。(何が正しいって事もないですが、品位を高めるような剣道家になることをひとつの正しい方向にした場合はです)
修行途中で自分の進行方向をそうやって確認しながら修行していく人、目の前の段位・試合に
目がくらみそれだけに集中している人、子供たちの心を育てたいと思っている人など
その人がどんな精神(磨き方)で稽古を重ねてきたかで剣道も品位も変わっていくものだと
思います。

「あの人は剣道は強い(うまい)が他では?」とか「あの人は道場外ではひとが変わる」とか
言われないように自己反省をしながら稽古していきたいものですね(^^)
[2001/02/08 17:06:25]

お名前: him   
to しんやさん

う〜ん、「天性の能力」というのとは違って「性格」というものに近いのかな?と思っているのですが。
しんやさんがおっしゃるように、品格というものは「求めて得られるものではない」が故に、その人
個人の資質によって自然と身に付く人もいれば、身に付かない人もいる、ということではないかな?
と思うしだいであります。

別に剣道をやっていなくたって(つまり何かの道を一心に追い求めていなくても)、品格を備えた方は
幾らでもいらっしゃいますし、またその逆があるということも十分考えられると思います。

その元々の資質を剣道によって磨かれるということだと思います(^^)
[2001/02/08 15:00:29]

お名前: しんや   
僕の意見はhimさんとちょっと違います。
あまり、天性の能力というものがあるとは信じていません。やっぱり、どれだけ光り輝く
宝石の原石も磨かなければそこらにある石ころと同じで、いかにその人が自分を磨くことが
出来るか、そうやって品格というものも磨くことが出来るのではないでしょうか。
確かに、それを磨けるかどうかということは(努力できるか)天性の才能なのかもしれませ
んが・・・
ただ、まあ、品格というものは求めても求められない、自然についていくものだと思います。
求めれば求めるほど逆の方に言っていくような気がします。威張れば威厳が作って、誤解
されてる先生方も少なくありません。
聞くところによると、大阪の奥園先生は非常に品行方正な先生だとか。
やっぱり品性って言うのは内から湧き出てくるものなんで小ねぇ。
[2001/02/08 13:50:59]

お名前: him   
正しいかどうか判りませんし、何の根拠もないのですが。

「品格」というものは、ある程度「持って生まれたもの」なのではないかな?と思っております。
ちょっと違うかな?
同じ修業を積んでも、それを自己の人格(品格)形成にどんどん取り込んで行ける人と、そうでない人とが
あるのではないかな?と。
そしてそれは「持って生まれた資質」に関係があるのではないかな?と思うのですが。

現在の昇段審査は、例えば八段審査であってもやはり「技術」に対する評価なのではないかな?と思います。
八段審査の場合は、そりゃあ「打った打たれた」の技術ではないと思いますが、「相手の心を動かす」ための
技術を審査しているのではないかな?と思うのですが。
その修業の過程で、それを自己の人格(品格)形成の糧にされている先生と、結局は技術に終ってしまっている
先生がおられるのではないでしょうか?

じゃあ、その違いはなぜ生まれるのか?と考えると、「持って生まれた資質」の違いなのではないかなぁ、と
思っているのですが。

なんか答えになっていませんかねぇ(^^;
[2001/02/08 11:06:39]

お名前: くに   
このコーナーもちょっと話題が停滞してきたみたいなので、「勝手に稽古」
のところで、もう少し話したかったことを書きます。

剣道の品位と精神ということです。
剣道が、「道」という字がついている以上、その道に入門した人は求道者であり、
その奥義を得るということは、技が優れているだけではなく、達人としての品位と
精神(思想?)を備えることが肝要だ、という考え方があります。

「あの先生は八段なのに、あの言動はなんだ!」などと批判されるのは、試合をしても
下位のものに負けるというような事ではなく、品位ある言動をしない、或いは、精神を
誤解しているのではないかと思われるような言動をされたという事からではないでしょうか。

Hideさんには「楽しくやりましょうよ!」なんて感じで外されちゃいましたが(それは
それで納得なのですが)、試合では強くても、昇段試験となるとなかなか合格できない
という方の中にも、段位にふさわしい品位を備えていない、或いは、剣道に取り組む考え方に
問題がある場合があるやに聞いております。(ホントかどうかは知りませんが)

教わる方の立場からしても、あの先生のような立ち居振る舞いは真似したくないな、或いは
あんな剣道はしたくないな、と思うような事もありますし、むちゃくちゃなことを仰有って
いるのでは?と思うような事もあります。

昇段とともに品位や精神が備わっていくものだとしたら、話題には出来ないのですが、
必ずしもそうではないようです。

ご意見を承りたいと思います。(IMAINGさんも、競技が目的ではないと仰有ってたと
思いますので、よろしくお願いします)
[2001/02/08 10:45:16]

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