記事タイトル:文部科学省って・・・? 


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お名前: Hide.    URL
To 内斗さん

管理人のHide.です。

文部科学省のHPというのがありますので、そちらをつぶさにご覧になれば、何をやってい
る所かっていうことがよくわかると思いますよd(^-^)! 
http://www.mext.go.jp/

お名前: 内斗   
あの、単純&書いてあるカモなのですが文部科学省って何をする所なんですか?

お名前: 内斗   
あの、単純&書いてあるカモなのですが文部科学省って何をする所なんですか?

お名前: 牛丼   
ガロアウスさんへ

> 自分がお金のない家の出身であったがゆえに、いまの若い人達、とくに
>お金のない家の出身者には、ぜひがんばって頂きたいと思ってます。
> つまり、私は「公立高校の生徒の応援団」としての立場からものを書い
>てます。

ガロアウスさんの立場がわかりました。

私も公立組でした。
受験に関しては、学校に期待もしていなかったので、学校はそんなものだと思って腹も
立たなかったです(笑)。

「格差社会」と言われていますが、経済的に恵まれない環境(公立)でも、頑張れば成
功できるという環境が必要です。
私は、受験に必要がなくても一定の範囲の科目を教えるべきだと思っていますが、ゆと
り教育なんかはさっさとやめて、授業の密度とレベルを上げるべきだと思いますね。

お名前: ガロアウス   
 牛丼さんへ
 直接的な返事になってないと思いますが、私の立場は、以下の文章から
わかるはずです。

 私は公立高校の出身で、私立高校に行くなど、想像もできない家庭環境
に育ちました。
 自分がお金のない家の出身であったがゆえに、いまの若い人達、とくに
お金のない家の出身者には、ぜひがんばって頂きたいと思ってます。
 つまり、私は「公立高校の生徒の応援団」としての立場からものを書い
てます。
 一方、私は自分が受けた公立高校の教育におおいに不満を感じてました。
あれじゃあ、私立高校が躍進していくのも無理はないと思ってます。
 それで、私は自分が受けた「公立高校の教育の悪口」を書いてます。
 この二つの立場が混乱を招いて、「結局、なにが言いたいのかわからん」
という反応につながっているのでしょうが、私としては、「公立高校もっ
とガンバレ!」という立場で書いてることは、首尾一貫しているのです。
 私は自分が受けた公立高校の悪口こそ書きましたが、「だから皆さん、
私立に行きましょう」とは書かなかったはずです。
「高校教育は予備校とは違う」と、みなさん仰るのはよくわかりますが、
現実に、受験というハードルが世の中に存在する以上、公立高校がそれを
無視してよいことにはなりますまい。
 小学生が通う塾なんて、教育の矛盾が露骨に現れてます。
 たとえば、公立小学で、「成績別クラス編成」なんて、タブー中のタブー
です。
 やはり公立では、「平等」ということが重んじられるからです。
 でも、それでは、いっこうに勉強の能率があがらないことは、みんな知っ
てますから、どの子供も塾に行きます。
 塾では、当然のごとく、「成績別編成のクラス」に所属するのです。
 こういう、「たてまえ」と「本音」の世界を使い分けるのが日本人の特
徴ですけど、ここに問題が生じます。
 塾に行けない子供たちはどうしたらいいのでしょうか?
 最近の小学の先生は子供に宿題を出さなくなったと聞きます。
 なぜかわかりますか?
 塾の宿題と学校の宿題とで、子供達が二重の苦しみを負うので、せめて
学校の宿題くらいなしにしようということなのです。
 学校も「勉強のことに関しては塾のほうが上」と、正式に認めてしまっ
たわけです。
 繰り返しますが、塾に行けない子供たちはどうしたらいいのでしょうか?
 日本人というのは、あんまりきれいごとを言い過ぎて、かえっておかし
なことを平気でやったりするものです。
 塾、予備校を利用できない生徒でも、十分、レベルの高い勉強ができる
環境を整えるには、どうしたらいいのか?
 もういいかげんに本気でそういうことを考える時期だと思います。
 ちなみに、私の試案を書いておくと、生徒に現在の授業を拒否させるの
も、一つの案だと考えてます。
 たとえば、小学生なら算数、国語、中学以上なら、英語、数学などは、
授業に出ているより、自分で勉強したほうがはやいという生徒はいるもの
です。
 そういう生徒には、授業に出なくていいから、図書館で、参考書、ビデ
オ教材を勝手に見て良いことにしたら、ずいぶん違ってくるものと思われ
ます。
 教師の側も、拒否する生徒続出だとみっともないから、魅力的な授業に
しようと今より努力することでしょう。
 いままでの常識にとらわれず、新しい教育の枠組みを考えて欲しいもの
です。
 ところで、昔話をすると叱られますけど、少しだけ。
 私の卒業した高校には商業科がありましたが、じつは、ここの生徒は、
本来普通科志望だったのが、成績の問題から商業科にきただけという連中
でした。つまり、ほとんど進学希望だったのです。
 生徒がそういう状態である以上、授業も商業科のカリキュラムなどにこ
だわらず、普通科の内容をやったらいいと私は考えてます。
 その反対、つまり、普通科なんだけど、ほとんどの生徒が就職希望など
というときは、就職して役立つ科目を教えたらいいのです。
 いまの教育に一番欠けているのは、柔軟性です。
 灘高校が家庭科を教えていた、いなかった、などと騒いでいるのは、私
にはまったくナンセンスとか言いようがありません。

お名前: 牛丼   
ガロアウスさんへ

レスが遅くなりました。
もう読まれていないかな。

ガロアウスさんの理想は、全国の高校が(勉強でもスポーツでも)同じ教育をするとい
うことですか。
たとえば剣道でも、一部の私学が優秀な生徒を集めてインターハイを競っていますが、
ああいった選手が地元の公立にちらばれば剣道のレベルは下がるでしょうね。

勉強でもスポーツでも優秀な人間を集めてのエリート教育はすべきではないということ
でしょうか。
確かに、剣道が強くても経済的理由から、地元の公立に進まざるを得ない子供はたくさ
んいるとは思いますが。

お名前: (仮称)PAKU   
ガロアウスさん。

やっとお答え頂きましたね。ありがとうございます(^^)
予備校の講師をされていた経歴だけではなく、ここでの書き込みから
教育に対して、それなりの思いがある方ではなかろうか?と感じて
いましたが、何しろ話があちこちに飛んでしまっていて・・・(^^;
正直、難解極まりない話でした(>_<)。
これで、とりあえずガロアウスさんの論旨がある程度分かりましたので、
ここでの話も議論ももう少し違う展開になってくれる事を期待します。

以前にも書きましたが過去に塾の講師をしていたことがあります。
いつぞや『文科省が教育機関としての私塾の存在を認めた』と言う
ような(間違ってたらごめんなさい)話を聞いた事がありました。
当時私は大学生でした。教職課程を履修しており、それなりに教育に
懸ける思いもあったので、関心を持ったことを覚えています。
と同時に、町のしがない私塾ではあるものの、教育に関わった経験から
学校教育の限界も垣間見た気がしました。

色々原因はあるのでしょう。家庭での躾、教育にも問題があると
思いますし、ゆとり教育の存在もあるでしょう、教員の資質の低下と
言う事も否めないのかもしれません。もしかすると少子化の問題も
あるのかもしれません。そういった枠の中ではなく、もっと大きな
教育の歪みとかいう問題かも知れません。

十人十色の言葉通り、それぞれの家庭には色々な事情がありますし、
世の中色んな人がいますから、十派一絡げに批判するつもりもありません。
個人をあげつらってみてもそれは些細な事で、枚挙に暇もないですしね(^^)

しかし、私見ではありますが、私は今回のみ履修問題については、
親・そのまた親・・・・という流れの中で起こった問題で、被害者は
子供であり、そういう意味においては現場の先生・学校もまた被害者だと
認識しましたので、履修逃れをした学校に対して、その行為を肯定する
気は全くないですが、同情こそすれ、批判する気にはなりませんでした。
私の中途半端な態度はその為です。勿論捉え方の違いもあるでしょうね。

未履修問題については、対応の良し悪しは議論の分かれる所ではあろうか
と思いますがが、とりあえずの収束の方向に向かってますので、それは
それとして、私は今回未履修問題の渦中にいた生徒達が将来大人になり、
今度は教育をする人間になる・・・彼ら自身の問題も含め、将来が楽しみ
でもあり、また不安でもあります。どうなる事やら・・・。

お名前: ガロアウス   
 牛丼さんへ
 いまの高校野球については、既にずいぶん批判が出てますよ。
 どこの高校だったか忘れましたが、○○県代表として甲子園に出場し
たものの、実は、ほとんどが県外からスカウトしてきた生徒であって、地
元の子供がまったくいなかったと聞きました。
 そうやって集められた生徒は、もちろん、学校の名前をあげるために学
校が利用しているわけで、授業をさぼろうが、寝ていようが、テストで零
点をとろうが、ちゃんと卒業させてくれるそうです。
 こっちの問題のほうが、未履修問題より、たちが悪そうな気がしますけ
どね。
 聞いた話ですが、昔の横綱の輪島(日本大学卒業)の卒業論文は、原稿
用紙二枚で、二枚目には、大きな文字で「終わり」とだけ書いてあったそ
うな。
 こういうのが、昔はなんの騒ぎにもならなかったらしい。

参考 Wikipediaからの引用

輪島   金沢高、日本大学と相撲部で活躍。真偽は不明だが、日大時代
のテストでは、白紙の答案用紙に「日大相撲部、輪島」と書いておけば合
格になったという伝説がある。

お名前: 牛丼   
ガロアウスさんへ

「私立志向」は何故問題ですか?
親の経済力で決まるからですか?
スポーツの私立志向はどうお考えですか?
私立高校にゆかないと甲子園やインターハイはおぼつかないですよね。

お名前: ガロアウス   
 PAKUさんへ
 私は「荒らし」をやっているわけではないので、「出てくるな!」と言
われたら、素直にそれに従うだけです。
 ですが、「もっと書け」と仰るなら、もう少しだけ書きます。
 私の立場は最初から申し上げている通りです。
 私はこの問題を最初に耳にしたときから、日比谷問題やゆとり教育と同
じにおいを感じてました。
 つまり、批判している人達の言い分は百パーセント正しい……しかし、
その批判の結果はかえって変な方向にいくだろうなということです。
 かつて日比谷を批判し、ゆとり教育を推進した人達が善意の気持ちでやっ
たことは、その通りでしょうが、結果としては、私立高校にいかなくては
大学進学もおぼつかないという歪んだ社会が登場しました。
 で、今回の問題で騒いでらっしゃる方は、この批判がどういう結果に結
びつくとお考えなのでしょうか?
 正しい学校改革につながるのか?
 私はたぶん逆方向に行くと思うけどなあ。
 公立の進学指導に限界があることをみなが知って、ますます「私立志向」
に拍車がかかるだけだと思われます。
「いや、そんなことはない。今回、批判されたなかには、灘高校などの私
立高校も含まれている」ですって?
 私立は必死ですよ。これからの生徒減の社会で、対策をたてないと、た
ちまち学校閉鎖が待ってますから。
 たとえば、中高一貫教育の高校の場合、履修不足をうまく逃れるための
一つのテクニックとして、受験で不要の科目を中学に持ってくるなどとい
うテクニックが週刊誌で紹介されてました。
「へえーっ。知らなかったなあ!」と驚いたのは、私だけでもありますま
い。
 知恵を絞れば、私立はその程度のテクニックをすぐに編み出すのです。
 しかし、公立はどうか?
 うっかり受験に手を染めれば、「校長の自殺」が待っているわけです。
結局、私が高校生だったときみたいに、「公立教師は馬のしっぽを教えて
いるのが、一番無難」という話になってしまいます。
 世の中には、たとえ悪であっても、「見て見ぬふりをしたほうがいいこ
と」があると思います。
 私はその例の一つとして、この問題を見ています。

お名前: (仮称)PAKU   
ガロアウスさん

質問に答えて貰ってないんですが・・・答えて貰えないのかな?
勿論長時間の議論になるのは止むを得ませんよ。
ただ、話があちこちに飛んじゃって、良く分からなくなってるんですよ。
かと言って別に話が発展してる訳でもない。ガロアウスさんが議論が
したい訳ではないのかな?

お名前: ガロアウス   
 先日のNHKが医療問題について、医者、一般人、多数集めて「本音の
議論」をやったのをご存じでしょうか?
 私はあれくらい、「本音がぶつかりあう」長時間の議論に発展すること
を期待したけどなあ。まあ、拒否反応が出るんじゃ仕方ありません。
 もっと、学生時代に悩んだ人が登場してくれないと、教育問題は見えて
こないと思うが……。

お名前: 剣士以前   
ガロアウスさん
また昔話ですか?
ガッカリしました。
ここはあなたの日記を書くところではありませんし、人の心を弄ぶ所でもありません。
あなたの話につきあってきた多くの方々に対し、大変失礼だと思います。
こいうところはHNで書き捨てに出来るため、あなたの不満・過去への鬱積のはけ口
としては、あなたにとって都合が良いのかもしれませんが、多くの人がそれに迷惑します。
現在の教育に不満があり、自分はその犠牲者だという、被害者意識と経験談、そして
その自己正当化だけでは話になりません。

ガロアウスさん、 さようなら。

お名前: 元立ち   
もうええわ!
みんな呆れてるよ!>ガロアウスさん

お名前: (仮称)PAKU   
ガロアウスさん

とりあえず、一旦未履修問題に話題を絞って・・・
御高説、確かに承りました。それはそれで一理も二理もあるのでしょうね。
風呂敷が広がりすぎて話が若干難解になっている嫌いもありますが。

『もっと現実を良く見なさい』と言ってるらしい事は何となく分かりました。
確かに現実にルールを当てはめるのか?ルールに現実を当てはめるのか?
大問題かと思います。ただ、その後の展開がここまでの経緯では、ちょっと
読み切れません。

暴論に思われる意見ですが、筋の通った・理に適った物であれば是非とも
参考にしたいと考えておりますが、ガロアウスさんの書き込みを読んでいると、
ちょっと論点が曖昧になっていて、私のごとき無知蒙昧なる愚民には
イマイチ理解の及ばない所があったりもします。
んで、先日もお願いしたことなんですが、結局未履修問題を肯定してるのか?
否定してるのか?分かりやすく根拠を書いて頂けると助かりますが・・・
ダメですか?

カキコを読む限り、相当に博覧強記な御仁であるとお見受けいたします。
よほど勉強をされた方なのでしょうね。でもこの際、その知識は一旦横に
おいておいて、論点を元に戻して、未履修問題に話を絞って、どのように
お考えなのか?分かりやすくお答え頂けると助かります。折角の貴重な
御意見ですから、このままでは勿体無いですよね。よろしくお願いいたします。

お名前: ガロアウス   
 子供にとって、時間は無限にあるように感じられるし、自分の可能性も
無限に考えています。
 「あれも勉強したい、これも勉強したい。ついでに剣道全日本選手権で
も優勝したい」と夢見るのが子供です。
 しかし、だんだん現実がわかってくると、夢を絞らなくてはならなくな
ります。
 時間が限られていることが見えてくるからです。
 ちなみち、私が高校に入学したときは、
「英語は一年ですべて終了しよう。その後、二年ではフランス語を、三年
ではドイツ語を征服するんだ」と、まじめに考えていました。
 いま、思い出すと笑ってしまいますが、本気でそう考えていたのです。
 もちろん、夢ははかなく消え去り、現実を思い知らされることとなりま
す。
 でも、子供の頃の夢は簡単に放棄できないものです。
 大学を卒業して何年もすぎた頃、ふとあの頃の夢がよみがえってきまし
た。
 そこで、私は「放送大学」に入学しました。もちろん、いまさら、卒業
資格を目指したわけではありませんが、ドイツ語(私は大学時代に独語を
選択してません)をやってみたくなったのです。
 ところが、これが、なんともはや──。
 日本語に訳してもちんぷんかんぷんの独文を読まされたのです。
 大学の先生の気持ちとしては、「ドイツ語をやりたい」と考える生徒は、
すなわち「ドイツ哲学をやりたい」と考えるものだという先入観があるよ
うで、哲学的教材を用意したのでしょうが、迷惑なだけです。
 私は卒業したいわけではなかったので、さっさとやめましたが、卒業を
目標にして入学した人達はどうしたのでしょうか?
 いや、なんでこんな話を持ち出したかというとですね。
 みなさんの話を読んでいると、あまり、高校に対する不満がでてきませ
んが、本当にみなさん、高校の授業に満足してましたか?
 私は高校だけじゃない、この放送大学にも、そうとうカチンときました
けどね。
 世の中には、経済的事情から、放送大学くらいしか頼ることのできない
人達がいます。
 そういう人達は、泣く泣く、あんな授業を聞いていたのでしょうか?
 私は学校が自分の求めているものを提供してくれないと判断したら、さっ
さとやめますが、生徒の要望と学校の提供するものの「落差」は、埋めら
れないほど大きいものです。
 今回の問題でも、都会に住む人と、田舎に住む人では、かなり捉え方が
違うようです(注 新聞の投書欄を読んでの感想)。
 それは当然の話で、学校に満足できなくても予備校を頼ることができる
という地域の人と、そうでない地域の人たちでは、この問題に対する考え
方がずれてきます。
 新聞の投書欄では、田舎の方と思われる方が、かなり本音を述べてまし
た。
 おそらく都市部の人には、田舎の高校生の悩みなんて理解できないんじゃ
ないですかね??

お名前: ごー(俺剣)   
だ・・・男女の道に詳しくなりたいっす!!
それが、人生で大事っす!

お名前: 剣士以前   
ガロアウスさん
誰がどう言おうと関係ないじゃないですか。
自分の言葉で直接話してみては?
ガロアウスさんの話は、そういう例引きが多すぎて分かりづらいです。
何か、いつも自分の土俵でしか戦っていない感じなんですよね。
例の引き方に何かガロアウスさんの頑なさと、老獪な詐術を感じるのは私だけでしょうか? 詐術なんか無いのかもしれませんが、そういう危険性を感じるのです。
失礼な物言いですみません。
でも、もっと皆が分かるように、本題を直接的に語ってくれませんか?

お名前: ガロアウス   
 剣士以前さんへ
 ノーベル賞云々というのは、話を単純化してわかりやすくしているだけ
の話です。それをもって、ノーベル賞学者のみを尊敬しているように言わ
れるのは、いささか心外です。
 たとえば、私は広瀬正という作家が好きですけど、この人、おそらくほ
とんどの人は知らない、ほぼ無名の作家といっていい人です。
 つまり、「広瀬正がこう言った」などと書いても、誰にもぴんとこない
のです。
 もしもですよ。剣士以前さんの近くに、あなたの尊敬する「鈴木太郎」
さんという人がいたとしても、誰も知らない人であれば、
「鈴木太郎がこう言った」などという話を持ち出しても、誰も聞こうとし
ないでしょ?
 そういう部分をとりあげて、批判の対象にするのは、いかがなものかと
……。
 余談ついでに書いておくと、私が最近読んだ本では、柳澤桂子さんの本
などはおもしろかったですが、彼女の一般の知名度なんて、どうでしょう
ね?
 NHKの特集などありましたから、一部の人たちには、広く彼女の名前
は知られていますが、一般の人だと、「だれ?その人」というのが、普通
の反応じゃないでしょうか?
 例として持ち出して、説得力がある名前というのは、やはりずいぶん限
られてくるのです。 
 とはいえ、いま高校生くらいの人には、私はこの柳澤さんの本など読ん
で欲しいと考えてます。

お名前: 剣士以前   
ガロアウスさん

蟻の話は納得します。そして現実の社会の解釈も同意します。
ゆとり教育が失敗であったことも同感です。
時間ができたらその次を御願いします。

ただ、ちょっと気になるのは、何度もノーベル賞や、ノーベル賞に匹敵する業績
の方々の話を持ち出しますが、そこにちょっと引っかかります。
そして一流という言葉にも。
確かに人間には生を得て、何かにまい進し、何らかの目的を達する目標が大事なのは
分かりますが、ノーベル賞・一流と言う言葉は、拒否反応を生みます。
何かそれが最高なような物言いにはちょっと幼稚ささえ感じます。
ノーベル賞を取った方々はその分野で立派な仕事をした人であって、そのこと自体は
尊敬に値しますが、人間性とはまったく関係ない話です。ノーベル賞をとった方々の他
に同じような業績を残しながら取れなかった方々も大勢います。
人間には努力のこともありますが、持って生まれたものもあり、全ての人が同じ努力を
したからと言って皆が同じレベルの業績を上げることができるものではありません。
一流の人間には良い友達がいる、といいますが一流でない私だって良い友達を持ってい
ます。
ガロアウスさんが一流の人間かどうか知らないけれど、ガロアウスさんにだって良い
友達は居るのでしょう?
思うに私はガロアウスさんの意見に反対ではありません。そしてその言わんとすること
(結論・提案はまだ想像できませんが、でもこれってガロアウスさんの討論テクと思っています。)にも賛成です。
でも、その言い方・表現方法に、話の手順に違和感を覚えます。
(これまた、ガロアウスさんの手口だと思っていますが、外れていますか?)
もっと直球勝負しても良いのでは?
自分はまだるっこしいのが嫌いなので、御願いなのですが。

お名前: ガロアウス   
 私が剣道部を退部したのは、高校一年の終わりでした。古い話で、細部
は思い出せなくなってますが、その決定に一番大きな影響を与えたのは、
ある体験記でした。
 T氏、その時点ではただの大学一年生ですが、その迫力に圧倒されたの
です。
 とにかく、その読書量がすごい。
 ありとあらゆる本を読みまくり、源氏物語などは、(むろん原文で)半
分読んだそうです。
 私はきわめて影響受けやすい人間なので、さっそく真似をしたくなった
のですが、「いったいどうやって時間を作ればいいのだろう?」と思いま
したね。
 結局、剣道にあてていた時間を振り向けたところで、T氏の真似などと
んでもない話で、彼の何分の一ほどの成果も出せずに高校生活を終わるこ
ととなりました。
 私がその後、三十代半ばとなって源氏物語にチャレンジしたのは、当時
のT氏の影響がまだ抜けていなかったからです。
 ところで、数年前、私が『文藝春秋』を読んでいたら、「これからの日
本をひきいていくリーダー百人」の特集で、T氏の名前を発見して驚きま
した。
 いまは、世界を駆け回る国際派弁護士として、ご活躍らしい。
 いやあ、驚きました。
 私は若き日のT氏に影響を受けた、数少ない一人なわけです。
 私がなぜ、こんな話を持ち出したかって??
 下の議論を読んでいますと、「一流大学受験、すなわち、高収入の生活」
を目指すのがいやしい考え方であるような書き方をする方がおられるのに
憤慨するからです。
 いい大学を目指すというのは、決して安定した収入のみが目的ではあり
ません。
 むしろ、どんな人間と出会えるかが大きい。
 かつて、ノーベル賞をとった湯川博士と朝永博士は、同じ京都大学の同
級生でした。
 同級生から二人のノーベル賞が出たのは偶然でしょうか?
 私は違うと思います。
 大学でおもししろい人間と出逢い、「おまえ、どんな本をいま読んでい
るんだ?どんな勉強してるんだ?」と刺激しあい、「あいつがこの本を読
むのなら俺だって……」で、努力する。
 学校でどんな友と出会えるかが、その後の人生を決めます。
 作家の井上靖は、詩を書く友人がいたことが、彼の詩作につながったこ
とを書いてます。
 一流の人間には、必ずいい友人がいます。
 そういう人間と、いったいどこで出会えるかが問題です。
 みなさんは、どう思っているんですか?
 あのパンツ丸見えの超ミニスカートの女子校生のいる学校に行けば、そ
んな出逢いがあるんでしょうか?
 私は違うと思うけどな。
 ああいう連中と一緒の学校に行けば、「男女の道」には、詳しくなれそ
うですが……。
 脱線ついでに書いておきますが、みなさんの中にも、女子校生の父親、
母親世代がいるはずですが、あの女子校生ファッションについて、どう考
えてらっしゃるの?
 なんの注意もしないのかしら?
 うっかり言うと、「このセクハラ親父!」と、怒鳴られるのかね?

お名前: ガロアウス   
 剣士以前さんへ
 「ゆとり教育がなぜ失敗したか?」を考えるうえで、有益なヒントを与
えてくれる実験があります。その名を「アリの実験」?といいます。
 それはこんな内容です。

 たくさんのアリを百匹ずつのグループに分けます。観察していると、ど
のグループにも、まじめに働くアリとそうでないアリが必ずいます。まじ
めに働くアリが2割、サボるアリが2割、その他のアリはまじめでもなく
不まじめでもない−−。
 この割合は決して変わることはないそうです。
 学者がここで実験をしました。各グループからまじめに働くありを20
匹ずつ取り出して、百匹の集団を作ったのです。果たして、働き者だらけ
のスーパーアリ軍団ができたのでしょうか?ところが、結果は意外なもの
でした。
 やはりまじめに働くアリが2割、サボるアリが2割などという割合は変
わらなかったのです。
 さてこの逆はどうなるのか、つまり、サボるアリだけを集めて集団を作っ
た場合どうなるのか?サボリだらけの、スーパー怠け者集団になってしま
うのか?
 実験結果がどうであったかは、みなさん、想像つくはずです。
 さて、この実験結果はアリだけに当てはまるものでしょうか?
 決してそうではありません。
 人間社会にも、アリの法則はしっかり当てはまるのです。当てはまると
いうより、アリそのものなのかもしれません。
 たとえば、みなさんは、ナショナルとか東芝といった大会社の名前をご
存知でしょう?こういう一流企業は、日本一流大学の学生の中から選りす
ぐりの生徒だけを集めているのです。ではナショナルや東芝の社員が皆ま
じめに働いているのでしょうか?
 私の叔父は東芝で働いていましたが、彼の話では、東芝の中にも「給料
泥棒」と呼ばれても仕方のないさぼり社員が多数いるそうです。
 一方で、日本には多数の中小企業がありますが、その中には世界的発明
をしてNASAに製品を収めているようなところもあることは皆さんご存知で
しょう。
 おそらく入社時の学歴はナショナルや東芝と比較にならないはずです。
 でもこのことは決して偶然ではありません。その中小企業は運が良かっ
たということではないのです。この「アリの実験」が分かっている人なら
ば、その意味がおわかりだと思います。
 結局、百人の人間を集めて教育をすれば、ある割合の人間は必死に勉強
するし、ある割合の人間はさぼろうとします。
 それは、どういう内容の教育をしようとそうなるのであって、その内容
とは、直接関係してくるわけじゃありません。
 つまり、円周率が3.14とか、3.1415926だったら落ちこぼれが出るけ
れど、3で教えたら落ちこぼれが出なくなる──といったものではないので
す。
 ゆとり教育の発想の根底には、「レベルを落としたら、すべての人間が
ついてくる」という考え方がありますが、「アリの実験」が教えているも
のは、人間は集団になると、「がんばる者」「さぼる者」「がんばるわけ
でもないけど、さぼるというほどでもない者」の3種類に分かれるという
ことなのであって、「すべての生徒がついてくる」「すべての生徒ががん
ばる」という前提を置いた時点で既に間違いだったということです。
 さて、いまはさほど言わなくなりましたが、かつて通知票における「絶
対評価」か、「相対評価」かという問題がありました。
 これも背景をご存じない方も少なくないかもしれませんが、つまり、生
徒たちの成績評価をするときに、何パーセントの生徒に5を与え、次の何
パーセントの人間に4を与え……と機械的につけていくのが相対的評価。
 対して、絶対的評価とは、場合によっては、クラス全員に5をつけるこ
ともありうる……という立場です。
 さて、この「相対評価か、絶対評価か?」という問題も、新聞投書欄で
はよく見かけました。
 絶対評価を主張する人たちは、通知票が絶対評価になったら、すべてが
バラ色になると宣伝していたものです。
 絶対評価を主張する人たちは、よくこう言いました。
「すべての生徒が百点をとったら、相対評価では成績がつけられないじゃ
ないか?」
 すべての生徒が同様にがんばって、同じレベルに到達することがあると
いう前提を置いている段階で、この人たちは、既に人間というものを理解
していません。円周率を3として教えたら、すべての生徒が算数に興味を
持つなどと考えるのが、根本的に間違いであるように、人間を理解してな
いのです。
 むろん、相対評価では、たとえば、灘高校と地方の無名高校の生徒の成
績を比較できないなど、難点も多いのですが、絶対評価が学校生活を変え
るかのように宣伝されたのは、まったくの間違いです。
 「アリの実験」の考察はおもしろいのですが、とりあえずここまでにし
ます。

お名前: まろ   
未履修問題はひと区切りつきそうですな。
文科省の改善案で現役高校生が救われることと同時に、
二度とこのようなことが無いよう願うしだいでございます。

私は、受験は今の高校生にとってはやはりとても重要なものだと
思います。学校や予備校では「行く大学で人生が決まる」とも
いわれていると聞きます。では「人生」とは何か?昔から
「いい企業に就職して、いっぱいお金を稼ぐ」ことが人生を幸せ
にするための第一歩と考えられてきました。確かに生きていくことは
きれいごとではありませんし、暮らしていくにはお金もある程度は
必要です。ここで考えなきゃいけないのは「生きていく」にはお金が
必要ですが、「幸せ」になるためにはお金が必要なのかということです。
いい企業に入ってえらくなっていくうちに、社会の表と裏のギャップに
戸惑いながらも裏に染まっていく人たちが世の中多くいます。
小学校では「英語教育」がなされようとしていますが、今の時代
やはり道徳からしっかりと学ばせたほうがいいと思います。
二度と、子供たちが受験競争の被害にあわないように、また、二度と
子供達がイジメなんかで自殺しないようにもう一度生きることの
本質を教育しなおさなければならないのかなぁと感じました。

まだまだ、皆さんの意見のほうお待ちしています。

お名前: でしゃばり   
世間では、法律違反がはびこっていることは明確なのに暗黙の了解で不問にされて
いることがたくさんありますよね。車の超過スピードとか、ソープランドでの売春
行為、賭け麻雀、賭けゴルフ、などなど。しかし、これらもひとたび公になって
しまえば、厳密に罰せざるを得ない。やはり悪いことは悪いことですから。
今回の件も、教育現場では悪気はなく、むしろ生徒のためと思ってやったことと
信じますが、公になってしまえば厳しく罰せざるを得ません。
順法精神をもう一度見直すとともに、実際に守ることのできる法律に替えていく
必要があると感じました。

例えは悪いですが、今回の件は、朝、昼、放課後の稽古で疲れ切った強豪校の生徒が、
授業中の居眠りを黙認されたようなものにも思えます。
もし実際にそのような生徒がいたとしたならば、この際、襟を正すべきと思います。

それから、一流大学に合格すべく目標を持って寝食忘れて勉強に励むことは、
インターハイを目標に厳しい稽古に耐えることと同じぐらい、すばらしいこと
だと思います。受験を否定的なイメージで語られることには違和感を覚えます。

お名前: 牛丼   
高校生さん

履修問題が表面化していない時に、履修科目を減らして、進学実績を上げてきた新興の進学校。
高校生さんがそこの教師だったとしたら、どうしますか。

「未履修もきっちり履修させましょう。」と声を上げますか?

ちなみに、履修問題が表面化していない時に、まっとうな一教師が、「きちんと履修し
ないといけない」と言えば、少子化の中、進学実績を追い求める学校はもちろんのこ
と、生徒と親も敵に回すことになると思います。

お名前: 牛丼   
高校生さん

>子供が好きで、生徒に勉強を教えたい!!と思って先生になった(はず)人たちが
>なんでこんな腐ったことをやるのだろうと思います。

それは、組織が腐っているからです。
履修をごまかして進学率の上げてきた新興の高校で、1教師が「間違っている」という
声を上げられますか?
腐った組織にまっとうな人間が入った場合の選択肢は3つです。

ー分も腐って組織にあわせる。
∪杵世鮟劼戮洞技嫦膣屬ら無視されて、つらい思いで教師を続ける。
A反イ魑遒襦

これは、学校に限りません。会社でも同じことです。
私ならを選び、腐っていない組織を捜します。


きょっちゃんさん

東大と漁師では分野が違うから、比較すること自体ナンセンスですよ。
同じ土俵で初めて比較が可能です。
学者でも一流と三流があるのと同じく、漁師の中でも一流と三流の差があるはずです。

>殺伐とした受験戦争の渦
こういうイメージが作られていますが、世の中には3度の飯より剣道が好きな子がいる
のと同じように、3度の飯より数学が好きな人間もいるのですよ。
そういう子供達が勉強して、研究者等になる。
好きじゃないと一生研究なんかできませんから。

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

文科省は、大幅な負担軽減策を断行するようですね。とりあえず、生徒たちはかなり救済
されそうですが、きちんと単位を履修している生徒たちから不満の声が上がっています。
「彼らだけ入試に有利じゃないか」ってね(^^;
もちろん、それしきのことでどれだけ有利になるかはわかりませんが、どのような措置を
講じたところで「きちんと全単位を取得させる」のでなければ不公平感はぬぐえないでしょ
うから、ここは目をつぶるしかないのでしょうね。

また、卒業生に関しては「不問にする」ということですので、社会的な大きな波紋はなさそ
うです。たしかに追っかけるってことになったら、とんでもないですからねぇ(^_^ メ)

大学の反応はまちまちのようですね。
かなり態度を硬化させているところもあれば、そうでないところもあり。このあたりにも、
現場の混乱ぶりが見て取れます。

さて、問題は「どこに責任の所在があるか」っていうところに向かいつつあると思います。
校長が一人自殺しましたね。なくなったことは痛ましいとは思いますが、死をもって責任
をとるなどというのは教育現場の長としてふさわしい行為ではありません。生徒たちを思
うのなら、キチンの最後までケアしてから自身の進退を考えるのが筋。それだけ追い詰め
られていたのかもしれませんが、ちょっと問題行動ですね(-_-)


To 高校生君
管理人のHide.です。
元教師をしてましたが、教育現場は決してクリーンなものではありません。
でも、教育界は、君のように熱い心を持った人材こそ求めています。生徒と真正面からぶ
つかり、一緒になって問題を解決していく。簡単そうに見えて、とても難しく大変なこと
なんです。君にはぜひ、教育界に飛び込んで、そんな先生になっていただきたいですね(^0^)

お名前: 元立ち   
高校生さん

生徒さんを教えるって難しい事だと思います。
今の教職免許は知識さえあれば受かりますが、
実際に勤務すると大変な苦労があるようです。

「好かれよう」、「教えよう」では通じない世界、
学生時代にアルバイトで社会を経験し、教育実習などで生徒と社会のギャップを
どれだけ経験できるかだと思います。
一般社会のように「まだ若いから」などと生徒は待ってくれない事だけは
肝に銘じた方が良いでしょう。
要は赴任した時から教えのプロでなければならないわけです。
これは学業+生徒からの尊敬心=教師の図式如何に組み合わせるかに掛かってます。

要は理屈じゃ子供は動かんのよ!
自分が経験したオーラみたいなものを生徒は感じるんだよね。
こんなつまらない議論(親の立場での将来の不安)に耳を傾けててもしょうがないと思うよ。
生の人間からどれだけ学べるかが今の先生に必要なんじゃないかな。

お名前: リバ剣ヒデ   
はじめて、書かせて頂きます。これまでの書き込みを非常に興味を持って拝読致しました。

小生思うに、レベルの高い大学に入り、よい企業に就職することが最終的にその人が、幸せかどうかを決める
尺度ではないと思っております。難しい中学・高校・大学に入った本当の意味での価値というのは、恐らく通常の
学校に入る人より、人一倍努力をしているところにあると思います。従って、その努力に対して人は評価をします。
しかし、努力をそこで怠れば、「あの人は昔よかったのにな〜」となってしまいます。現状の教育では、偏差値至上主義
のようなところがありますから、より偏差値の高い学校にを目標に持つことが一般ではないかと思います。剣道
でいえば、より強い学校にはいることですかね。。しかし、受験に関していえば、大半の人はいい大学に入ったら、
急に目標を見失い、努力をすることをやめます。そして、過去の努力の貯金を食いつぶして何とか卒業していきます。
何がいいたいかというと、人間、一生努力をつづけていかなければ輝かないということ。それは、勉強であっても
良いし、運動であっても良いと思います。社会人でしたら、趣味でも良いし(もちろん剣道)、仕事でも良いと思います。

昔から、いい大学に入り、いい企業に就職することが人生の勝ち組のように教えられてきました。しかし、バブルで、
そうではないことを知ったはずです。ところが、何を勘違いしたのかバブルの原因は評価をちゃんとしていなかったから
だと考えたようです。効率を求め、その指針となる業績評価という化け物が出現します。学校でも企業に右へならえで
`業績評価’という付きまとうようになりました。これによって、教員の大多数は、自分の給与や職を奪われたくありま
せんから、評価のあがる方法を選びます。多分、予備校などはその最たるところでしょう。

小生思うに、人が人を評価すること自体ナンセンスだと思うのですが、上の人は下の人を評価しなければならなくな
ります。そして、その中でもっとも簡単に評価できることは数字で表されるもの。企業で言えば、新規契約数とか
売り上げ額ですし、学校でいえば、有名大学合格者数ウン名。。。そして、有名大学合格が最終目標のようなかたちで
偏差値によって大半の学生は進路を決められます。しかし、偏差値のみで大学に入っても、大学の講義なんて面白いわけ
ありません。そして、目標を失い大学で朽ちていく。そういう人は、なんとか卒業し有名企業に就職しても、すぐに転職を
繰り返し。。。

しかし、ここで信念を持ち、勉強を継続する人、勉強では落ちこぼれ成績悪くても、部活に打ち込んだり、
アルバイトに打ち込んだり、人脈を作るのに奔走したりした人は、充実した学生活をおくり、またその後も充実した
社会人の日々を送っている人が多いように思います。
そこで思うことは、「生涯、常に何か目標を定め、それに向かって努力し続けることができるかということ」
これができる人は恐らく学歴・社会的地位など関係なく、とても幸せな生活を送れているのではないでしょうか。
もちろん山あり谷ありだと思いますが。勉強をして教養を身につけることは、人生をより良く送るための一つの
アイテムを習得したにすぎません。教養があれば、いろんな所で機転が利き役に立つから、それが最も重宝がられている
だけのこと。勉強せずに、剣道だけでも大成している人はたくさんいますよね。でも勉強した人とくらべたって
ナンセンスです。剣道だけの人でも、我々にはなしえなかった努力をされ、他の人にはない何かを得ているからすばらしいのです。

つかみ所のない意見になりましたが、ガロアウスさんは、予備校で数学の講師をなさっていたということなので
すばらしい経歴の方とお見受け致しましたし、また、教育に対する情熱もたいそうなものとお見受けしました。
しかし、いまのところ、もっと大切な物が抜け落ちている物があるのではと思いました。
(ただ、まだ書かれてないだけだったらすみません)。

今の教育制度では、教員は、業績や評価のために書類作りにおわれ、効率よく合格させることに専念せざるを得ない
状況でしょう。生きていく上でもっとも教えなければならない「何のために学んでいるのか?」そして
「そして学び続けること」を教えることを忘れている(出来てない)ような気がします。(ここでいう「学ぶ」は勉強だけでは
ありません)。それは、最も簡単なことのように思えて、最も難しいことかもしれません。
このことに、頭の硬い文科省のエリート官僚の方や現総理が気づいて、根本的に方針を転換しなければ、今回の
ような問題は形を変え忘れた頃にまた生じるのではないかと思います。信念のない教育からは、歪みばかりが
大きくなり、生みだされるものは少ないでしょう。これが、現状のような気がします。現総理は教育にバウチャー
制度?などの導入を考えていますが、油まみれの教育現場に火を注ぐようなことだと危惧しています。
難しい問題ですね。横道にそれたうえ、乱文失礼しました。

高校生さん
こんなことであきらめないで下さい。本当は、先生とはもっとも難しく最もやりがいのある職業だとおもいます。
是非、目標を見失わずに、信念を持って頑張ってくださいね。先生の評価は、合格者数や人気などの業績ではありません。
巣立った子が、社会にでて、いろんな所で活躍して、はじめて教育方針が評価されるべきだとおもいます。
結果はすぐに出ませんし、なかなか、じれったいのだけれど、焦らずに50年先を見通せるような先生になれるよう
是非頑張ってくださいね。「教育は国家百年の計」です。

お名前: ガロアウス   
ただいま外出先なので、長文は遠慮いたします。
みなさん、きょうの朝日新聞の投書欄をご覧になりましたか?
未履修問題で多数の投書が出ていて、私は興味深く読みました。

お名前: 高校生   
僕は学校の先生になるのが小さいころからの夢で、
今もそれに向かって毎日勉強しています。
だけど最近のニュースを見ているととても暗い気分になります。
子供が好きで、生徒に勉強を教えたい!!と思って先生になった(はず)人たちが
なんでこんな腐ったことをやるのだろうと思います。
自分の進路を考え直したい気持ちになりました。

お名前: (仮称)PAKU   
ガロアウスさん

大変丁寧な解説ありがとうございました。分かりやすかったです。
それに私もかつて日本史の受験勉強をした時に同じ事を感じました。
それでもやはり講師の先生に言わせると、「(大学によって無論異なるが)
教科書・用語集の内容からしか『基本的には』出題はしないし、もし仮に
範囲を超えるにしても、ある程度の点数は取れるようには出来ているんだ」
との説明を受けた事がありまして。

確かに先生の言う通りなのかも知れませんが、それはそれでそれなりの
コツと言うか知識がないと、普通の教科書レベルの勉強では無理が生じると
思います。逆に普通に「はい、そうですか」と解ける問題ばかりでも、
差し支えが生じるでしょうしね(^^;・・・そんな事を考えて無理矢理
自分を納得させた事も思い出しました(^^)


そういう無視しがたい現実もあるとして・・・だからそれ故に指導要領を
無視したカリキュラムを学校独自に組んでも良いという話にしてしまうのは
いささか強引のような気がします(くどいようですが私は同情派です)。
大学受験でそういう経験をした方ばかりでもないですし、
『イマイチ理解出来ない』という意見がチラホラ見えるのもその為だと
思います(正直、私も話が飛躍しすぎててよく理解できません)。
そこに至ったガロアウスさんの意見をお伺いしたいですね(^^)
ついでに良かったらどこに問題があって、どうすれば良いのか?
そこもお伺いしたいです。教えて頂いて良いですか?
Hideさんの質問とかぶるかな?(^^;

よろしくお願いしますね(^^)

お名前: 剣士以前   
ガロアウスさん

やっと解りました。
ガロアウスさんは何か提案しているのではなく、問題点を列挙しているだけなのですね。
ただ色々書かれるから、みんながガロアウスさんの一言一句に引っかかって、全然異なる
議題に走ってしまうのですね。

ただ日比谷高校の話がやっと出てきましたので、「なぜゆとり教育が失敗したのか」の
考察をお願いします。
そしてその次に、「ゆとり教育」を実施した文科省とそのときの社会の責任、そして
提案、と続くのかな。

お名前: きょっちゃん   
ガロアウスさん。ご説明ありがとうございます。

日比谷高校問題は分かりました。
でも正直・・ ふう〜ん ・・って感じです。ごめんなさい。

個性の違いを認めながらも学歴で縛り付けているような社会は嫌いなので、「東大に合格する事が幸せ。だから金持ちは得。」とは思いません。
別に東大が嫌いなわけじゃないですよ。目指して猛勉強している人にはエールを送ります。
息子は中3でもうすぐ高校受験ですが、一流の高校→一流の大学→エリートなんて願いません。

そもそも一流とか二流とか、世の中どうして格付けしたがるのでしょうか。

中卒で家業の漁師を継いだ友人がいます。結婚し子供も三人授かり、とても幸せだって言ってました。
その友人の例を考えると、殺伐とした受験戦争の渦中にいる人は可愛そうだと思います。
では、戦線を突破し見事東大に合格した人は一流で、友人は三流以下でしょうか?
格付けするならば、私は両方とも一流の人間だと思います。
でも本来格付けされるものではないでしょう。

世の中へんに格付けするから、未履修問題やイジメの問題、差別がおきるのではないでしょうか?

だんだん何書いているのか・・まとまらなくなってしまいました。
私が入るような話ではないようですね。
失礼致しました。

お名前: こころ   
この問題は深く、難しくて私には解決策など考えられないのですが、
先日息子(取り合えず、県内ではトップ校の1つに通っています。)が、
頭をひねって帰ってきて、「校長が、『何とかするから、君達は気にしなくていい。』
って言うんだよ。気にしなくて良いってどういう事?さっぱり意味が分からない。」と、話してきました。
未だ、保護者にも地域にも何の説明もありません。
ちなみに、うちの息子は幸い先輩からアドバイスをいただき、この問題を1年の時から
懸念していたらしく、しっかり抜かりなく履修しているらしいです。
うちの町ではkyomingさん同様予備校など衛星校くらいしかありません。
この学校でも予備校化というより、ほぼ予備校になって県内のトップ校どうし
競い合っています。
ある意味、『貴方達の子どものためにやってやってるんだよ。』位の自信です。
この校長がどう何とかするのか、不謹慎ですが、とても楽しみです。

お名前: ガロアウス   
PAKUさんへ
大学受験の問題について詳細を書いても、興味を持ってくれる人がどの程
度いるか疑問ですが、せっかくだから、少し書いておきます。
高校入試の問題をのぞくと、たとえば、二次関数と一次関数の交点を求め
て……とか、わりとパターンが決まった問題がよく載っているものです。
それは、中学で履修した範囲から問題を作ったら、どうしても、似たり寄っ
たりの問題になってしまうからです。
 ところが、大学入試は違います。
 レベルの低い大学については、どこの参考書にでも載っている問題の数
値を入れ替えた程度の問題も多いのですが、一流大学の問題となりますと、
これは、過去問で見たこともない──といった問題のほうが多いです。
 むろん、全部が全部そうというわけじゃありませんよ。
 たとえば、東大入試でサインの加法定理を証明せよなんて出たことがあ
りましたね。
 あきらかに教科書レベルなんですが、受験生はそうとう焦ったと聞いて
ます。
 でも、あまりきつい問題を並べすぎることもあります。
 ある年の東大入試について、『大学への数学』(東京出版)という雑誌
で、「富士山というより、ヒマラヤ級の問題をここまで並べて、いったい
何割の生徒が解けたのだろうか?教育へ悪影響を及ぼすだけだ」とまで、
酷評されたことがありますね。
 これは範囲外の問題が出ているのでしょうか?
 そういうことではありません。
 数学の場合、「このレベルの問題は高校までで習ったことを応用すれば
解くことができるはずだ──」という逃げ口上が存在するのです。
 たとえば、整数問題なんて、別にふつうの教科書に載っているわけでも
ないでしょうけど、要はその問題を解くときのテクニックは、大学以上の
知識を使わない、あくまで、「高校レベルの範囲で考えることができるは
ずだ」というわけです。
 しかし、それはあくまで建て前であって、普通の能力の人には、教科書
とは別に参考書を入手してやっておかないときついんですけどね。
 なお、予備校講師がこう言ったという話ですが、予備校講師にとって、
「はったりも芸のうち」というところがあります。
「この参考書を使えば一ヶ月で偏差値が20上がる」という宣伝文句で参
考書を売るのが、予備校講師です。
 予備校講師にも、本音と建て前があるわけです。
 あまり露骨に信じるのもいかがなものかと……。

お名前: Hide.    URL
To ガロアウスさん

相変らず、突っ走ってますね(苦笑)

ちなみに、日比谷高校問題というのはわかりましたが、そこまで遡りますと、今回の必修
逃れ問題が見えてくるというお話に受け取れましたが、どのように見えてくるのでしょう
か?? 
ガロアウスさんの解決法は、公立で昔の日比谷高校のようなエリート教育を行なえば、必
修逃れ問題がなくなるというお話なのかな??
それとも、当時の日比谷高校は、カリキュラムなんか無視して、東大の合格率を上げるた
めにの教育をしていたというお話なのでしょうか??

この後の展開が楽しみです(^_-)〜☆

お名前: ガロアウス   
 日比谷高校問題というのは、こういうことです。
 かつて、東大に大量の合格者を出す日比谷高校という学校が存在しまし
た。
 ところが、あまりに合格者が多いもので、行き過ぎがおき、また「税金
を使ってエリート教育をしていいのか?」という批判がおきたのです。
 行き過ぎとはなにか?
 日比谷高校にいくためには、当時、確か、番町小学から麹町中学という
コースをたどるんでしたかね。
 そういう小学、中学に学区外から子供を通わせる親が続出したのです。
子供をマンション住まいをさせてまで、番町小学に通わせる例もあったん
じゃなかったっけ?
 そこで、日比谷高校の東大合格者を減らす改革が行われました。
 これを「学校群制度」といいます。
 ぶっちゃけていえば、子供から「高校選択の自由を奪う」ものでした。
 これに生徒達は反発しました。都立高校の人気が急落したのです。
 そして、灘、開成、麻布などの私立高校の天下が訪れます。
 それでも、まだ公立高校でがんばっているところはありました。
 千葉、湘南、浦和などの高校がそうです。
 ところが、ゆとり教育の導入で、優秀な小学生が中学から私立に通うこ
とがほぼ常識になってきました。
 その結果どうなったか?
このページを見てください。
 公立高校の没落ぶりがはっきりわかります。
 三十年前、東大への東京都の公立高校からの合格者は36パーセントでし
た。
いまはたったの7パーセントです。
以下、数字だけ並べると、
神奈川県は70パーセントから14パーセント。
愛知県はまだ公立ががんばってますが、千葉県はひどいですね。
95パーセントから40パーセント。
ついでに人数も見てください。
ちなみに、私の故郷、山口県からの東大合格者は
三十年前が37人、現在はたったの6人だそうです。
過去に多くの教育改革が行われましたが、結果としては「親が金持ちの子
供だけが得をした」というのは、こういった背景があるのです。

お名前: きょっちゃん   
初参加のきょっちゃんと言います。
自慢出来るような学歴はありませんが、今とっても幸せな天然思考の人間です。

皆さん躍起になって濃い話をされていますね。私には分からないことばかりで・・・

私が勝手に思うところを述べます。

イジメや未履修問題含め色んな問題は、現場の生の声が正しく伝われば、発生も少なく、少しづつでも改善されると思います。

教育委員会のお偉い様は、ご自分のお子さんのオムツも替えたことのない方が多いのではないでしょうか。
仕事が忙しく子供と遊ぶ時間が持てず、家庭でのしつけは奥様に任せっきりだった方が多いのではないでしょうか。
どちらかと言うと裕福な家庭に育ち、あまり苦労することなく学歴・職歴を経ている方が多いのではないでしょうか。
いじめた・いじめられたの経験者は少ないのではないでしょうか。
教育委員会の方々だけではなく、例えば国会議員の方々も、そういう方が多いのではないでしょうか。

私は日比谷高校の話は知りませんので、ガロアウスさんの言いたい事が分かりません。
同じ様に、その現場経験の無いお偉い様に現場の生の声を発信しても、正しく受信してくれないのですよ。

これだけ沢山の思考思想の方が一つの国に住むのですから、ルールは必要だと思います。
そのルールを決めるお偉い様は、当然頭は良いから色んな考えも出るでしょうが、経験から基づく判断が乏しいから、
なかなか良い方向へルール改正出来ずにいるのではないでしょうか。
だからそのルールを無視して得した気分になる方と、ルールを守って損した気分になる方が出てくる。
本当にみんなの為のルールならば、無視すれば最終的には損すると思います。

だったら今居るお偉い様を引きずり下ろして、今すぐ学歴は無くても経験豊富な善人を置けばいい・・と言われそうですが、それは無理でしょ。
少なくともこれからは良い方向に行って欲しいですから、自分の周りの子供達には(自分の子供や剣道の子供達)沢山のことを経験させて、
豊かな心の持ち主になって欲しいと思います。
そしてそういう子供達が大人になり、立派なリーダーになり、みんなの社会をより良いものに変えていってくれることを願います。

夢物語でしょうか?きれいごとでしょうか?
少しづつでも出来るのではないでしょうか?

以上、私の勝手な思いでした。

かなり脱線ですね(^^;) ごめんなさい!

お名前: ガロアウス   
>>井上靖さんの「しろばんば」・「夏草冬濤」(この字でよかったか
な?)を持ち出されると弱いなー。<<

「夏草冬濤」なら、私も読んでますよ。もっとも、みなさんの中で通じな
い人もいると思うので、少し解説をつけますと、井上靖は、『しろばんば』
『あすなろ物語』を含めて、自伝的作品をいくつか書いてまして、「夏草
冬濤」は、そのうちの一冊です。
 彼の自伝的作品は、幼少の頃のは、祖母との思い出、金沢時代では、柔
道部の話が中心となってきます。
 柔道、剣道を作品の中心に置いた作品は少ないので、井上靖の作品は、
剣道家にとっては興味深いといっていいでしょう。
 余談ながら、井上靖は、柔道の実力がたいしたことなかったと言われる
と、本気で怒ったそうです。
 柔道を本気でやった作家として、井上靖は稀少な存在です。
 ところで、剣道をやってた作家っていましたっけ?
 私の思いつくのでは、五木寛之のお父さんは剣道を教えていたそうです
が、五木自身は剣道にいささかネガティブに書いてます。
 以上、脱線話でした。

お名前: 剣士以前   
ガロアウスさん

>イジメは、人間の本性に基づくものだから、誰が文部科学省の大臣をやっ
ても、代わり映えしないだろうという観点から申し上げただけです。

この意見には、あまり反対はないと思いますよ。でも、ではどうしたら良いのか。
教育現場の責任を負っている人の発言に、情けなさが目立つことから、色々な意見が
でていると思います。 私は、直接的にはその責任者たちが襟を正すべきことが
大事と思い(でもガロアウスさんは、そんな事を言っても、実現性に乏しいと
思われるのでしょうね。)、そして、そこを突破口にして、
教育現場も結局我々の社会の縮図であると思うので、
我々全体が反省する必要があると思います。

ガロアウスさんのお葬式参加教育法は、実際に実現可能かどうかは別にして、
良いアイデアと思います。いじめの結果としてのお葬式がある場合もある、
ということに思いが至れば、何らかの効果があると思いました。
そういうことの積み重ねが教育の一つの方法と思います。

井上靖さんの「しろばんば」・「夏草冬濤」(この字でよかったかな?)
を持ち出されると弱いなー。私の一番の愛読書です。
そうですね。こういう本を読ませるのも一方法かもしれません。
人間・人生の悲しさを知る機会を作る事が教育の一つですよね。
でも、これは家庭から始めるものかも。
やはり、皆がからんでいるのですよね。

お名前: 牛丼   
>現在の東大生の親の年収は、たぶん全国一です。
これって、何十年も前からそうだったと思いますよ。
塾等で小・中とそれなりの教育をさせていたでしょうから、日比谷高校の生徒の親もそ
れなりに経済的にゆとりがあったのではないですか。
ただ、それまでは日比谷高校経由で東大に行けたので日比谷に通わせていたのが、それ
では難しくなったので、開成、麻布、筑駒といったところに通わせるようになっただけ
でしょう。(筑駒は学費はかかりませんけど。)
だから、以前は行けた子供が東大に行けなくなったのではなく、以前なら日比谷経由で
東大に行った子供が、今では、開成や麻布や筑駒経由で東大に行っているということだ
と思います。

でも、昔も今も、田舎の公立高校からぽんと東大に入るような子がいる。
そんな子は本当の意味で賢いのでしょうね。
そんな子は、どんな学校に通っても東大に入れるのでしょう。

>「親が金持ちである子供だけが得をする」という社会になってきたわけです。
是非について意見はあるでしょうけど、現実としてスポーツの世界でも同じでしょう。
スポーツで秀でようとしても、子供の頃からの遠征費、強豪私学の費用など、お金に余
裕がないと難しいと思います。勉強の場合は問題集を買ってきて自分で勉強することも
できますが、スポーツの場合には指導者や環境が不可欠ですから、経済力による環境面
でのハンディを克服するのは難しいと思いますよ。
剣道でも某強豪私学の寮に入って3年間を過ごすと、遠征費等も含め1000万円近い
お金がかかるという書き込みもありました。

それがフィギュアスケートなんかになると、経済的余裕がないと、スタートラインにす
ら立てません。

でも(勉強の場合)私学には「金持ち」の方もおられますが、共働き+節約で、塾や私
学の学費を捻出する家庭も結構あるようです。

だいぶ話が脱線してしまいました。

お名前: ガロアウス   
 私が文部科学省の責任を問うのはナンセンスと書いたのは、あくまで「イ
ジメ問題」についてであって、それと後半の発言との矛盾を指摘されても、
いささか閉口しますが……。
 イジメは、人間の本性に基づくものだから、誰が文部科学省の大臣をやっ
ても、代わり映えしないだろうという観点から申し上げただけです。
 ところで、イジメで自殺者が出ると、校長が生徒たちを講堂に集めて、
「命の尊さ」を訴えるというのが、いつもの光景ですが、ああいうの、効
果あるんですかね??
 ことばだけ、「命の尊さ」を訴えたところで、なにも伝わらないんじゃ
ないですか?
 じゃあ、「おまえならどうするんだ?」と言われそうですが、私なら
「生」を教える前に「死」を教えるなあ。
 つまり、数ヶ月に一度は、必ずどこかの葬式に参列することを義務づけ
るわけです。
 参列する葬儀は、教職員の家族のでも、誰でもいいと思う。
 葬式に参列して、死体と向き合い、嘆き悲しむ家族を直接見る……。
 これこそ、「生きるとはなにか」を考えるための、最良の教材だと考え
ます。
 文学作品でいうと、井上靖の『しろばんば』で、近親の死を扱った部分
が秀逸ですね。あの作品の主人公は、むろん、若き日の井上靖その人でしょ
うが、死にふれることで、子供はさまざまなことを考えるものです。
 校長先生の百の説教より、一回の葬式体験のほうが、子供には身にしみ
るはずです。

お名前: (仮称)PAKU   
toガロアウスさん含め皆様
>>なお、私は元予備校講師で、浪人生相手に数学を教えていました。
>>学校の教科書レベルで一流大学の問題は解けません。

けんかを売るつもりはありませんが再掲します。
『例えば東京大学に二次試験の英語の問題は高校までに学習している内容が
きちんと身についていれば満点が取れる(予備校講師談)物らしいんですよね。』
→これは某予備校の講師の先生が、ご自身の参考書の中にはっきりと書かれて
いたことです。余裕があれば抜粋したい所ですが。

無論それが全てではないのは分かってるつもりです(^^;確かに高校の
教科書レベルでは、それだけで受験に対応するのは厳しいと言うのが
現実かもしれませんね。私も大学受験の時にそれを感じました。
それに文科省が私塾を肯定した時点で日本の教育の風向きが変わったように
感じます。

私はガロアウスさんのようにこの件に関してあからさまに肯定する気は
ありませんが、しかし学校のこうした対応で恩恵を受けた人もいるのでしょうから、
そこまで目くじらを立てて非難する気にもならないと言うのが私の意見なので、
良い・悪いの議論には参加してないのですが、問題の根っこには触れてない
気が致します。

それではどこに問題があるのでしょうか?
学習指導要領には法的な拘束力がありますので、理由もなく無視した指導を
するとは考えられません(私は比較的同情的な立場のつもりなのですが)。
高等学校教育の指導要領に定められた学習内容を踏まえてない受験問題で
あれば、入試に問題があるのだろうし、入試のレベルが変わってないのに、
年々対応が苦しくなっているとすれば、もしかすると学校(教師)の指導力の
問題かもしれません。あるいは生徒もしくは家庭にも問題があるのかも
知れません。『ゆとり教育』の弊害・文科省にも問題があるでしょうね。

何が問題でそうすればいいのか?まずはそこだと思うんですよね。
起こってしまったものは仕方がない。今後対応していくとしても。
自殺者も出てしまいました。責任を放棄して死んでしまうのは
ちょっと賛成しかねますし、死にたい奴は勝手に死ねと思いますが、
彼もある意味で被害者なんでしょうね。

お名前: 剣士以前   
ガロアウスさんの意見は一見論理的に見えてて、実際言いたいことが見えてこないです。
一番最初のガロアウスさんの書き込みは、文部科学省の責任を問うなんて、
ナンセンスの極みというものでした。
それに対し、Hide.さんが意見を書いていますが、それは教育現場の問題点でした。 
それに対しガロアウスさんは甘い、とおっしゃっていて、
過去の自分の受けた事例を例に挙げ、怨みつらみを述べたあと、
現在の公立高校が受験に配慮している、と評価なさっています。
では、問題点はどこにあって、どうしたいのかを述べるべきではないでしょうか?
日比谷高校にさかのぼっても良いですから、一大論文を書いてくださいよ。
自分だけ結論を隠し持っていて、人の意見をあげつらうのは(そう見えますよ)ちょっと、フェアーではないと思います。

自分は法律には縛られない考えをするとおっしゃっています。
誰でもそうではないでしょうか?
問題があるなら議論して変えればいい。みんなそう思っていると思いますよ。
ただ、皆で決めた法律なのですから、変えるまでは守ろう、
というのが社会の基本ルールなのではないですか?
それとも、そういうことをも否定しているのでしょうか?
自分だけ自由な思考ををしていると思ってるように読めますよ。

新聞投書の例にしても、投書している人の意見であって、社会全体の意見では
ないことは明白で、またそれを掲載する新聞社の偏向もあるわけでし。
何か一事が万事、思い込みで書いてませんか?

>ミセスにゃあ様
>批判は甘んじて受けますが、もっと具体的にどこが間違っていると仰り
>たいのか書いてくれませんか?抽象的な批判は、なにを論点としているの
>か、読んで理解できません。

ミセスにぁさんこそ、(私も含め)はあなたの真意を(明確な意見を)
聞いてないと思いますよ。

>さて、口できれいごとを言って、実際の行動では現実的対応をするのが、
>日本人の特性です。
>表面で歓迎しながら、多くの親たちは、心の底では納得していませんで
>した。
>それが、私立中学受験への殺到という形で現れてきたのです。

なんで勝手にそう決めるの?
一事が万事、こんな調子ですよね。

枝葉末節の解釈はどうでもいいですから、真意・根本意見を明確にしてください。

お名前: ガロアウス   
>>国がその中から1つの価値観を選ぶわけで、それに従うのがルールとい
うものでしょう。どれが間違いという問題ではないのだから、指導要領に
は賛成できないからといって、各高校の判断で破っていいというわけでは
ありません。<<

もう既に固定概念にとらわれすぎです。
ですから私は教育問題は日比谷高校の問題からさかのぼったほうがいいと
申し上げたでしょう?
あの学校群制度によって、がたがたになってしまった日比谷高校は、すべ
て一律の入試、一律のカリキュラムというものが、いかに学校をおかしく
するかを身にしみて感じたのです。
 そこで、都立高校のうちの一つとして一斉に入試をやるのではなく、独
自の入試をやろうじゃないかと取り組みを始めたわけです。
 まあ、いま現在、うまくいっているとは言えませんが、なぜ、そんな取
り組みがでてきたのか、その原因をしっかり考察する必要があります。

お名前: 牛丼   
ガロアウスさんの見方も、1つの見方としして面白いけど、いろいろな考えがあるわけです。
高校で幅広い科目を教えるべきという考えもあるし、専門分野に絞るべきという考えもある。
国がその中から1つの価値観を選ぶわけで、それに従うのがルールというものでしょ
う。どれが間違いという問題ではないのだから、指導要領には賛成できないからといっ
て、各高校の判断で破っていいというわけではありません。

入試に合格させたり、仕事に役立つことを教えるのが高校ではないでしょう。
入試に必要なかったり、仕事に関係ないことが、大人になって人生を豊かにすることも
あると思っています。
剣道だって、入試や仕事に役立つからと思ってしているわけではないでしょう。

タバコだって、18才から許可すべきという考えもあれば、麻薬と同じで禁止すべきと
いう考えもあると思いますよ。

お名前: ガロアウス   
>>大学は高等学校の学習指導要領に則って入試問題を作成している訳です
から、普通の高等学校教育がなされていれば大学入試には対応できる訳で
すよね?<<

それは全然違います。
なお、私は元予備校講師で、浪人生相手に数学を教えていました。
学校の教科書レベルで一流大学の問題は解けません。

お名前: (仮称)PAKU   
何だか論点がずれてる気がします。
話があちこちに飛躍していて、もぐら叩きみたいになってます。
一度話を元に戻して整理しませんか?論考があちこちに飛んでるので、
話が掴み辛くて仕方がない(^^;

良いか悪いかはとりあえず置いといて、何か理由があったはずなんですよね。
前回も書きましたが、『大学受験のため』と言う事であれば、大学は高等学校の
学習指導要領に則って入試問題を作成している訳ですから、普通の高等学校教育が
なされていれば大学入試には対応できる訳ですよね?多分建前だろうと思うけど。

でもその原則にそぐわない現実があったが故にこういう状況が起こってしまった。
何故こういう状況になってしまったのか?どこに問題があるのか?悪者探しを
するということではなくて、根っこの所から考えていく必要があるように感じます。
一度話を元に戻して整理した上で議論された方が良いかと思いますが・・・???

お名前: Hide.    URL
To ガロアウスさん

>Hide さんは、元高校の先生だそうですが、授業やっていて、何割の生徒が
>耳を傾けてましたか?

下にも書きましたが、私の保健体育は評判がよかったんですよ。何割という数字ははじき
出せませんが、みな、聞いてくれていたと思います(^^)

ちなみに、何でガロアウスさんの選択肢は2つしかないのですか?
私だったら、「文部省のカリキュラムに沿いつつ、興味が持てるように授業を工夫する」
っていう道を選びますね。
それができなきゃ、教師の敗北ですよ(^_-)〜☆

お名前: ガロアウス   
Hideさんへ
私はちっとも話をそらしてないはずですよ。
この、素行不良の中学生は、いま問題になっている話と問題のねっこは同
じです。
Hide さんは、元高校の先生だそうですが、授業やっていて、何割の生徒が
耳を傾けてましたか?
 私は、高校で教えていたという友人をたくさん持ってますけど、一般の
高校で、授業を聞いている率はひどいものだそうですね。
 科目によっては、3割が聞いていたらいいほうなんてこともざららしい。
 さて、そこで問題です。
 そういう生徒を相手にしていて、教師はいったいどんな態度をとるべき
なんでしょうか?
 
選択その一 あくまで、文部省のカリキュラム通りに、生徒の興味持てな
い話を続ける

選択その二 カリキュラムを無視して、なにか生徒の興味持てそうな科目
に切り替える

 ラーメン屋に生徒を送り込んだ校長は、この第二の選択をしたというだ
けの話です。
 私は決して、強引な論理のすり替えをやっているわけではありません。
 まあ、私も高校時代、内職ばかりしていたから、授業を聞かない生徒を
非難する資格はないのだけど……。

お名前: Hide.    URL
To ★さん
>…週休2日、になってなどいませんよ…(TT)。
>まぁ、大義名分として「週休2日」は存在してますので、休めるっちゃぁ休めますよ。
>でもそれは、「学校にいなくても怒られない」「勤務日ではない」という意味です。
教員の事情はよく存じております。
しっかりお休みを取っておられる方と、まったくお休みになっていない方。とくに、部活
動指導を持っている先生にとっては、平日の研究日がなくなって休みが皆無になってしま
いましたから。ホントお気の毒に思いますm(_ _)m


To ガロアウスさん
お仕事ご苦労様です(^^)

>ですが、ちょっと待っていただきたい。
>話が飛びますが、Hide さんは、「お酒」の問題については、どう対処な
>されていましたか?
どうしてガロアウスさんは、そうやってすぐに矛先をそらそうとされるのですか?(^^;
今論議しているのは、学習指導要領における未履修問題のはず。
大学剣道部の飲酒問題でも勉強に興味のない中学生をラーメン屋で働かせることの是非で
もありません(^_^ メ)

ちなみに、質問された件にはお答えしておきますが、この件につきまして本トピで議論を
するつもりはありませんことをお断りしておきます。
私が大学1年生のときは「法律違反なので呑みません」などという断り方のできる状況では
ありませんでしたので、勧められるままにいただく以外方法はありませんでした。私が上
級生になったときにも「そういうもんだ」と考えておりましたので、未成年の下級生に酒
を強要いたしました。成人してからも、長らくそういうことをしておりましたね(^^;
でも昨今は、18歳以上でも未成年者には酒は勧めません。本人が自発的に呑むことを止め
ることもいたしませんが、本来は止めるべきでしょうね。このように書きました以上、こ
れをきっかけに、心がけを改めることにいたしますm(_ _)m

>それはともかく、日本という国は、一度、つまらない法律、つまらない
>憲法を持ってしまうと、それを変更するのに、膨大なエネルギーを必要と
>します。
>なんでも、一度、決めてしまうと、変えることができないのが、日本と
>いう国なのです。
そうなのかもしれませんが、やはり、「破っていい」ということにはならないはずですよ。
そぐわないのなら「変える」。それが正しい道筋ですし、教育のあり方です(^^)

>教育なんて、ケースバイケースで考えたらいいのであって、カリキュラ
>ムに振り回されるなんて、本末転倒だと思うけど……。
私もそう思いますが、単位を認定してこそ学校です。予備校や私塾ならどのようなカリキ
ュラムで行なってもかまいませんが。学校は教育を行なうのと同時に、「高校卒業」という
社会的なステイタスをも認定しているんですね。申し訳ありませんが、どんなに有名進学
塾や予備校を卒業(?)しても、世の中ではなんらステイタスにはなりません。
今回のことは、働きながら、定時制や通信制に通ったり、大検を受検するべく、必死に高
校卒業の単位を取得しようとしている人たちに対して申し訳が立たないとは思いませんか(-_-)

お名前: ガロアウス   
Hideさんへ

>>ただ、「現状にあっていない、ゆえに破ってもいい」という論理にはな
らないはずです。 ……中略……
現状にそぐわなくて「ちょっとなぁ」と思っていたとしても、子どもたち
には「ちゃんと守りなさい」としつけるものなのではありませんか<<

 このあたりは、たいへん説得力のある議論です。まったくその通りとし
か、言いようがありません。
 ですが、ちょっと待っていただきたい。
 話が飛びますが、Hide さんは、「お酒」の問題については、どう対処な
されていましたか?
 私は、まったく酒をやらない人間なので、法律的にどうなっているのか、
詳しくは知りませんけど、確か、酒もタバコも二十歳からというのが、日
本の法律上の「建て前」ですよね?
 で、Hide さんは、守っていたんですか?
 それとも、「ばれないよう、表面上、守っているフリをしていた」んで
すか?
 いや、Hideさんだけじゃなく、みなさんに聞いてみたいと私は思ってい
るんですけどね。
 全国の大学剣道部は、どういうふうに対処しているんですか?
 私は、まるで酒の付き合いをしない人間ですが、私の知っている限り、
ほとんどの人は「ばれないよう、表面上、守っているフリをしていた」は
ずです。
 ちなみに、私は自分が飲まないからといって、他人が飲むのに干渉する
つもりはありません。
 酒もタバコも18歳から、つまり、現状に合うように、法律を変えるべ
きだというのが私の立場です。
 ついでにいうと、18で選挙権も与えて、そのかわり、悪さをしたら、
18で新聞に名前も写真も載せるべきというのが私の意見です。
 もっというと、私は殺人事件の場合は、たとえ殺人犯が15歳であって
も、名前を公表すべきだと考えてます。
 殺人という犯罪に対して、犯人の年齢で区別することが、そもそも間違
いでしょう。
 それはともかく、日本という国は、一度、つまらない法律、つまらない
憲法を持ってしまうと、それを変更するのに、膨大なエネルギーを必要と
します。
 なんでも、一度、決めてしまうと、変えることができないのが、日本と
いう国なのです。

 ところで、下の発言を見ると、やたら、「不法行為」という言葉が目立
ちますが、なんかなあ……次の例を考えてください。
 もう十年以上前の事件です。
 ある中学で、いささか素行の悪い生徒がいました。授業は聞かない、授
業中騒ぎ出す、他の生徒に迷惑かける……。
 そこで、業を煮やした校長が、その生徒をラーメン屋に送りこんだので
す。
 興味の持てない英語や数学の授業にしばりつけておくより、「実社会を
見てこい。実社会の厳しさを見てきたら、また、考え方も変わってくるだ
ろう」という方針だったのです。
 私はこういう校長の考え方に全面的に賛成です。
 聞くつもりのない授業に出席させるより、はるかに気の利いた指導といっ
ていいと思います。
 ところが、これが大問題となりました。法律違反だと騒ぎ立てたのは、
確か毎日新聞の記者だったと記憶します。
 なるほど、法律違反には違いない。
 中学三年生をラーメン屋で働かせたら、児童福祉法違反にでもなるのか
もしれません。
 ですが、こんなことで騒いでどうするんだろうね?
 新聞に叩かれたものだから、もちろん、この生徒は学校に戻ったのでしょ
う。で、その後、関係代名詞や因数分解の授業をまじめに聞いたのだろう
か?
 たぶん、なにも聞かなかったでしょう。
 法律違反だの、カリキュラム違反だのを問われたら、校長しては、謝る
しかありません。なんの反論もできません。
 しかし、この毎日新聞の記者が騒ぎ立てたことによって、なんのいいこ
とがあったのでしょうか?
 世の中には、こういう誰のためにもならないことを騒ぎ立てて、自分で
は正義を通したつもりの人がいます。
 教育なんて、ケースバイケースで考えたらいいのであって、カリキュラ
ムに振り回されるなんて、本末転倒だと思うけど……。
 長いから、今日はこれまでにします。

お名前: ガロアウス   
 まあ、逃げているように見えるのでしょうが、私は午後から仕事で、解
放されるのは、明日の昼過ぎです。
 今日はご勘弁願います。

お名前: ★   
…週休2日、になってなどいませんよ…(TT)。
まぁ、大義名分として「週休2日」は存在してますので、休めるっちゃぁ休めますよ。
でもそれは、「学校にいなくても怒られない」「勤務日ではない」という意味です。
むしろ「勤務日」と銘打ってくれた方があきらめられる程度に勤務してますし、仕事も
してます。仕事はむしろ増えたといってもいいですし、低下した学力にどう対抗するの
か、頭を悩ませている教師も多いはずです。
でも、実際「週休2日」な人もいると思いますし、「仕事が楽」になってる人もいると
は思います。
とにかく、「色々な人」がいるのだということを、くれぐれもお忘れにならないでいた
だきたいです。。

お名前: Hide.    URL
ガロアウスさんは、やはり宿題を積み残したままの登場のでしたね。
まぁ、私の読みどおりですが・・・(^^;


ゆとり教育には裏があるんです。
週5日制の導入ですね。まず「週5日制ありき」がスタートラインだったのはご存知ありま
せんか?

同じ公務員でも、役所の人間は土日が休み。なぜ「われわれ教職員だけが」っていうのが事
の発端なんですよ。むろん、某全国規模の教職員組織の中での議論です。
それに後付された格好になったのが「ゆとり教育」という隠れ蓑です。
だから、教育現場で反対する人が少なかった。心ある教員は、あの当時も「学力低下」を危
惧し、反対してましたよ。でも押し切られた。根本は「労働問題」だったんですね(^_^ メ)

かくして、、ガロアウスさんがお書きになったような側面もあり、見事、教職員は「週休
2日」を獲得いたしました。
そして今回、そのツケを生徒に払わせることになったわけですから、問題の根は深いです
よね。インタビューに答える校長たちの「生徒のために」が空々しく耳に響くのも、彼ら
の週休2日のために生徒が犠牲になったバックボーンが見えてしまっているからです(-_-)

お名前: ガロアウス   
 みなさんの意見を読んで感じるのは、
「いったいどこまで本音が出ているのだろうか?」ということですね。
日本人は、防衛問題と教育問題では、必ずしも本音を言わないからなあ。
 たとえば、日本の新聞の投書欄には、毎日、自民党の批判ばかり載って
ますが、選挙になると、自民党が勝つことは誰でも知ってます。つまり、
あの投書欄には、必ずしも、人々の本音が反映されてないということにな
る。
 教育問題では、「ほんとは、違うけどなあ……」と誰もが感じているの
に、「きれいごと」の議論に引きずられて、おかしな結論にいってしまう
ことがあります。
 その典型的な例を、あの「ゆとり教育」で考えてみることにします。
 いまでこそ、ゆとり教育は袋叩きにあっているし、あの政策は間違いで
あったというのは、疑いのない結論となっています。
 そして、「あんな政策をやったのは誰だ?」と、当時、この政策を推進
した文部省の官僚の名前まで、マスコミに指摘されてます。
 しかし、ちょっと待っていただきたい。
 あのとき、文部省の官僚だけが、この政策をいってたわけじゃありませ
んよ。
 むしろ、新聞には、この政策を誉め称える投書があふれていたはずです。
 それでは、なぜ、この政策が推進されることになったのか?
 当時(注 というより、いつの時代でもと書いたほうが、正確なんだけ
ど……)学校で問題となっていたのは、イジメであり、荒れた学校で頻発
する暴力事件でした。
 そこで、ある人がこう言ったのです。

 イジメをやる生徒、先生に暴力をふるう生徒は、一般に成績の悪い生徒
が多い。ということは、誰もがついていける授業をやれば、落ちこぼれが
いなくなり、イジメ、暴力事件もなくなることになる。

 なんか、もっともらしい意見てすね。論理に破綻がありません。
 そして、不幸なことに、この論理に誰も反論できず、ゆとり教育が実施
されることになってしまったのです。
 おまけに、当時、(私の記憶によれば)自殺者があったんじゃなかったっ
け?学校の授業についていけないという遺書を残して……。
 そうなると、もういけません。
 ゆとり教育に疑問を感じる人はたくさんいましたが、
「落ちこぼれを出すことにあなたは賛成なのか?」とか、
「自殺者をだして、あなたは平気なのか?A子さんの悲劇を繰り返してい
いのか?」と詰め寄られると反論のしようがありません。
 かくて、世紀の愚策が実行されるはめになったのです。
 さて、口できれいごとを言って、実際の行動では現実的対応をするのが、
日本人の特性です。
 表面で歓迎しながら、多くの親たちは、心の底では納得していませんで
した。
 それが、私立中学受験への殺到という形で現れてきたのです。
 もちろん、ゆとり教育の導入以前にも、既に、灘、開成、麻布といった
私立高校が東大合格者上位にくるという現実はありました。
 それでも、千葉高校、湘南高校などの公立高校もそれなりにがんばって
いました。(注 参考までに、都立高校が落ちぶれてきたのは、学校群制
度の導入によるもので、ゆとり教育と直接関係ありません。いや、関係な
といは言い過ぎかもしれません。学校群制度の発想のねっこにあったもの
は、ゆとり教育と同じでしょうから)
 公立高校が完全におかしくなったのは、ゆとり教育導入後の話です。
 学校群制度を含めて、日本の教育改革というのは、一般に名門の公立高
校をつぶすことに熱を入れたという点に特色があります。
 教育改革をやってきた人たちの頭にあったのは、エリート校の存在をな
くすことこそ、改革につながるという使命感だったわけで、それが正しかっ
たのかは、いささか疑問です。
 現在の東大生の親の年収は、たぶん全国一です。
 つまり、親が金持ちでなくては、入れない学校になってしまったという
わけです。
 結局、ゆとり教育を含めて、教育改革をやればやるほど、かえって妙な
ひずみが出て、「親が金持ちである子供だけが得をする」という社会になっ
てきたわけです。
 もちろん、それでも、ゆとり教育が、ある一定の成果を出せばまだ救わ
れました。
 つまり、いじめが減ったとか、生徒の暴力が減ったとか……。
 ところが、そんな成果は出てこず、残ったのは生徒の学力低下だけでし
た。
 では、なんのためにこんな政策を実行してしまったのか?
 ようやく、人々はここに疑問を感じ始めたのです。

 うーん。書いてて、長すぎるね。おまけに、下で私に向けられた質問に
も答えてないし……。それは理解しているのですが、なにしろ、教育はな
かなか複雑な問題で、歴史が長いのです。
 おそらく、いまの若い方は、かつて、百数十名の東大合格者を出してい
た日比谷高校という学校があったことさえ、知らないと思うが……。
 ほんとは、日比谷高校時代までさかのぼって、教育問題を考えてみたい
けど、そこまでやると本論からそれてしまいます。
 でも、「なぜ、ゆとり教育が失敗したのか?」を研究してみるのは、む
だではないでしょう。しかし、その話もまた長いので、今日はこれで失礼。

お名前: Hide.    URL
態度を硬化させていた文科省ですが、少しトーンダウンしてきたようですね。
卒業してしまった生徒がいるわけですので、今の3年生にだけ過度な負担を強いるのは酷
ではあります。きちんと履修している多くの高3生たちに不公平感が出ず、かつ、未履修
の生徒たちに配慮した解決策を望みたいですね。
って、なんら自分では策がなく、意見ではなく単なる感想に過ぎませんが(>_<)

ただ、教育基本法の縛りがありますので、超法規的措置でないと救済できないというのが
現状のようです。なんとも困った問題です。

報道では、校長たちの「建前謝罪」が続いていますが、本心はどう考えているのでしょうね?
自分達に本当に非があると考えているのでしょうか?
頭の中をかち割って真意をのぞいてみたいところです。


いじめの問題にしてもしかりです。
福岡の報道などを見ておりますと、問題となっている教師は、ほぼ2年サイクルで転勤を
繰り返しているとか。これは、かなり異質なことですね。
こうした問題教師を放置&たらいまわししていることと、今回の未履修問題は、やはり同
じ根っことでつながっていると考えてもいいように思えます(-_-)


それにしても、先生が社会体験ですか。驚きです。
大学を卒業して教員採用試験を通ればすぐに教員になれちゃうシステムにも問題があるか
もしれませんね。30くらいまで他の職業につきながらじっくりと社会勉強をし、世の中の
辛酸をなめ、それから教職に就いたほうが、きっといい教育ができるんじゃないかなぁ。
こういうと御幣があるかもしれませんが、やはり自分の子どもを持ってみてはじめて親の
気持ちや子どもの心って見えてくるものもあるじゃないですか。そうした経験も、教育者
としては必要なんじゃないかなぁ。

もちろん、若くて活きのいい先生が生徒の中に飛び込んでいってぶつかり合うことも必要
でしょうが・・・。
難しいですねぇ( -o-) フゥ

お名前: ミセスにゃあ   
ガロアウス様
お返事が遅くなってごめんなさい。
意見を読んでいて、とても気になった言葉が並んでいるので批判ではなく「私はこう受け止めた」
という一意見として聞いてほしかったのです。

私も大学受験は経験していません。高校卒業後即就職でした。
でも、だからといって就職試験の前に面接と小論文と一般常識の授業ばかりだとか、
就職に関係の無い日本史の先生に殺意を…なんてことはなかったですよ。
大学受験と就職組を一緒にするな、と言われるかもしれませんが、お話を読んでいて
「自分に関係の無い話は不必要」「自分と同じ経験をしていない人は意見するな」のような内容に
この人はそういわれる相手の立場に立ったことがあるのかな?と思ったのです。

ちなみに私はいじめをうけた経験もあります。
残念ながらおっしゃるようにいじめはなくならないのかも知れません。でも当事者は
本当につらいのです。
他人の痛みを少しでも考えることができるようになれば解決することってたくさんあるように思うのですが、
こんな私の言うことも、やっぱりきれいごとですかね?
文章が下手でごめんなさい。

お名前: ★   
Hide さん、お返事ありがとうございました。
再度つらつらと…。すみません。。

…どこか一点に責任を求めるのはやめてほしいと思います(うやむやにせよ と言うわけではないです)。
学校が、とか 教師が、とか 文科省が…。どこか、が悪いのとは違います。
「責任の所在を明らかにする」のは「自分には責任がないことを明らかにしたい」ことに同義なのでは?

今回発覚した事件は、今日・いきなり・何らかの突発的変化が起こって、なされたことではないのです。
ちょっとずつちょっとずつ、色々なことや色々な人が関わって起きたことなのです。
一見「被害者」が実は「加害」していること(部分)もあるし、一見「加害者」が今「被害」を受けて
いること(部分)もあるでしょう。
どこが悪いんだ=犯人探し(犯人糾弾) をするのではなく、良い事と悪いことの、「一般的(集団的)
基準・判断」を、これを契機にもう一度探っていってほしいものです。

個人的な価値観と、集団が集団として機能していくための価値観・価値基準というのは、ちょっと
違うと思うんですね。(充分重なる部分もあると思いますが、なにせ個人と集団とでは担う「機能」が
違うと思いますので…)
そういった根源的(と言うのが正しいかどうかは疑問ですが)な部分を見据えて、「教育」の問題に
「全員で」取り組んでいかない限り、いじめ問題も未履修問題(に類髄するもの)も、本当の意味で
解決はしていかないと思います。
もっと言えば、「問題が完全になくなること」も、「集団」として生きていく限りは不自然だと思う
自分もいます。(別にいじめを容認するわけでも推奨するわけでもありません。悪いことは悪いと
思いますし、いじめるなんて心が貧しいなぁ、幸せじゃないのかなぁ、と思いますが)

さらに言えば、問題の解決を「教育」だけに求めるのも違うと思います。「教育」の機関が重要かつ
責任重大なのは分かりますが。

周りを見て自分の態度を決める…集団にありがちなことだと思います。
つまりは大人たちの態度が、今の世の中を作ってるんだと思います。
(極論ですが)かつての大人たちが今の大人を作り、今の大人が未来の大人を作るんだと…。

ですから、せめて自分の近しい子供たちが、今の私(たち)をみて育ち大人になった時に、私(たち)
を失望させるような大人になってしまわないことを願いそのために努力する、のがいいかと思います。
出来る限り、「こういう大人でいてほしい」という見本足り得たい、と思います(なかなか難しいですし
それすらも「私個人」の「思い込み」かも、ですから気をつけたい所でもありますが)。
…以上、個人的な「集団にあっての個人主義論」です。
蛇足ですが「個人主義」という言葉に、大いなる誤解を持っているのが今の社会ではないでしょうか…。
「個人主義」とは、「それぞれが」「それぞれに」個人を尊重する主義、そのために「個」をしっかり
自己認識し、律するべきだ、という主張だったはずですのに(夏目漱石らへんの主張の聞きかじり)今は
「自己推薦的」個人(尊重)主義ばかりが存在している気がします。
誰かがそれをしだし、そしてそれが受け入れられる世の中というのは結局「言ったモン勝ち」「やった
モン勝ち」になっていくわけで。

繰り返しになりますが、「全体および根源を見据えた上での未来の話」を、皆さんがしてくれますように。

偉そうなことを言ってるかもしれません。自戒をこめて、です。。

お名前: えーじ   
ウチの件でも何校か未履修問題でてきました。(--;
言訳の中の「生徒のための親心・・・。」って気になりますよねぇ。
確かに、生徒の希望の大学・学部にいれてあげるのは、とても
大切なことです。しかし、偏った教科のみを丸暗記のように詰め込んで
それでヨシとするならば、それはとても生徒の将来のためにはならないと
思いますけどねぇ。
私も以前、大きな会社のサラリーマンをしておりまして、とても優秀な
大学を卒業してこられた人でも、優秀な人材というのはわずかでした。
それ以外の、仕事の出来ない人は最近の不況で、会社内で冷遇されていたり
して、見ていて気の毒です。
いい大学、いい会社&官僚に入ることが幸せなのではなく、自分が何が
やりたいのか。社会の仕組みはどうなっているのかを、自分で考えていける
為に、どういう教育が必要なのか。っていう観点でものをみれば、
こんなことにはならないと思いますけど。へ(-o-;へヤレヤレ
社会経験の少ない教員が考えるとそうなってしまうのでしょうか?
保護者達の責任でもあるのでしょうか?きっと様々な要因があると思いますが
自分の子供達が学校にはいったら、そのあたりの議論には積極的に
参加していきたいですね(^^)

話はそれますが、最近学校の先生に一般企業に派遣して、社会の厳しさを
体験してもらうって企画で、近所でも先生が印刷会社や小売り店、ホテルで
働いているのを見かけます。主旨には賛成ですが、働いている先生方は
少しかわいそうな気がします。せめてその体験が教育現場にいかされればと
思います。

お名前: kyoming   
今日も各地で保護者を対象に説明会などが多く開かれてるとのこと・・・・
でも一番、大変なのは受験を控えた子供たちなのかと思うと心が痛みます。
県内の新聞を読むと、いろいろな問題も起きてるようです。
世界史の教科書を購入すらしていない(させていない)学校もあり、今の時期に
購入となると業者もすぐに対応できないということがあるようです。
教科も1教科も未履修では済まない学校もあり、8単位、中には10単位も足りない
生徒もいるようです。
生徒のためにやってきた・・・・と言われても今の状況では本当に生徒のため
だったのかと首をかしげてしまいます。
大学進学について詳しいわけではないのでよくわかりませんが、先輩方のお母さん
に聞くところのよると、学校の先生方は国公立を狙うノウハウはあるけれど、
東京の私大に関してはあまり対応できないようで、どうしてもセンター試験で
いい点を取るということを目標に勉強を教えてるとのことでした。
県内においてもそういう傾向があるとなれば、世界史が授業からはずされたと
いうことがうなずけるような気がします。


未履修問題に限らず、書類上と実際に行われてることが違うという問題は
社会に多々あることだと思われますが、なあなあで今まできてしまってること
もきちんと、いけないことはいけないと襟を正し、子供たちの見本になるような
大人になっていかないとこれから先の日本は心配です。
そんな私もたいした大人ではありませんが、自分のできる範囲で襟を正して
いきたいものです。
学校が悪い、教育委員会が悪い、受験の仕組みが悪い、地方で予備校がない・・・
と何かを責めるのもよくないことだと思うので、何が一番大切なのかをきちんと
心で考え、前向きにいきたいものです。
せめていいのは、剣道です(爆)。これが、なかなかむずかしいんだけど(笑)

お名前: まろ   
TO Hideさん

別に良いですよ。気にしなくても。
文科省ひとつとってみても、イジメだけでなく
これだけの問題があるということは私自身
驚いています。

本来、学校というのは「勉強」を教えるところ。
「勉(つと)めて強くなる」と書きます。
単に本を開いて書いてあることを片っ端から
覚えていく、というものではないはずです。

今回起こっている「いじめ」に関しても
「未履修」に関しても、率先してやっていた
のが「教師」であることに私は危機感
を持っています。「教育者」ではなく
ただ単に「講師」ですね。今の学校の先生は。

また、教師にも子供にも、最近自分自身に「責任」
を持って行動する人が少ない気がします。

いったい日本の教育はどうなってしまうのでしょうか?
懸念されますね。

皆さんのご意見、お待ちしています。

お名前: 剣士以前   
結局、文科省も我々社会の鏡なのかもしれません。
文科省も求められていないことをやっているとも思われませんし。
今回のことを例にしてやはり社会全体(我々も含め)が自己を省みることが必要と
思います。他人の責任ではないのです。

Hide.さんの、
>、「法律違反を是」であるかのようにお話される方がおられるので、そういう方向に
話が進むことだけは避けたいと考えております。

に本当に同感します。

私も、このサイトが、まずルールを遵守して、遵守しながら問題点を話し会える場
であって欲しいと念願いたします。
遵守しないことが前提にあると、本題に入る前に悶着になって、本題に入れない場合が
多いようです。

私は今結構、「会津」の本に凝って、そればかり読んでいるのですが、
江戸時代の会津の子供が毎日唱和させられいた、教えみたいなのがあって、
これ以外と面白いのです。
ひとつ、親は敬わなければなりませぬ。
ひとつ.....なりませぬ。
こういうのが沢山続くのですが、現代には合わないこともありますが、
最後のひとつが最高です。
ひとつ、ならぬものは、ならぬものです。

こういうことですかね。

お名前: Hide.    URL
To ★さん
管理人のHide.です。

>今までは暗黙の了解かつ平均的に保たれていた「礼儀」とか「常識」といったものが、
>「個性的」であることや「個を大切にする」という思考の御旗のもと、薄れてしまった
>ために起こる事件が最近多いような気がします(個人的な見解です)。
おっしゃるとおりです。
連日のように新聞の社会面の下のほうには「企業のお詫び広告」が並んでいます。かつての
日本は、たとえ企業といえども、「いい(安全・優秀)ものを安く提供する」ことこそを
最大の企業理念にして成長してきたはず。しかしバブルの崩壊、長い不況のトンネルを抜
け出たときに日本人はその魂を失っていました。

利潤の追求、過当競争、不正をしてでも利益を追及しようとする官と民の姿勢(大人の姿
勢)が社会を堕落させ、それが青少年に悪影響を及ぼしていることは明白です。
今回の「教育改革」でどこまで突っ込んだ議論がなされるのか、ひとつ期待したいところで
す(^^)

>そんなことを上(教育委員会など)には求められ、それ以外(人間教育とでもいいます
>か…)を保護者等からは求められる。。現場は、「真面目に」やろうとする教師ほど疲
>弊する、そんな現状です。(それでも「真面目」であるべきで、工夫次第だとでも言わ
>れてしまうのでしょうが)
教育現場の矛盾は痛いほどわかります。まじめに取り組もうとすればするほど、自分にの
しかかってくるものが大きくなっていく。かといって生徒は「ナマもの」。立ち止まって
考えている余裕などありません(>_<)

今朝の新聞を読んでいましたら、週5日制が開始された2003年からこうした不正カリキュ
ラムを始めた学校が多いと書かれていました。週5日制につきましては、現場の声を
本当に反映した施策だったのか不明ですが、でもやはり「追い込まれたら何をしてもいい」
という論理にはならないのです。

未履修問題は拡大を見せ、全国の普通高の1割に達しそうな勢い(もう達したんだっけ
な?(^^;)です。もしこれが「製品」だったら、企業はリコールっていう措置に出なければ
いけないわけですが、ことが人間であるだけに厄介ですね(-_-)


To PAKUさん
管理人のHide.です。

>文科省や学校を非難するのも結構ですが、一度もう少し根っこの部分を
>考えてみないといけないのかもしれません・・・。
発展的なご意見ありがとうございます。
ただ、「法律違反を是」であるかのようにお話される方がおられるので、そういう方向に
話が進むことだけは避けたいと考えております。

この問題の根本についてご意見をいただくことは決してやぶさかではありません(^^)

あ、トピ主さんのまろさんにも、ご迷惑をおかけしてしまってますね。
本来は「いじめ」がメインテーマであったはずですので(^^;
でも、今しばらく私の関心事は「未履修問題」から離れそうもありません。文科省にも知り
あいがおりますので、よけい気になりますしm(_ _)m

お名前: (仮称)PAKU   
文科省や学校を非難するのも結構ですが、一度もう少し根っこの部分を
考えてみないといけないのかもしれません・・・。

高校が特に理由もなく指導要領を無視した教育を行うとは考えにくいし、
そこには何か理由があったはずなんですよね?

高校が大学の予備校化してしまっているのでしょうか?
高校の次は大学。でも大学にはそれなりのハードルがあって、
それをクリアするためには・・・って感じなのでしょうか?
法律に違反するしないと言う議論はとりあえず置いておいて、
現実としてそういうものなのかもしれません。であれば高校のあり方に
問題がありますよね?

しかし、高校卒業程度の学力が有れば大学入試には対応できる建前な訳だし、
例えば東京大学に二次試験の英語の問題は高校までに学習している内容が
きちんと身についていれば満点が取れる(予備校講師談)物らしいんですよね。
逆に大学は高校の指導要領を無視しては入試問題は作れないはずなんですよ。
であれば、それにもかかわらずそうしなければいけなかったのは何故か???

とするとどこに問題があるのか?起こってしまったことは起こってしまった事
として、善後策を講じるとしても、どこかに問題の根っこがあって、それを解決
しないと、ン十年後にまた同じ事が起こるような気がします。何が問題でどこで
道を間違えてしまったのか?それをきちんと整理して、ある程度皆さんの見解を
一致させた上で話をしなければ、ここでのやり取りが殺伐とした物になってしまう
ような気が致します。いかがでしょうか?

お名前: ★   
…難しいです。。
結論(極論)から言ってしまえば、「世の中がおかしくなってきてる」せいかな、と。。
そして、「おかしくなってる」部分ってのは、言葉や具体的な事物(規制・法律)でどうにかなるもの
ではなくて、もっと抽象的な精神的なものなのではないでしょうか。
今までは暗黙の了解かつ平均的に保たれていた「礼儀」とか「常識」といったものが、「個性的」で
あることや「個を大切にする」という思考の御旗のもと、薄れてしまったために起こる事件が最近
多いような気がします(個人的な見解です)。

今回の「未履修事件」も、色々とたどっていけばそれぞれに「言い分」があるとは思います。
例えば(私は学校所属の人間なので)学校側の意見を言わせていただけば、『「ノルマ」や「業績」
のためには必要悪(語弊があるかも、ですが)があること』これは事実だと思います。
昨今、学習目標や学習計画の事前打ち出しが義務化されており、出した以上はその目標・計画は
達成されねばなりません。
そして「目標」になりうるのは「具体的なもの(進学実績など)」です。
そんなことを上(教育委員会など)には求められ、それ以外(人間教育とでもいいますか…)を
保護者等からは求められる。。現場は、「真面目に」やろうとする教師ほど疲弊する、そんな
現状です。(それでも「真面目」であるべきで、工夫次第だとでも言われてしまうのでしょうが)

しかし、集団が集団として「上手く」やっていくためにはルールが必要不可欠だとは思います。
ですから、「違反」をしたことは、何をどう言ってみたところで「悪い」ことだと私も思います。
(でもこれも、自分の学校が今回の事件に該当しないから言えるのであって、明日は我が身…)
ですが、「悪い」、だから非難し、「良い」状態に(表面上)戻した、だからおしまい、にして
しまうことはやめてほしいと思います。
「悪い」ことが起こってしまうその背景にある「原因」から解決しない限り、本当の解決ではない
と思います。。
一人ひとりが、もうちょ〜っとだけ、「集団の中での自分」ということを考えられたら、いいなぁ
と、漠然と思います。

お名前: Hide.    URL
To kyomingさん
>世界史は必修、理科もクリアしてますが、社会で日本史・地理を選ばず、世界史
>を選択した生徒が今回、対象となり全員というわけではありませんでした。
そういう履修の仕方だと「卒業認定単位に満たない」という生徒への事前の説明は、当然
ながらなかったんでしょうね(-_-)

>進学校といわれてる学校がこぞってそんなことをし、東大の○人合格・京大
>□人合格と崇められ、いい学歴の人間が日本の中枢を担う職についたりしたら
>これは恐ろしいことだと思います。やったもん勝ちみたいな世の中にはなって
>ほしくないです。
おっしゃるとおりですが、学校側のいうがままに履修し卒業、進学していった生徒たちに
罪はありません。悪いのは学校ですよ(-_-)
こう、数が増えてくると、文科省としても落としどころがなくなってしまいます。どのよ
うに決着させるのか。何も知らなかった生徒が割りを食ったりすることは控えなければい
けませんが、まじめに取り組んでいる多くの高校生たちへの不公平感をあおってもいけま
せん。また、進学や就職している卒業生たちに対するフォローをどうするのかっていう問
題も解決の糸口が見えません。

>夏は特別な予定がない限り全員参加の3泊4日の勉強合宿を行ったり、年末年始も
>2〜4日くらいのお休みはあっても学校で勉強です。
>先生方はたしかによくやってくださってるとは思いますが、なにか履き違えてる
>ことは否めません。
都会の私学も同様ですよ。私立に通わせている上に予備校では親の負担が大きすぎますの
で、やはり、長期休みなどに受験科目の補習や勉強合宿を行なうのは当たり前になってい
ます。少子化の時代を迎え、私立も生き残りをかけて必死なんです。主要教科の先生方は、
ホントたいへんだと思いますね。
でも、おっしゃるとおり、何かが間違っているように感じます(-_-)


To ガロアウスさん
>私は基本的に「法律違反」であるとか、「憲法違反」であるとかいった
>立場でものを考えません。
>法律も憲法も、現状に合っていないなら、変えたらいいのであって、法
>律違反だから──で思考がストップするのには、賛成できません。
そのこと自体は悪いことではないと思います。
ただ、「現状にあっていない、ゆえに破ってもいい」という論理にはならないはずです。
変える必要があるなら、そういう議論を起こせばいい。それをせずして勝手にルールを破
り、「生徒のためだ」と言ってのける。「盗人猛々しい行為」といわざるを得ないのでは
ありませんか?(-_-)

あなたは剣道のルールも現状にそぐわないものであれば、生徒や子どもたちに「破っても
いいよ」とお教えになるのでしょうか? ご家庭でもわが子に、「法律違反である」とい
うことを度外視して同じようにしつけされていらっしゃるのですか? だとしたら、なん
とも空恐ろしい話です・・・。

大人は、法律や社会のルールが、現状にそぐわなくて「ちょっとなぁ」と思っていたとし
ても、子どもたちには「ちゃんと守りなさい」としつけるものなのではありませんか?
「生徒たちの要望に負けて」とどこかの校長がコメントしておりましたが、「責任転嫁す
るな!!!」と怒鳴りつけたいですね(`´)
ナンセンスな校則でも守らせるくせに、そんなところばかり寛容になって。結局、「学校
の実績を上げる=自分の実績を上げる」って魂胆が見え見えです。
本当に生徒のためを思うなら、不正などさせず、正々堂々と教育する道を模索することが、
真の教育人であり大人としてのあり方なのではありませんか??

まして、教育委員会への報告や、大学への内申書には「虚偽の記載をした」ということは、
公立であれば公文書偽造及び行使、私立なら私文書偽造及び行使という犯罪に該当します。
これも、「現状に合わない制度が悪いのだから、OK」っていうお考えなのでしょうか?

ある高校では、履修していないことを隠蔽するために、使わない教科書まで購入させてい
たとか。あきれてものが言えません( -o-) フゥ

>批判は甘んじて受けますが、もっと具体的にどこが間違っていると仰り
>たいのか書いてくれませんか?抽象的な批判は、なにを論点としているの
>か、読んで理解できません。
ミセスにゃぁさんにはお優しいようですが、私の前のトピでの指摘or質問には答えてく
ださらないのですね? このトピも無視されちゃって、例によってたいして関係ない長い
話でお茶を濁されちゃうのかなぁ・・・( -o-) フゥ


To まろさん
>受験に不必要なものなのではあれば、テスト自体も簡単にし、
>受験に負担にならないぐらいのレベルの授業にすればいいと思います。
>「そんなのやってないのと同じジャン」と突っ込みを受けそうですが、法律に
>反してないのだから。それだけでも十分意味があることでしょ。
そうですね、そういう考え方もありますね。
ただ、授業を受けている生徒が、全員居眠りとか、全員内職なんていう自体にならないよ
うな「楽しくためになる授業」にしていただかなければいけないでしょう(^^;

私は体育科の人間ですから、高校では保健体育を持っておりました。保健とか家庭科って、
受験科目ではありませんが「実学」だと考えておりましたので、それはそれはきちんと教
えましたよ。生徒もしっかり授業を受けてくれましたし、毎回、授業でいろいろな工夫を
するのが楽しくすらありました。
保健体育の定期試験は学年共通でしたが、いつも私が受け持ったクラスが学年の上位をほ
ぼ独占でした。私にとっては教員時代の誇らしい思い出のひとつになっています(^_-)〜☆


To えーじさん
>古文や歴史、化学、物理なんかも、社会人になってからも割と役に立ちます。
>それよりも幅広く学んで、バランスの良い考え方を身につけるのも大切なことなのでは
>ないでしょうか?いい大学にはいれば幸せになれるなんてものでもないですし(^^;
そうなんですけどね。
依然、「高学歴→官僚か一流企業→人生の幸せ」と妄信している人が多いってことなんじ
ゃないですか。
でも、今回の学校のルール違反は、「生徒のため」という衣をかぶってますが、教員サイ
ドの「学校のため=自分たちのため」っていう動機に他なりませんよ(-_-)

>でも、受験生にとって大切な時期なのに、補修を課して単位をとるなんて…。
>気の毒な感じもしますが、他のまじめに履修している学生とのバランスもあるので
>しょうがないのですかねぇ(-o- )フゥ
>負けずにがんばれ〜!
まさに生徒たちにしてみれば「何でこんな時期にこんな問題が発覚するんだよ!」ってな
感じなのでしょうね。気の毒としかいいようがありません(>_<)
何かいい解決策はないものですかねぇ・・・。

お名前: kyoming   
地方に嫁いで17年経ちますが、こんなときでも地方と都会の格差が身に
しみます。
私の住むあたりでは、中高一貫の私立の学校なんてありません。
私立で受験をウリにしてる学校は、特進クラス(かなり少人数)を設け
ている程度です。
公立離れなんてことは絶対起きるわけがありません。選ぶという選択が
ないからです。
やってはいけないことは当然ですが、予備校すらまともに近くにないの
ですから地方に住む子供が進学を希望したとしたら、どうすればいいの
でしょうか?
中学お受験なんてないところですから、小学生はみんな元気に遊んでおり、
中学生も全員が部活動の励み、男の子はたいていの子が運動部に入ります。
私立に進学希望する子は少数派でほとんどの子供が県立高校へ進学し、
正直、その時点では学力は都会の子供たちにはかなわないでしょうけど
高校3年間で猛勉強を国公立に進学できるまでの力を身につけていくという
感じに思います。高校での3年間の学力の伸びは目覚しいものがあるのも
事実なんです。
そういう意味では本当に子供らしい子供がこちらには多いと私は感じて
います。
そのためには未履修もやむを得ない・・・・とは思いませんが、根本というか
土壌が変わらない限り、むずかしいと思ってしまいます。
電車もね〜、バスもね〜、予備校もね〜・・・♪本当に困ってしまいます。
子供には罪がありません。教師の開き直りとも思える発言もよくありません。
いい打開策を見出していってほしいと思います。

お名前: えーじ   
文部科学省、教育委員会は自殺者が出ていることを把握していないのならば
猛省していただきたいですし、把握していてデータを捏造したなら問題外ですね。
きちんとどなたかに責任を取っていただきたいものです。

未履修の件については、「受験対策」というのは結構ですが、それに特化して
世界の歴史や、物理なんかを学ぶ時間が必要ないという判断は、いかがなものでしょうか。
私も受験科目以外はあまり熱心では無く内職をしたり睡眠や食事の時間に当てたりも
しましたが、若い頃には幅広く学ぶ分野もあってよいのではないでしょうか。
ガロアウスさんのように、受験科目でないのに嫌がらせのように宿題を課すのは
私もムカつきますが(殺意は抱きませんでしたけど)そんなところこそ教育委員会に
調整して頂いて、若い世代には幅広く学んでほしいですね。
古文や歴史、化学、物理なんかも、社会人になってからも割と役に立ちます。
それよりも幅広く学んで、バランスの良い考え方を身につけるのも大切なことなのでは
ないでしょうか?いい大学にはいれば幸せになれるなんてものでもないですし(^^;

でも、受験生にとって大切な時期なのに、補修を課して単位をとるなんて…。
気の毒な感じもしますが、他のまじめに履修している学生とのバランスもあるので
しょうがないのですかねぇ(-o- )フゥ
負けずにがんばれ〜!

お名前: まろ   
「教育」ひとつとってみても、これだけ様々な考えを持っていらっしゃる
方々がいるんですね。もっともっとたくさんの意見をお待ちしています。

 さて、眺めていてばかりでもいけないので、私の経験をひとつ書かして
いただきます。

 「教師によるイジメ」に関してですが、かくいう私も中学時代に受けたことが
あります。体育教師だったのですが、当時は運動神経がなくて持久走とかでも
ビリになったりしていました。あるときの授業で棒高跳びをやったのですが
がんばって1メートル弱の高さを飛んだのですが、体育教師がわざと棒を倒し
「こいつまた引っかかってるぜー(笑)」なんてことをされました。今でも
はっきりと記憶に残っています。体育教師に向かい私は「教師がこんなことして
いいのかよ」と講義しましたが、かえって来た言葉は「ただ単にイジってるだけジャン」
という、こっちの心情を1ミリたりとも汲み取っていない、最悪のいいわけでした。
まあ、それから私は必死こいて体を絞り、文句を言わせない体になったのですが、
成人式でその教師が来たらぶっ飛ばしてやろうかと思っていたのですが、結局
きませんでした。

履修不足の問題に対しても意見を述べさせていただくと、やはり日本にある高校
なのだから、日本の法律には従ったほうがいいと思いますね。教育機関である学校
が平気で決まりごとを破るということを生徒に対して教えている気がします。
しかし、後を絶たない「公立離れ」により教育委員会が「合格実績を上げろ」との
命を下し、実績に執着していたのもまた事実。しかし、決まりを破っていい
ことにはなりません。受験に不必要なものなのではあれば、テスト自体も簡単にし、
受験に負担にならないぐらいのレベルの授業にすればいいと思います。
 「そんなのやってないのと同じジャン」と突っ込みを受けそうですが、法律に
反してないのだから。それだけでも十分意味があることでしょ。

 そういう観点から見ればガロアウスさんの意見はちょっと極論過ぎる
気がします。

お名前: ガロアウス   
 私は基本的に「法律違反」であるとか、「憲法違反」であるとかいった
立場でものを考えません。
 法律も憲法も、現状に合っていないなら、変えたらいいのであって、法
律違反だから──で思考がストップするのには、賛成できません。
 大事なのは現実であって、紙に書かれている条文ではないのです。
 生徒にたくさんの科目をやらせるべきか、少数に絞るべきかについては、
過去にさまざまな議論がありました。
 たとえば、私らが受験生の頃は、国立は5科目、つまり英数国理科社会
をやり、私立なら文系で、英国社、理系で英数理の3科目というのが常識
でした。
 国立は5科目といっても、東大、京大は理科2科目社会2科目でしたか
ら、ずいぶんと負担だったのです。
 ところが、共通一次導入を境にして、私立人気が高まります。
 科目の少ないほうへ、つまり、楽なほうへ受験生が流れていったからで
す。
 これに危機感を抱いた国立大学も、徐々に科目減の方向に動き出します。
ついには、各大学で「入試科目を減らす競争」が行われることになります。

受験科目を減らす……受験生が殺到する……入試の偏差値が上がる……大
学のステイタスが上がる

 ついには、理科系のまずまずの大学でさえ、物理、化学のうち、一科目
でいいよと言い出す結果となりました。
 ところが、そのうち大学当局が、生徒の学力レベルがひどく落ち込んで
いることに気づいて愕然となります。
 科目減は一時的な偏差値アップにつながりましたが、長期的には生徒の
学力を落としてしまう麻薬だったことに気づいたのです。
 そこで、最近の、とくに一流大学と言われている所では、科目数を増や
す方向に動きだしました。 
 しかし、これはこれで問題あるわけです。
 今回、問題になっているのは、たとえば、理系の生徒が社会を2科目履
修したか、一科目だけだったかということのようです。
 話が飛びますが、いずれノーベル賞確実と噂される中村修二カリフォル
ニア大学サンタバーバラ校教授が、自分の高校時代を回想してこんなこと
を言ってます。
 ちなみに、中村氏は、ノーベル賞を噂されるわりには、徳島大学の出身
で、いわゆる一流大学卒ではありません。
「高校のときの社会の授業で、一気に勉強する気を失った。あんなつまら
ないものを暗記させる教育って、いったいなんだ?ようやく大学に合格で
きて、好きな勉強に専念できるかと思ったら、大学の一般教養で、また高
校の授業の延長をやらされた。ああいう教育は二流の人間を育てるだけだ」

 長いので、今日はいったんこれでやめます。
 なお、ミセスにゃあ様
 批判は甘んじて受けますが、もっと具体的にどこが間違っていると仰り
たいのか書いてくれませんか?抽象的な批判は、なにを論点としているの
か、読んで理解できません。

お名前: 剣士以前   
皆さん

何はともあれ、行政の一部である公立高校が不法行為をしていることは論外ですよね。
私は、別のトビのことでも思っていますが、理由があればルール違反(不法行為)を
平気で正当化する意見には同調しかねますね。
事情がいろいろあっても(受験・経済状況・地域性その他)、不法行為は結局、子供や
学校・地域・社会に悪影響を及ぼします。
身近にいる教員の話などを聞いていると、いじめの問題だけでなく、校内暴力も含め
なぜか隠したがる風潮があるようですね。教師・学校が被害者の場合も多いのに。
すべてに対し、厳然とした態度で、適法に対処していただきたいと思っています。
困っていることがあるのならばもっとオープンにすべきで、それができる体制つくりが
文部科学省に求められると思いました。それが行政の仕事と思います。
ただ、行政の責任だけにしてしまっては、解決はないと思います。
いじめの問題は特に家庭から始めなければ。
自分の子供がいじめる側にならないように、事の道理を教育しなくてはいけないと
自戒する今日この頃です。
いじめられている子供は、心の中で、そのことが全てになってしまって
自殺が起こると愚考しています。
そういう子供には、長い人生そんなことはたいしたことじゃないよ。
命をかけるべきことは他にあるよ、とタイミング良く話せる親になりたいです。

お名前: ミセスにゃあ   
ガロアウスさん、あなたのお話は「自分」ばかり。他人の立場に立って物事を考えたことがありますか?
いじめにしても、今回の単位未履修にしても、そのことが一番欠けていることのように
思えてならないのです。

お名前: Hide.    URL
To ガロアウスさん

>Hideさんの意見は、あまりにきれいごとすぎます。
>第一、Hideさんは、大学受験を経験してないんでしょ?

大学受験を経験していないから、「語る資格なし」とおっしゃるのか? 傲慢ですね(-_-)
まぁ、たった10年ですが、私が高校で教師をしていて高3の担任をしたことや、進学
委員会に籍をおいていたことをご存知ないのはしかたないことでしょうが・・・。
たいした高校じゃありませんけどね(苦笑)

ちなみに、決められたことを決められたとおりに勉強して、ちゃんと受験で成果を出して
いる生徒たちに対しては、どのようにお話になるのでしょう。そんな余計な勉強をやって
いるから、たいした大学に入れないんだってあざ笑うおつもりか。
だからといって、法律違反を擁護することはできません。


部活で毎日へロへロになっている生徒だって、ない時間をやりくりして懸命に勉強に取り組
んでますよ。ともあれ、今回の事件は、生徒個人にはなんら責任はないんです。むしろ、
被害者ですから。
知育偏重がどのような人間たちを作り出すのかは、今回の事件での教育界の対応を見れば
明らか。みんな「受験のとりこ」になり正常な判断力さえなくなってしまっているのですか
ら( -o-) フゥ 今朝の段階では34都道府県、230校と報告されています。教育界の麻痺は、
異常事態ですね。


学校、しかも高校は予備校ではありません。
奇麗事? そうかもしれませんが、予備校とは一線を画するものであることは明白です。
ちゃんと学習指導要領に決められている科目をこなす。これが学校基本教育法です。
それとは別に、受験に必要な科目のみを選択して勉強できるのが予備校です。
ここは明確に区分されるべきですよ。


>私は今回の問題を聞いて、校長に怒りを抱くというより、いまの公立高
>校が、けっこう受験に対して配慮しているということに、素直に驚きまし
>た。

配慮? 法律違反です(-_-)
ガロアウスさん、だいじょうぶですか? 法律に違反することは犯罪行為なんですよ?!

お名前: ガロアウス   
 最近の事情には詳しくありませんが、かつて、都立高校は、○○予備校
の予備校と言われたことがありました。
 どういう意味かわかりますか?
 つまり、都立高校は受験に役立つ話は一切しない。受験の話が聞きたけ
れば、卒業して予備校に行ってくれ。そんなわけで、都立高校の生徒は、
現役では合格できず、みな、予備校を経由して大学に行く……。
 そんな実情をからかってできた言い方です。
 ちなみに、私の卒業した高校は都立高校ではありませんが、クラスメー
トのほとんどは、予備校経由で大学に進んでます。
 もちろん、金があって、予備校を利用できる連中はそれでいいのかもし
れません。
 ですが、みんなが予備校を利用できるのでしょうか?
 私の友人は、親に「絶対、浪人はダメだよ」と厳命されていて、青ざめ
ていたものです。
 親の経済状態がそのまま大学受験に反映されるというのが、いまの受験
です。
 私は今回の問題を聞いて、校長に怒りを抱くというより、いまの公立高
校が、けっこう受験に対して配慮しているということに、素直に驚きまし
た。
 われわれの頃には、そんな配慮はまったくなかったのです。

お名前: kyoming   
いじめの問題は大変、難しいものだと思います。
いじめを完全になくすというのは現実的には無理なことですし、学校側も
家庭の中にはなかなか踏み込めないところもあると思われるので、家庭
(親と子)と先生との疎通がうまくいってないところもあるのではないかと
思います。
『からかい』『ちょっかい』もされても何とも感じない子供もいれば、それを
苦痛と感じる子供もいるわけで、これも判断がむずかしいと思いますが、もし
自分が取った言動で人が傷ついたら、きちんとあやまるそんな子供・・・大人
も含めてですがそういう人間が多くなれば少しはいい世の中になるのかな〜と
思います。
学校は、いじめという言葉に敏感で使いたがらないようにずっと感じてましたが、
どんなことでも学校や教育委員会もきちんと受け止めてほしいです。
きちんとした対応があれば、お互いに歩み寄ることができるのではないでしょうか?
数年前、うちの子が通う中学校で自転車のサドルを壊されたり、自転車のパンク
が何件が続いて起きたり、いすの上に画鋲がおかれてたり・・・・そんないたずら
が続いていたので先生に聞くとと「昔はもっとひどかったんですよ。消火器なんか
設置したかと思うとすぐにこわされてたりしたんですから。」という言葉が返ってきて
私はあいた口が塞がりませんでした。
先生だけ、教育委員会だけを責めるつもりはありませんが、もっと真摯に受け止めて
対応していってほしいと願ってます。

to  Hide.さん

高校の単位未履修問題ですが、私の住む地域の県立高はかなりの数の生徒がこの
問題に引っかかるようでショックを受けております。
普通科の特に進学に力を入れてる学校にこの問題があるようで、うちの子が通う
高校もそうです。(子供は1年生なので特には影響しませんが・・・)
世界史は必修、理科もクリアしてますが、社会で日本史・地理を選ばず、世界史
を選択した生徒が今回、対象となり全員というわけではありませんでした。
学校からお便りがきましたが、納得いくようないかないような???何とも
コメントしがたいです・・・。
高校の指導要領なんて、私は知らなかったし、そんなことまで気に掛けたこと
すらなかったので「ずるをしてる」と他県の人から思われたって心外ですが、
進学校といわれてる学校がこぞってそんなことをし、東大の○人合格・京大
□人合格と崇められ、いい学歴の人間が日本の中枢を担う職についたりしたら
これは恐ろしいことだと思います。やったもん勝ちみたいな世の中にはなって
ほしくないです。
地方の公立高校の先生はたしかに忙しく大変です。部活動だって盛んです。
予備校の通う子供があまりいないので(県内が広域なので通えない、数もない、
年収もあるかな?)高校がすべて補習を行ってくれます。
夏は特別な予定がない限り全員参加の3泊4日の勉強合宿を行ったり、年末年始も
2〜4日くらいのお休みはあっても学校で勉強です。
先生方はたしかによくやってくださってるとは思いますが、なにか履き違えてる
ことは否めません。
この件については冷静にこれからも見守っていこうと思います。

お名前: ガロアウス   
 私が高校時代の話をもう一つ。
 英語の授業で、『黒馬物語』というのを読まされました。
 ところが、この本、馬の話なもんで、どうでもいい表現ばかり出てくる
のです。
 ある日、教師が、馬のしっぽだの、ひづめだのを英語でなんというかな
んて説明をやっているものだから、われわれはカチンときてました。
 突然、クラスのA君が立ち上がって、
「先生、そんなの入試に出るんですか?」と聞いたのです。
「よく言ってくれた」と、内心、喜んでいると、教師は怒りだして、こう
言ったのです。
「君は受験のことばかり考えているのかね?」
 私は、正直、殺してやろうかと思いましたね。
 別に受験のことばかり考えているわけではありませんが、英語の勉強に
なって、なおかつ、受験にも役立つ話をしたらいいじゃないですか?
 みなさんは、どう思いますか?
 結局、われわれが受験生のころの公立高校教師にとって、受験はまった
くどうでもいい問題でした。
 受験に関係のない話をすればするほど、「人間教育をやっている」とで
も、思いこんでいたのでしょうね。
 しかし、年々、私立と公立の受験実績に差がつき始め、ついに生徒の要
望を無視できなくなってしまいました。
 しかし、今回の問題で、それが一気に逆戻りしそうです。
 公立教師は受験にかかわらないほうが安全……。
 そういう考えが教師の間にまんえんすることでしょう。
 結局、金のある者だけが、私立や予備校を利用できて、一流大学に進学
できるという情けない社会になっていくわけです。

お名前: ガロアウス   
 私が高校三年のときの、地学の教師には閉口しました。
 みなさんご承知の通り、地学を受験科目にする生徒などいませんが、こ
の教師、やたら宿題を出すのです。
 高校三年の夏休み、一番大事なときに、大量の宿題を出されて、殺意さ
え感じましたね。
 生徒の人生を破壊して、なにが楽しいんだろうかと考えたものです。
 卒業して、ある私立名門校を卒業した友人にその話をしたところ、
「うちでは、受験に関係ない科目については、授業を受けなかったのに、
受けたことにして、成績までついてたよ」と言われてびっくりしました。
 なるほど、公立と私立の差はここなんだなと思いました。
 公立の教師は受験実績を出そうが出すまいが、給料に差がでるわけでは
ありません。
 ところが、私立は違います。
 受験実績を出さないと、場合によっては、生徒減から閉校の危険さえあ
ります。
 Hideさんの意見は、あまりにきれいごとすぎます。
 第一、Hideさんは、大学受験を経験してないんでしょ?
 高校三年生が、どうやって、時間をやりくりしているのか?受験に関係
ない科目の授業で、せっせと内職に励む生徒の気持ちをどれだけ理解でき
るのですか?
 繰り返しますが、私は地学の教師に殺意さえ感じました。
 いま、卒業のためだけに、みょうな時間をとられる生徒達は、おそらく
私と同じ心境に陥るだろうと思います。
 これは、自分が経験しないと、とても理解できないものです。

お名前: Hide.    URL
管理人のHide.です。

文科省のことよりも、私の今の関心事は、必修科目も未履修問題です。
学校が確信犯として法律に反することを行なってきて、「生徒のためにやった」と校長が
いけシャーシャーとテレビに向かって答える教育現場こそ大いに問題です(`´)

いじめ問題にしても、こうした教育現場のあり方がもたらしているといっても過言ではな
いと考えますが、皆さんはどうお考えになられますでしょうか。


ちなみに、「いじめはどこにでもある」というガロアウスさんのご意見に、残念ながら賛
成です。ねたみや嫉みは、人間の醜い本能なのかもしれません。
かく言う私は教員時代、同僚の教師集団からいじめを受けたことがありました。
まぁ、私の場合、そんなのは相手にしませんでしたので、自殺にまでは至りませんでした
が、やはり渦中にいるときは辛かったですよ( -o-) フゥ

お名前: ガロアウス   
基本的に、イジメも犯罪も戦争も、世の中からなくなることはありません。
むしろ、「いじめがあった。あの学校、教師の責任を追及しよう」と言い
出す人達が存在することが、いじめの実態を隠そうとすることにつながっ
てます。
 それぞれの学校のイジメの実態を把握するには、「いじめはどこにもあ
るし、これからも永久に存在し続ける」という認識を持つことから始めな
くてはなりません。
 文部科学省の責任を問うなんて、ナンセンスの極みです。

お名前: まろ   
 文科省による調査では、イジメによる自殺の件数はここ7年で0人。
しかし、別の調査では毎年100人を超える自殺者が出ている。
地方の教育委員会の情報を鵜呑みにして、犠牲者が出なければ動こうともしない。

 いったいこの文科省という組織は何のためにあるのでしょうか?
最近疑問に思えてなりません。

 今年に限らず、以前にもイジメによる自殺者がいたが、それにもかかわらず
その年の自殺者もこれまた0人。理由を聞くと「情報が少なくイジメと断定できない
から」だそうだ。

 こうして毎年、100人以上の自殺者が隠蔽されている。理想は0人であるが
実際に行われているのは理想の「偽造」。

 この事実に対し、剣道家である皆さんはどう思われますか?
また、文科省、ならびに教育委員会に対して何を思いますか?

 みんなで話し合いましょう。 

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